「なんだと?クソッ、めんどくさい!ムカつくぜ!!」
「……来るぞ」
闇の中、木の上から一気に襲い掛かってきた。
隼人が研究所の中で仕留めた生物と同じ、F2だ。
今度は集団で襲ってきたのだ。
Solitary Island―37―
「……ほらほら、とっとと歩く。そんな速度じゃ朝になってもつかないよ」
「吉田、いい加減にしろよ!!いいか、男ってのは女の子と仲良くするために生まれてきたようなものだろ?
神様がお与えくださった宿命に逆らうなんて……。ああ神よ、この罪深き男をお許し下さい。アーメン」
「……根岸。おまえクリスチャンだったのか?」
「んなわけないだろ。うちは代々真言宗だ」
「なあ吉田」
黙り込んでいた椎名誠が口を挟んだ。
「なあ、一休みしようか。どうやらこの子本当にヘトヘトみたいだし」
菜摘とバカップルやっているだけあって誠はそれなりに女の子に対する気遣いを心得ていたようだ。
「んー?じゃあ10分だけな」
拓海はそばにあった大木の根元に腰掛けた。
「ほら君も座ったら?もっと休みたかったら全部吐いてもらうけど」
「吉田、少しは優しくしろよ!ゴメンね。こいつ口も態度も悪くて嫌な思いさせたね。
疲れてるんだろ?何だったら、オレが全身マッサージしてあげようか?
こう見えても母さんや姉さんに上手だってよく褒められたんだよ。
ほら、とくに歩き尽くめで足が疲れてるだろう?その太ももなんかとくに疲労がタマって……」
純平の後頭部に鈍い音が響いた。
「痛えなぁ!何するんだよ吉田!!人様の頭に蹴り入れるなって教育受けなかったのか!?」
「……おまえこそ初対面の相手にセクハラするなって教育受けなかったのか?」
「何だとオレをセクハラ野郎だっていうのか!?」
「だってさぁ……下心丸出しだろ?」
「アホか、おまえは!下心丸出しにしてるから下心じゃないんだよ!!
上心なんだよ!!第一男が女の子にセクハラして何が悪い!?
男にしたら問題だけど、相手が女の子なら正常だろうが!!」
「……おまえって自分のスケベを正当化するのが得意なんだな」
「いい加減にしてくれよ!!!」
誠が溜まりかねて声を上げた。
「こんな時にふざけるなよ」
「……オレはふざけてないよ」
「オレだって大真面目だ!!」
「……オレは、オレは菜摘のことが心配で……こんなことなら菜摘から離れるんじゃなかった」
誠は頭を抱えてうな垂れた。
「……もしも共犯者がいたら菜摘は……」
「椎名、村瀬なら大丈夫だよ」
珍しく真剣な表情で拓海が言った。
「多分な」
「ねえ少しは寝たら?私もだいぶ休んだし交替するから」
「心配はいらないよ。オレが数日眠らなくてもフル活動できるってことは君も知っているだろう?」
確かに綺麗な顔に似合わず徹は、いや特選兵士は全員化け物並の体力の持ち主だった。
「じゃあ杉村くんや三村くん。それにカイも休んで」
「オレはいい。鍛え方が違うからな。それにいざというとき寝込んでいたら戦闘体勢も取れないし」
それはいかにも貴弘らしい答えだった。
「オレも全然平気だ。何しろ普段から夜型人間って奴なんでね。
まぁ、心配してくれてありがとう天瀬。嬉しいよ」
真一も全然平気らしい。口調に無理が見られない。
「オレも常日頃夜更かししまくっていたからなぁ。まあ疲れたら、その時は寝るから心配するなよ」
海斗も明るい声でそういった。
「そう……だったら桐山くんだけでも」
「オレもいい」
桐山は静かな声で静かに言った。
「それに、眠るよりもこうして天瀬の顔を見ている方が落ち着くんだ」
「………」
「直人」
「………」
「おい、聞こえてないのか直人」
「……聞こえてる」
「何考えてるんだよ。さっきから美恵みて、怖い顔して」
「俊彦……美恵は何をされたんだ?」
「……!」
「美恵があいつらに目を付けられていたのは知っていた。いつか、何か起こるだろうとも思っていた。
奴等の頭は晃司を異常なほど憎んでいたからな。晃司に弱点があるとすれば……美恵だ」
「…………」
「殺ったのはおまえ一人か?」
「……攻介もだ」
「他は?」
「……大勢」
「……オレにまで嘘つきやがって」
「しょうがないだろ。美恵にだって知られたくないことはある。頼むから、この話は忘れてくれ」
「それと、もう一つ聞きたいことがある」
「何だよ?」
「おまえたち相馬に何言われたんだ?」
俊彦は全身鳥肌が立つのを感じた。
一連のやり取りを直人に言おうものならどうなるのか容易に想像できる。
直人の気性を考えれば即洸を叩き起こし、その場で暴力沙汰になるだろう。
そうなると洸の口から、ここにいる部外者全員に美恵のことを暴露されるかも知れない。
「美恵、オレ達の心配はいいからさ。もう少し寝ろよ」
海斗が心配そうに睡眠を促した。
「大丈夫よ。こう見えても体力あるほうだから」
「……本当に大丈夫なのか?」
「ええ」
美恵にはわかっていた。海斗が言おうとしている本当の言葉を。
『大丈夫なのか?』その言葉は美恵が洸に触れられた時、取り乱してしまった事を心配しているのだろう。
海斗とは二年以上付き合っているが、思えば自分は心配ばかり掛けて来た。
海斗が他県から転校してきたのも元をただせば自分の為だ。
海斗は「あんな顔も見たくない偽者の家族と一緒にいるのはうんざりだから逃げてきたんだよ」と明るく言ったが、それは嘘だ。
元々、海斗は父が経営しているマンションの一室を自宅同然にして暮らしていた。
義理の母や兄姉に気兼ねすることない。
それに、向こうの学校には気の合う友達(まあゲイ仲間って奴だが)が何人かいた。
新しい土地で上手くやっていけるかどうか不安もあるだろうに、海斗は美恵の為だけに何の迷いもなく転校してしまったのだ。
それは海斗にとって、美恵が唯一愛情を注げる相手だということもあるが、何より心配だったら。
幸か不幸か洸の行動のせいで、その心配が杞憂ではないことも確信してしまった。
(……あの頃、美恵は普通じゃなかった。何かあったんだ?)
海斗は思い出していた。一年以上も前も出来事を。
(……最近、美恵と連絡とれないな。何かあったのかな?)
「おい海斗」
「…ん?何だよ」
「何だ聞いてなかったのかよ」
「ああ、悪い。何の話だったっけ?」
「旅行だよ、旅行。北海道と沖縄、どっちがいいんだよ?」
海斗はゲイ仲間の家に来ていた。
他に4人ほどいて、今度どこかに旅行に行こうという話になっていた。
だが、海斗は最近美恵が会いに来ないことが気になって旅行どころではなかったのだ。
しかも携帯は常に『この電話は電源を切っているか電波の届かない……』と機会の声。
海斗は心配でたまらなかった。
初めて美恵に出会った時、美恵は怪我をして倒れていた。
美恵が普通の女ではないことは考えなくてもわかる。
だが、そんなことはどうでもいい。
自分にとっては何十億という女の中で唯一大事な女、いや全人類の中で一番大切な人間、それで十分だった。
Darlin,Darlin~Stand~♪
その瞬間、海斗は反射的に携帯を即行で取り出した。
『スタンド・バイ・ミー』の着メロ。この着メロの相手は海斗にとっては世界中に一人しかいなかったからだ。
「美恵!!」
携帯を耳にあてると同時に叫んでいた。
『…………』
返事はない。しかし美恵だ、海斗はそう直感した。
「美恵、美恵だな?」
『……カイ』
懐かしい声。
「今どこにいるんだ?どうして連絡くれなかった?何かあったのか?」
海斗はなるべく優しい口調で質問した。
『……カイ……』
「どうした?」
『助けてカイ』
「美恵?」
『助けて助けて……私を助けてカイ……お願いよ』
「美恵どうした?何があったんだ?」
そのただならぬ様子に海斗は焦りだした。
「何があった?」
『…………』
「美恵?」
『……ごめんなさい。何でもないわ』
携帯が切れた。
「……美恵」
しばらく呆然としていた海斗だったが、その後の行動は早かった。
すぐに立ち上がると上着をとった。
「おい海斗、どこに行くんだよ」
「帰る。悪いがオレは旅行は無しだ。急用が出来たんだ」
「何だよ急用って?」
「おいつれないこというなよ」
「誰だよ美恵って。どうせ女なんだろ、ほかっておけよ女なんて」
「そうそう、女なんて裏切るだけだぜ。信じられるのは男だけなんだ。そんな女忘れて楽しくやろうぜ」
「バカ野郎!!おまえたちより大事な女だ!!」
海斗は振り向きもせずに飛び出していった。
普段温厚な海斗しか知らない仲間は、その激しさに呆然としながら海斗が出て行ったドアを見詰めた。
「……なあ」
ふいに一人が口を開いた。
「あいつ、もしかしてゲイの素質ないんじゃないのか?」
「……さあな。でもバカな奴だぜ、女なんかに入れ込むなんてさぁ」
「そうだよなぁ……いつか他の男のものになる相手に尽くしてどうなるんだよ」
「そうそう、オレたちみたいな男に女は一生縁がない生き物なのにな」
「「「「……馬鹿だよなぁ、あいつ」」」」
美恵は薄暗い部屋の中にいた。壁に背をもたれて……。
その部屋はマンションの一室だが、ここしばらく夜になっても明かりがつくことはなかった。
美恵はしらないが、海斗が何度もマンションの前に来て帰ったことがあった。
美恵が帰ってきているか見に来ていたのだが、いつも部屋は暗い。
溜息をついては帰途に着く。それが海斗の日課になっていたくらいだ。
わかっていた、自分は所詮は一人なのだと。
晃司たちとは六歳のあの日に別れたとき、生きる道も分かれてしまった。
それなのに自分のせいで迷惑をかけた。
もしも晃司や秀明が科学省の秘蔵兵士でなければ即銃殺刑になっていただろう。
全部自分のせいだ。
……誰か、誰か助けて……
その時だった。外からバイクの音が聞こえたのは。
時計は深夜0時を回っている。
こんな時間に誰?
美恵は立ち上がるとベランダに出た。バイクがマンションの前で止まった。
そして男がバイクにまたがったまま、美恵を見上げながらヘルメットを取った。
美恵は泣きそうになった……。
「……カイ」
もしかしたら自分はただ誰かにすがりたかっただけかもしれない。
でも、そんな自分に応えてくれる人間がいた。自分は一人ではなかったのだ。
「……カイ」
「なんだ?」
「どうして何も聞かないの?」
「おまえが聞いてほしいのなら聞く。でも言いたくないことなら無理に聞こうとは思わないだけだよ」
美恵は月明かりが差し込む部屋の中、相変わらず壁に背をもたれる体勢で座っていた。
違うのは海斗も同様に座り、美恵の肩に手を回し大切そうに抱きしめていたことだ。
美恵も先ほどまでの不安が嘘のように、海斗の肩に頭をのせ、まるで小さい子供が父親に甘えるような、そんな安堵した表情を見せていた。
「美恵」
「…何?」
「何があったのかなんてオレは聞かない。でもオレが必要になったらいつでも呼べ」
「いつか、おまえを心から愛して一生守ってくれる男が現れるまで、オレがおまえを守ってやる。
そんな男が現れるまではオレがそいつの代わりにおまえを守ってやるよ。
だから一人でいるな。おまえはオレにとって60億でたった一人の大切な人間なんだ」
「ふざけやがって!特選兵士最強の和田勇二様を何だと思ってるんだ、返り討ちにしてやるぜ!!」
F2が飛び掛ってくる前に勇二の方が飛んでいた。
そして、空中で敵の一人の首目掛けて強烈な蹴りが入っていた。
同時に、ギィィー!と悲鳴のような声を上げて、一匹が吹っ飛んでいた。
残りの五匹は地面に着地。
と、同時に一匹が先ほど勇二が岩に叩きつけて殺した醜い赤ん坊を抱き上げ、ギギギ…と恐ろしい唸り声を上げている。
「……フン、身内を殺されて頭にきてるってわけか。貴様等みたいな下等生物でも仲間意識があるんだな。
そいつを殺したのはオレだ。文句があるなら掛かって来い」
「オレが相手だ、貴様等下等生物には勿体無い相手だろう!ありがたく掛かってきやがれ!!」
【残り36人】
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