「……なあ川田」
「何だ七原」
「こんな生活いつまで続くんだ?プログラムから逃げた奴に安息の地はないのかよ」
「……おい、あんまり難しいこと聞かないでくれ。オレは神様じゃないんだよ。
こうしてクソゲームから逃がしたことだけがオレに出来る限界だ。
悪いが七原、オレはおまえが期待しているような完全無欠のヒーローなんかじゃないんだ」
「でも、オレはいいけど委員長たちは……ッ」
「よせよ七原、川田の言うとおりだ。逃亡生活なんて最初から覚悟してたはずだろ?」
「三村……」


「……なあ、七原。オレたちが離れる時がきたのかも知れないな」
「え?」
「大人数でいるより別れた方がいいってことだ。もちろんいざって時の為に、距離を置くわけにはいかないがな」
それはいつか出る話だと思っていた。
川田の言うことも最もだ。しかし、苦労を共にしてきた仲間と離れ離れになるのも寂しい。
「杉村、千草、おまえたちは一緒にいた方がいい」
「ああ、もちろんだ。貴子はオレが守る」
「……弘樹、それはこっちのセリフよ」
「七原、おまえも内海を守ってやれ。わかるな、オレの言っている意味が」
七原は川田の視線を真正面から受け止めると決意を固めたように頷いた。


「ちょっと、あたしは誰が守ってくれるのよ」
「おまえさんは、一人でも十分だと思うが……まあ、腐れ縁だ。オレと三村と一緒にいろ」
「……たく、しょうがないわね。守られてあげるわよ」
「……なんだよ。オレと川田は貧乏くじだよな」
「なんですって!!?」
「冗談だよ……それより川田、オレの意見聞いてくれるか?」
「何だ三村?」
「平成の大合併って奴で、今地方で市町村の合併が行われているだろ?
今度、某市が合併するらしんだ。そのドサクサに紛れてオレたちの偽戸籍を作ってやるってのはどうだ?」
「……なるほど、いい案だな。で、その某市ってのは?」
「広高市だ」





Solitary Island―29―




志郎は転びそうな勢いで走っていた。あれは確かに美恵 の悲鳴だ。
何があってのかはわからないが、何かがあったことは間違いない。
さらに志郎の気持ちを逆なでするように『いやぁぁぁー!!』と激しい拒絶的な悲鳴が響いた。
美恵ッ!!」
瞬く間に、志郎は美恵の元に駆けつけた。そして珍しい光景を目の当たりにした。




「そんなに嫌がることないだろ。傷つくなぁオレ」
相馬洸が、あの愛くるしい笑顔でさらっと言っている。
それとは反対に普段は温厚な寺沢海斗が声を荒げて怒鳴っている。
美恵をまるで敵から守るように洸の視線にさえもさらさせないように、まるで隠すように抱きしめている。

「うるさい、美恵に寄るな、触るな、近づくな!!」

「なんで?寺沢の恋人だったの?オレ、寺沢はアッチ系のひとだと思ったのに。
ねえ、オレも少しは悪かったよ。謝るから、ね?」
「ふざけるなッ!美恵はオレのたった一人の親友だ、宝物だ!!
ぶたれたくなかったら美恵の半径3メール以内に入るなッ!!」
海斗は、まるで野良犬でも追い払うように、近づいてきた洸をシッシと追い払う仕草をみせた。
(もっとも、そんなレベルのものではなく、それこそ腕を振り落とすように動かしていたが)
この光景には志郎も?状態になった。一体なにがあったのだろうか?
ただ、とりあえず洸と海斗はどうでもいい(志郎にとっては)。
問題は美恵だ。海斗に抱きしめられ顔をうずめているので表情はわからないが、遠目からでも少し震えているがわかる。

本当に何があったのだろうか?




――数分前――

「堀川くーん!速水くーん!!」

出て来ない……本当にどこに行ってしまったのか?
それに晶と、晶を追っていった貴弘も気になる。

二人は強いから襲われても簡単にやられることはないが、その前に二人の間に揉め事が起きたらと思うと貴が気ではない。
(当たっている。もっとも、さすがに二人が死闘を繰り広げているとまでは思っていなかったが)


「……どうしよう。早く探さないと危険なのに」
「もっと大声出したら?」
洸が緊張感ゼロの調子のいい声でそういった。美恵は少しカチンときた。
自分は声を張り上げて叫んでいるのだ。この男はのほほんと後をついているだけなのに。
「そんなこというのなら相馬くんも呼んでよ」
「んー、オレ金にならないことには頑張れない男だから……じゃあさ、おしてダメなら引いてみれば?」
「何よ、それ」
「すぐに駆けつけたくなるような状況作ればいいんだよ。こういう風に」
油断していた。まさか、このあどけない顔してこんなことをするなんて。
何と洸は背後から美恵を抱きしめて、こともあろうに耳に息を吹きかけてきた。

「キャァァァー!!」














「……クソッ…西村……」
智也は静香の遺体を前にして、もしかして小夜子もすでにどこかで冷たくなっているのではないかと想像し苛立っていた。
静香に手を合わせている伊織は落ち着きを取り戻し、いつものようにすました(智也にはそう見えた)表情になっていた。

(……こいつ西村のこと心配じゃないのかよ)

智也は正直言ってムカついていた。智也は知っていたのだ、小夜子がよく下校する前に剣道部の前を通っていたのを。
そして伊織をせつなそうな目で見ていたことを。
そんな二人とは少しはなれた場所で直人たち三人はクラスメイトを探すのを一旦止め何やら話をしていた。


「死体を捜すより、奴等を探したほうが前向きだ。そう思わないか、おまえたち」
「まあな。元々、その為に来たんだし。でも奴等の情報はオレはほとんど知らないんだぞ。
直人、おまえは情報部だから何か知っているんじゃないのか?」
「F4まで成功したということは聞いている」
「F4…か」
俊彦と攻介は半ば安心したような表情をした。
それなら何とかなる、もっとも何も知らずに島の中をうろついている同級生には気の毒だが。


「本当にF4までなんだな……F5は、いないんだな?」
攻介が念を押すように言った。
「……オレも親父から聞かされただけだからなな。科学省の奴等に聞いてみないとわからないだろ?」
俊彦と攻介は困ったようにお互い顔を見合わせた。
「……簡単に言ってくれるぜ。オレはただでさえ志郎のせいで酷い目にあってるんだ。
自分から関わりたくはないんだよ」
「晃司と秀明は何も話してくれそうもないしなぁ……お手上げだっつーの」
「もう一人いるだろ」
俊彦と攻介の目つきが変わった。
「あいつに聞けばいい。むしろ協力してくれる」
「……おい直人、冗談はよせよ。オレたちは、あいつを巻き込むようなことは……」




「キャァァァー!!」




「何だ?!」
「あの声……美恵だ!」
三人は森の中に駆け込んでいった。
思わず呆気に取られた智也と伊織も(二人には美恵の声ははっきりと聞こえなかった)何か起きたことを察知して三人の後を追いかけた。














「何だと、どういうことだ?」
いつに無く険しい目つきの貴弘。反対に晶はいつも通りのクールな表情だ。
「言ったとおりだ。オレも実際はほとんど実情は知らないんだ。
詳しく知りたそうだったから、知ってる奴を教えてやったんだよ。
聞けばいいだろ。オレから力づくで聞き出そうとしたように」
クラス、いや校内でもトップクラスの美形が二人も並んで(傍には憐れな死体があることを差し引いても)なんて絵になるんでしょう。
……などと言えるような雰囲気ではない。
二人がケンカ(なんてカワイイものではないが)をやめてから何があったのか、晶は隠しようがないと観念したのか喋ったのだ。


「確かにオレたち以外に何かがいることは確かだ。
オレも、いやおまえが疑っている奴は全員そいつらが目当てで、この島に来たようなものだからな」

晶はそう切り出した。そして全てを喋った(もちろん詳細は一切省いて)
自分達は軍の中でも特選兵士と呼ばれるエリート中のエリートだということも。
(貴弘は少し驚いたようだった。春見中学校は元々軍養成予備校だった校風から軍人志望者や、軍関係者を親に持つもの、
兵士養成所と化している孤児院からの入学者が今でも多い。全校生徒の半分はそうだといっても過言ではない。
しかし、まさか軍の秘蔵っ子ともいえるような存在がそろって一クラスに転校してくるなんて。
もっとも、それで晶の強さには納得したが)
この島に得体の知れない何かがいて(それが何なのかは晶は言わなかったが)その特選兵士とやらが、
その何かに対して、それぞれ上から命令されていること。
(船が漂流した挙句、この島にたどり着いたのは仕組まれたことだったことは、
元々無関係だった貴弘からしたらムカつく事実だったが、予想していたことなので、それほどショックではなかった)
しかし最後に晶が放った一言が問題だった。

「詳しいことを知りたければ、天瀬美恵に聞くんだな」

晶は、そう言ったのだ。
なぜ、ここで美恵が出てくるのか?美恵の名前をだされたことに貴弘は納得いかなかった。




「なんだ、おまえ。もしかして美恵が普通の家庭に生まれて、普通の女として育ったと思っていたのか?」
晶はククッと、微笑した。
「ただの女にオレたちみたいな男が関わるわけがないだろう。
特に徹や雅信が転校した初日に一目惚れなんて軟弱少女マンガに登場する男みたいなマネすると思っていたのか?」
確かに徹も雅信も薫も(薫は他の女にも優しかったが)転校初日から美恵に対して馴れ馴れしいくらいのアタックぶりを見せていた。
そして転校してきたときの彼等の態度から、美恵とは以前から顔見知りだったことも感じられた。
しかし、だからと言って優しく温厚な美恵が(もっとも強さを兼ねそろえた女であることも貴弘は知っていたが)、
この晶と同様(いや他の11人もか)最悪の環境とも言える国立孤児院で軍隊のような育ち方をしたなんて到底信じられない。
その貴弘の疑問に答えるように晶はさらに衝撃的なことを言ってのけた。


「言っておくが、特選兵士はオレのように孤児院にいたのを兵士としての才能を見出された奴がほとんどだが、あの女は違うぞ。
オレなんかと違って、軍の中枢で生まれ育った、生まれながらにして軍の中で最も過酷な場所にいた人間なんだ」


貴弘は何も言わなかった。いや、言えなかった。
どういうことだ?軍の中枢で、それも過酷な場所で生まれ育ったとは。

「晃司や秀明、それに志郎もそうだ。あいつらは軍に作られた人間なんだよ」
「……どういう…ことだ?」
「知りたければ本人に聞け。何しろプライバシーに関わることだからな」
そんなこと本人に聞けるか。貴弘がさらに晶に詰め寄ろうとした時だ。




「キャァァァー!!」




「あの声は…」
「なんだ?また雅信が何かしたのか?」
貴弘は走り出していた。














洸はさらに調子に乗って美恵のスカートの中に手を入れて、こともあろうに下着の上からとはいえ直で触ったのだ。
「……………」
今度は美恵は叫ばなかった。
「あれ?もしかして気持ちよかった?」
などと洸は相変わらず愛らしい表情でジョークをかました。
「……………」
天瀬?」


「……イヤッ…やめてッ!!」


「どうしたの?黙ってたらわからないよ」
そんな状況ではなかった。
海斗が青ざめた顔で見ていたが、その周囲では徹や雅信が『今、何をした?』というような表情をしている。
桐山は普段からは想像もつかないが目が僅かにしろ大きくなっている。


「……やめてッ…私に触らないで……ッ!!」


「……相馬、おまえなんてことを…!」
洸のすぐ傍にいた真一が最初に洸の肩を掴んだ。
とにかく引き離さないと。


「……やめて…お願いッ!……イヤッ…」


「……ぃゃ」
「え、何か言った?」


「イヤァァァー!!」














「……美恵?」
晃司はチラッと後ろを振り返った。なんだか嫌な感じがする。
一瞬、戻ろうかとも思ったがやめた。
美恵には秀明と志郎がついている。命の危険は無いだろう。
それよりも隼人を優先させるべきだと思ったからだ。
それに、この先(森の奥)には、情報どおりなら科学省の研究所がある。
求めていたものがそこにある。何としても、奴等だけは殺しておかなければならない。
それが最優先するべきことなのだ。














美恵から離れろ!」
海斗が引き剥がすように美恵を洸から取り上げた。
洸はというと少し驚いていたようだ。いくらなんでも、あの嫌がり方は尋常じゃない。
あれではまるで夜道で痴漢に襲われたような反応じゃないか。
いや……それ以上だ。
まるで無理やり暴行でもされたかのような……そこまで考えて洸はハッとした。
海斗の腕の中にいる美恵が震えている、そう本気で恐怖に打ちひしがれているのだ。

天瀬悪かったよ。でもオーバーだなぁ、ちょっと触ったくらいで。オレ、べつにとって食おうなんて思ってな……」


洸は目を見開いた。背中から背後の木にぶつかっていたのだ。
それだけじゃない。唇に端が僅かに痛い、切れている。
頬に痛みが走っている、そう感じる前に襟を掴みあげられた。

「貴様……」
「桐山?」

それは驚きだった。普段は物静かで大人しく、周囲に関心があるのかないのかわからない桐山の瞳に赤い色がともっている。
天瀬が嫌がることをなぜした?」
「……なぜって、なりゆきで」
「なぜ美恵を傷つけた?」
「……そう言われても」
「……下がってろ」
横から低い声がしたかと思うと今度は雅信が洸の襟を掴みあげてきた。


「オレでさえ、まだ触ってないのに……殺すッ!!」
雅信の拳が炸裂していた。洸が咄嗟に除けた為に背後にあった木が身代わりとなってボキッと鈍い音を発した。
「でしゃばるなよ雅信、話ならオレの方があるんだ」
いつにも益してさわやかな表情をした佐伯徹がポンと洸の右肩に手を置いた。
「本当に驚かされたよ。まさかオレがついていながら、こんなふざけた行為をされるなんて。
生まれて初めて自分に腹が立った。そう思わせたのは君だよ、わかっているよね相馬くん?」
「………」
「……ふざけやがって……このセクハラ野郎が!オレをなめてるのか!?
オレの目の前で美恵の身体に触れるなんて、ただで済むと思っているのか!?」


何だよ、何だよ、みんなして。
もしかして、オレって超ヤバイ状況?
気のせいかな、このまま集団リンチに合って殺されそうな気がするよ
あー、短かったなオレの人生
ごめんねママ。こんなことなら掛捨ての高額生命保険に入っておいてやるんだったな
なーんて考えてる場合じゃないよ、なんとかしないと本当にヤバイよ

でもさ……オレ本当にちょっと触っただけなんだよ
それなのに何だろう、あの反応。すごく気になるよ
そういえば……うちのママも子供の頃に受けた経験のせいで他人なんか信じられないって言ってたよなぁ
(もっとも今ではママはどっちかと言えば騙すほうだけどね♪)

何だろうな、すごく気になる
絶対に彼女なにかあるよ




【残り38人】




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