「う、内海……」
「何だよ」
「…やけに静かだな。あいつ逃げたんだろうか?」
「さあ、それより様子見て大丈夫そうだったらここを離れよう。もしかしたら、あんな奴が他に大勢いるかもしれないんだ」
「そ、そうだな……」

ガタ…ッ

「…ヒッ!」
ドア、バリゲードを張り巡らせたドアを何者かが開けようとしている。
「う、内海…!」
隆文は思わず幸雄の背後に飛びついた。
ガチャガチャとノブを回す音……そして、何か鈍い音がしたと思いきや、ドアノブがカラーンと音を立てて床に落ちた。
ギィ……ドアが開いた――。


「うわぁぁー!!スカリィィィー信じられるのは君だけだぁー!!
君はいつも僕に正しい道を示してくれるぅぅー!!60億で、君一人だぁぁぁー!!」


恐怖のあまりⅩファイルの台詞を叫びまくる隆文。
そして、ドアの向こうから影が……見えた。




Solitary Island―28―




「すぐに森の中に入った速水くんたちを連れ戻すのよ」
美恵 は静香の顔にハンカチをかけてやるとすぐに森の中に入っていった。
当然のように桐山も一緒だ。もちろん徹も雅信も薫も。
そして海斗、真一、洸もついていった。智也は静香の遺体から離れるのは忍びないらしく、海岸に残った。
伊織もやはりクラスメイトの死はショックだったらしく、静香のそばで片膝をつき、そっと手を合わせている。
直人は洸と行動を共にするのはゴメンらしく岩場を中心に手掛かりを探すことにした。
俊彦と攻介も直人と一緒だ。


「なあ直人、いい加減に機嫌直せよ」
ふいに俊彦が声をかけた。
「確かにふざけた奴だけどさ。相手は中学生だぜ、適当にあしらっておけばいいんだよ」
それを言うなら俊彦も直人も年齢だけは対等だが、彼等は普通の中学生の何倍もハードな人生を送っていたので、
世間一般の中学生を同じ年頃の人間とは思えなかったのだ。
「別にどうでもいいあんな奴。だが、あいつは何なんだ?」
それは直人にとっては素直な疑問だった。
あの度胸といい三人が銃を隠し持っていることを見破ったことといい普通の中学生とは思えない。
「この中学は元々兵士養成予備校みたいなもんだったからなぁ。
そのせいで今でもまともじゃない奴が入学する時がよくあるだろう。
奴もきっと、そのうちの一人だよ。きっと親が軍人か警察の特殊部隊なんだろ」
「クラスメイトのプロフィールくらい覚えておけ俊彦。奴の母親は一流クラブのオーナーだ」
「父親は?」
「いない。相馬洸の母親は未婚で奴を生んだんだ」














(……こいつ、目つきが変わった)

晶は思った。どうやら、かなり激怒しているようだな…と。
何が原因だかわららないが、どうやらオレはこの男の逆鱗に触れたらしい、そう思った。
ここで貴弘が一気に前に出た。
(……早いッ)
晶は瞬時に後ろに下がろうとしたが止めた。背後数メートル先には木々だ。
下がっていては、いずれ逃げ場所が無くなる。瞬時に、そう判断した。
飛んでいた。しかし、判断していたほんのコンマ何秒かの時間が遅れをとった。
貴弘の回し蹴りが右足の膝に当たっていたのだ。
バランスを崩しながらも、着地。素早く応戦の構えに……でようとしたが、貴弘の拳の方が早かった。


「……チッ!」
軽く舌打ちをしながら晶は頭を沈め、拳をかわした。
ところが、貴弘は晶の後ろ襟を掴んできた。その瞬間、晶の脳裏に貴弘のプロフィールが浮かんだ。
貴弘が得意とするのは自分と同じ空手だが、貴弘は空手だけでなく柔道と合気道でも有段者。
密着する格闘技は性に合わない晶は冗談ではないと言わんばかりに、自分の後ろ襟を掴んでいる貴弘の右腕を掴んだ。
このまま動きを止め、貴弘の右腕に蹴りを入れる。こなったら骨の一本や二本折れてもかまわない。
ところが貴弘は柔道の立ち技で攻勢にでたと思った晶の判断は間違っていた。
貴弘は技を仕掛けてくるどころか、自ら晶から手を離した。
そして左腕で、がら空きになっていた晶の右手首を掴み上げグルッと捻った。
晶の目が僅かに変化した。間髪いれずに貴弘は晶の右腕の付け根を右手で押さえつけると、
左腕に全身の力をこめ、一気に晶の右腕に技をしかけた。関節技だ。
晶の腕が不自然な形で一瞬曲がり、晶の表情が僅かに歪む。体内からポキッと嫌な音が響いた。
同時に貴弘は晶から離れる。晶の蹴りが空を切っていた。


「……残念だったな。オレは柔道の立ち技より合気道の関節技の方が得意なんだ」


貴弘は静かに冷たく言い放った。
晶の右腕は付け根の部分からぶらーんと垂れ下がっていた。
晶は右肩を握り締めた。関節をはずされた、これはヤバイな。そう思った。
「これで貴様の右腕は利かなくなった。悪いが容赦なくやらせてもらうからな」
晶は右肩を忌々しそうに睨んでいたが、ヤレヤレとため息をついた。
こんな様、オヤジに見られなくて良かったな。
特選兵士以外の男にここまでやられたなんてバレたら何言われるかわかったもんじゃない。
まして常に自分に憧れ尊敬のまなざしを送っている弟・輪也に見られなくて本当に良かった。
かわいい弟の夢をぶち壊すところだった。


「一つ聞いておきたい」
「何だ?謝罪か?」
「おまえは自分の無様な敗北の姿を絶対に見せたくない人間はいるか?」
「……地球上全ての人間だ。特に見せたくない人間は3人いるが」
そのうち二人は勿論両親だ。そして最後の一人は天瀬美恵だ。
守ってやりたい女に無様な姿だけは見せたくない、それは男として当然の気持ちだろう。
「オレも地球上全ての人間に見せたくないな。特に見せたくない人間が二人いる」
晶の脳裏に二人の男の顔が浮かんだ。
「……おまえの3人が誰なのかはしらないが、オレの二人はこの島にいるんだ」
晶の脳裏に浮かんだ二人の男。どんな状況でもこの二人の顔が思い浮かぶと、絶対に負けられない、そう思う自分がいる。
「だからオレは負けるわけにはいかないな。あいつらにだけは……絶対に見られたくない」

そう高尾晃司と氷室隼人にだけは絶対に!!














「スカリィィー!!愛してるぅぅー!!」
「お、落ち着け楠田!!落ち着くんだッ!!」
「……無事だったのか、おまえたち」
「え?」
その声(あまり聞いたことはなかったが)に幸雄は覚えがあった。
低いというわけではないが大人びいた冷たい声。
そして暗闇の中ではあったが、その姿形から人間であることもわかった。
「……もしかして……堀川…か?」
桐山か晃司かとも思ったが、とりあえず秀明の名前をだしてみた。


「氷室だ。おまえたちを探しにきたんだ」
「……ひ、氷室さん?」
やっと隆文も正気を取り戻したようだ。
「行くぞ」
「行くってどこに?」
「決まっているだろう。すぐにこのエリアからでる」
「で、でも外には怪物が!!大型肉食獣がいるんだよ!!」
「そうですよ!氷室さんは見なかったですか?」
「……いや見なかった。それより、すぐに出るぞ」














「……な、何で……何なの…アレは……」
曽根原美登利は茂みの中で震えていた。
確かに見た。森の中から黒い何かが飛び出してきたのを。
そして、それは寝込んでいた静香に襲い掛かった。
静香の悲鳴。その化け物の唸り声。
何が起きたのかわからなかった。ただ恐ろしいことだけがおきた、それだけは理解できた。
そのまま振り向かずに森の中に逃げ込み、今に至っている。


どうして自分がこんな目に合わなければいけないのだろか?
自分はハイソサエティの高貴でか弱いお嬢様なのだ。
こういうときは王子様が助けてくれるものだが、映画やおとぎ話と現実とでは大きな開きがあるらしい。
確かにB組には桐山和雄をはじめ外見だけは王子様で通るような美形は大勢いる
だが王子様の必須科目レディに対する優しさや気遣いに欠如している。
佐伯徹はその点については身も心も王子様的存在だが、自分から女に近づいたりはしなかった。
唯一の例外は天瀬美恵。それは自分こそが世界の中心だと思っている美登利にとってははなはだ面白くない事実だった。
そうなると、やはりこのクラスで王子様といえる男は立花薫だろう。
恐怖の最中、美登利は薫の顔を思い浮かべ、そう思った。
部が一緒(社交ダンス部)で会話をする機会も多く、ハイソサエティが好むウイットに富んだオシャレな会話が得意。
しかもファーストレディ。行動も言動も間違いなく王子様だった。




「……ああ、誰でもいいから早く助けにきたらどうなのよ」
ガサッ……背後で物音。美登利はものすごいスピードで振り向いた。


「……何だ、奴等じゃないのか」


それは転校した時は「あら、素敵なひとね」と思ったが、そのあまりの無愛想(無関心?)ぶりのせいで、
美登利の王子様に該当しなかった速水志郎だった。
志郎はキョロキョロと辺りを見渡して、それからやっと美登利を見た。


「おまえだけか?他には誰もいないのか?」
「……わ、私……私……」

恐怖体験のせいで美登利は会話も困難なくらい怯えていた。


「いないのか?」
「……私……こわい……こわい……」
「そんなこと聞いてない」
その時だった。志郎は振り向いた。声が聞こえる、美登利には聞こえなかったが。


『速水くーん!!』
「……美恵。美恵が呼んでる」
『戻ってきてぇーー!!』

戻ってもいいが、まずは奴等を探さないと。
志郎は美恵の声を無視して、さらに奥に入ろうと一歩踏み出した。

『キャアァァー!!』
「………ッ!!」
志郎の表情が一変した。


美恵ッ!!」


志郎は来た道を全速力で走っていった。













「なあ氷室。本当に見なかったのか?」
「ああ」
「でも……本当にいたんだよ。巨大で凶暴で」
「オレはおまえたちの言うことを嘘だなんて言ってないだろう。
多分、暗闇のせいで実物より怖く見えたんだ。正体は案外どこにでもいる生物だろう」
「そうかな?」
確かに自分と隆文は焦っていた。その焦りが相手をより巨大に見せていたのかもしれない。
あの恐怖体験が嘘のように隼人の言葉は最もように聞こえる。
そうだ、きっと野犬か何かだろう。そうに決まっている。
幸雄は安心しきった為か、すんなりと隼人の言葉を信用した。
隆文は今だに「あれは宇宙人が作り上げた未知の生物だ」とブツブツ云っているが。


「とにかくすぐに戻るぞ。おまえたちを心配して待っている奴もいるんだろ?」
幸雄の脳裏に千秋の顔が浮かんだ。美恵は残念だが、そう親しくもない自分を待っていてくれてはいないだろう。
そう思えるほど幸雄は図々しい性格ではない。
三人は、廊下をそのまま歩き入り口まできた。
幸雄と隆文は気付かなかった……。
歩いていた廊下の途中……今はもう名前が消えかけているプレートが掲げられている部屋の中に……。
蔓で首を絞められ絶命して冷たくなっている、あの化け物の死体があったことに……。














「…………」
貴弘はほんの少しではあるが、瞳を拡大させていた。そう驚いていた。
晶が右肩を掴み、力を入れたかと思うと背後の木に自ら背中越しにぶつかって言ったのだ。
バキッ……と小さいが鈍い音が貴弘にもはっきりと聞こえた。
そして、晶は動かないはずの右腕を準備体操でもするかのように、ゆっくりと二回ほど回した。
「……こいつ」
貴弘は思った。何てメチャクチャな男だ、と。
力づくで無理やり外れた関節を元に戻すなんて、一歩間違えたら怪我どころじゃ済まないはずだ。


「アイデアは良かったけどオレは大抵のことは出来るんだよ」

晶は冷静に言い放った。
鬼龍院の指導は軍の中でもスパルタで通っていたが、それが全て生きるために生かされている。
晶は鬼龍院に引き取られて良かった、そう思った。
まあ、時々マイクを離さないことと、海軍の柳沢大佐と低レベルな争いさえしてくれなければ。
せっかく有利な状況を作り上げたのに。また最初に戻ってしまった。


しかし貴弘は焦るどころか、微かに笑みさえ浮かべている。
と、いうのも貴弘は今まで生きてきて自分と対等に戦える人間というのを見たことがなかったのだ。
生来、好戦的な性格(これも母から受け継いだものだが)上、勝利の快感以上につまらないという思いをしていた。
そう、貴弘自身薄々気付いていたが、心の底では面白いと思い始めていたのだ。
だが、それが何だっていうんだ?
自分はクリスチャンでも非暴力運動の指導者でもない。
ギリギリの域で戦うことを面白いと思って何が悪い?
世間一般の中学生はTVゲームで苦戦の末勝つと楽しいだろう?
自分の場合は、そのゲームが実際の戦闘だった。ただそれだけだ。




「……おまえ怖くないのか?」

晶にとっては貴弘は珍しい男だった。自分のように軍の中で英才教育を受けたのならともかく、
普通の中学生がここまで見せられたら恐怖で逃げたくなるだろうに。
ところが貴弘は反対に楽しんでさえいるような表情だ。

「やる気満々って顔だな」
「まあな……」

貴弘はほんの一瞬だけ目を閉じ深呼吸をした。彼なりの精神統一だったのだろう。

「周藤、今からオレは全力を持って、おまえを負かしてやる」
「やれるものならやって見ろよ」

その言葉が終わらないうちに、貴弘の前に出た。同時に飛んでいる、踵落としだ。
小細工無しで純粋に力のぶつかり合いで挑んできたのだ。
その攻撃をかわすと同時に今度は晶が回し蹴りだ。
スッと上体を後ろにそらし、それを避けると恐ろしいくらい切れのあるスピードで貴弘は晶の顔面目掛けて拳を放っていた。
それを下側から手の甲でパーンと弾くと、晶は反対に今度は貴弘の腹部に拳を入れていた。
貴弘の身体が後ろに飛んだ。だが浅い。
そう貴弘は僅かに後ろに下がり直撃の威力を半減させていたのだ。
それでも背後の木にぶつかり相当のダメージを負う。
普通なら、これで終わりだが戦闘本能に火がついた貴弘はその程度では止まらない。
すぐに体勢を整え攻勢に出ようとした。その時!




貴弘が木にぶつかった勢いで何かが落ちてきた。
「……何ぃ!!」
貴弘は目を見開いた。
「……………」
晶は特別表情を変えることはなかったが、それでも僅かに目を鋭くしていた。
二人の前に突如現れた、いや落ちてきた『それ』は木の蔓が絡まっていたので、
地面に激突することなく地上30センチ程の位置でブラーン……ブラーン……と揺れていた。


「……どうやら戦う必要は無くなったようだな」

貴弘は『それ』に近づくと、からまっている蔓に手をかけ力任せに引っ張った。
『それ』は静かに地面に落ちた。
貴弘は屈むと確認した。間違いない……知っている顔だ。

「星野だ」

行方不明者の一人、星野美咲だった。
問題は、美咲がすでに冷たくなっており死後硬直すら、すでに終わっている状態だということだ。
いや、本当の問題は『死因』だろう。


「……背中に斜めに切り裂かれた痕か」
貴弘は立ち上がると晶に向かって声を荒げて言い放った。
「これでも、まだ何もないというのか周藤!!」
晶は黙っていた。

「病死でも事故死でもない、これは明らかに他殺死体だ!
天瀬を襲った奴と同じ犯人かもしれない、とにかくオレたち以外の何者かがこの島にはいるんだ!
おまえたちは、それを知っているんだろう!!
これを見てもまだシラを切る気か周藤!もう知らぬ存ぜんは通らないぜ!!」


「さあ言え周藤!もう隠しようがないぞ、動かぬ物的証拠だ!!」




【残り38人】




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