「しっかりしろ!おい!!」
「どうした三村!!?」
「……クソ!またやられた!!」
「……クッ…後何人だ!?何人生きてる?!七原、杉村、大丈夫か!?」
「川田!!オレは大丈夫だ!!」
「そうか!!千草ッ、相馬ッ……内海!!」
「あたしたちは大丈夫よ!!」
「……桐山、おい桐山! 返事をしろ桐山!!」
Solitary Island―4―
「……静かね。このまま無事に終わってくれればいいけど」
美恵は窓から荒れる海を見詰め呟いていた。
「眠れないのか?」
その声に美恵は目線を上げた。
「……あなたこそ眠らないの?」
もしもクラスメイトが見たら少々驚かれるかもしれない。 2人は学校では、ほとんど口もきかない仲だから。
だが、お互い、この中学校に入る前から知っていた。
「……『オレたち』の中で熟睡している奴は一人もいない。
おまえと同じだ。全員同じことを考えている」
『オレたち』。その代名詞に当てはまる人間を美恵は知っていた。
高尾晃司、堀川秀明、速水志郎、周藤晶、和田勇二、佐伯徹、立花薫、菊地直人、蝦名攻介、瀬名俊彦。
そして今、目の前にいる氷室隼人だ。いや正確にはもう一人、そう美恵本人も含まれている。
「晃司たちが転校してきたからか?」
そうだ。あの日から、ずっと美恵は怯えていた。
「……そうよ。何もないのなら……彼が来るわけ無いもの。 徹や雅信が来ただけなら疑ったりしなかった……」
徹と雅信は先ほどのケンカからもわかるように美恵に特別な感情を持っている。
実を言うと、二人は美恵を追いかけて転校してきたのだ。
それでも2年進級と同時に2人が転校してきた時は少々驚いたが。
(驚いたといえば、その二ヵ月後に薫が転校してきた事もだ)
「……教えて。あなたなら知っているんじゃないの?」
「……………」
「このクラスは特別プログラムの対象クラスなの?」
波が一段と高くなっていた。タイタニックとは比較にはならないが、それでも豪華客船と呼べるこの大型船が少々大きく揺れている。
季節外れの嵐のせいで、この近くの島の港に寄港したものの、これでは明日出港できるかどうか怪しいものだ。
「……夢か」
桐山はふと目をあけた。そう夢を見ていた。
……だが、どんな夢だったのか……思い出せない。
それから桐山は違和感を感じた。人の気配がない。
生徒達は出席番号順に2人1組で一部屋の客室を使っている。
隣のベッドには菊地直人がいるはずだ。 ところが布団はめくられ、当の菊地の姿が見えない。
普通なら、トイレにでも行ったのか……そう思うだろうが、桐山は不思議とそうは思えなかった。
先ほどの夢のせいなのか、寝たいとも思わない。
上着を羽織ると廊下にでた。相変わらず海は荒れている。
「…………」
「このクラスは特別プログラムの対象クラスなの?」
美恵は真直ぐな瞳で問い掛けた。隼人は、その瞳から目をそらさなかった。
だが、嫌な気分だ。自分は何もやましい事はしていない。
それなのに、なぜか罪を犯しているような居心地の悪さすら感じる。
「お願い答えて。あなたなら知ってるんでしょう?」
「いや、知らない。候補に上がっていたことは事実が、正式決定は上が決めることだからな……」
「……そう」
「天瀬」
その声に2人は振り返った。
桐山が数メートル先の廊下の曲がり角に立っている。
それを見た隼人は即思った。しまった……と。自分らしからぬミスをした……と。
相手が誰だろうと、その気配に瞬時に気付かなかったとは。
そして次にこう思った。
(……まさか話を聞かれたんじゃないだろうな)
しかし、それは杞憂だった。
「こんな時間に何を話しているんだ?」
そう桐山は2人の会話は聞いてなかったのだ。
ならば関わるのは避けるべきだな。そう判断した隼人は、この場から立去ることにした。
「話はここまでだ」
「待って」
「オレは本当に知らないんだ」
即座に立去るつもりだったが、隼人は少しだけ立ち止まると、何か考え込んだ表情をし、やがて決心したように美恵に囁いた。
「おまえは桐山とは親しいから、一つだけ教えておいてやる」
「…………」
隼人は桐山には聞こえないように細心の注意を払い、こう言った。
「晶には気をつけろ」
「……おい見ろよ。これ」
ドア、甲板に通じるドアだ。その取っ手を掴み引いてもびくともしない。
「鍵がかかってる。多分、コンピュータールームから直接自動ロックをかけたんだ。
……オレたちが逃げないように閉じ込めたんだ」
「壊せるか俊彦?」
「道具があればな。コンピュータールームに殴りこみかけた方が確実だぜ」
その会話は、とても中学生のものとは思えなかった。
「……豪華客船なんて見せ掛けだけってことか。中身は軍艦並の機能……間違いないな、このクラスだ」
「どうする直人。大人しく奴等の言うとおりになるのかよ?」
「オレはごめんだ。だが下手に動いたら他の連中とぶつかることになる。
オレたちと違って、あの島に行きたがってる奇特な奴もいるからな」
「とにかく信用できる奴だけ集めた方がよさそうだな。攻介と隼人それに……」
2人は咄嗟に口をつぐんだ。気配を感じたのだ。やがて、その気配の主が姿を現した。
「こら、こんな時間に何をやっているんだね?」
この船の船長だ。
「眠れなくって。で、気分転換に甲板に出ようと思っただけなんです。ところがさぁ……鍵かかってて」
俊彦はさも無知な中学生といった態度を見せた。その様子に船長はフゥ…と溜息をついた。
「外の様子が見えないのかね。ドアを開けたら廊下が雨で濡れる。君たちだってびしょ濡れだ。
さあ、部屋に戻りなさい。本当に、このクラスは夜更かしするものが多いようだな」
ブツブツと文句を言いながら船長は去っていった。
どうやら俊彦と直人以外にも眠れないものが多数いたらしい。
もちろん、その連中が誰か2人とも知っていた。
「……だそうだ。そうする直人?」
「部屋に戻るしかないだろう。ここにいたって時間の無駄だ」
「あいつと何を話してたんだ?」
それは桐山にとっては不思議な質問だった。
美恵 が誰と話そうと自分とは関係ない。どうでもいいことのはずなのに、なぜか落ち着かない。
「お互い眠れくて……暇つぶしに話してたの」
「そうか」
「桐山くんも眠れないの?」
「ああ」
桐山は 美恵の隣に来た。
「隣いいかな?」
「うん」
その返事になぜか桐山が安心したように見えたのは気のせいだろうか?
とにかく桐山は美恵の隣に腰掛けた。
「……夢を見たんだ」
「夢?どんな?」
「……思い出せない」
それはよくあることだろう。目覚めたと同時に夢の内容を忘れることは。
だが、桐山の様子は、どうもそういうものとは違うようだ。
「……オレは何度も同じ夢を見ているんだ。だが、決って目が覚めると忘れている。
内容を忘れているはずなのに、同じ夢だとはっきり感じる。天瀬はそういう経験はあるのか?」
「そういうのとは少し違うけど……」
美恵は少し考えると視線をやや上に向けた。
もしかしたら、もっと先にある何かを見詰めていたのかもしれない。
「……桐山くんとは反対に私は忘れたいのに忘れられないことがあるの」
「どんなことだ?」
「……ん、色々……」
「もしかして言いたくないことなのか?」
「……ひとに話すようなことじゃないから」
「そうか」
桐山は何も言わなかった。こういう会話は他の人間には出来ない。例え親友の海斗でも……だ。
海斗に言えば、きっと心配してわけを聞こうとするだろう。
だが、桐山は美恵のことを気に掛けながらも、余計なことは一切言わない。
それが美恵には、とても居心地がよかった。 変な言い方かもしれないが『安心できる』そんな感じ。
「オレとは反対だな。オレは思い出そうとしても思い出せない」
「夢のこと?」
「いや違う。現実のことだ」
「オレは小学校を卒業してからの記憶がない。思い出せないんだ」
「………!」
「この学校に転校する前の二年間の記憶がない。
中学に入学してからの二年間が空白なんだ……事故で記憶喪失になったらしい。
父の仕事の関係で、この学校に転校した。だから今さら前の学校のことは思い出す必要はないんだ。でも……」
「……」
「時々、ここが疼くんだ」
桐山はそっとこめかみを押えた。
「……桐山くん」
美恵は少し俯いていたが決心したように顔を上げた。
「……あのね桐山くん」
その瞬間、美恵は立ち上がった。気配を感じたのだ。
いや、気配なんて生易しいものじゃない。殺気……に近いくらい鋭い気を。
「……晶…!」
周藤晶が、先ほど桐山が立っていた廊下の曲がり角に立っていた。
壁に背をもたれ腕を組んだ状態で。
(……晶?)
だが、桐山は別のことが気になった。
周藤晶と美恵はクラスの中でも滅多に口をきかない。
あるとすればクラスメイトとして必要最低限の事務的な会話だけだ。
その時、美恵は晶を『周藤くん』、晶は美恵を『天瀬』と呼んでいた。
しかし、今確かに美恵は晶を名前で呼んだのだ。しかも、異常なくらい緊張している。
「感心しないな。今何時だと思ってるんだ?」
「……周藤くんこそ」
「ああ、オレは同室の相手がいびきがうるさくて眠れなかったんだ」
ちなみに、同室の相手である杉村貴弘は静かに眠りについていた。とんでも無い濡れ衣だ。
プライドの高い貴弘が知ったら、おそらくケンカを売るくらいのことはするだろう。
「でも、ずっと起きてるわけにはいかないから部屋に戻ることにしたよ。
おまえたちも戻ったほうが賢明なんじゃないか?」
「そうね。そうするわ」
美恵は、まるで逃げるように晶の脇を通り過ぎようとしたが――。
「危なかったな。あいつの為を思うのなら余計な事は言うな」
「………!!」
その声は桐山には聞こえなかった。だが、何かを言ったらしいということはわかる。
美恵が顔面蒼白になり、そして俯きながら走っていったからだ。後には桐山と晶が残された。
「天瀬に何を言った?」
「何も。ただ寝不足は美容の敵だと忠告してやったんだよ」
美恵は部屋に戻るとベッドの中に潜り込んだ。
その夜、クラス全員が寝静まった後――。
――船がゆっくりと碇をあげ動き出した。
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