「どうやら四人目が生まれたようだな。さて顔を見てやるか」
「長官、長官ッ!」
「なんだ、騒々しい。今度の子はどうだ?秀明や晃司のような健康優良児か?」
「……そ、それが…」
「どうした。さっさと検査をして教育プログラムを組め」
「……女児です」
「……今、何て言った?」
「誕生したのは男児ではありません」
「バカなことをいうな。受精卵のときに男しか生まれないように細工したはずだぞ」
Solitary Island―30―
「天瀬?」
一体何があったのか、貴弘は理解できなかった。
駆けつけたとき美恵は海斗に抱きしめられ何かショックを受けているようだし、
洸が桐山に胸倉掴まれて今にも殴られそうになっている。
(その横で徹と雅信が「そいつはオレが殺す」とわめいている)
「……天瀬どうしたんだ。具合でも悪いのか?」
直人たちより遅れて登場した伊織が美恵の様子に心配したのか近寄ってきて手を伸ばした。
「美恵に触るな!!」
「……グッ…!」
が、何と言うことか。感情が高ぶっていた雅信にみぞおちに一発入れられてしまった。
両手で腹を抱えながらガクッと膝を突く伊織。
「おい、何があったか知らねーけど殴ることないだろ?!」
元々、短気でケンカ早いが根は正義感の強い智也が前に出た。
しかし、駆け寄ったとたん顔に衝撃が走った。徹の裏拳が顔面にヒットしていたのだ。
あまりの痛さに両手で鼻を押さえうなだれた。
「ギャラリーは黙ってなよ。それとも今すぐ地獄への片道切符を無料配布してあげようか石黒くん?」
「……ぅ」
即、逆襲に出ようと思っていた智也だったが、徹の一睨みで情けないことに足が止まってしまった。
智也はそれなりに修羅場を潜り抜けてきているし軍人の父に殴られるなんて日常茶飯事だった。
それでも徹の視線は怖かったのだ。
とても、普段キャーキャー騒ぐ女生徒たちに愛想よく手を振って応えてやっている男と同一人物とは思えない。
「……人生やっぱり余計なことはするべきじゃないよね。でないと理不尽な目に合うんだ。あーあ、かわいそうに」
「何、人事みたいな事を言っているんだ相馬」
「……ぅ…やだなぁ。そんなに怒らないでよ。あやまるからさ、ね?」
「相馬、オレはどうでもいいと思っていたんだ」
桐山は静かな声で、それこそ静かにこう言った。
「世の中も他人のことも、そして自分自身さえもどうでもよかった。
だが天瀬のことだけはどうでもいいとは思えなかった。
その天瀬をおまえが傷つけた。オレはおまえをどうにかしなければ気が済まない。
心の底から、そう思うんだ……理解してくれるかな?」
「……桐山。そんな怖いこと言わないでよ」
「桐山、そいつをオレに引き渡せ」
「いいや、オレに渡してもらうよ。邪魔するなら君も敵だ」
(……ちょっと待ってよ。この状況笑えなくなってきたよ)
ここにきて、さすがの洸も身の危険を実感しだした。
先ほどから桐山のみならず雅信や徹の殺気を全身で感じる、恐ろしいくらいに。
(このままだと本当に殺されかねない……運が良くて半殺しにされるよ……)
「おまえたち何してる」
その声に、その場にいた者全員が森の奥の方にいっせいに視線を送った。
「秀明」
志郎が早足で駆け寄っていく。
「美恵……志郎、美恵がどうかしたのか?」
「オレもよくわからないけど。相馬が美恵の体に手を出したらしいんだ」
「……相馬が?徹や雅信じゃないのか」
しかし、そんなことより美恵の様子のほうが気になる。秀明は真っ直ぐ美恵に近づいていった。
「美恵」
声を掛けたが、美恵は反応しない。
ため息をついた秀明だったが、おもむろに海斗から引き剥がずと美恵の両肩を掴み今度はやや大きい声で言った。
「美恵!!」
そこで初めて美恵はハッとして秀明をみた。
「……秀明」
「どうした?」
秀明は美恵の頬に両手を添えて、顔を覗き込むように言った。
「……私」
「……来い、話がある」
秀明は美恵の手を取ると半ば引きずるように強引に連れ出した。
「……天瀬が連れて行かれた。この場合、そういうんだろうな……」
桐山は思わず洸から手を離した。もちろん洸は即、桐山から数メートル距離をとる。
徹も雅信もとんびに油揚げをとられたような表情で二人の後姿を見詰めた、いや睨んだ。
そんな桐山たちとは反対に志郎はトコトコと距離を保ちながらも二人の後を追いかけていった。
「なんだ堀川の態度は……?」
なぜか胸が苦しい。落ち着かない。この気持ちは何と言えばいいのだろう?
桐山は、そっと胸に手を当てた。
オレはもしかして病気なのだろうか?
「……堀川秀明……殺す……」
雅信はすでに殺意の対象を洸から秀明に変更していた。
「……秀明の奴……ひとの女を勝手に連れ出すなんて相変わらず非常識な男だな。
今度という今度は思い知らせてやらないと」
徹はスッとズボンに手を入れた。折りたたみ式のナイフが中で出番を待っていた。
「……おい、秀明の奴ヤバくないか?」
「……まあ、あいつのことだから命の危険はないけどな」
少し離れた場所で俊彦と攻介が小声で話していた。
「……どうする?」
最初に切り出したのは俊彦だった。
「どうするって?」
「はっきり言って秀明とはろくに口もきいたことないけど……あいつ隼人と仲いいだろ?
隼人がいたら絶対に秀明をかばうと思うぜ」
「……そうだな。任務中に何度も助けてもらったって言ってたし。
隼人への義理だ。雅信たちが何かしたらオレたちが助けて……」
と、言いかけて攻介は背後に振り向いた。誰かが肩をつついていたからだ。
なんと今しがたまで桐山たちの殺意の対象だった洸だった。
「何だ、何か用かよ」
おまえとかかわると直人の機嫌が悪くなるんだよ、攻介は心の中で呟いた。
「あのさ、ちょっと話があるんだけど。あ、他のみんなには内緒」
「ここじゃあ言えないことなのかよ。そんな話ならまっぴらごめんだ」
「天瀬のことなんだけど」
「「……何だって?」」
「痛い、秀明…」
その声でようやく秀明が立ち止まった。その十数メートル後ろで志郎も立ち止まった。
「おまえ……まだ、あの事を気にしていたのか?」
美恵は俯いた。とてもじゃないが顔を上げられない。
「忘れろといったはずだぞ」
「……そんな、そんな簡単に言わないで…!
男の秀明にはわからないわ。それに…それに…私は……人を…」
「志郎が見てるぞ」
美恵はハッとして振り返った。いつもは無表情な志郎が不安そうな表情で見ている。
「志郎はあの事件のことは何も知らない。
知る必要もないが、おまえにあったことを知ったら傍にいてやれなかった自分を責めるだろうな。」
「……志郎」
美恵は思い出していた、かつて幼い頃、志郎と過ごした日々のことを。
志郎は美恵より五ヶ月ほど後に生まれた子だった。
美恵より数ヶ月先に生まれただけなのに子供らしからぬほど大人びいていた秀明や晃司と違い、志郎はよく美恵に甘えてくる存在だった。
美恵が歩くと、いつも後を追いかけてきた。
夜、寝るときは毎日のように一緒に寝てやっていた。
まるで母親が子供を抱きしめるように志郎を胸に抱えて眠りについたものだ。
食事のときも、美恵がぎこちない手つきでスプーンを口元に持っていってやり食べさせてやっていた。
六歳のとき女児の美恵と、男児の志郎たちは離れ離れになったが、その時も最後まで離れたくないとダダをこねていたのは志郎だった。
美恵は志郎にとっては唯一の母性だったのだ。
秀明の言うとおり、自分が強くならなければ志郎が不安になる。
「……美恵、どうしたんだ?」
志郎が本当に悲しそうな表情で見ている。
「……秀明のいうとおりよ。あのことは忘れるべきなんだわ」
美恵は振り返ると志郎の元に歩み寄って笑顔で「大丈夫よ」と言った。
志郎は美恵を抱きしめて何度も「本当か?」と言った。
「本当よ。私が志郎に嘘ついたことがあった?」
「ない」
志郎は安心したように、さらに美恵を抱きしめた。
「なあ氷室、今どこを歩いてるんだよ」
「この辺りは森の中央だからな。取り合えず海岸にでる、東の方角だ」
「……東って…こっちじゃないのか?ほら、これ」
幸雄が指差すと小さな切り株があり年輪が方角を示していた。
「小さな木は光に当たろうと日が差し込む位置に伸びるんだ。その方角は少しづれている」
そう言って、氷室は時計の針と森の木々の隙間から見える太陽との位置を合わせていた。
アウトドアではおなじみの時計を使った方角の調べ方だ。
「……こっちだ。急ぐぞ、日が落ちる前に森の中を抜けるんだ」
でないと奴等の動きが活発になる。夜行性もいるからな。
隼人は心の中で、そう呟いた。
「……氷室さんが一緒でよかったな内海」
「ああ、本当だよ」
「こうして森の中を歩いていると……Ⅹファイルを思い出すなぁ。
氷室さんはⅩファイル見たことありますか?」
「ああ、あれか。見たことはある、オレはトレンディドラマには興味がないんだ。
だからドラマはアメリカ製のものばかり見ていた。どちらかといえば『24』の方がすきだけどな」
そういえば、晶や勇二、それに俊彦、攻介、直人もⅩファイルが好きだったな。
隼人はふと思った。志郎なんかアリーマイラブとERとビバリーヒルズ白書を見ていた。
どういう趣味なんだと思った。きっと何となく見ていただけだろう。
「聞いたか内海。氷室さんはいい趣味してるよな、おまえもオレたちを見習ってⅩファイルを見ろ」
「……そう言われても、オレはアクション映画は好きだけどドラマには興味が…」
「……待て」
隼人がスッと右腕を水平にあげ、二人を止めた。
「前方に何かいる」
「……ヒッ」
隆文が思わず引きつった悲鳴をあげた。
「ここにいろ、動くなよ」
隼人は二人に制止をかけると用心深く近づいていった。
「何だよ話って」
俊彦は少々面倒な表情をしていた。志郎に関わって嫌な思いをしたときによくでる表情だ。
あの後、結局俊彦と攻介は洸と一緒に海岸にこっそり戻ったのだ。
「あのさぁ、天瀬って普通じゃないよね。オレが下着の中に手を入れようとしただけで半狂乱になるし」
「な…ッ…おまえ、そんなことしたのか!?」
「おちついてよ瀬名。しようとしたんだけど、その前に悲鳴出されたから止めたんだよ」
「ふざけるなよ、あいつはそういうことはダメなんだ!あいつは…!!」
「なーんか、わけありって感じだったよね」
「……!」
「彼女が怖がったのって、オレじゃなくて。オレのせいで思い出した『何か』なんじゃないの?」
俊彦と攻介の目つきが変わった。
「おかげでオレが彼女を傷つけたことになって桐山たちには責められるし。
よかったら何があったのか聞かせてよ。知ってるんだろ?」
「……何でオレたちに聞くんだ?おまえも知っているだろう、オレたちは去年転校してきたばかりで、あいつとは…」
「それ以前は面識がなかったなんてくだらない嘘だけは言わないでよね」
洸は近くにあった倒木に腰を下ろした。
「オレさ。こう見えても勘がいいんだ。直感っていうのかなぁ……すぐにピーンときたんだよ」
こいつ、やっぱりまともじゃない……俊彦と攻介は改めてそう思った。
「……なんで美恵の過去を知りたがる?」
「オレも必死なんだよ。このままだとオレ、桐山たちに危害加えられるだろ?
何とかあいつらの優位に立っておきたいんだ。でないと山科や石黒の二の舞になる、そんなの、まっぴらゴメンだよ」
「……おまえがまいた種だろう」
いつになくキツイ、いや恐ろしいくらいの表情で俊彦は言い放った。
「おまえ自身で片付けろよ。そんなくだらないことの為に美恵を利用されてたまるか。
今度、ふざけたこと言いやがったら、徹たちに引き渡すまでもなくオレたちが殺しちまうかもしれないぜ?」
「……怖いなぁ、お願いだから、そんなこと言わないでよ。
君たちのお仲間の中で話が出来るのって瀬名たちだけしかいないから頼んでるんだよ。
クラスメイトなんだから仲良くしようよ」
「……まっぴらゴメンなんだよ。バカバカしい、もどるぞ俊彦」
「そんな事言わないでよ」
洸はおもむろに学ランの内側からとんでもないものを取り出した。
「天瀬のブラジャーあげるから」
「ら、蘭子さん!……ぼ、僕はもう走れません。僕にかまわず逃げてください……」
「くだらない泣き言言ってる暇があったら、さっさとたちなっ!!」
腕を鷲掴みにされ半ば強引に立たされる邦夫。
背後、数十メートルほどの地点で物音がする。
蘭子は咄嗟に邦夫の口を手で塞ぐと、大木の影に隠れた。
物音が聞こえる……しかも近づいてくる。邦夫はギュッと目を瞑り、ガタガタ震えている。
心臓の音が爆発寸前のように早く大きく体内から響いた。
(……チクショー…何なのよ…)
蘭子はスカートのポケットに手を忍ばせた。
父が護身用にと無理やり持たせていたスタンガンだ。
だが、蘭子たちとは正反対の方角から別の物音が聞こえた。
とたんに、今まさに蘭子たちに迫ってきた物音の主は向きをかえ、そっちの方角に走っていく。
間髪いれずにバサササァァ……と羽ばたく音が聞こえた。
どうやら、鳥のようだ。
しかし、そんなことはどうでもいい。
問題は、自分達を追いかけていた『何か』が飛んでいった鳥を追いかけて、どこかにいってくれたことだ。
「……た、助かった……」
邦夫はそれだけ言うとプシューとまるで空気が抜けたようにペタンと地面に座り込んだ。
「……ああ、今のところはね……でも、一体何なんだよ……あいつは。
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