「……ハァ…ハァ……な、何だったのアレは……」
千秋はその場に座り込んだ。
「委員長たちは大丈夫かしら?」
千秋は蘭子、邦夫、そして早乙女瞬と四人で森の中を歩いていたのだ。
しかし、今は一人きり。そして非常に危険な状況にいた。
「……まさか、ゆっくんもアレに襲われて…」
千秋は双子の弟・幸雄のことを思った。考えたくはないが帰って来なかったのは襲われた確率が高い。
「……ゆっくん……う…」
普段は気丈な千秋だったが、ポタポタと涙が溢れてきた。

ガサッ……

しかし、悲しむ間もなく背後で――物音がした。




Solitary Island―31―




――それは、ほんの数十分前の出来事だった。

「本当にここはどこなのかしら。絶海の孤島なんてお手上げだよ」
歩けど歩けど人っ子一人いない森の中、蘭子は焦りだしていた
「……と、とにかく……この島が無人島なのは間違いないでしょうが……」
「なんだ、もうバテバテ?相変わらず体力ないね」
「す、すみません蘭子さん」
邦夫は努力家ということもあって学校の成績は非常に優秀だ。
しかし唯一人並み以下の成績もある、それは体育だ。
(もっともテストの点数がよかったので通知表が『3』以下になることはなかったが)


「みんなアレをみて」
千秋が指差す方向に三人は一斉に視線を向けた。
「あれは……」
「た、建物!よかった、この島は無人島なんかじゃなかったんだ。蘭子さん、僕たち助かりますよ!!」
さっきまで倒れかけていたのが嘘のように邦夫は立ち上がった。
そして走り出していた、蘭子と千秋もその後を追う。
ただ一人、早乙女瞬だけは、他の三人のような笑顔ではなく、意味ありげな表情で建物を見詰めるとゆっくりと歩き出していた。














「……ブラジャー…?……本当に美恵のモノなのか?」
「うん、そうだよ。オレの戦利品の一つ」
「おい、どういうことだ!?」
攻介が洸に飛び掛って襟を掴んでいた。
「なんで、おまえがそんなもの持ってるんだよ!まさか、おまえ美恵に手を出したんじゃないだろうな!!」
攻介は噂であるが知っていた。洸はその愛想の良さと美貌で非常によくモテることを。
そして、いうことをきく女が星の数ほどいるという話もきいた(あくまでも噂だが)
「失礼だなぁ、ひとをプレイボーイみたいに言わないでよ。オレ、立花みたいな節操なしじゃないよ。
いつもママに安っぽい付き合いには手をだすなって、釘刺されているんだ。狙うは逆玉、バカなマネするはずないだろ」
「だったら、これは何だ?オレたちが納得するような説明しろよ」
「話せば長くなるんだけど~……」




それは船が島に激突したときの事だった。
逃げまどう生徒達、とにかく船から脱出しなければ!!
そう思ったのは洸も例外ではない、全速力で廊下を走っていた。
その時、生徒達が泊まっている宿泊室の前の廊下を走っていた時のだった。
美恵と瞳が泊まっている部屋の前に来たとき洸は閃いた。
そして何を思ったのか、命の危険を省みずに部屋に入ったのだ。
そう、このままだと船は沈む。もちろん生徒達の私物も一緒に沈むだろう。
だったら美恵の私物を失敬しても問題はないだろう。
洸は、そう考えた(そして実行したのだ、あの最中に!)


天瀬はモテるからきっと高値で買ってくれるやつがいるよね♪」
時は金なり、洸は常に座右の銘としているその諺を思い浮かべた。
こうして、どんなときにも自分に出来る最大の努力をする。
こういう姿勢が大事なんだよ。オレって頑張り屋さんだから♪
「あれ?なんだ、これ……」
美恵のかばんを物色していた洸は思いもかけないものを見つけてしまった。
「……これ」
グラッ……その時、船が大きく揺れた。
まずいな、そろそろ逃げないと。さすがの洸も命の危険を実感し出した。
「望月の私物は興味ないけど現金くらいは保護してあげようかな」
ついでに瞳のかばんも開けてみた。もっとも、こちらは純粋に現金目当ての真っ当な物色だった。
「なんだ、これ?」
かばんの中には薄いが派手な表紙の本が数冊入っていた。


『君の炎になら焼き尽くされてもかまわないよ。それで、オレの人生を終わらせてくれ』
『……ふざけるな。死ねば、それで終わりなのか?
心に傷を持たない奴なんて存在しない。もしいるとすれば、薄っぺらな奴だけだ。生きろ……オレの為に』
甘ったるいセリフの応酬。問題はその2人のキャラクターの雰囲気がやけに怪しいことだ。
「なんで男同士で裸で抱き合ってるんだよ」
洸はパラパラとページをめくりながら考えた。
しかも、ラストはかなり過激な性描写の連続(ちなみに本の表紙には24禁、ハードなどという怪しい文面があった)
「ああ、これが噂の同人誌ってやつか。初めて見たよ。
なんだ、意外にどうってことないじゃないか。もっとすごいものかと思った。他のも見てあげようかな」
もしも瞳がこの事実を知ったら卒倒するだろう。
クラスメイトの男子に親にも見せない自分の秘密の宝物をバッチリ見られてしまったのだから。
「なんだ、この長髪男。男のくせに男の身体の自由を奪って何する気なんだ?
あー、この後のストーリー大体想像つくよ。絶対にやられるか、同性の恋人が助けに来るかどっちかだ
……と、いけない。早く済ませないと。何だ、一万円もないじゃないか、しけてるなぁ。
まあいいや。望月、君のお金はオレが日本経済の中に戻してあげるから安心してね♪」
こうして洸は美恵の私物を無断でもらい(ついでに瞳のお小遣いも奪い)無事に船から脱出した。




「……………」
「と、いうわけなんだ」
俊彦と攻介は開いた口が塞がらなかった。あの惨事の中、そんなことをしてたのか、こいつは!!
余程のバカか、余程の余裕なのか、どちらにしてもとんでもない男だ。
問題は洸がよりにもよって美恵の私物を持ち出したことだ。
しかも洸はこう言った。『戦利品のひとつ』――と。
「おい、まさか他にもあるのか?」
「うん、根岸あたりならきっと一品5万くらいで買ってくれると思うんだよね。
あ、安心してよ。顔写真付けてブルセラに売ろうなんてオレ全然思ってないよ。
クラスメイトの女の子に、そんな酷いこと出来ないよ。オレ、こう見えても悪さ出来ない人間なんだ」


「十分やってんだよ!!」
「そう?」
「出せ!美恵から奪った私物全部だ!!」
「そうだ!死にたいのか!?オレたちを本気で怒らせせて、この世で後悔した奴はいないんだぞ!!」
「なんだよ、オレのお手柄なのに横取りする気?」
「コソ泥しておいて手柄もクソもあるか!!」
「蛯名ぁ、聞き捨てならないな。オレは犯罪には手を出さない。そんなセコイ男じゃないんだ」
「実際に美恵の下着盗んだんじゃないか!!」
「何いってんだよ!!あのまま海の藻屑になるはずだったんだよ!!
これはいわばトレジャーハンティング。海に沈んだお宝は、最初に引き上げた人間の物になるっていう国際法しらないの?
オレはただ沈む前に手に入れただけなんだ。失礼なこと言わないでよね」
「屁理屈言ってんじゃねえ!出せ、さっさと他のものも……」
と、言いかけて攻介は言葉を止めた。俊彦も同様だ。




「ついでに、こんなものも発見したんだ」
それは写真だった……。
「真ん中に写っている女の子って天瀬だよね。5、6歳くらいの頃の写真だよね。クスクス可愛いね♪」
洸は相変わらず笑顔だったが、攻介と俊彦は全然笑えなかった。
「で、この女の子の周りにいる三人。最初は誰かわからなかったよ。でも、どっかで見たことあるような顔なんだよねぇ」
「……………」
「で、気付いたんだ。そうだ、うちのクラスメイトによく似てるって」
「……………」
「でも、おかしいんだよね。だってさぁ、その三人が転校してきたとき天瀬も、そいつらも知らん顔してただろ?
でも、この写真見る限りじゃ、昔からの知り合い。それもすごく仲のいい。
でもって、堀川の態度みて確信したんだ。これってさぁ、どういうこと?」


「なんで高尾たちと天瀬が一緒に写っているんだよ」














天瀬」
その低くないのに威厳のある冷たいりんとした声に徹も雅信も反応して顔を上げた。
(2人が声を上げたときにはもう桐山は走り出していた)
秀明と話が済んだ美恵が戻ってきたのだ。
「桐山くん、ごめんなさい心配かけて」
美恵が元気になったのならそれでいい」
「……ありがとう」
桐山の何気ない一言。その一言が嬉しかった。
自然と笑みがこぼれた。すると桐山は美恵の頬に手を添えてきた。
「……桐山くん?」
天瀬、一つ聞きたい事がある」
そう言うと桐山は美恵の手をとり、それを自分の胸に押し当てた。
天瀬が堀川と2人きりで森の奥に消えたとき、なぜか胸が苦しくなった。
天瀬の姿を見たら苦しみが消えた。でも、まだ心拍数が下がらない。
オレはどうしてしまったんだ?病気なのか?教えてくれ天瀬。こんなことは生まれて初めてなんだ」


瞬間、その場の空気が一気に下がった。
(オレの未来の妻に対して、オレの目の前で!!随分といい度胸をしているじゃないか桐山くん……)
(……桐山、殺す!!)
(全くガキだなぁ徹も雅信も。僕は彼氏の余裕って奴だね。自分の彼女がモテるのは悪い気分じゃないさ。
でもね桐山くん、彼女の手を握るなんてどういうことだい?見逃せないな)
(桐山、何て奴だ。公衆の面前で素で口説けるなんて。うちの親父より女キラーなんじゃないのか?)
(しまった先越された。オレらしくもない、いらいらする)
ちなみに上から徹、雅信、薫、真一、貴弘である。


「桐山、そんなことより他にやることがあるだろう」
秀明が横から口を出してきた。
美恵はハッとした。そうだ、早く行方不明のクラスメイトたちを探さなければ。
「早く皆を探さないと」
「皆?」
「そうよ。とにかく、この森のどこかで震えているかもしれないのよ」
「そういえば一人いたな」
志郎は簡単にそう言ってのけた。
「いたって……誰が?」
すると志郎はスッと指差した。薫を……。
「立花くんがどうかしたの?」
「薫と同じ部活の奴だった」
「曽根原さん?どうして連れてこなかったの?」
「どうでもよかったし、美恵の声が聞こえたから」
その時だった。「ど、どうして誰も助けに来ないのよッ!!」とフラフラした足取りで美登利が現れたのは。




(……あれは!グッチの財布にピエール・カルタンのセーター)
薫が素早く駆け寄った。
ちなみにグッチの財布は美登利が海外旅行したときのお土産、セーターはクリスマスプレゼントに貰ったものだ。
実に失礼な話だが、薫は美登利の名前よりも貰ったプレゼントのブランド名が咄嗟に頭に浮かんだのだ。
「曽根原さん、大丈夫かい?心配したよ」
「……立花くん……怖かったぁぁ!!」
「もう安心していいよ、僕がついているから」
すがり付いて泣きじゃくる美登利を優しく抱きしめて「よしよし」となだめてやる薫。
(やっぱり立花くんは紳士だわ。他の顔がいいだけの野蛮人どもとは大違いだわ!!)
美登利はそう思った。
(まあ適当に守ってやるか。何しろ誕生日にローレックスの時計がかかっているからなぁ、フフフ)
薫はそう思った。その様子を徹が蔑みを通り越して呆れた顔で見ていた。
「……薫が札束抱きしめているようにしか見えないな」
「気のせいじゃないぞ徹。オレもそう思う」
徹同様、いやそれ以上に薫を嫌っている晶もそう思った。














「……!!」
振り向こうとした千秋。だが、その瞬間頭部に強烈な衝撃が走った。
そして視界が一瞬で暗くなった。

どうして、こんなことになったの……?
あの時、あの時……。

千秋は走馬灯のように思い出していた。
建物の中、暗闇の中を突然黒い物体(暗闇なので、実際の色は不明だが)が襲ってきたこと。
最初につかまったのは早乙女瞬だった。
瞬は、そいつを蹴り飛ばすと「逃げろッ!!と言った。
そして暗闇の中逃げた。ただ逃げていた。
気がついたら他の三人とは離れ離れになっていた。


そこまで考えて……千秋の意識は消えた。
地面に倒れると動かなくなった。
そして千秋を襲った何者かは千秋の首筋にそっと手を当てて脈があることを確認すると千秋を肩に担ぎその場を後にした。

後には、千秋が肌身離さずに持っていた家族の写真が残されていた――。




【残り38人】




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