「あ~さが来ればぁ~~、トゥモロ~良い事があるトゥモロ~~♪」
なかなかの音程。問題は今の状況だろう。
「……なあ三村」
「なんだよ寺沢」
「あいつ、いったい何者なんだ?よくこんな時に歌なんか歌えるものだ」
真一と海斗はそろって後ろを振り返った。


「あれ?なに?」
「……おまえさぁ、少しは今の状況を考えろよ」
「そうそう、いくら温厚なオレでもさぁ…正直腹立ちそうだぜ」
「変なこというんだな。こんなときだから希望を持つべきなんだ。
オレって前向き思考だから」
真一と海斗は揃って溜息をついた。
この愛らしい少年――相馬洸――は一体どういう神経をしているのだろう?
しかし、そんな二人の疑問も先頭を歩いていた堀川秀明が立ち止まった為中断した。


「どうした堀川?」
「前方にひとが倒れている」
「あれ?あれって石黒じゃない?」

洸の愛らしい声が響いた。
確かに、あんな赤く染まった髪の毛をしているのはクラスの中で石黒智也だけだった。




Solitary Island―41―




「いつまでついてくるつもりだ?」
「それは無いんじゃないかな。オレは謎の生物に襲われたんだぞ。
おまえだって、いつ襲われるかもわからない。ここは協力した方がいいんじゃないか?」

晃司は全く表情を変えずに、その相手・早乙女瞬を見た。
この二人がなぜこうして一緒にいるのかといえば理由はこうだ。
昨夜、晃司は自分をつけている相手に気付き走り出した。
そして走っている途中、気配を感じたのだ。
それも複数の。そして、そのほとんどが人外の気配だった。
晃司がかけつけると瞬が腕から血を流して座り込んでいた。
相手はといえば姿が見えない。
動物は本能で自分より強い相手を見極めるという。つまり晃司が近づくことを察して逃げたのだろう。
瞬の傷もそう大したことはなく自分で止血をし、そのまま二人は成り行きで合流したというわけだ。



(……まだ、つけてくる)

晃司は自分達の背後数十メートル後から、ぴったりとつけてくる相手に気付いていた。
今度は先ほどの素人とは違う。巧妙に気配を消そうとしている。
もっとも気配を完全に消すなんて容易いことではない。
動いている以上、どうしても僅かに気配をだしてしまう。
どうやら、相手は晃司たち特選兵士よりは劣るようだ。しかし、全くの素人ではない。

(……何者なんだ。奴は?)




(どうやらバレてねえようだな。冷や汗ものだぜ。
だが、どういうことだ。あの顔……どっかで見たと思ったが……。
間違いない……特選兵士の高尾晃司だ。なんども写真で見た顔だ。忘れるわけがない。
なんで、あんな大物が来るんだよ。やりにくいじゃないか)

相手の男は晃司がすでに勘付いていることに気付かず尾行を続けていた。

(……それにしても……なんなんだ、高尾と一緒にいる奴は?)














「石黒……クソッこんなことなら、あの時縛ってでも止めておくんだったぜ」
真一は悔しそうに唇をかんだ。
「あーあ、これで三人目だね。もしかして4人目もいるかもしれないよ」
「相馬!おまえ、いい加減にしろよ。クラスメイトが三人も死んだんだぞ!!」
たまらず海斗が洸の襟元を掴み怒鳴りあげた。
「……オレ、これでもマジだよ。死ぬのはゴメンだからね」
洸はやや溜息をつくと続けた。


「たださぁ、オレって自分でいうのも何だけどひとの死って奴に鈍感というか……。
うーん、慣れてるっていうのかなぁ。あんまりシリアスに考えるほど退屈な人生送ってなかったんだ」
どういう意味なのかわからないが、洸はふざけているようではないようだ。
「それとさぁ、石黒が死んだってことは山科はどうしたんだろうね?」
海斗はハッとした。そうだ伊織も一緒だった。
「すぐに探そう」
「そうだよね。あーあ、オレがこんな理不尽な目に合ってるなんて知ったら……。
ママのことだ。きっと学校にうーんと慰謝料請求するだろうね。かわいそうに。でも、ちょっと楽しみだな」
















「ほらほら、さっさと運びなさいよ」
光子の指揮の元、男達は銃や銃弾を運び出していた。
「ハンドガンはもちろんオートマチック・ライフルからグレネード・ランチャー…か。
相馬、おまえさんこれをどうやって手に入れた?」
「簡単よ。軍の武器をコネ使って横流しさせたのよ」
「……なるほど、大した女だ」
「そういう川田くんだって、結構いい銃そろえてたんじゃない。見習いなさいよ、あんたたち」
三村、杉村、七原は少々ショボンとしていた。


「さて……武器や道具は揃ったし、そろそろ出かけるか」
その言葉に杉村と貴子は興奮したように飛びついた。
「そうよ、さっさと行くわよ!!こんなところでグズグズしている暇はないわ!!」
「貴子の言うとおりだ!一刻も早く、例の島にいくぞ!!」
「落ち着けよ千草。もう一度作戦を……」
「うるさいわね三村。慎重なのは結構だけど、あたしたちは時間の方が大事なのよ」
「そうだぞ三村」
「……杉村。おまえ、相変わらず千草の尻に引かれてるんだな」
「それがどうした。貴子が黒といったら白でも黒いんだ!!」














「おい、見ろよこれ」
攻介が何かを発見したようだ。
「足跡か。スポーツ靴だな、大きさからして男だ」
「見て、こっち」
美恵 が指差す場所に桐山、晶、攻介、直人は集まった。
「こっちは女だな」
「……望月さんと安陪くんよ」
「どうしてわかる?」
「ほら、よくみなさいよ。男のほう少し内股でしょう。
それに女の足跡、踵の部分がかなり特徴のあるへり方してるわ」
美恵は思い出していた。
瞳が船室で靴の裏を見て『あーあ、買ってそれほどたってないのに』と靴底がかなり磨り減っていることを嘆いていたのを。


「…そう、この部分よ」
「だったら二人は一緒に逃げているということかな天瀬」
「逃げてる?桐山くん、それどういうこと」
「見ろ。この足跡の上にかかっている跡を」
桐山が指したところには、あきらかに人間のそれとは違うモノがあった。

足跡?いや……よくわからない。

「……爬虫類のものに似てるな」














「……まいったな。ここはどこなんだ?」

その頃、伊織は森の奥深い場所にいた。
無差別殺人鬼(伊織はそう思っている)を何とか探し出し、智也と小夜子の仇をとってやるつもりだった。
だが森の中は思ったより深く、殺人鬼どころか自分が今どこにいるのかさえわからない。

「……鬼頭や安田は大丈夫だろうか?」

想い人の蘭子や、唯一友人といえる邦夫は大丈夫だろうか?
蘭子は任侠の娘だけあって気が強くケンカも強いが何と言っても女の子。
邦夫は正義感は強いがケンカはからきしダメ。
どう考えても無差別殺人鬼と出くわしたら殺される可能性が高い。
蘭子は運動神経がいいから逃げ切れるかもしれないが、邦夫ははっきりいって運動オンチなので、その可能性も低いだろう。
まして二人の心配をできるほど、自分も余裕のある身ではないのだ。

「……とにかく、もう少し奥に入ってみるか」

がさっ……その時、背後の茂みから音が聞こえた。
振り向くと人が走っている。後姿しか見えないが、クラスメイトではない。
春見中学校の制服を着ていない。伊織は反射的に走り出していた。




「待て!止まれ!!」

だが、元々伊織から逃げているのに止まれといって止まるわけがない。

「おまえが西村を殺したのか!?」

伊織の脳裏に無残な死を遂げた小夜子の姿が浮かんだ。
まして小夜子が自分に想いを寄せていたことを知った後だけに、その死は衝撃だったに違いない。
智也にしても直接ではないにしろ、殺人鬼のせいで死んだ。
何をされたのかわからないが小夜子は半狂乱になっていた。
(伊織は毒を盛られたか何かして小夜子が正常では無くなっていたと思っている)
その小夜子に智也は殺された。
智也も殺人鬼に殺されたも同然、二人の仇をとってやる!!


相手は後姿からして女だ。
(これは伊織にはかなり驚愕だった。
ホラー映画に登場するような怪力で怪しい風体の大男を想像していたわけではないが、少なくとも女は考えても見なかった。
根拠があるわけではないが、殺人鬼は男だと思っていたのだ)
伊織は小学校まではかなり自分の運動能力に自信を持っていた。
剣道大会で常に優勝争いをしていたし、他のスポーツもクラスで一番だった。
走ることにかけても、運動会で一位以下になったことは一度もない。


だが中学に上がってから自分より優れた人間が何人も現れた。
その筆頭は何と言っても杉村貴弘だろう。
どんなスポーツも上手にこなし、おまけに本気をだしてない。
特に短距離走は陸上部員でもないのに何と軽く県大会の歴代最高記録をマークしたことがある。
続いて内海幸雄、三村真一、寺沢海斗、吉田拓海と次々に現れ、伊織は初めて自分の知っていた世界が狭いことをしった。
おまけに二年に進級してから連続して転校生がやってきたが、その全員が自分より身体能力が上だったから堪らない。
(最もその全員が手抜きをしていることまでは伊織も気付いていなかったが)
しかし、それでも伊織が標準の中学生より優れた身体能力を持っていることには変わりない。
徐々に相手との距離が縮まってきた。




「もう逃げられないぞ。観念しろ!!」
と、ここで伊織はストップした。相手の少女が立ち止まったのだ。
どうやら観念したらしい。伊織はそう考えた。
「……よし、手をあげろ」
少女は黙って両手を上げた。
「いいか、そのままゆっくりこっちを向け」


その少女は言われたとおりに振り向いた。なかなか美しい少女だった。
腰まである亜麻色のストレートヘアに、堀の深い顔立ち。
肌も白い、ハーフとまではいかないがクォーターくらいといえば通るくらいの神秘的な瞳をしている。
伊織の想いひとの蘭子に比べてもそう劣らないだろう(もっとも、これは伊織の主観だが)
ただ、その少女は何があったのか髪は乱れているし、何日もジャングルを彷徨ったように服が所々破れている。
そして見た感じ、どう見ても人殺しをやってのけたようには見えなかった。
身長は標準だし、全身はスリムで、どう見ても怪力とは無縁に見えたからだ。
まあ、それなりの武器を持っていれば、その矛盾の説明はつくだろうが。




「質問は一つだ。おまえが西村をころしたのか?」

少女は何も答えなかった。

「三つ編みで小柄な女の子だ!西村はあんな殺され方をするような人間じゃなかった!!
真面目で大人しい奴だったんだ。さあ言え!!おまえがやったのか!!」

少女は相変わらず何も言わなかった。
ただジッと空間でも見詰めるかのように伊織を見ていた。


「何とか言ったらどうだ?」

しかし少女は何も言わない。
おかしい、まるで緊張感が感じられない。余裕すら感じる。
追い詰められている以上、少しは怖がるはずなのに少女はジッと自分を見ている。

いや……あの視線の先は自分ではない、その後ろ!

伊織はハッとして後ろを振り返った。




瞬間、頭に強い衝撃が走った。
「……お、まえ…は」
しまった……この女は囮だったんだ。伊織はゆっくりと、その場に倒れこんだ。

「……遅かったじゃないの美和」

少女は上げていた手をスッと下ろした。
「あんたが走りすぎたのがいけないのよ」
美和と呼ばれた相手の少女は持っていた石を投げると、伊織の両手を後ろ手に回して、さらに手首をロープで縛りだした。
伊織が中々美しいと感じた少女と同様、この美和という少女も美少女の部類に入るだろう。
肩から10センチほどあるシャギーのかかった黒髪。
切れ長の目、しかし瞳はつぶらで、さらに外見とは別に年齢には似合わない色香もある。
まるで、黒い牝猫をイメージさせた。


「でも、ちょっと残念ね。あんたを殺してくれると思ったのに」
「……何ですって?」
「だって嫌いだもの、あんたのこと。千鶴子、あたしはね、あんたみたいな女は大嫌いなのよ」














「……殺してやる」
美恵と離れて一時間。雅信に我慢の限界が訪れだしていた。
「こうしている間にも彼女は……」
それは徹も同様だったに違いない。
「晶や直人なんかに彼女を任せられるものか。
彼女を守ってやるのは彼女のナイトの役目。つまり僕の、だ。それを……」
「……待ちなよ薫。誰が彼女のナイトだって?」
「僕だと言ったんだよ」
「この際だから言っておいてやる。おまえが彼女に手を出すのはオレに対するあてつけだろう?」
徹はさも見下したような表情で薫に詰め寄った。


「自分の取り巻きが一方的にオレに言い寄ってきたのを逆恨みするなんて。
一つ教えておいてやる。見苦しいんだよ、男の嫉妬は」
「……何だって?」
「いいか、彼女はオレのものだ。二度と手を出さないでくれ」
「……うるさい。美恵はおまえたちのどちらのものでもない。オレのものだ。だから美恵を抱けるのはオレだけだ」




「いい加減にしろよ」
三人のやりとりを黙って聞いていた貴弘がさも面白くないような表情で言い放った。
「黙って聞いていれば……彼女はおまえたちのものじゃないだろう」
「へえ、だったら誰のものなんだい?聞かせて欲しいな杉村くん」
薫が冷酷な笑みを浮かべていった。
「簡単だ。彼女はとても魅力的だ、それにふさわしい男が相手をすればいい。
だから一番強い奴がとればすむことだろう」
「驚いた、見直したよ杉村くん。君もなかなかいうじゃないか。
てっきり、彼女に選ぶ権利があるなんて陳腐なセリフを吐くかと思った」
「愛情なんて後からついてくるものだ。奪い取った奴の勝ちなんだよ」
「全く同感だ。杉村くん、僕達気が合いそうだね」


「だったら……この4人だけでもさっさと決着つけたほうがいいんじゃないか?
オレもいい加減にくだらない言い争いにはうんざりしていたところなんだ」
そういうと徹が学ランを脱ぎ背後に投げた。
「……つまり、負けた奴は二度と美恵に手を出さない。そういうことか?」
続いて雅信も学ランを脱ぎ捨てた。
「やれやれ、野蛮人だな君たちは。仕方ないから付き合ってあげるよ」
「ちょうどいい。おまえたちには日頃から内心ムカついてたんだ」
さらに薫や貴弘も同様に学ランを脱ぐと戦闘態勢をとった。


「……ルール無用。どんな手を使おうと合法、それでいいんだね?
ああ、断っておくけどオレは手加減する気はないよ。やめるのなら今のうちだ」
自信家の徹はすでに自分が勝つものと思っているらしい。
「オレは引く気はさらさらない。情けない息子を持ったと母さんに惨めな思いをさせるわけにはいかないからな」
「僕も今さら止めるつもりは無いね。今ここではっきりさせたほうがいい。
誰が最強で、誰が彼女にふさわしいのかを……ね」
「ふざけるな……あの女はオレのものだ。邪魔する奴は容赦しない……皆殺しだ」














……くん……山科くん……

(……誰だ……どこかで聞いたことがあるような……)

「しっかりして山科くん!!」
「……ん」


伊織はゆっくりと瞼をひらいた。視界にボヤ~と女が現れた。
ポニーテール……それに、この顔は……。
それはいつも見慣れた顔だった、クラスの女生徒の中心に常にいる少女。
いつもはつらつと明るい、クラスメイトの人望もあつい委員長・内海千秋。


「……内海。オレは……」

そこでハッとした。そうだ、自分は襲われて!!


起き上がろうと上体を起こした。途端に頭に痛みが走る。

「大丈夫?山科くん」
「……内海、ここはどこだ?」




……壁、天井、床……綺麗だ、何かの施設だろうか?
華美な装飾品は一切無いが、清潔な空間がそこにはあった。
しかし、そんなことはどうでもいい。殴られた頭がズキズキする上に縛られている、千秋もだ。

「内海、どうして君がここにいるんだ?」
「いきなり頭を殴られて気がついたらここにいたのよ」
「……オレと同じか」
その時、ガチャっとドアが開いた。


「ふーん、気がついたんだ。結構タフだね」

あの女!忘れるはずがない、気を失う前に確かにみたのだ!!
背後から襲ってきた、あの女を!!


「誰だ、おまえは!さっきの女とグルになってオレたちをどうするつもりだ!!」
「大人しくしててよね。あたしたちが決めることじゃない。
礼二が帰ってきたら直接聞いてよ。彼がやれって言ったんだから」
「礼二?男か?そいつが西村を殺したのか!?」
「……え、殺した?小夜子を…?」
千秋は伊織の突然の言葉に理解不能だった。


「星野や小林を殺したのもおまえたちなのか?!」
「うるさいわね。だから礼二に聞けって言ってるでしょ。心配しなくても夜になる前には帰ってる来るから」
「夜になる前だと?ふざけるな、殺人鬼なんかと一緒にいられるか!!」

その少女――伊織や千秋は名前など知らないが徳永美和(とくなが・みわ)といった――はドアノブを手にすると最後に一言だけ言った。


「断っておくけどやったのはあたしたちじゃないわよ。
あたしたちのクラスメイトだって、あいつらにほとんど殺されたんだから」




【残り35人】




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