奴等は動物とは思えないような声をあげながら次々と襲ってきた。
「フン、甘いんだよ下等生物が!!」
スッと銃をあげる勇二。
「勇二、銃はなるべく使うな!」
「うだうだ騒ぐな!!安心しろ消音器付きだ」
銃をあげた。そして引き金を引けば良かった。
それなのに一瞬勇二は動きを止めた。いや、勇二だけではない、隼人もだ。


(……何だ、この気配は…。違う、F1やF2じゃない!!)


「ギィィィー!」
「……しまった!」

一瞬、前方の敵の存在を忘れていた。
そして、まるで猛スピードの暴走車がぶつかってくるような勢いでF2が勇二を突き倒してきた。


「勇二!!」




Solitary Island―38―




「あー、よく寝た。あれ?まだ夜なの?じゃあオレもう少し寝てていいかな?」
「待て相馬。おまえに話がある」
「あれ?珍しいね、菊地がオレに話があるなんて」
しかも怖い表情してるよ。もしかしてオレ、怒らせるようなことしたのかな?
全然、心当たりないよ。おかしいなぁ、ひとに怨まれるようなことはしたことないんだけど。
「俊彦や攻介に何をしたんだ?」
「……ああ、なんだそのことか」
「おい、よせよ直人」
俊彦がオロオロしながら直人の腕を掴んだが、もちろんそんなことで直人が止まるはずもない。


「えーとね。天瀬のこと」
「何だと?」
俊彦が焦りながら直人の後ろから『約束忘れてないだろうな?』と声を出さずに口をパクパクさせている。
「ああ大したことじゃないよ。ほら思春期の子には他愛もないよくある話」
「……どんな話だ?」
「んー、例えばさぁ、彼女モテるから交際歴とかあるのかとか、初体験とは言わないけどキスくらいならしたのかな、とか」
俊彦は直人の背後で焦りながらもホッとしていた。
くだらない嘘だが無難だ。これなら直人のほうからあきれて打ち切るだろう。

「本当にそれだけなのか?」
「うん、そうだよ。オレの勘じゃあ彼女ファーストキスもまだだろ?」


「フッ。笑わせるね」


「……あれ?なんで佐伯が勝ち誇ったような顔してるの?」
「……そういえばそうだな。ん?どうした直人、何赤くなってるんだ?」
「……うるさい!…クソッ、徹の奴……」

幸い、この四人の会話は他の人間には聞こえなかった。
ただ比較的近くにいた晶だけは聞こえていた。


(……戦場にいるときは顔色一つ変えないくせに。相変わらず、こういうことにはウブだな直人。
まったく、あの程度のことを思い出しただけで動揺するなんて……まだまだガキだな)














「……首の頚動脈を一直線に切られている。背後から襲われたな」

晃司は方膝を地面につけた状態で注意深く検死をしていた。
問題は、その検死の対象が人間ではないことだろう。
足元に転がっている死体。大きさからして先ほど見たF2と同じくらいだ。
まただ。そうまたF2の死体を発見したのだ。
自分達特選兵士以外の生徒でコレを片付けられる生徒などそうそういるものではない。
しかも手を下した奴は同一人物だ。
またしてもF2の顔を踏みにじった靴跡がある。よほど、この醜い生物のことが嫌いらしい。


(……誰だ?……それにしても……)

晃司は振り向かずに背後に意識を向けていた。

(いつまでつけてくるつもりだ)

最初の死体を発見してから三キロほどあるいた。その途中からずっとついてきている。
晃司はその相手にさほど興味はなかった。
なぜなら、その相手は必死になって晃司を尾行しているが、晃司には手に取るように気配が読めた。
その相手は気配を消せない、つまり素人なのだ。
だとすればどうでもいい。その正体も見当がついた。
捕まえても良かったが、正直って任務外のことに晃司は全く興味はなかった。
だから、ほかっておくことにしたのだ。
それよりも、科学省が作り出した生物兵器であるF2をこうも容易く片付けた相手の方が気になる。
まだ遠くには行ってないはずだ、晃司は走り出した。
途端に、晃司を尾行している奴も走り出していた。














天瀬、もう少し休んだ方がいい」
「ありがとう桐山くん。でも大丈夫よ、こう見えても体力あるほうだから」
「そうか、だが無理だけはしないほうがいい」
「ええ、わかってるわ。ありがとう」
だが、美恵はとても瞼を閉じる気にはなれなかった。


天瀬」
ふいに桐山が声を掛けてきた。
「何?」
「……オレは二年間の記憶を失った。以前そう言ったな」
「……!」
美恵は僅かに表情を強張らせながら桐山を見詰めた。
「オレは……以前、香川県の中学にいた」
桐山はさらに続けた。
「だが何も思い出せない。どんな町に住んでいたのかも、学校名さえも……。
しかし、どうでもよかった。だから、思い出そうとも思わなかった。だが……」
美恵は固唾をのんだ。


「……不思議だな。この島についてから、思い出すべきことなんじゃないかと思えて仕方がないんだ」
美恵は黙ってきいていたが、ふいに口を開いた。
「思い出さないのは思い出すのがつらいから?」
「わからない……だが、それは違うと思う。何かに邪魔されている。そんな感じなんだ」
「……そう」
「オレは思いだすべきなのか?」
「わからないわ。でも桐山くん、これだけは覚えておいて」


「人生はコインのように単純じゃないってこと。
思い出すにしても出さないにしても、それはあなた自身の意思で決めることなのよ」














F2に飛びつかれたまま勇二の体が地面を滑った。
次の瞬間、F2の足が地面から離れ高く上がっていた。
そして、そのまま一回転するように今度は背中越しに地面に叩きつけられていた。
そう、勇二に飛びついたまでは良かったが、勇二が巴投げのようにテコの原理で投げ飛ばしたのだ。
すかさず立ち上がる勇二。しかし今度は二匹まとめて飛び掛って来た。
だが、勇二に攻撃が届くことは無かった。勇二とF2の間に隼人が入ってきたのだ。
ほぼ同時に、一匹が悲鳴をあげ吹っ飛んだ(隼人が首目掛けて蹴りをいれたからだ)
一匹は悲鳴を上げることなく地面に倒れた(隼人が喉をサバイバルナイフで一瞬にして切り裂いたのだ。声もでない)
地面に倒れると同時にのた打ち回る。が、それも長くは続かなかった。
隼人の持っていたナイフに今度は脳を貫通させられていたからだ。
そう、完全なる即死だ。


「油断するな勇二」
「フンッ、大きなお世話だ!!」
「いいか、四匹はオレが引き受ける。残り二匹、やれるな?」
「何だと!!」
これには勇二のプライドが台無しだ。つまり隼人は自分を下に見ているということではないか。
「ふざけるな!元々はオレの獲物だ、オレがやる!!」
「そうか、だったら言葉ではなく行動で証明して見せろ。……来るぞ」
五匹が2人の周囲を取り囲むと同時に一斉に襲ってきた。














「……全く、嫌になってくる」
貴弘は立ち上がると漆黒の海に向かって歩き出した。
並が足元まで寄せてくる位置までだ。

(……この島には何かいる。それを運よく倒してもどうやって帰る?
この島は政府のトップシークレットだ。軍や海上保安庁が助けに来るわけがない)

そして両親のことを思い浮かべた。

(……親父と母さんのことだ。どんな方法を使ってでもオレを探そうとしてくれるだろう。
だが、こんな地図にも載ってない島にいるなんてわかるはずがない)

不意に誰かが横に立っていた。三村真一だ。


「……何考えてるのか当ててやろうか?」
「……………」
「この島は普通じゃない。だから当然レスキューもこない」
状況に似つかわしい実に淡々とした口調だった。
「オレたちは絶海の孤島に閉じ込められたんだ。それも殺人鬼付きのおぞましい島にな」
「……今に助けが来る。何しろ可愛い子供たちがそろって行方不明になったんだ。
一人くらい、必死になって探し出してくれる親がいるだろう」
それは貴弘らしくない言葉だった。貴弘自身、そんな希望的予想は持っていない。
しかし、それを口に出すわけにはいかない。
たとえ嘘でも救いのある言葉を。
それは傍若無人な貴弘にしては出来すぎているくらいの気遣いだった。
しかし、それは真一にとっては気休めどころか逆効果だった。


「……親が助けて来てくれる…か。杉村、おまえ愛されて育ったんだな」
「どういうことだ?」


「世の中、そういう親ばかりじゃないってことさ。
少なくてもオレの親父は下手したら厄介払い出来たと思って喜んでいるかもしれない」
「おまえ何を言ってるんだ?息子が可愛くない父親なんているわけがないだろう」
自分を溺愛してくれる父を見て育った貴弘にとっては、それは当然の考えだった。
真一の言葉は信じ難いと言うよりは、全く信憑性のないものだったに違いない。
しかし、そんな貴弘の言葉に反して真一は淡々として表情をしていた。
とても嘘をついているとは思えない。


「なあ杉村。おまえの誕生日、おまえの家族は祝ってくれるのか?」
「当然だ。親父も母さんも、その日は残業も付き合い酒も一切せずに帰宅する」

ちなみに杉村家には『杉村夫妻の結婚記念日』『杉村夫人の誕生日』『貴弘の誕生日』という三大記念日がある。
その日は、何をおいても最優先され、必ず家族そろって祝うのだ。


「オレは物心ついてから、かなり大きくなるまで誕生日を親に祝ってもらうものだなんて知らなかった」
貴弘の目が僅かに大きくなっていた。
「そうだなぁ、親父の女……いちいち顔も覚えてないけど、何人か気まぐれでケーキ買ってきてくれたことがあったっけな」
「父親の女……?」

貴弘にとってはさらに信じられない事実だったに違いない。
貴弘の父は母に頭が上がらず世間一般で言うところのかかあ天下という奴ではあるが、決して夫婦仲は悪くない。
父は母の事をとても大切にしていた。母以外の女には見向きもしたことはない。
まして浮気や不倫なんて考えたこともないだろう。
これからも母一人を生涯愛し大切にして共に生きていくに違いない。
そういう父を見て育った貴弘には真一の家庭環境は到底信じられないものだった。

「驚いたかよ、世の中、おまえみたいにお幸せな家庭に育つ奴ばかりじゃないってことさ」














「……ギギィ…」
「フン、手間かけさせやがって……後一匹か」
チラッと目線を送る勇二。
隼人と勇二の周りには醜い怪物たちの死体が横たわっていた。
「……ギギギギギ」
勇二に殺された赤ん坊を抱きながら、クルリとF2が向きをかえた。
そして走っていた、そう適わないと悟り逃げたのだ。
「あっ!」
あの野郎ッ!!勇二の怒りが爆発した。
死んだとはいえ、あのF1は手ごろなサンプルには違いなかったのだ。
「ふざけるなッ!!オレの標本返しやがれ!!」
即、追いかける勇二。

「勇二!深追いするな!!」
「うるさい、黙ってろ!!」


「……行ったか。相変わらず短気な奴だ」
追いかけたいのは山々だが、そうは行かない。
この先で幸雄たちが待っている。これ以上、待たせたらこちらに来るかもしれない。
そうなったら、この怪物たちの死骸を見られる。言い訳もできなくなる。
それだけは避けなければならない。




「……それにしても」

なんだったんだ、あの気配は?

戦いの最中、一瞬感じたおぞましい気配。
F1やF2ではない。間違いなく、上のレベルだ。

「F3だろうな」

厄介だな。奴クラスになると知能を持っている。
それに凶暴性も増しているだろう。


「……早く帰った方がいいな」




【残り36人】




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