「……こんな…こんな、ふざけた結果をオレが許すとでも思っているのかい…?」
「……僕も納得いかないよ。僕が守らなくて一体誰が彼女を守るんだ?」
「……ふざけるな……殺す。……オレは、この女のそばから離れない」
「……母さんが言ってたぜ。理不尽だと思うような時は自分の直感を信じて行動しろと」
「うだうだ騒ぐな。これは公平なくじ引きで決まったことだ。おまえたちも同意したことだろう」

勝ち誇ったように正論を述べる晶を前に、徹、薫、雅信、貴弘はお互い睨みあっていた。
今、ここにいるのは18人。
話し合った末に、4、5人ほどのチームで別れ、一組が残り、後の三組が出発する事になった。
そして徹、薫、雅信、貴弘は同チームだったのだ。
さらに、彼等は四人組。つまり、美恵とは離れ離れというわけだ。




Solitary Island―40―




「よし、すぐに行こう」
「慌てるな杉村。まずは武器を調達しないとな。
幾らなんでも丸腰で、あの島に乗り込むバカは自殺願望者しかいないだろう」
川田が煙を吐きながら、落ち着いた声で言った。
「慌てるなだと川田?オレはこれでも十分すぎるほど待ったんだ。
やっと、やっと島の位置がわかったんだ。
一分一秒が惜しいくらいだ、武器を調達するならいい場所を知っているぞ」
「弘樹……まさか、あれのこと?」
「ああ、そうだ。兵器工場の倉庫から盗めば……」
「おい、杉村。兵器工場は軍が監視している。そんな所どうやって忍び込むっていうんだ?
島に行く前に即逮捕……いや、即射殺であの世に旅立つことになるぞ」
「だったら今持ってる武器だけでやるしかないだろう。オレも貴子も銃くらい持っている、弾だって」
「はい、そこまで」
全員、振り向いた。光子が愛らしい顔で小悪魔の微笑を浮かべていた。
「まったく、備えあれば憂いなしってこと知らなかったの?あたしは、いざというときの為にちゃーんと準備してたわよ」














美恵……オレは美恵と一緒にいたい」
「大丈夫よ。私のチームは強い人ばかりだもの。それより俊彦にあまり迷惑かけないようにするのよ」
「……オレは俊彦に迷惑をかけたことは一度も無い」
「おーい、志郎。おまえさぁ、オレにケンカ売ってんのか?……あー、オレもう死にたくなってきた」
「殺してやろうか俊彦?」
「……おまえがいうと冗談に聞こえないんだよ」
俊彦は頭を抱えた。そう、腐れ縁というべきか、志郎と同じチームになってしまったのだ。
留守番組なので危険な目に合うことはないだろうが、志郎と一緒にいるくらいなら単独でも捜索に行くほうがマシかもしれない。
「俊彦、志郎をお願い。それに美登利さんたちも」
だが、美恵にすがるように言われるとNOともいえない。
「……OKわかったよ。こうなったら、とことん付き合ってやるさ。
それと気をつけろよ。直人や攻介が一緒だから心配する必要はないとは思うけど、どんな奴がいるかわからないからな」
「……わかってるわ」
留守番組……速水志郎、瀬名俊彦、服部雄太、横山康一、曽根原美登利




「……おじさん。せっかく、おじさんに押し倒してでも彼女を手に入れろって励ましてもらったのに離れ離れだよ。
オレって昔からくじ運悪かったもんな……」

「聞こえたよ♪」

真一は、まるで氷でもみるかのような目で振り向いた。
「そっかぁ、三村って天瀬のこと好きだったんだ。いいこと聞いちゃったな」
愛くるしい顔立ちの美少年が、これまた愛想のいい笑みを浮かべている。
しかし、真一は不思議なことに、その笑みの裏側に悪魔を見たような気がした。
「ねえ三村」
その少年は、そっと真一に耳打ちした。

「ここだけの話。よかったら天瀬のランジェリー買わない?安くしとくよ」
「何だとぉっ!!!」

一気に視線が2人に集まった。


「バカ、大きな声出さないでよ。他の奴にバレるだろ」
「ちょっと待て。おまえ今なんて言ったんだ?」
「だ・か・ら。彼女の……だよ。サービスして一万円で手を打つよ」
「何で、おまえがそんなもの持ってるんだ?」
「企業秘密」
「おい、何をコソこそ話してるんだ」
質問してきたのは海斗だった。
「んー、2人だけの秘密だよ」
「……怪しいな」

(危ない危ない。寺沢は天瀬と仲いいから彼女の下着を無断で貰ったなんてばれたら大変だよ)

洸は海斗に注意を払いながら尚も交渉した。
「ねえ。買うの買わないの?」
「……おまえ絶対にろくな死に方しないぞ。……親の顔見てみたいぜ」
「何なら見てみる?」
洸はポケットからスッと一枚の生写真を取り出した。
ブランド品を着こなし、何ともいえない色香と豊満なスタイルの女性が写真の中で天使のような笑みを浮かべている。
その愛らしく美しい顔は洸と非常によく似ていた。




「オレのママ。けっこうイケてるだろ?」
「……何でそんなもの持ち歩いてるんだよ」
「うちのママ美人だろ?結構いい値で買ってくれる奴がいるんだよ」
「……おまえ母親も金儲けの道具にしてるのかよ」
「まさか。ちゃんとママにはリベート渡してるんだ」
「……あきれた親子だな。父親もやっぱり守銭奴タイプなのか?」
「ああ、オレって父無し子なんだ。いわゆる私生児ってやつ」
真一が少々バツの悪そうな顔をした。悪いことを聞いてしまったと思ったのだろう。


「オレ、父親の顔も名前も知らないんだ。ママは一度も話してくれた事なかったし、オレも一度も聞いたことないもんな」
「………」
「でも多分生きてないだろうな。一度も会いに来てくれないんだから。
間違いないね。オレって結構直感当たるほうだし」
「……なんで、そんなこと言えるんだよ。おまえたちを捨てたとかって考えないのか?親父のこと憎くないのかよ?」
それは最もな意見だった。真一でなくても多くの人間はそう考えるだろう。
「変なこと言うんだな三村は。そいつがいなきゃオレみたいなイイコこの世に生まれてこなかったんだよ。
それなのに、どうして恨むんだよ。感謝こそすれ恨む筋合いなんてないだろう」
「……おまえと、おまえの母親を捨てた最低の男かもしれないんだぞ」
「それはない」
「なんで、そんなに自信持てるんだ?」
「簡単だよ。うちのママってオレがいうのもなんだけど、とんでもない我侭女なんだ」


「そのママが子供生むくらい惚れた相手なんだから、最高にいい男に決まってるだろ」


「……そうか」
真一は『まいったな』と心の中で呟きながら髪をかき上げた。
ふと思い出した。貴弘が仁科悟を半殺しにした暴力事件のことを。
普段はクールな貴弘がカッとなって暴力事件を起こした事にクラスメイト達は驚いていたが、真一は全く別の意味で驚いていた。
それは貴弘が父親を馬鹿にされたことに対し激怒したことだ。
正直言って真一には全く理解できなかった。


どうして、父親を馬鹿にされて、あそこまで怒ることができるんだろう?

もしも、そうもしもこれが自分の父だったら……真一は、そう考えた。
そして考えるまでもなく答えが出た。
悟が悪し様に言ったのが貴弘の父ではなく自分の父だったら……自分でも驚くくらいに冷めた自分自身を容易に想像できた。
自分でも不思議なくらい全く腹が立たない。
自分は親子の情など微塵も無い冷たい人間なのだろうか?
いや……と、いうより自分は父に対して愛情などないのだろう。
父の愛をきっぱりあきらめてから早数年。
自分の父に対する感情は、自分でも気付かないくらい冷めたものになっていたのだ。


「うらやましいな。……おまえも杉村も」
「え?なんで?」
「……別に。ただ、そう思っただけだ」
「おい、2人とも内緒話はそれくらいにして準備しろよ」
海斗が荷物をまとめながら注意してきた。
そういえば海斗も自分同様冷たい家庭に育った人間だったな。真一はふと思った。
海斗とは、それなりに気が合いよく話もした。
だから(詳しくは聞かなかったが)海斗が、家族とは名ばかりの他人を嫌って家を出た事も知っている。
あれほど美恵を大切にしているのも、他に愛情を持てる相手がいないからだろう。
真一はいつも自分を可愛がってくれる、おじさんのことを思い出した。

(……寺沢に比べたらオレはまだいい。おじさんみたいに親身になってくれる人がいるんだから。
仮に親父をボロクソに言われたってどうでもいいけど、もしおじさんを馬鹿にされたら、オレも杉村みたいに切れてただろうな)

「…ん?なんだ三村、オレの顔に何かついてるのか?」
「別になんでもない」




「秀明、オレもおまえも美恵とは別だ。どうする?」
「仕方ないだろう。それに美恵のチームには攻介と直人がいるから心配ない」
「……でも、オレ心配だ。それに晃司もまだ帰ってないし」
「大丈夫だ志郎。それとも晃司が殺されるとでも思っているのか?」
「絶対ない」
「そうだ。だから安心して待ってろ。……それに、あいつもついているから、美恵は大丈夫だ」
秀明は志郎の頭に手をおいて諭すようにそういった。ちなみに秀明は真一、洸、海斗と同じチームだった。
「……いざというとき、あいつは美恵を守ってくれるのか?」
「あいつは馬鹿じゃない。自分がついていて美恵にもしものことがあれば、余計な敵を作るということを理解している。
そういうへまをするような奴じゃない。安心しろ」
「わかった。秀明がそういうなら安心して待ってる」














出発してどのくらい歩いただろうか。まあ、時間にして数十分ほどだろう。
敵などどこにもいない。いるとすれば小鳥や虫くらいだ。
天瀬、手をかせ。この辺りは滑りやすい」
「ありがとう桐山くん。でも大丈夫よ」
「いいから、かせ。オレがそうしたいんだ」
桐山が、そっと美恵の手をとって先にたち歩いている。
もしも徹たちがいれば、途端に騒ぎ出してうるさいことこの上ないが、幸いにもここにはいない。
それもこれも公平なくじ引きのおかげだ。
美恵は桐山と同じチームだった。他に三人いる、攻介と直人と、そして周藤晶だ。


「ククッ…。あいつらの顔といったら傑作だったな」
「思い出し笑いか。悪趣味だぞ晶」
「これが笑わずにいられるか。くじを引いたときの徹たちの、あの表情。
あんな呆けたバカ面は滅多に拝めるものじゃない。それに、おまえたちだって良かったと思っているだろう?
もしも、あいつらの内一人でもここにいたら、うるさくてかなわないぞ」
「確かに」
「あいつら。ジェラシーが服来て歩いているような奴だからなぁ。
それにしても、くじ引きの結果とはいえ、上手い具合にわかれたよなぁ」
攻介がそう思うのも無理は無かった。
どう考えても足手まといとしか思えない美登利、雄太、康一は留守番組。
そして何と言っても美恵をめぐって低レベルな争いを日夜続けている徹たちはまとめて別のチームと来ている。


「なあ直人。もしかして神様って本当にいるかもしれないな」
「ああ、そうだな」
「どうした?」
「……いや、オレの気のせいかもしれないが、どうも上手くはめられたような気がする」
「はめられた?誰に?」

誰がはめるんだ。第一、そんな事して得する奴がいるのか?
くじを作ったのは美恵だ。本当に簡単なくじで細長い紙切れの先に数字が書いてあるだけのしろものだった。
そういえば、美恵がくじを作ったとき晶が「オレがやってやるよ」と珍しくくじ引き係なんてつまらないものを引き受けていたな……。

「ん?」

そこまで思い出して攻介はさらに思った。

あの晶が何で、そんなつまらないものに立候補したんだ?




(全く、上手くいった。これでしばらくは静かになる)
晶は相変わらず笑っていた。
(あいつらと来たら、うるさいことこの上ないからな)
晶の脳裏には徹、薫、雅信の悔しそうな顔が浮かんでいた。
(杉村、残念だったな。愛しい女と一緒になれなくて。
まあ、オレに対してふざけたことをしたおまえが悪いんだ。せいぜい徹たちと仲良く森の中を歩いてろ)
それから秀明と志郎のことも思い浮かべた。
(あいつらがいると色々と面倒だった。美恵から情報を無理やり聞き出そうものなら、必ず邪魔をするに決まっている。
特に、志郎はシスコンとブラコンを足したような奴だ、からうるさくてかなわないだろうからな)
それから前方を行く桐山と美恵を見た。
(あいつからは目を離すわけにはいかなかった。これでいい、これで怪しまれることなく奴を見張れる)




『いいか、奴から目を離すな。奴の行動や言動に細心の注意を払い、いざというときには……』
『わかっている。オレも軍部の威信をかけたプログラムに【例外】なんて論外だと思っていた。
もしも奴が覚醒したときには、オレはオレの任務を忠実に遂行する』
『よくわかっているようだな。鬼龍院大佐は実に兵士の教育が出来ている。
プログラムは我が大東亜共和国が誇る神聖なゲームだ。それを汚すものなど存在してなならない。絶対に――』





晶はポケットから細長い紙きれの束を取り出した。
そして、それを他の四人には気付かれないように茂みに捨てた。




【残り35人】




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