お、女の子……?」
「君が五十嵐を……?」

拓海が捕獲した相手は、あんな残酷な殺しをやってのけた殺人鬼とは思えない人間だった。
何があったのか着ているものは薄汚れ、髪も乱れている。
だが見た感じは普通の女の子だ。
いや小柄で細い身体つきで、平均的女子よりも、むしろ弱いような感じさえ受ける。
その目は猟奇殺人を犯すようなイカれたものではなく、反対に恐怖に怯えているような目だった。
しかも何があったのか、手や足に何箇所も擦り傷がある。


「……君が五十嵐を……ち、違うよな?」

純平はまだ信じられないといった口調で質問した。

「君も殺人鬼に酷い目に合わされたとか?そうなんだろう?」

怯えきっている少女をあやすように純平はなるべく優しい口調で言った。
しかし少女はまるで貝のように口を閉ざして答えようとしない。
それどころか逃げようと必死にもがいている。




「椎名、その辺りからロープの代わりになるようなものを探してこい」
拓海が誠に指示をだした。
誠は今だに驚きながらも「…あ、ああ」と指示に従った。
純平が「女の子だぞ!」と非難したが、拓海は「念の為だ」と即答し、誠がもってきた蔓で少女の両手首を縛り上げた。
「喋りたくなくても喋ってもらうよ。皆のところに連れて行って全部」
それから拓海はやや同情めいた表情でいった。


「あのさぁ、一つ忠告しておくけど、うちのクラス女の子でも容赦しないようなキツーい性格の奴等が大勢いるんだよ。
だから、今のうちに全部吐いた方がいいよ」

「吉田!脅かすようなこというなよ、怖がってるじゃないか、可哀想だろ!!」

純平がまたも怒鳴ったが、拓海は無視して少女の腕を掴むと強引に歩かせた。




Solitary Island―36―




「……スヤスヤ」

寝ている顔だけは天使だな。もっとも中身は悪魔だよ。

俊彦と攻介はそんな表情で洸を見詰めた。
特に攻介は「取り戻したがいいが…どうやって美恵に返せばいいんだ?」と頭を抱えていた。
そう、洸が2人を連れ出したときに何があったのか?




――数時間前――

「ねえ、どういうこと?」
美恵と晃司たちの写真をヒラヒラと振りかざしながら勝ち誇ったような態度の洸。

「なんで、この四人が仲良く写真に写ってるのかなぁ?」
「……た、他人の空似だろ」

明らかに動揺した声で攻介はバレバレの嘘をついた。
もちろん、この子悪魔にそんな弁解通じるはずがない。

「へぇー、そうなんだ。いいよ、もっと話の出来る相手に聞くから」

「なんだと?」
「本人に聞いてみるよ」
「なんだと!!」
攻介の表情がガラッと変わった。
「ふざけるな!おまえ、殺されたいのか!!」
「殺されたくないから聞いてるんじゃないか」
美恵は関係ないだろ!美恵にふざけたことしたら本当に殺すぞ!!」

これには洸も少々怯んだようだ。なぜなら攻介の表情や言葉は嘘とは思えない迫力があったからだ。


「……そうだね。彼女には手を出さないであげるよ。でも……」
「でも何だよ?」
「このままじゃあオレ、佐伯や鳴海に殺されるよ。そうなったら怖くて何もかもぶちまけそうだよ」
「…………」
「オレの命を保証してくれれば、こんなことにならずにすむんだけど」
「……わかったよ。あいつらが何かしたらオレと俊彦が何とかする」
「本当?良かったなぁ、やっぱり君たちは話がわかる人間だよ。これで一件落着だよね」
「だから写真よこせ」
「うんいいよ♪あ、約束は守ってよね」
写真を渡すと洸はブラジャーを再び懐にしまおうとした。


「おい、なんでしまうんだ」
「ん?大事な商売道具だから」
「ふざけるな!!」
攻介はブラジャーを取り上げた。

(……美恵は着やせするタイプだったんだな。…って、何考えているんだオレは!!)

一瞬でも不純なことを考えてしまった攻介は少々頬を染めながら「これはオレが預かっておく」と言った。
俊彦は(…攻介、おまえ!)と少々疑心を持ってしまった。


カシャ…!


「……今何した?」
「え?何のこと?」
「ふざけるな!出せ!!」
攻介は再び洸に掴みかかった。
「……残念だなぁ。天瀬のブラジャー握ってる蛯名なんて滅多に見れないシーンだったのに」
洸はこの瞬間を逃さずに携帯のカメラで撮影したのだ。
おそらくは口約束だけでは自分を守ってくれる保証がないので、いざというときの為に脅迫するつもりだったんだろう。
美恵に見られでもしたら、絶対に誤解されてしまう。

(……こいつ、何て恐ろしい性格なんだ)

攻介と俊彦は洸の人格をまざまざと知ってしまった。
ぬかりがないというか、本当に何でも利用する性格なのだ。
薫や徹といい勝負だ。2人は同時に、そう思った。














「おい、海岸にはまだつかないのか?」
イライラした口調でまるで食って掛かるように隼人に詰め寄る悟。
「よせよ仁科」
幸雄が横からなだめるように諭すが、そんなことで悟が大人しくなるはずがない。
「おい氷室。本当に、この方向でいいのか?もし間違ってたら、ただじゃあおかないからな」
「おまえ、氷室に助けてもらっておいて何だよその言い草は」
「うるさい。オレは今機嫌が悪いんだ。ゴチャゴチャ言うな」
悟は幸雄のことが嫌いだった。
幸雄は明るくて優しく顔もいいので女生徒から好かれている。
それが悟にははなはだ面白くなかったのだろう。


しかし、それ以上に隼人のことが嫌いだった。
隼人がハンサムで成績もスポーツも悟より上だということもあるが、そのクールで動じない性格が気に入らなかった。
幼稚で見栄っ張りな男にとっては、隼人のような大人のような男は本能的に気に食わないのだろう。
最も気に入らなかったのは、隣のクラスに某企業の社長の娘がいたのだが、その女が隼人に惚れていたことだ。
別に悟の恋人でも想い人でもない。
ただ、その女生徒と悟の会社は取引があって知らない仲ではなかった。
もしかしたら成人すれば周囲の進めで縁談の話でも出るかもしれない、そういう相手だ。
その女生徒も、そのことを何となく感じていたのだろう。
悟に対して、そう悪い態度をとることもなかった。


その女生徒は金持ちの令嬢ということで成績もまあまあ優秀(学年に324人いたが、常に成績は50位内)
顔もそう悪くなかった(純平が独自に調べ上げた春見中学美人ベスト30では27位だった)
つまり悟に言わせると、このクラスのバカな女に(由香里や蘭子が筆頭らしい)に比べたら、それなりに価値のある女だった。
図々しいが告白もされてないのに自分に気があると思い込んでもいた。
その女がバレンタインデーに、隼人の机にこっそりチョコを入れていたのを偶然目撃したのだから、悟のプライドはズタズタだ。

あの女!あんな馬の骨に!!
少しはマシな女かと思ったが、とんでもないアバズレだったんだな!!
オレに恥じかかせやがって!!

悟はそのチョコを粉々に砕いてゴミ箱に捨ててやったが到底気は収まらない。
隼人自身にうっぷんを晴らさなければ納得できないのだ。
その相手に助けられてということで悟はかなりイラついていた


ふいに隼人が立ち止まった。
「氷室さん、どうしたんですか?も、もしかして……また何か?」
「いや、何でもない」
しかし、それは嘘だった。前方、数十メートル先に誰かいて、こちらに近づいてくる。
隼人は「少し様子を見てくる。ここで待ってろ」と言い残し走り出した。
「ひ、氷室さん!そんな!!」
隆文が置き去りにされた子供のように絶望の悲鳴を上げたが、そんなものにかまってられない。
この先に確かに気配を感じた。知っている人間だ。
ただし、一人ではない。何か連れている。














「まったく見れば見るほどかわいげのない化け物だな」
勇二はリスほどの大きさしかない小動物を握り締め、それをマジマジと見詰めながら何度も同じ事を言った。
「…ギィッ!」
その小動物が勇二の指に噛み付こうとした。すぐにバシッと平手打ち。
「おい何度同じ事を言わせれば気が済むんだ?大人しくしてろ!
今度やったら殺すぞ。オレは口で言ってもわからない奴は殺す主義なんだ。ん?」
誰か近づいてくる。勇二は身構えたが、すぐに戦闘体勢を崩した。
敵ではない。よく知った相手だからだ。
その相手が姿を現した。勇二との距離、ほんの一メートルほどのところまで近づいてくる。
そして勇二が握り締めている小動物に目をやった。


「よぅ隼人。無事だったんだな」
「それをどうした?」

『それ』とは勿論勇二が捕獲した小動物のことだ。
リスほどの大きさだが、その姿形は決してリスのような愛らしい生物ではない。
どちらかといえば爬虫類や両生類をイメージさせる。


「ああこれか?捕まえたんだよ、オレは上からサンプルを持ってこいと言われていたからな」
「……F1か。殺さないのか?」
「こんなチビ殺すまでもない。上の連中は生きた標本が欲しいというのが希望なんだ」
「今は赤ん坊だが脱皮してすぐに成長するぞ。
オレたちにとっては大したことない奴だが、他の生徒は簡単に喉を食いちぎられる。
こいつの凶暴性、運動能力はおまえも知っているだろう」
「それがどうした?お優しい氷室くんのお言葉とは思えないな。動物虐待は感心しないぜ」
「第一、どこで手に入れた?」
「偶然だ。こいつの誕生シーンに立ち会ったんだよ」
その言葉に隼人はあきらかに不快な表情をした。


「……犠牲になったのは誰だ?」
「三つ編みの女だ。ああ徹に惚れてない方だったな」
「西村小夜子か」
「そういうことだ。改めて紹介するぜ。こいつは西村小夜子の息子だ」
隼人は一層不快な表情で、その生物をみつめた。
「ギィギィ!!」
「おい鳴くなっていってるだろう!
情報によるとF1は寄生した宿主のDNAの特徴を持って生まれてくるって話だったが出鱈目だな。
とてもあの地味な女が宿主なんて思えない。全然似てないぞ。
それとも、あの女。大人しいのは見かけだけで、これが本性だったのか?」

勇二は思い出していた。この醜い生物が誕生したあの場面を――。














小夜子は走った。苦しい!痛い!胸部が張り裂けそうな痛みだ。
それ以上に怖い。恐怖のあまり自分はおかしくなったのだろうか?
手にはべったりと智也の血がついていた。
しかし同級生を傷つけた罪悪感より恐怖のほうが大きかった。
何より自分のあさましい姿を伊織に見られた。たまらない自己嫌悪、それでも恐怖は消えない。
恐怖のあまり目の前にいるもの全てが敵に見えた。
判断するまでもなく反射的に攻撃していた。ただ怖かったのだ。
静香が襲われたとき、他の生徒は一斉に逃げたが小夜子はショックで動けなかった。
目の前が真っ暗になり何も考えられなかった。ただ静香の悲鳴だけが聞こえた。
その後の記憶はない。気がついたら森の中にいた。


生きている――。


小夜子は心の底からホッとした。本当にホッとしたのだ。
それから静香のことを思い出し自己嫌悪におちいった。
静香はおそらく生きてはいまい。本当なら親友が死んだことをまず悲しむべきだろう。
それなのに自分は命が助かったことに喜びを感じ静香のことを後回しにした。

「……ごめんね静香」

立ち上がろうとした。とたんに胸部(正確にはその下、腹部との境の部分)に痛みが走った。
慌てて見た。服に直径数センチの穴が開いている。
セーラー服をめくって見た。ホッとした。
血は出ているが大した傷じゃない。直径数ミリほどの穴のような傷が一つあるだけだ。
冷静になってみると痛みも大したことはない。チクッとしただけだ。

とにかく皆のところに戻らないと――。




小夜子は歩き出した。しかし、歩けど歩けどさっぱり海岸にでない。
何時間たっだだろうか?
あの傷の部分が異常なほど痛みを感じだした。
ドクン…ドクン…心臓の音が体内から大きく聞こえる。
メリッ…そんな嫌な音が体内から聞こえた。同時に激しい痛みに襲われた。
小夜子痛みと恐怖で精神がおかしくなるのを感じた。
そんな時だった、智也と伊織に再会したのは。


石黒くんを、石黒くんを傷つけた!山科くんに見られた!!


小夜子はたまらなくなり全速力で走った。
その間にも痛みは増している。恐怖は比例して加速しだした。


私の身体――どうなったの!!


前方にフッと学生服の男が現れてた。同級生の和田勇二だった。
しかし小夜子には智也を襲った時と同様、敵にしか見えなった。
ものすごい形相で走ってくる小夜子をみて勇二は確信した。




「寄生されたな」

寄生された奴は、その痛みと恐怖から狂人になる。あの女、オレを攻撃する気か?

勇二は銃を取り出した。スッと向けた。
しかし、その必要は無かった。


「キャァァー!!」


ものすごい悲鳴を上げて小夜子は後ろに倒れた。
そして勇二は見た。小夜子の身体を突き破って醜い生物が誕生するのを。

「……F1か」
「ギィギィ…」

血まみれの身体、想像以上におぞましい生き物。勇二は銃をしまった。
その生物(F1)は勇二を見ると一気に飛びついてきた。
口を開けている。その口の中にはサメのように鋭い歯がびっしりと並んでいた。
勇二の喉目掛けて飛んでいる。
生まれながらにして、目の前にいるもの全てを無差別に襲うほど凶暴な生物なのだ。
勇二がごく普通の家庭に育ち、ごく普通の中学生だったら、小夜子の後を追うことになっていただろう。
しかし、勇二は普通の人間ではない。スッと右手を上げるとバシッとF1に思いっきり平手打ちを食らわせたのだ。
その勢いでF1ははね飛ばされ木にぶつかり、ボトッと地面に落ちた。
それでもDNAに刻まれた戦闘本能は消えない。
即座に再度攻撃に出ようとしたが、その前に勇二の手が乱暴に勢いで伸びてきた。


「ギィ!!」
突然、首根っこを押さえ込まれ、苦しいのか悲鳴をあげるF1。
「大人しくしろよ。でないと容赦しないからな」
動物は本能で自分より強い相手かどうかがわかるという。F1も例外ではない。抵抗をやめた。
「フン、なかなか物分りがいいじゃないか」
勇二はF1を掴みあげると、そのまま歩き出した。
途中で伊織を見かけたが、どうでもよかったので無視した。














「今すぐ殺せ勇二」
「なんだと?ふざけるな、せっかく手ごろな標本が手に入ったんだ。こいつを持ち帰れば特別ボーナスがでる」
「……気付かなかったらしいな。そいつが、ただ鳴いていただけと思うのか?」
「なんだと?」

勇二は周囲に精神を集中させた。


「近づいてきているぞ。仲間に助けを求めていたんだ」
「……1、2……5、6匹はいる。クソッ、こいつ!!」

バシッと今までで一番強烈な平手打ちを食らわせてやった。


「……ギギギギ」
「よくもオレをコケにしてくれたな……ふざけやがって!!」

勇二は力任せにそばにあった岩に向かって、おもいっきり叩き付けた。
F1は「…ピギィ」と微かな声を上げてそのまま動かなくなった。


「……遅かったな。もう近くまで来ている」

隼人は銃を取り出した。

「クソッ!下等生物の分際で……バカにしやがって」

勇二も銃を取り出した。


「……わかっているな?接近戦だぞ」




【残り36人】




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