まいったな。やりにくくてしょうがないぜ。とてもじゃないが、勝てる気がしねえよ)
晃司をつけている男はタバコを一本取り出すと、恨めしそうに見つめた。
(あーあ、やっぱ無理だよなぁ。吸ったが最後煙でばれちまう)
この男の名は不和礼二(ふわ・れいじ)という。
全体的にややきつい顔立ちだで少々垂れ目。金色に近い茶髪で肩まであるロンゲ。
二枚目といっても通るだろうが、いかにも軽薄そうな顔つきだった。
(‥‥奴がいるってことは、もしかして噂の美女も一緒だったりしてな。
なにしろ科学省のお人形さんたちは、どいつもこいつも美形ぞろい。
ミスって生まれたっていう女もかなりの美貌らしいって話だからな。一度でいいからお目にかかりたいもんだ)
Solitary Island―42―
「……この中に入ったみたいね」
美恵たちは例の足跡をたどり、そしてこの洞窟の前に来ていた。
「とにかく入ってみましょう」
「待て、女は外で待ってろ」
直人が少々キツイ声でそういった。
「女には荷が重い。どんな奴でも最初に襲う相手は決まっている、一番弱い奴だ」
それは嫌味ではなく自然の摂理だった。百獣の王・ライオンは獲物の群れの中で弱い奴に目をつける。
例えば赤ん坊とか怪我や病気で弱っているものなど。
この5人の中では、唯一女である美恵が体力的にも身体能力も一番劣っている。
言い方はキツイが直人は美恵の為にわざとキツイ言い方をしたのだ。
普通の女なら、その冷たさに堪らなくなるだろうが、もちろん美恵はそうではない。
「私、狙われてもいいとおもっているのよ。その方が敵の正体もわかるし」
「バカか、おまえは?死にたいのか」
「天瀬は死なない」
りんとした声が響いた。
「オレが守るからな」
「………」
直人は少々ムッとした目で、その相手を睨んだ。
義理の父親にスパルタ教育を受けて育った直人はこういう男が嫌いだったのだ。
何不自由ない人生を送り、生まれながらに才能に恵まれた男というやつが。
そう……桐山和雄のことが直人は無性に気に入らなかったのだ。
「で、どうする?いくのか?いかないのか?」
チラッと他の四人に目線を配ると「オレはいく。こんな所で油を売っている暇もないしな」と晶はスタスタと洞窟の中に入っていった。
「おい待てよ晶。一人で勝手な行動をとるな」
慌てて攻介が後を追う。直人も無言のまま後を追った。
「天瀬も行くのかな?」
「ええ」
「そうか、ならばオレも行こう」
桐山は美恵より一歩先に立つと何も言わずに手を出した。
「足元には注意をしろ」
「ありがとう」
美恵は、そっと手を差し出した。
「高速艇を何とか用意できた。だが、それは少々遠い港にあるんだ」
「遠いってどのくらいなのよ。あたしと弘樹には時間がないのよ」
「……高速道路を休まず飛ばして四時間、その後も一般道路を三時間。
でもって、小さな港町からボートである島に行くんだ。オレの知り合いがわけありで使っている離れ小島なんだ」
「反政府組織か三村?」
「ああ、そこの入り江においてある」
「三村、おまえやっぱり叔父さんの意思をついで危険なことしてたんだな?」
「そういう川田こそ、わけありとしか思えない奴とつるんでいるそうじゃないか」
「……誰に聞いた?」
「噂だ噂。まあ、おまえが住んでる貧民街には色んな奴がいるから政府も気付いてないようだがな」
「とにかく、すぐに行こう」
川田と三村の会話に痺れを切らしたように杉村が言った。
「慌てるな杉村。他にも用意するものはあるだろう。食料、医療器具……他にも色々…な。
十分、用意をしていかないとはなから負ける。そう急がずに、まず落ち着いて考えろ」
「落ちつけだと!?オレは十分すぎるほど待ったんだ!!」
「そうよ!こんなことをしている間にも……慎重なのもいいけど、これ以上時間を費やしたら元も子も無くなるわ!!」
杉村と貴子はこれ以上なくいくらい感情的になっていた。
「あたしも杉村くんや貴子に賛成よ。さっさと例の島に連れて行きなさいよ!!」
光子までやや感情的になってきている。
「……オレもこれ以上は耐えられない。今すぐ出発してくれ川田!!」
「やれやれ七原おまえもか……おまえたち少しは冷静になってくれ……」
「冷静になれだと!?オレは十分過ぎるほど感情を抑えているんだ!!」
普段は温厚すぎるくらいで、しかも無口な杉村だが、感情的になるなと言えないほど激昂していた。
「弘樹の言うとおりよ!あたしと弘樹は全てをかけているのよ!!」
「わかるぞ千草、オレには杉村や君の気持ちは痛いほどわかる。
三村や川田にはオレたちの気持ちなんかわからないんだ!!」
おいおい七原……おまえ、沖木島でも感情的になってオレを手こずらせてくれたの、もう忘れたのか?
「所詮、三村くんや川田くんには、あたしたちの気持ちなんてわからないのよ。
あんたたち二人にとって大事なのは政府を潰すネタだけですものね」
「……おい待てよ相馬。聞き捨てなら無いな。
それじゃあ、まるでオレと三村が血も涙もない冷血人間みたいじゃないか?」
「あら違うの?」
「オレや三村にだって守るべき信念が…いや、それ以上のものがある。
オレたちも根本はおまえたちと同じだ。失うものなんか何も無いわけじゃない」
川田はくわえていたタバコを灰皿に押し付けた。
「だがな、おまえさんたちが感情的になるのももっともだ。
こういうとき誰かが頭を冷やして冷静な判断をくださなければ、成功するものも成功しなくなる。
おまえたちに感情的になるなとは言わない。それほどオレも鬼じゃない。
だから、この中でそういう役はオレがするべきだと思っている、ただそれだけだ」
「そう……川田、あんたの言い分はわかったわ。あたしや弘樹と、あんたとじゃ立場が全く違うものね。
あたしは、もう二度とくだらないプログラムの犠牲になるのはごめんなのよ。
あのプログラムに強制参加させられたときは、これ以上ないくらい運命を呪ったわ。
でも、あの島から脱出して生き抜いてきた今ならわかる。
『運命じゃない』ってことに。運命が全てを決めるんじゃない。
運命は自分で作るものよ。あたしは、今ではそう思っているわ。
だから、今度のふざけたプログラムも必ず、あたしと弘樹で潰してみせる」
「相変わらず気の強い女だな」
川田は苦笑した。
「本当に。顔はオレの好みだったんだが、あの性格はおっかなくて付き合う気にはならなかったんだよ」
三村も冗談まじりに、そういった。そして後悔した。杉村が、すごい目で三村を睨んでくる。
思わず「冗談冗談、本気にするなよ」と、と反射的に言ってしまう。
「それにしても……大した女だ相馬といい、千草といい」
川田は感心したようにニヤっと笑った。
「杉村、おまえには勿体無い女だぞ千草は」
「川田、何わかりきったことを言うんだ?」
「やれやれ、本当にわかっているんだか……それにしても女でよかったな。
もしも、あれが男だったら……とんでもない恐ろしい奴になっていたところだ」
「殺す!!」
雅信の鉄拳が貴弘の顔面目掛けて放たれた。勿論、貴弘は黙って受けるような男ではない。
腕をクロスさせて、その拳を完全に防御した。
「背中ががら空きなんだよ!!!」
そして雅信の背後、薫が飛んでいた。雅信の頭目掛けて踵落とし……が!
「おまえこそ、どこを見てるんだい!!?」
横から徹が薫の腹部目掛けて強烈な蹴りを炸裂させていた。
「……クッ!」
薫が数メートル吹っ飛ぶ……ところだったが、枝につかまったと思うと、クルンと一回転して着地した。
が、徹の猛攻撃は止まらない。
「甘い!」
日頃の恨みもあるのか、薫の顔面目掛けて蹴りを入れようとしたが……。
「死ね!!」
「!」
何と、雅信が徹目掛けて蹴りを炸裂……しそうになったが。
「死ぬのは貴様だッ!!」
何と先ほどの仕返しとばかりに貴弘が雅信を背後から抑えたかと思いきや一気に首に腕を巻きつけ締め上げた。
だが、それを黙ってみているほど優しい奴ではない佐伯徹という男は。
「二人まとめて片付けてやるよ!!」
そばにあった、やや太目の枝を手に取ると一気に折り、それで殴りかかった。
「「!!」」
背に腹は変えられない。貴弘は即雅信から腕を外すと後ろに飛ぶようにそれを避けた。
もちろん、雅信もだ。
「……さっさと彼女を諦めるか、それともここでやられるかどっちかにしてほしいよ」
徹は底冷えのするような冷たい声でそう言った。
「……フン、君こそさっさと身を引いたらどうなんだい?」
同じくらい薫の声も低くなっている。
「……あの女はオレのものだ。だから手を出す奴は殺す!!」
雅信はもはや目の色が尋常ではない。
四つ巴のバトル・ルワイアルはいささかケンカというレベルではなくなってきていた。
「……全く、貴様等の傲慢で高圧的な身勝手さには反吐がでるぜ。特選兵士って奴は全員そうなのか?」
その瞬間、三人の顔色が変わった。
「……杉村くん、どうして君がそのことを知ってるんだい?」
「周藤を締め上げて吐かせたんだよ」
「何だって?」
徹はいささか信じられないといった表情をのぞかせた。
「まさか、あの晶に勝ったとでもいうのか?」
「残念ながら途中で邪魔が入ったが……あのまま続けていれば間違いなくオレが勝っていた」
晶がこの場にいたら、五つ巴になっていたであろう問題発言だ。
「……そうか。それで彼女のことも聞いたのか?」
「いや、何も。ただ周藤はこういっていた。詳しく知りたければ彼女に聞け…と。
天瀬は何者だ?おまえたちと同じように軍の人間なのか?」
「だったらどうする?そうだと言えば、おまえはこの戦いから身を引くのか?」
ボソボソと低く冷たい声で雅信が言い放った。
「まさかだろ。関係ないな。オレはただ真実を知りたいだけだ」
「真実だって?笑わせないでくれよ杉村くん、彼女は君みたいな一般人がどうこう出来る女じゃないよ。
僕からの忠告だ。彼女からは手を引いた方がいい。
君も乱暴な性癖は直して僕のようなフェミニストにさえなれば、いくらでも彼女が出来るだろう?
君に合った平凡で地味で面白みのないごく普通の美人な恋人を作ればいい。
彼女は君には合わない。高望みしすぎると火傷をするよ」
「薫……それはおまえも一緒だろう?彼女にはもう手を出すな」
「何だって?だったら聞くけど、徹君はなんなんだい?」
「オレは必然だ。運命だからだ」
「バカバカしい。おまえたちのたわごとなんて、もう聞く気にもならないぜ。
一つ教えておいてやる。全てを決めるのは運命じゃない。運命は自分で切り開くものだ。オレのようにな!!」
「はぁはぁ……も、もうダメだ…」
健二郎はその場に倒れるように座り込んだ。
春見中学校は士官学校予備校も同然の校風上、体力には自信のある生徒が多い。
しかし、だからと言って運動オンチがいないわけではない。健二郎がそうだった。
モヤシを連想させるような細い身体つき、神経質な性格をそのまま表したような蒼白い顔。
健二郎は決して運動能力があるわけではない。むしろダメな方だった。
「安陪くん!!何言ってるのよ、こんなところで止まったら追いつかれるじゃない!!
少年ジャンプのヒーロー達はどんな時だってここ一番って時に潜在能力を発揮して危機を乗り越えてきたのよ!!」
少々、言っていることに疑問はあるが、この望月瞳のほうが健二郎よりははるかに体力があるくらいだ。
瞳は健康優良児だし、マンガ同好会に所属しているがそこそこスポーツが得意だった。
二人は静香が襲われた時に逃げ出したのだが、その時たまたま逃げる方向が一緒だった。
しばらく森の中を二人で歩いていた。
背後から怪しい声らしきものが聞こえたため全速力で走り、洞窟に逃げ込んだというわけだ。
「……で、でも……あいつももう追って来てないみたいだし……」
その時、二人は立ち止まった。前方に地底湖?
いや、そんな立派なものではない、割と大きめな池程度の水溜りを発見。
「見てあれ」
瞳が指差した場所……そこは水面と岩壁の境目なのだが、僅かに間がある。
「きっとあそこがトンネル状になってて、水の中を潜って進めば岩壁の向こう側にいけれるかも」
「冗談じゃない!!」
健二郎は拒否した。
「あんな汚い水に潜るのか?こんな地下でねずみや変な虫が向こう側にいたらどうする?
オレは絶対に行かないからな。こんな水に潜ったらバイキンが入って死んじまう!!」
「そんなこといって、静香を襲った奴が来たらどうするのよ!!
ああもう、クラマの爪の垢を飲ませてやりたいわ!早く行くわよ!!」
「う、うるさいオレは行かないぞ!それに向こう側にいったところで襲われない保障はないじゃないか!!」
「そう、だったら勝手にしなさいよ!!」
瞳はポケットからカードを取り出すと「クラマ私を守ってね」と呪文のように三度繰り返し水に潜った。
「バカな女だ……どうせ行き止まりで溺れ死……」
ドッ!!そんな音が体内から聞こえた。
「へ?」
下をみた。胸の辺りから血が出ている。何かに貫かれたような穴も……。
そう、穴だ。何でオレの胸に穴が空いてんだ?おかしいだろ?
「……ギギ…」
「………」
しかも何で変な声がすぐ後ろから聞こえて来るんだよ!!
健二郎はゆっくりと振り向いた。
しかし、何も見えなかった。いや感じなかった。
もはや何も考えることすらなかった。
ただポタポタという聞きなれたことのない音が聞こえたような気がしたが、それもすぐに終わった。
ドサッと音がして健二郎は、いや健二郎の抜け殻が地面に仰向けに倒れこんだ。
その頭の中央は貫かれたようにポッカリと穴が空いていた。
【残り34人】
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