……シロイワチュウガッコウ…サンネンBグミ……

コンピュータの画面に無機質な文字が一文字ずつ表示されてゆく

……ダッソウシャ…… ……カワダショウゴ……スギムラヒロキ……
……ナナハラシュウヤ……ミムラシンジ……
……ウツミユキエ……ソウマミツコ……チグサタカコ……


「……教育省唯一の汚点だなぁ」
教育省長官は画面を見ながら呟いた。
タバコの煙がゆっくりと天井に上がっている。
「……こいつら、どこで何をしているんだ。いや…生きているんだろうか?」


イジョウナナメイ・イマナオ・セイシフメイ……


「生きているんなら必ず政府に対していずれ行動を起こすはずだ。
何しろ危険思想レベルAクラスが三人もいるんだからな」


画面には川田章吾、七原秋也、三村信史の画像が表示されていた。




Solitary Island―39―




「これが例の島だ。科学省が秘密裏にヤバイ実験を繰り返していた島らしい」
とある部屋の一室。男がコンピュータにある島の地図を表示させていた。
「大東亜共和国本州とは200キロ近く離れている。国際法に定められた領海ギリギリの範囲にあるんだ。
もちろん地図にも載っていない。政府のトップでさえ正確な場所はわからないような島だからな」
「よくわかったな三村」
テキヤのにいちゃんのような風貌の男がタバコを加えながら静かに言った。
「ああ、今回のプログラムの実行権が教育省から科学省に移行されたって情報だったからな。
科学省のメインコンピュータにアクセスしたんだよ。ビンゴだった。
もっとも逆探知を避けるために長時間アクセスは避けたんで、詳しい情報は得られなかったけどな」


「それで、その島には行けるの?」
茶髪の長髪がクールな美貌によく似合っている美女。
「ああ、途中で海上保安庁が張っているらしいが、奴等は単に脱国者を見張っているだけだ。
まさかあの海域に行く奴等を見張らされているとは思っていないらしい。
だから、そいつらを出し抜けば後は簡単だ。奴等のコンピュータに侵入して、細工すればいい」
「そう、安心したわ。それで出発はいつ?」
「おい千草、おまえ行く気か?この島はとんでもない化け物がうようよいるような島だぜ」
「そうだ貴子。オレが行くから、おまえは家で待ってろ」
「馬鹿ね弘樹。そう言われて、あたしが『ええ、わかったわ』なんて大人しく引き下がるとでも思ってるの?」
確かにそうだ。貴子の性格は誰よりも杉村が一番よくわかったいた。


「もちろん、あたしも行くわよ」
貴子とは全く違う種類の美しさを持つこれまた絶世の美女。
「……ま、おまえは止めてもききそうに無いよな」
「あら、わかっているじゃない」
三村は苦笑した。




「で、この5人で決まりか三村?」
タバコの煙を吐きながらテキヤのにいちゃん、もとい川田はゆっくりと言った。

「6人だ」

その声に、5人全員が振り向いた。
「遅いぞ七原。待ちくたびれたんで置いていこうと思っていたところだ」
「悪い川田。それにしても久しぶりだな、みんな」
しかし、懐かしさを堪能する暇や雰囲気は無かった。
「七原、内海には会ってきたのか?」
ふいに川田がそう質問した。
「……いや、そんな暇はないからな。第一、オレはもう幸枝とはおおっぴらには会えない人間だ」
川田は相変わらず煙を吐きながら、振り向きもせずに七原の言葉を静かに聞いた。
「だけど最後に声は聞けた。電話ごしだけどな」
「そうか良かったな七原。だが、一つだけ言わせろ。まだ最後なんて言うのは早すぎるぞ」


「じゃあ、これで全員集合ってわけだな」
三村は静かにコンピュータの電源を落とした。
「この島には政府のトップシークレットがある。
それが何なのかはわからないが、それさえ暴けば政府は内側から大きく揺れることになるんだ。
……オレたちの戦いも終わる。どんなことをしてでも、その証拠を掴むんだ。
わかってるだろうな、おまえら。これはお遊びでもなんでもない。
生きて帰れるかどうかもわからない生きるか死ぬかのデスゲームだ。
しかも敵はクラスメイトなんかじゃなく、未知の怪物だ、殺される可能性の方が高い。
その覚悟が無い奴は今すぐ降りてくれ。でないと足手まといになるだけだ」
三村の言葉は冷酷ではあったが、事実でもあった。


「何言ってるのよ。本来なら、あの時死んだかも知れなかった命なのよ。
いまさら何を怖がれって言うの?
それに今のあたしには命と引き換えにしても惜しくない大切なものがあるのよ。
それを守る為ならなんだってするわよ。
まして、いつまでも政府から逃げるような生活にはうんざりしてたところよ。
政府を潰せる鍵があるって時に、家でのんびりとしてられるわけないじゃない」
「……相馬、相変わらず強気な女だな。千草、杉村、おまえたちは?」
「愚問ね。三村、断っておくけど、あたしと弘樹は証拠なんて二の次だわ。
あたしたちは、どうしてもこの島に用がある。その為なら命なんて全く惜しくない。
泳いでだって行くつもりよ。そうでしょ弘樹?」
「当然だ貴子」
川田が加えていたタバコを灰皿に押し付けた。

「よし決まったな。じゃあ出発するとしようか、沖木島をはるかに凌駕する魔の孤島に」














「……夜が明けたようね」

美恵 は複雑な気持ちで水平線から浮かび上がった太陽を見詰めた。
こんな時でなければ、すがすがしいくらい綺麗な朝日だ。
雄太に康一、それに美登利はまだ夢の中だが、他の者はすでに起きていた。
いや、起きていたというより洸以外の人間は一睡もしなかったといった方が適切な言い方だろう。
とにかく、夜が明けた以上行動しないと。
「皆を探しに行きましょう。なるべく早い方がいいわ」
そうでないと手遅れになる。美恵は今尚帰ってこない者達を心配していた。
それに、今行動を起こさなければ遅かれ早かれ、謎の殺人鬼に殺される。
受身でいたら乗り越えられない。


「とり合えずさぁ、手分けして探そうか?」
洸があくびをしながら提案してきた。
「……そうね。相馬くんの言うとおりだわ」
「わかった。オレは天瀬と一緒にいこう」
すかさず桐山がそう言った。
「待ちなよ。彼女はオレが守る、桐山くん、君は黙っていてくれないか?」
例によって徹が、さも面白くない面持ちで反対意見を出してきた。
このままでは、収集がつかなくなる。

「くじ引きで決めましょう。ね?」














「……吉田、夜が明けたぞ」
「そうだな」
「……な、なあ……古橋を探しに……」
「早く帰るんだ。無駄なことをしている時間はない」
「お、おまえ何て冷たい奴なんだよ!仲間を見殺しにするつもりなのか!?
それに古橋には結構イカしたお姉さまが2人もいるんだぞ!!」

純平は必死に訴えていた。しかし拓海は全く取り合わない。
誠は青ざめた表情で呆然としている。
そして捕獲した少女はそれ以上に青い表情でガタガタと震えていた。
古橋大和の姿は……どこにもなかった。




――数時間前――

「じゃ、そろそろ歩こうか」
「えー、もう歩くのかよ。オレ疲れたよ」
拓海の言葉に、大和はうんざりしたような返事をした。
「文句言わない。ほらさっさと立てよ。でないと置いてくぞ」
それから拓海は例の少女を見て、さらにこういった。
「ほら、彼女も立たせろよ。夜明けまでには戻らないと」
そこでブツブツいいながらも大和は少女を立たせようとした。
その時だった。少女が大和に体当たりしたかと思うと逃げだしたのだ。
「古橋何やってるんだ!!」
普段は寝ぼけているような拓海に怒鳴られた。
いや、普段が普段だけに余計に怖かったのだろうか、大和は「ご、ゴメンよ」と言うや否や少女を追いかけだした。


「おい待てよ!」
少女は、それこそ必死になって全速力で逃げている。なかなか追いつけない。
しかし、両手を縛られていることもあってか大和は容易く追いついてきた。
そして傾斜を駆け上がろうとしていた少女を押さえ込むようにして捕まえたのだ。
「もう逃げられないぞ!!」
大和以外の三人にこられたら完全に逃げられなくなる、そう思ったのか少女は必死になって抵抗しだした。
両手首を縛られた状態で大和をぶってきたのだ。


「痛!畜生、何だよ!!痛いじゃないか!!
オレ、姉ちゃんたちにも殴られたことないんだぞ!!」
余談だが、大和には9歳年上の次姉と12歳年上の長姉がいる。
両親が歳を取ってから生まれた末っ子、それも1人息子ということで、両親や姉達に盛大に甘やかされて育った。
こんな島でサバイバルごっこしているのでさえ我慢の限界なのに、初対面の相手にぶたれるなんて!!
「クソッ!言いつけてやる!!」
頭にきた大和は少女を地面に押さえ込み大声で怒鳴りだした。


「姉ちゃん達に言いつけてやるからな!うちの姉ちゃんは2人とも強いんだぞ!!」

それは事実だった。大和の父が陸軍の軍曹をやっていた影響を受けたのか、二人とも女の身で専守防衛軍に入隊。
長姉は長刀と剣道、次姉は柔道の有段者。
大和が上級生にイジメに合おうものなら、姉たちが報復してくれるということも合ったくらいだ。
しかし大和はとんでもない思い違いをしていた。
いつもかばってくれる姉達はこの島にはいないということに。


「オレが小学生のころカツアゲしてきた高校生の不良なんか姉ちゃんに病院送りにされたことだってあるんだぞ!!
謝れ、謝れよ!!でないと本当に言いつけて……」

少女の動きが止まった。
いや、ショックのあまり硬直したのだ。

「……え?どうしたんだよ?」

大和は気付いた。その少女が自分ではなく、自分の背後にあるものを凝視し怯えていることに。
反射的に振り向いた。そして――。

パシャッ…!

少女の顔に何か液体が掛かった。
大和の思考は――完全にストップしていた。




「古橋!捕まえたのかっ!?」
拓海たちが駆けつけてきた。
「古橋?」
いない。どこにも大和の姿がない。返事も。
「おい吉田、来てくれよ」
純平が呼んでいる。純平が少女を発見したのだ。

「……女だけか?」
「ああ…それに彼女変だぞ。何かに怯えてる」

夜ということでよくわからなかったが、確かに少女は怯えていた。
その証拠に逃げようともせず、その場に倒れこんでガクガクとただ震えている。
「な、なあ……どうしたんだよ?」
純平が少女の顔にそっと触れた。途端に違和感に気付いた。
「……おい、何だよこれ」
少女の顔に何かがベッタリと付着している。強い匂いから、それが何なのかすぐにわかった。


「……血だ。おい、これってまさか……」


そうだ、血だ。問題は、誰の血かということだろう。
いや正確に言えば、古橋大和の血か?である。
そして古橋大和はどこにいる?生きているのか、死んでいるのか?
いや、それ以上に重要な問題がある。一体誰が襲ってきたのか?ということだ。

「……お、おまえが古橋を殺したのか?」

誠が震えながら少女を指差した。
今だ茫然自失となっていた少女だったが、ぶんぶんと首を振った。


「じゃあ何でいないんだよ!おまえ以外に古橋殺す奴がいるわけないだろ!!」


恐怖でパニック状態になった誠は少女に掴みかかった。
「おい止めろよ!!まだ彼女が犯人だって決まってないだろ!!」
慌てて純平が誠を引き剥がしにかかった。
「何言ってんだよ。他に誰がいるんだ、五十嵐も殺した奴だぞ、古橋を殺しても何の不思議も無い!!」




「黙れよ!!」
誠と純平は思わずビクッとなって振り向いた。
「彼女がやったんなら、なぜさっさと逃げなかった!?なぜ古橋の遺体がないんだ?よく考えて見ろ!!」
誠が「あ!」と声を出した。
「それだけじゃない。彼女が犯人じゃない証拠がある」
拓海は注意深く地面を見ながら少女に近づいた。
「よく見ろ、地面に何かを引きづった後がある。血の痕がべったりだ」
確かに、暗闇でよく見えなかったが、冷静になってよく見ると微かに月明かりが赤い線を浮かび上がらせていた。
「それに彼女だ。よく見ろ、この血液の飛び散り方を」
少女には左頬から胸の辺りまでベッタリと血が付いていた。


「もしも彼女が何かの凶器で古橋を襲ったとしたら、当然血液は彼女の手や、
それに近い位置…つまり胸部から腹部にかけて多く付くはずだ。
でも実際には顔から胸部にかけてついてる。不自然だ」
「……そ、それじゃあ……古橋を殺した奴は……」
「……ああ間違いない。第三者がやったんだ」
「……ヒッ!は、早く逃げよう!」
誠はすぐにでも走り出しそうな勢いだ。
「バーカ、逃げるったって、こんな暗闇の中さっさと逃げれるわけ無いだろ。
第一、オレたちこの島の地図ももってないんだぞ。下手に歩いたら迷うだけだ」
「だったらどうするんだよ」
「ここは茂みや木が多すぎる。どこかマシな場所を探して夜が明けるを待とう」









こうして拓海の意見に従って再び歩き出した。
純平が少女をおこして逃げないように、しっかり手を掴んでいる。
周囲に注意を払いながら崖下にある洞穴を発見して、そこで一夜を過ごすことにした。
洞穴といっても三メートルほどの奥行きしかなかったが、少なくても背後から襲われることはない。
そして三人が交代で常に2人が見張りにたつ体制で夜が明けるのを待ったのだ。
純平は大和を探すことを提案したものの、あっさりと拓海に拒否された。
しかし、それは正しい意見だろう。
あの血液の量からして、たとえ遺体を確認しなくても、大和はもうこの世にはいないだろうから。
しかたなく大和を見捨てる形で三人は少女を伴って海岸めざし歩き出した。

……ポト…ッ…

「…何だよ。朝露か?」
純平は反射的に後ろ襟首に手を入れた。
「どうした根岸」
「上から水が落ちてきたんだ。襟の中に入っちまった」
が、後ろ襟から手を出した純平は……瞬間的に固まった。
「……ヒ…」
見る見るうちに青ざめていく。
自分の右手を凝視したまま、ただ表情だけが青く固く変化していった。
落ちてきたのは朝霧なんかじゃない。


拓海は反射的に上を見た。
連鎖的に純平も誠も、そして少女もゆっくりと見上げた。

「……そ、そんな…」

誠がヘナヘナとその場にしりもちをつくように倒れこんだ。
純平は何が起きたのかわからず、ただ呆然と見上げ続けた。


木の枝、地上五メートルほどのところに血まみれの古橋大和がいた。




【残り35人】




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