「すまない西村」
伊織は小夜子の目を閉じさせ、両手を組ませるとそっと手を合わせた。
(……石黒、せめて石黒だけでも助けてやらないと)
しかし智也の元に戻った伊織は絶句した。智也は完全に冷たくなっていたのだ。
(……オレのせいだ)
自分の幼稚な正義感が招いたことだ、伊織はそう思った。
洸や貴弘を冷酷な人間だと思ったがそれは違った。2人の判断の方が正しかったのだ。
それなのに自分は自分の我を通し、それに付き合った智也は死んだ。
伊織は傍にあった棒状の枝を掴むと立ち上がった。

「……仇はとってやる。必ず殺人鬼を探し出してやるからな。石黒、それで許してくれ」

そう決意すると伊織は無謀にもさらに森の奥に進んだ。
しかし伊織は一つ計算違いをしていた。
智也と小夜子を殺した犯人は――人間ではないのだ。


そんな智也を少し離れた場所から見詰めている男がいた。
「……フン。大人しく戻ればいいものを。バカな奴だ」
和田勇二だった。
「……ギィッ!!」
「うるさい黙ってろ!」
「……ギ」
「そうだ動物は素直が一番だ」




Solitary Island―35―




風が出てきたようだ。美恵は少し身震いした。
天瀬、寒いのかな?」
桐山が学ランを脱いで、そっと掛けてくれた。
「もっとこっちに来たほうがいい」
そう言って、美恵の手を引くと包み込むように肩を抱きしめた。
「…き、桐山くん……」
「こうすれば寒くないだろう?」
それは映画のワンシーンのようだった。
無人島で焚き火、その前で美しい少女を抱きしめてやる、やはり美しい少年。
そう、周囲に他の人間がいなければ、実に美しいラブシーンだっただろう。


例によって徹と雅信が立ち上がった。
さらに貴弘や薫、真一まで面白くない表情をしている。
そんな徹たちを見て海斗は困ったように徹たちと美恵を交互に見詰めた。
洸は何か修羅場が始まるのかな?とまるでお昼のメロドラマの次のシーンを期待しているような目で見ている。
晶は『またか』というような表情でみてるし(止める気はないようだ)
直人は先ほどから考え込んでしまっていてそれどころではないといった感じだ。
俊彦と攻介も何か困惑したような表情で、それどころではないらしい。
美登利は小声で「悔しい!どうして、あの女ばっかり…」などと不満を漏らしている。
雄太と康一は何と歩き疲れたのか寝ているではないか。
雄太などは「……ここが伝説の都なんだぁ…」と寝言を言っている。
どうやらアドベンチャー映画の主役にでもなった夢でも見ているらしい。




「桐山くん、彼女を離したらどうだい?彼女が迷惑しているだろう」
最初に火蓋を切ったのは徹だった。
「……オレ以外の男が美恵にさわるな」
続いて雅信が切れかかった目つきで言った。
「オレは天瀬が寒いと思って抱きしめただけだ。それがいけないことなのかな?」
「……君、オレをバカにしているのかい?」
「バカにしているつもりはない。おまえが勝手に因縁をつけているだけだ。
オレはただ天瀬とこうしていたいだけなんだ」
「……図々しいんだよ。この…泥棒猫!!」
徹の鉄拳が桐山の美しい顔目掛けて放たれていた。
しかし徹はその手を止めた。美恵が桐山をかばうように徹の前に出たからだ。


「やめて」
「……彼をかばうのかい?」
徹が悲しそうな表情を見せた。しかし、それは一瞬だった。
「……オレと約束したくせに。浮気者」
そういうと、ツンと横を向いてしまった。そう、こともあろうに拗ねているのだ。
「……美恵はオレの女だ。だから美恵に手を出した奴は殺す……」
今度は雅信が近づいてきた。はっきり言って本気だろう。目が危ない。
「やめろ美恵が迷惑している」
志郎が雅信の前を塞ぐようにでてきた。


「……どけ。でないとおまえも殺す」
「オレ知ってるぞ。桐山もおまえも徹にも、そんな権利は無い」
雅信は一瞬、?状態になった。権利?何の権利だ?
「おまえたちは桐山が美恵の身体に触ったから怒っているんだろう。
でも、美恵の身体に触っていい権利があるのは美恵の配偶者だけだ。
それ以外の奴が勝手に触ったら猥褻罪になる。だから美恵にとって赤の他人のおまえに怒る権利は無い。
怒る権利があるのは美恵の配偶者だけだ。だから……」
「志郎、もういい」
秀明が志郎を手招きした。志郎は素直に秀明の傍に来ると、その隣に腰を下ろす。
「おまえが口を挟むと余計ややこしくなる。とにかくだ」
秀明はチラッと周囲を見渡し、こう言った。

「少しでも体力を温存しておいた方がいい。オレが見張りをするから、おまえたちは寝ろ」














「……………」
バシャバシャ……水音がこだましていた。
「……すっかり汚れたな。新品のブラウスおろしたばかりだったのに」
早乙女瞬だった。千秋や蘭子、それに邦夫と離れ離れになってはいたが無事だったのだ。
今、彼は学ランをそばの木の枝に掛け、ブラウスを脱ぎ川で洗っていた。
「……血液はおちにくいな」
仕方ない、こんな匂いの染み込んだブラウスはもう着たくない。
そう思い、洗うのを止め川辺に捨てると、そのまま学ランをとって羽織った。


「……また、襲われたらやっかいだしな」
ホーホー……あれはフクロウだろうか?
他の三人はどうしただろうか?
もしも、あれにつかまったらおそらく只ではすまないだろう。
まあ、それも運命だ。所詮、この世は弱肉強食、強くなければ自分の人生を生きられない。
強くなるしかない。ただ、それだけなんだ。














炎が海を照らしている。その周りに数名、眠っているものがいた。
秀明が見張りをかってでた後、美恵と美登利と洸は眠りについた。
秀明が寝ろといったが、いつ何時正体のわからない敵が襲ってくるとも限らない。
その思いからか眠りにつこうという者は少なかった。
もっとも美登利はすぐに寝込んでしまったし、洸も「じゃあ、お言葉に甘えて」とスヤスヤと寝入ってしまった。


しかし他の者は眠ってなどいられなかった。
桐山も、そして晶や直人たちも体力には自信がある。
そういう特殊な訓練を積んできたのだ。数日起きてても大丈夫だろう。
貴弘や真一、それに海斗も体力には自信があったこともあり今だに起きている。
美恵も起きていたが海斗が「女の美恵はオレたちより体力消耗するから休んでくれ」と懇願した為に眠りにつくことにした。
桐山に掛けてもらった学ランを羽織って眠っている。
しかし、その上に徹と海斗の学ランも重なっている。
(一枚だけでは美恵が寒いかなと思ったんだろう)


「綺麗な寝顔だな」
美恵が起きているときは拗ねていた徹だったが、機嫌が直ったのか美恵の顔を覗き込んで微笑んでいた。
「大丈夫。君だけはオレが守ってあげるよ」
「……ん」
「夢でも見ているのかい?」
きっとオレの夢だな。何の根拠もなく徹はそう確信した。
「……の…?」
「ん?……オレも愛してるよ」
きっと夢の中で、オレに愛の言葉を囁いているんだろ。
徹は何の根拠もなく思い込み、嬉しそうに美恵の髪を撫でていた。














美恵」
「――、遅い」
「見張りが厳しかったんだよ」
「どうして――は、いつもあの中にいるの?外には出れないの?」
「ああ、出ると殴られる」
「……そう」
「……美恵」
「なあに?」
「オレがいないと寂しいか?」
「うん」
「オレとずっと一緒にいたいか?」
「うん、―――は優しいもの」
「おまえはオレが怖くないのか?大人もオレを怖がっているのに」
「どうして?怖くないよ」


「だったら……オレのお嫁さんになってくれるか?」
「お嫁さん?」


「ああ、そうしたらオレたちずっと一緒にいられるだろう?」
「そうなの?」
「嫌…か?」
「……うーん」
「絶対に大事にするから。一生美恵を守るから」
「お嫁さんって……よくわからないけど……――ならいいよ」
「本当か?約束だぞ」
「うん」















「……ん」
「お目覚めですか、お姫様?」
まぶたを開けると徹の笑顔があった。この笑顔に何人の女が騙されたことか。
もっとも薫と違って徹は元々女嫌いだったので(美恵は初恋の相手だった)意図的に女を口説くことはしなかったが。
「……私、どのくらい寝てたの?」
「五時間くらいかな。まだ夜明けまで何時間もある。もう少し寝たほうがいいな」
「……そう」
「夢でも見てたのかい?」
「……そうみたい。でも、どんな夢だったのかよく覚えてないの」
「きっとオレたちの幸せな未来の夢だよ」
「…………」


何だったのかしら、本当に思い出せない……。
子供の頃の夢だったような気がするけど……。
誰かいたような気がする。あれは……誰だったのかしら?
晃司?秀明?それとも志郎…?思い出せない。














「お、おい吉田……じょ、じょじょじょ…冗談は…よしこさん」
「根岸、つまらないよ。それに、そのギャグいったいいつの時代のもの?」
しかし純平は何もふざけてくだらないギャグを言ったわけではない。
近くに殺人鬼がいるという拓海の言葉に恐怖で凍りつき、その恐怖を振り払うために思わず寒いギャグを言ってしまったのだ。
しかも純平はまだマシだ。誠と大和はすっかり青ざめている。


「……あー、根岸。オレが何とかするからさぁ、おまえ足を止めろよ」
「え?足を止めろって…?」


純平が質問をすると同時に拓海が走った。途端にガサッと音がする。
前方の茂みに誰かいたのだ!!
暗闇で姿が見えなかったが、その相手が逃げ出したことだけはわかった。
逃げ出す足音が聞こえたのだ。しかし、ダッシュするのが遅かった。
背後から拓海が飛びかかり、その勢いで前にのめり込むように倒れ込んでいる。


「根岸!早く抑えろ!!」
そこで、純平もやっと事態を察し、飛びつくように見えない相手の足を地面に押さえ込んだ。
「つ、捕まえたぞ!!」
その相手は両腕を拓海に掴まれ、さらに純平には足を押さえ込まれ完全に動きを封じられてしまった。
しかし、往生際が悪いのかまだもがいて抵抗している。
「年貢の納め時だぞ!!」
優位に立った途端、がぜん純平は元気になった。


「よくもオレたちのクラスメイト殺してくれたな!
この島からでたら警察に突き出して裁きを受けさせてやる、逃げられると思うなよ!!」

その時、月明かりが差し込んだ。
「え?」
純平の目がこれ以上ないくらい丸くなった。
「あれ?」
拓海は純平ほどではないが、少し呆気にとられたような表情をした。
あんな残酷な殺しをやってのけるような相手だ。
おそらくはギラギラした目つきで怪しい風体の怪力男、程度の差こそあれ拓海も純平も、そんな犯人像を描いていた。
しかし、その相手は、そのイメージ像からはかけ離れていた。




「……嘘だろ?き、君が殺人鬼…?」
世界中の女と付き合いたいという野望を持っている純平は尚更ショックを受けていた。
「……おまえが……五十嵐を?」
純平ほどではないが拓海も衝撃を受けている。

これが……これがあんな惨たらしい殺しをやってのけた殺人鬼なのか?

「お、おい。どうしたんだよ?」
「大丈夫か?」
大和と誠が心配して駆け寄ってきた。
そして2人が捕らえた相手をみて、やはり大和と誠も驚愕していた。


「……お、女の子?」




【残り36人】




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