美恵
は少し俯き加減に答えた。
「もう一つ言ってもいいかな?」
「嫌だと言ってもいうんでしょう?」
「桐山和雄のことだけど」
「!」
「あいつには関わるな。正直言って口もきいて欲しくない」
「何言ってるの?」
「気に入らないんだよ……君もわかっているだろ?あいつの正体を」
「………」
「第一、あいつは晃司によく似てる。それが1番気に入らない」
Solitary Island―3―
「天瀬
」
その声に美恵と徹は同時に振り向いた。 つい、今しがた徹が口にした桐山が立っている。
「もうすぐ夕食だ。中に入ったほうがいい」
「ありがとう。すぐに行くわ」
美恵
は徹を避けるように歩き出した。
「美恵
さん。今言ったこと」
「……わかってるわ」
明らかに様子が変だ。 桐山は疑問府を浮かべたような表情だったが、特に聞こうともしなかった。
「美恵、
美恵
」
中に入ると海斗が手を上げて手招きしている。
「早く、来いよ」
どうやらテーブル席を確保してくれたらしい。
「天瀬、オレも一緒にいいかな?」
「桐山くんも?」
桐山は頷いた。その様子があまりにもカワイイので美恵
は笑顔でこう言った。
「勿論よ」
テーブル席はそれぞれ向かい合って3人ずつ、計6人の椅子がある。
委員長グループはリーダーの千秋を除く5人が席についている。
千秋は双子の弟・幸雄と一緒だ。 友情より姉弟愛の方が優先らしい。
千秋の代わりに女好きの根岸純平が半ば強引に席についている。
「カイ、桐山くんも一緒にいいでしょ?」
「ん?別に構わないよ」
美恵 は海斗の向いの席に着こうとした。 するとヒロインが椅子を引く前にスッと誰かが椅子を引いた。
「どうぞ」
その瞬間、美恵
は正直顔が引き攣りそうになった。
「……ありがとう」
「お礼なんていいよ。男が女性に親切にするのは自然の摂理だ。
それが美の女神ならなおさらだよ。 僕は、その女神に魅せられた崇拝者に過ぎない。
気にしないでくれ。さあ席に」
そう言って、美恵
の手を取ると席にすわるように促している。
この臆面もないキザな少年。顔も女のように綺麗で繊細だ。
「何、人の目を盗んで勝手なことしてるんだい?」
そこへタイミング悪いことに徹が現れた。
「人聞きの悪いこと言わないでくれ。彼女は君のモノじゃないだろ?」
「おまえのモノでもない。それとも痛い目にあいたのかい薫?」
この2人はいつもこうだ。 そして、この2人がケンカを始めると決ってもう一人現れる。
「……そうだ。おまえたちのモノじゃない。オレの女だ」
そう牽制をかけたのは鳴海雅信(なるみ・まさのぶ)【男子19番】だった。
「あー、いいなぁ天瀬さん。佐伯くんも立花くんもカッコいいもんね。
あたしだったら即OKしちゃうのに」
「うん、そうだよね。鳴海くんは、ちょっと怖いけど」
クラスの女子たちは羨望の眼差しで眺めているが、当事者の美恵
にとってはたまったものじゃない。
そんな3人のやりとりを睨んでいる奴もいる。
(またか。よくも懲りずにやるもんだ。第一、あの女は晃司の……。
フンッ……オレは真っ平ごめんだぜ)
和田勇二(わだ・ゆうじ)【男子32番】。彼も徹たちと同じ孤児院出身で、以前から美恵
の事を知っていた。
「あーあ、また始まったぜ……しょうがないなぁ」
その様子を遠くから見ていた瀬名俊彦(せな・としひこ)【男子13番】が困惑しながら立ち上がった。
「……ほかっておけ。いつもの事だ」
俊彦の親友・菊地直人(きくち・なおと)【男子5番】はそう言ったが、あの3人はともかく美恵
が可哀相だ。
「直人、攻介。おまえたちも一緒に止めてくれよ。オレ一人が説得したところで引き下がる奴等じゃない」
「……そうだな。あいつらは自分達の立場を理解してない。
それを見てみぬふりをしていたら、遅かれ早かれオレたちまで上からお小言を言われるはめになる」
蝦名攻介(えびな・こうすけ)【男子4番】が立ち上がると、直人も仕方ないと言わんばかりに渋々重い腰を上げた。
反対に一向に我介さずと無視を決め込んでいるものもいる。
周藤晶(すどう・あきら)【男子12番】だ。
彼も孤児院出身の士官学校進学組の生徒だ。
(……女1人に暇な奴等だ。だが、あの女に下手に手出ししたら、晃司が黙ってはいないだろう。
もっとも、あの3人は、そこまで考えてないようだな)
3人のケンカを蔑んだ目で見ているものもいた。
阿部健二郎(あべ・けんじろう)【男子1番】、都築茂男(つづき・しげお)【男子17番】、
仁科悟(にしな・さとる)【男子20番】、曽根原美登利(そねはら・みどり)【女子5番】だ。
健二郎も、茂男も、そして悟も、はっきり言って褒められた性格ではない。
健二郎は極端な潔癖症で他人とは握手も嫌だという人間だし、茂男は粘着質な性格で、すぐに他人を妬む性格だ。
特に女生徒から絶大な支持を受ける徹と薫のことは大嫌いだった。
もしも完全犯罪なんてものがあるのなら、真っ先に殺してやりたいと思っているほどだった。
最も茂男は知らないが、徹も薫も軍のなかで将来を約束されているほどのエリート。
はっきり言って危害を加えようものなら、100%返り討ちだ。
悟も茂男と同じように徹と薫を嫌っていた。
ただし茂男と違い、悟はかなり金持ちの家の息子でルックスと成績もそこそこいい。
だからこそ余計に自分より目立つ二人を敵視していたのだ。
その憎悪の深さは、ある意味茂男よりずっと上だろう。
美登利が面白くないと思っている相手は徹や薫でも雅信でもない。
それは美恵
だ。
美登利は春見中学でも5本の指にはいるお金持ちのお嬢様だった。
(もっとも祖父の代でかなり悪どい方法で成り上がった成金だが)
いつも大勢の人間にかしずかれている。
そして祖父や父たちが他人を見下す様を見て育ったせいか、本人もすっかり思いあがった思考の持ち主になっていた。
ウェーブのかかった栗色の綺麗な髪。
美人といっても、それなりに通用する容姿だったことも美登利を増長させていた。
だからこそ正真正銘の美人で、しかもモテモテ(それも美男子に)の美恵 に強い嫌悪感を持っている。
反対に全く冷めた目でみているクラスメイトもいた。
その筆頭は、すでに食事を済ませあくびをしている吉田拓海(よしだ・たくみ)【男子30番】だろう。
授業中もよく居眠りをして廊下に立たされているが、その廊下でも壁に背もたれして寝入っていたという根性の持ち主だ。
そして、やはり食事をさっさと済ませ、デザートに夢中になっている古橋大和(ふるはし・やまと)【男子25番】
自分さえ良ければそれでよく他人のことには首を突っ込まない早乙女瞬(さおとめ・しゅん)【男子9番】だ。
少々、同情めいた視線を向けているものもいる。
石黒智也(いしぐろ・ともや)【男子2番】だ。
彼はいわゆる不良で、教師からもいつも白い目で見られている。
しかし根っからのワルというわけでもない。
それは智也が決して一般人、とりわけ女の子には手を出さない男だからだ。
山科伊織(やましな・いおり)【男子29番】も美恵
に同情していた。
剣道部主将で、剣道だけでなく弓道もたしなむ少々古風なタイプの男。
彼は今時珍しいくらいの厳格な家庭の育ちで、筋の通らないこと、曲ったことは大嫌いな性格だ。
特に婦女子によってたかるなんて見苦しい、そう思っていた。
3人はかなり険悪なムードで今にも「表に出ろ」という言葉がでそうな雰囲気だ。
こういう時に限って担任の渡辺先生はいないと来ている。
そしてついに雅信の口から恐れていた言葉がでた。
「……表にでろ」
「こらー!君たち、いい加減にしないか!!」
ここに来てようやく制止しようとするものが現れた。
学級委員長の安田邦夫(やすだ・くにお)【男子28番】だ。
眼鏡が体の一部のようによく似合い、見るからに真面目そうな人間だ。
代々教師の家柄で、少々お坊ちゃん気質ではあったが、清廉潔白な性格で教師やクラスメイトの受けもいい。
しかし、今回ばかりは邦夫の正論は通用しないだろう。
雅信は、そういう相手なのだ。
「……うるさい。黙ってろ」
走り寄ってきた邦夫の襟を掴むと持ち上げたのだ。
普通の人間なら、この時点で顔面蒼白(いや、邦夫も例外ではなかったが)だが、邦夫も負けてはいない。
「……や、やめたまえ野蛮人!!」
「うわぁ、あいつ結構度胸あるじゃん」
短すぎるくらいに加工されたスカート。ハデな茶髪に中学生らしからぬハデな化粧。
そして今も口紅を塗りたくっていた五十嵐由香里(いがらし・ゆかり)【女子1番】は、ある意味感心した。
「……あいつ、相変わらずバカだね」
反対にあきれて物も言えないといった視線を送っているのは鬼頭蘭子(きとう・らんこ)【女子3番】。
邦夫とは小学生の時からの知り合いだが、弱いくせにすぐに強い相手に突っかかる。
(……相手があんな危険な奴じゃなきゃ助けてやるんだけど)
そう蘭子は小学生の時は何度か邦夫を助けてやっていた。
腰まであるストレートな黒髪、切れ長の目。蘭子は、なかなかの美人だった。
だが、彼女に交際を申込む男はいない。理由は彼女の家庭にあった。
蘭子は土建会社の社長令嬢。令嬢といえば聞こえはいいが、実際は、そんな華やかなものではない。
従業員は悪役プロダクションの俳優のような人相の悪い男が勢ぞろいしている。
それもそうだろう。何しろ元をただせば暴力団なのだ。
「やめろ!!き、き、君の行為は間違ってるぞ…!!」
顔面蒼白になりながらも根性を見せている邦夫。
しかし相手が悪すぎた。今にも殺気が充満しそうな雰囲気だ。
「鳴海くん、やめて!委員長を放して!!」
美恵
が雅信の腕を掴み必死になだめた。
だが、雅信は一向にやめる気配がない。
「やめろ天瀬が迷惑している
」
雅信は、その声の主にチラッと目線だけ向けた。
その先にいたのは雅信と同じように国立の孤児院で育った兵士予備軍の俊彦でも攻介でも直人でもない。
美恵
の親友の海斗でもない。
桐山和雄だった。
雅信の視線に一歩も怯まない。全く臆してない。
雅信は邦夫を投げ飛ばすように放した。
「……おまえ、死にたいのか?」
それは近くにいた美恵
と桐山にしか聞こえなかったが、冗談とは思えない凄みがあった。
その時――。
「やめろ雅信」
その声に雅信も徹も薫も振り返った。
3人の仲裁に入ろうとした俊彦も攻介も直人もだ。
そして完全無視していたはずの晶や勇二まで。
「……貴様」
高尾晃司が立っていた。その後方には堀川秀明と速水志郎たっている。
雅信の行き過ぎた行動を目の当たりにした氷室隼人が晃司を呼んできたのだ。
雅信は、さも面白くないといった表情で今度は隼人を睨みつけた。
「……よくもチクったな」
「おまえがやりすぎたからだ。晃司以外におまえを止められる奴はいないからな」
雅信は再び晃司を睨んだ。
「オレとやるのか?」
晃司は淡々と言葉を綴った。
挑発するのでもない。なだめるのでもない。
本当に感情のこもってない声だ。
「……オレはただ」
雅信は俯きながら小声で言った。
「道端に転がっている石ころどかそうと思っただけだ……」
その声はごく近くにいる者にしかわからないほど低いものだった。
「……命なんて価値がない」
そう言うと雅信はズボンのポケットに両手を突っ込み去っていった。
それを見届けると晃司も何もなかったかのようにクルリと背を向けると秀明と志郎を伴い去っていった。
『……おまえ、死にたいのか?』
「……………」
「桐山くん、ありがとう助けてくれて……桐山くん?」
『……命なんて価値がない』
「桐山くん、どうしたの?」
――なんだ?
桐山はこめかみを押えた。
……『死』……『命』……
――なんだ、この感じは?
こめかみが疼く。
以前、これと似たような場面を見たことがある
「桐山くん、どうしたの?」
「……どこかで経験したことがあるような気がするんだ」
「……え?」
「……どこかで……」
……思い出せない――。
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