「曽根原、結婚しよう」

これには、その場にいる全員が(桐山、秀明、志郎は例外)が一瞬目を丸くしていた。
が、一番丸くしていたのはプロポーズされた美登利自身だった。

「……なの?」
「え、何?」


「何なのよ、あなたはッ!!」




Solitary Island―33―




「仁科、大丈夫だったか?」
幸雄がペットボトルを差し出すと(ほんの僅かだが水が残っていた)悟は奪うように取り上げ、ゴクゴクと飲み干した。
飲み終わると「おのれぇ!!」と叫んでペットボトルを近くの木に向かって投げつけた。
「誰に襲われた?」
隼人が静かな声で静かに言った。
「知るかッ!!」
確かに襲われた、しかし自分は相手の姿も確認せずに逃げ出したのだ。
プライドにかけて恐怖のあまり逃げ出したなんて言えない。
悟は実にくだらないプライドの持ち主ではあったが、くだらないプライドでも捨てきれないのだ。
とにかく由香里は死んだ(見殺しにしたようなものだが、それはどうでもいい)
茂男はどうなったかわからないが、あんな恩知らずな裏切り者どうなろうと知ったことじゃない。














「何怒ってるんだよ」
「おい相馬、この状況で笑えない冗談は言うなよ」
それは真一のみならず、全員の共通した思いだった。
「心外だなぁ、オレ本気だよ」
「おまえなぁ……どうみても財産目当てにしか見えないぞ」
海斗も呆れたように言った。誰が見ても完全にすがすがしいまでの金目当てとしか思えない。

「失礼だなぁ。曽根原目当てなわけないじゃないか」

美登利の額に怒髪筋が浮かんだが、洸は気付かずに続けた。
「あのさぁ、曽根原って普段から金持ってることを自慢してるだろ?」
それは事実だった。いつもブランド品を身に纏い自慢しているため、クラスの女生徒たちから煙たがられている。
「それってさぁ、曽根原自身財産は自分の長所だって認めてることだよね。
オレは曽根原の魅力である『財産』に惹かれたんだよ。それのどこが悪いんだよ」
「だったら聞くが、曽根原自身のことは好きなのか?」
「別に。でもオレ気にしないよ。どんな人間だって欠点はあるから」
つまり洸に言わせれば美登利の長所は財産で、美登利自身は欠点ということになる。


「誰だって長所と短所あるけど、自分の好きな面を持ってる相手と一緒になりたいって自然な想いだし」
「何よッ!あなたみたいにあからさまな男見たことないわッ!!」
「何言ってるの?オレは正直なだけだよ、フェアな男といってよね。何だよ。普段は金持ち鼻にかけてるくせに」
「酷い男だな君は。曽根原さんに失礼だろう。女性を金銭的価値でしか判断できない男は最低だな。
気にすることないよ。僕は君が素晴らしい女性だということはわかってるから」

そう、僕に素敵なプレゼントをくれる素晴らしい女性だよ。
貢いでくれるまではね。

「……立花くん……」
思わず感動の涙を流す美登利だったが、徹、晶、攻介、俊彦(特に徹は)白けた視線で薫を見詰めていた。


「ねえ、そんなことより……曽根原さん、皆はどこに行ったの?」
そうだ、今はそれが一番重要な事だ。
「私たちが帰ってきたとき誰もいなかったの、皆はどうしたの?」
「……委員長達は食料を探しに森の中に入ったわ。
鬼頭さん、根岸くん、吉田くん、早乙女くん、古橋くん、それに椎名くんも一緒よ?」
「他のひとたちは?」
「残ったわ……でもいきなり静香が悲鳴を上げて……すごいうなり声が聞こえて……
それで、怖くなって皆散り散りに逃げたの。後は知らないわ、本当よ」















「ここから飛び降りて攻撃したのか……」

晃司は、無残な死体となって横たわっているF2のそばにあった大木に登っていた。
その木の枝が一本(枝といってもかなり太い)力任せにねじ折られている。
おそらくF2を倒した相手は、この木に登ってF2が来るのを待ち伏せ。
そして枝をもって飛び降りたのだ。
落下の力で凶器と化した枝はF2の胸に深々と突き刺さり、F2は簡単に絶命したというわけだ。

(……F5…か?)

いや、違う。晃司はすぐにその考えを退けた。
F5は未完成だった。その為に、危険を危惧した科学省により、すでに抹消されたと聞いている。


(……美恵)


美恵と秀明だけでも、この島から逃がそうか。
秀明なら、美恵をつれてこの島を脱出することができる。
それに今のうちなら、何の危険もなく脱出できるだろう。
もうすぐ夜になる夜行性の奴が出てくる前に逃がしたほうがいい。晃司は、そう思った。
しかし、自分ひとりで奴等を殲滅させるとなると容易くはない。
志郎は戦闘能力も判断力も秀明より劣る。
第一、秀明と美恵を逃がすのであれば志郎も一緒に出した方がいい。
志郎は自分達以上に美恵を慕っていたからな……。
そうなると頼りになる相手は隼人だけになってしまう。
晃司はポケットから直径五センチほどの細長い筒のような物を取り出した。


『いいか晃司。万が一の為に渡しておく、使い方は知っているな?
まあ、おまえならそんなもの使う必要はないがな』



それをしばらく見詰めてから再びポケットにしまった。

これは最終非常手段だ。
これを使うときは――オレがやられた時だけだ。














「と、とにかく帰ろう。菜摘が心配だ」
今にも倒れそうなほど青ざめた表情で誠が言った。
何があったかわからないが、この島には殺人鬼がいる。
その殺人鬼が海岸で待機している生徒を、恋人の菜摘を襲うかもしれないのだ。
純平はハッとした。そうだ美恵さん、蘭子さん、千秋ちゃん!オレの愛しい恋人達!!
美登利さんは三人には少し劣るけど美人だしオレが守ってあげないと。
容姿は十人並みだが、瞳ちゃんも美咲ちゃんも静香ちゃんも小夜子ちゃんもオレしか守ってやれる男はいないんだ。
実に都合のいい考え方ではあったが、純平には純平なりの誠意と愛情があった。


「じゃあさ、すぐに引き返そう」
拓海が先頭にたって、ともかく4人は引き返すことにした。
10分ほど歩いただろうか?
ふいに拓海の足が止まった。後に続く3人も連動しているかのように止まった。
「吉田、どうしたんだよ。早く歩けよ、オレの子猫ちゃんたちがオレを待っているんだ」
「……ごめん根岸」
なんだ?謝られるようなことは一切していない。
しかも、普段どんな酷いことをしても眠たそうな顔して「…うるさいなぁ、静かにしろよ」と文句しか言わない拓海が謝るなんて。
「なんだよ、どうしたんだよ」
「……オレ言ったよね。もう近くに五十嵐殺した奴はいないって」
「…………」
純平の額から一筋の汗がツツー……と静かに流れた。

「……前言撤回、オレの判断ミスだった」














「すぐに鬼頭たちを探しに行こう」
美登利から情報を得た途端、伊織が即座に提案した。
「何言ってるのさ。どこにいるかもわからないんだよ。
それより今は自分達のことを考えて防衛策立てるほうが先決だろ?」
しかし、そんな伊織を洸は冷たく突き放した。
「おまえ、鬼頭たちを見殺しにする気かッ!?」
「オレは現実的に考えて意見しているだけだよ。
それとも、この広い島の中を正確に探し当てるプランでもあるの?
それにもうすぐ日も沈むよ。そうなったら森の中を歩くことだって困難だ」
「だからって、こんな所で手をこまねいているのが正しいと言えるのか?
たとえ結果がどうであれ、探しにいくことが正しいことなんだ」
確かに正論ではあったが、同時に幼稚で思慮浅い考えでもあった。
伊織は普段からお堅い優等生で、しかも数百年続いた旧家の生まれであった。
ゆえに、両親や祖父母からおよそ現代には似つかわしいほど古風な育てられ方をし、融通の利かない性格だったのだ。


「そんなに行きたかったらおまえ一人で行け」
さらに貴弘まで冷たく突き放した。
「何だと、杉村おまえ本気で言っているのか!?」
「オレも相馬の意見に賛成だ。今動いたら探すどころかオレたちまで森の中で迷うことになる。
断っておくが曽根原たちを襲った奴は平気で殺人までおかす奴だ。この先に行って見ろよ。星野の死体がある」
「……なんだと…?…星野も殺されたのか?」
星野『も』という言葉に貴弘の表情が僅かに変化した。
「……他にも殺された奴がいるのか?」
「……小林だ」
「……そうか。気の毒だったな」


伊織は悔しそうに俯いた。確かに冷たい言い方だが、洸や貴弘の言うことはもっともだ。
そんな話をしている間にも夕日は海に沈み、辺りが薄暗くなってきている。
そう夜がくるのだ。そうなればクラスメイトを探すどころか自分達が危なくなる。
しかし、伊織はそれでも引き下がれない理由があった。
それは森の中に足を踏み入れた生徒の中に鬼頭蘭子がいるからだ。




伊織はこの通りの実直すぎる性格が災いしてか、同級生から煙たがられていた。
友達といえば、やはり同じように曲がったことが嫌いで真面目な委員長の邦夫くらいだ。
ただ邦夫は温厚な性格なので、それなりにクラスメイトに慕われていたが、厳格すぎる伊織はいつも遠巻きに見られていた。
しかしなぜか邦夫と仲の良かった蘭子だけは伊織を煙たがることはなかった。
最初はヤクザの娘ということで、きっと非常識な女だと思っいた。
しかし邦夫を間にして知った蘭子の人柄は曲がったことが嫌いで厳しくはあるが、優しく親しみを感じるものだった。
口は悪いが決して人の悪口や陰口を叩かず、少々乱暴な所もあったが絶対に弱いものイジメはしない。
蘭子の魅力に気付いてからは、それまでは気にもしなかった蘭子の容姿さえも日本女性の凛とした美しさを感じるほどだった。
家族が知ったら驚くだろうが、厳格な家に生まれ厳格に育てられた伊織がヤクザの娘に恋していたのだ。


「やはり探しにいく」
伊織が歩き出した。
「待てよ、オレも行くぞ」
智也が慌てて歩き出した。この森のどこかに小夜子がいるかもしれないのだ。
目的こそ違うが、伊織の意見に智也は賛成だった。
「待って、二人とも。せめて夜が明けるまでまって、そうしたらきっと皆も探すのを手伝ってくれるわ。
今夜は我慢して明日一緒に探しに行きましょう」
美恵は必死に2人を止めた。
「……悪いが天瀬、明日まで待ってられないんだ。心配しないで、君はここで待っていてくれればいい。
女の子には危険すぎる。……もっとも君にはナイトが大勢いるから心配もいらないな」
伊織は「心配してくれてありがとう」と一言だけ言って智也と共に森の奥に入ってしまった。


「……このままだと山科くんと石黒くんが……お願い、誰か止めてッ!」
しかし、2人の決意が固いことは同じ男としてわかるのか、それとも警告を無視して無謀な行動をとった2人に腹をたてているのか、
はたまた関わるのが面倒なのか、誰も名乗りを上げるものはいなかった。
「……いいわ。私が連れ戻してくる」
美恵は駆け出した。慌てて海斗が「よせよ」と腕を掴む。
「ほかっておけ。後を追えば死体が増えるだけだ!」
その声に美恵が足を止めた。そして、ゆっくりと振り向いた。
「あそこまで言って制止をきかなかったんだ。奴等が足を踏み入れた先に何があるかわかるだろう?
こうなった責任はあいつらにある。後はあいつらの運次第だ。おまえが関わることはない。関われば、おまえも死ぬぞ」
そう冷たく言い放ったのは晶だった。














「……なあ山科」
「なんだ?」
「おまえ……西村のことどう思ってんだ?」
「……どういうことだ?」
「どうって……好きかってことに決まってんだろッ!?」
「真面目で控えめな女性だとは思うが」
「……それが答えかよ」

色恋沙汰には鈍感な智也でもわかった。伊織は小夜子に対して特別な感情は何もない。
複雑だった。恋敵が消えたことを喜んでいいのか、それとも小夜子が失恋したことを悲しむべきなのか?
その時だった。月明かりの下、セーラー服がチラッと見えたのは。
何より、その小柄な体型と三つ編み。

「西村ッ!」

智也は駆け寄った。小夜子は地面に横たわっていた、しかし温かい。
良かった生きていたんだ。智也はホッと息をした。

「……良かった……」


「………ッ!」


智也の目がこれ以上ないくらいに拡大していた。

「……西村…?」

小夜子に駆け寄った。そして、そして…小夜子が目を開いた。
そして、次の瞬間……智也の身体に衝撃が走っていた。
「……石黒ッ!!」
背後で伊織が叫んでいた。でも、なぜか微かに聞こえただけだ。


「……西村、なんで……?」


――智也の身体の中央を鋭く尖った細長い石が貫いていた。




【残り38人】




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