「……そんな。小林さん」

息をしてない。致命傷は背中の引っ掻き傷だ。
まるで刃物で切りつけたかのような鋭利な傷……。
美恵さん、君は見ない方がいい」
静香のそばで膝をついて衝撃を受けている美恵を徹が立たせた。
美恵はゾッとした。森の中で背後から隙を見て襲うのならまだしも、堂々と襲ってくるなんて。
奴等の凶暴性は思った以上だ。
「大丈夫だ。君はオレが守るから、何も心配しなくていい」
徹の計算づくの優しい言葉も美恵には聞こえない。

晃司と隼人は森の中にいるのだから――。




Solitary Island―26―




「内海ぃ~……オレは夜空は好きなんだが……く、暗闇は…しかも建物の中でくらいのは……」
「おい、あんまりくっつくなよ。ほら、あの廊下を曲ればキッチンだ。
だいぶ目も慣れてきたし、怖くないだろ?」
「……きょ、恐怖とは…自分の心の中にあるんだ。
……オレは常に恐怖と戦っている、わかるか内海?
なぜなら、おまえたちは信じないが宇宙人たちは虎視眈々と地球侵略を狙って……」
「……楠田。いい加減に……」

突然、大きな音が轟いてきた――。


「……!!」
「ギャァァァァー!!」

隆文のみならず幸雄も一瞬言葉を失った。
隆文は恐怖のあまり、背後の壁に背中からぶつかっている。
幸雄も目が慣れてきたとはいえ、それでも暗い空間の中での突然の物音に心拍が高まるのを感じた。
しかし、幸雄はやはり勇気のある少年だ。 音の発した方に自ら近づいたのだ。
そして音の原因を知った。 どうやら、この施設の廊下を飾っていた絵。
その絵を吊り下げていたヒモが切れて落下、額縁が破壊音を発したというわけだ。


「なんだ。楠田大丈夫だよ、何でもない」
「……そうか……!!」

幸雄は安心しきったような表情をしていた。
しかし、もしもこの廊下が暗闇ではなかったら、今の隆文の表情を見て安心などできなかっただろう。
まるで恐怖という名を体現したかのような、その表情。
隆文は見たのだ。 今しがた自分達が歩いてきた廊下の、はるか向こう側にを――。


「……あ、あぁ…」
「どうした楠田?」
「……あ、あああああ…」
「おい、大丈夫か?」
「……あ、ああ…ぁ……ひゅ……ひゅー…」
「何だよ、何が言いたいんだよ」
「……ヒューストン?こちらアポロ緊急事態発生……」


幸雄は振り向いた、隆文が見ていた方角を。
見たのだ。 赤く光る二つの目。
そして闇の中にうごめく影を――。














「……驚いたな。まさか温室育ちの中にオレと互角にやれる奴がいたなんて」
「……それはこっちのセリフだ。オレと戦ってダメージをくらわない奴ははじめてだ」

海岸で死体が発見されたことも知らずに、晶と貴弘は闘いを繰り広げていた。
片や陸軍の特殊部隊のエリート。片や空手の天才少年とあって、そう簡単に決着がつくものではない。
晶は正直言って貴弘を見くびっていた(弱い奴しか相手にしたことがないような男だ、そう思っていた)
貴弘も晶を見下してさえいた(自分は天才だ。その自分と渡り合える奴なんて、そうそういるかと)
つまり晶は簡単に貴弘を地面に這いつくばらせられると思い、貴弘も晶から簡単に情報をはかせられると思っていた。
本人たちは気付いて無いが、似たもの同士ということだろう。
さらに晶は貴弘に対して、もう一つ見くびっていた。


「本気をだせ周藤」


晶の目の端が僅かにつりあがった。
「おまえの動き。スピードも切れもある、だから最初は気付かなかった」
貴弘の目付きが鋭くなっていた。
「だが、ほんの僅かだが違和感を感じる。何かに束縛されているような動きだ」
「……気付いてたのか」
晶はスッと袖をまくると手首に巻いていた錘をはずし放り投げた。
そして足首に巻いているものも同様にはずした。


「……フン。オレを甘く見やがって」
「それはこっちのセリフだ。おまえこそ、早くはずしたらどうだ?まさか、そのままの状態でオレとやるつもりなのか?」

今度は貴弘の目が僅かに大きくなった。
そう、貴弘も晶と同様に自らにハンデを課していたのだ。
先ほどの晶同様に貴弘も手首と足首に巻いていた錘をはずし放り投げた。


「おまえ、どうしてこんなものつけてるんだ?」
「簡単な事だ。オレは手加減が苦手だ。今まで何度も半殺しにしてきた相手がいる。
オレはどうでもいいが、オレが他人を傷つけると親父が酷く落ち込むからな。
だから力を半減させるためにつけてたんだ。ただの親孝行って奴だ。
もっとも仁科のクソッタレ野郎だけには錘の効果なんて全く効かなかったが。
そういう、おまえこそ、どうしてこんなうっとおしいものつけてるんだ?」
「簡単だ」
晶の目付きが変わった。

「どうしても勝ちたい奴がいるからだ」

晶が動いた。先ほどとは比較にならないくらいのスピードだった。














「……あ、ああ……ヒューストン?……こ、こちら……緊急事態発生……」
「……楠田」
「……き、起動修正……遠心装置謎の故障……」
「……おい楠田」
「……ヒューストン、ヒューストン……ハル、ハルが故障……」

暗闇の中――影が、光る目が……動いた!


「逃げろ楠田!!」
「ギャァァー!!!」

逃げた、逃げた!ただ走った!!
来る!!背後だ!!足音、いやそんなものより、確実に迫り来る気配!!
全身に走る恐怖の戦慄!相手の顔も身体も目的もわからない!!
しかし、本能が継げている。危険だ、奴は危険だ!!


「ひぃ!」
「楠田!!」
隆文が前のめりになって、凄まじい勢いで倒れ込んだ。
「立つんだ楠田ッ!!」
「ひぃぃぃー!!」
足がすくんだのか、それとも怪我したのか、とにかく隆文は起き上がることさえしない。
「クソッ!!」
幸雄は廊下の隅にあった酸素ボンベのようなもの(暗くて形状くらいしかわからない)を持ち上げた。
影が数メートル先まで迫ってきた。


隆文は恐怖のあまり、両手で頭を押さえ込みうずくまる。
幸雄の手元から白い何かが発射された。 それは謎の影に向かってとび、その影を一気に白く染めた。
こんな状況でも無ければ、UFOおたくの隆文は新兵器か?などというだろうが、もちろんそんないいものではない。
幸雄が使ったのは消火器だ。
もちろん、それで撃退はおろか殺傷することなどできはしないが、わずかな時間怯ませることはできるだろう。
何より、僅かに時間ではあるが目が見えなくなるのだ。
案の定、その影も目が見えなくなり、もがくように手で顔をこすっている。




「今のうちだ、早く逃げるんだよ!!」

隆文の腕を掴むと強引なくらい力強く引き上げた。
そして隆文が立ち上がらないうちに、そのままえの状態で走り出した。
暗闇の廊下を駆け抜ける。 行く当てなど無い逃避行だが、立ち止まっている暇も無い。
突き当たりの部屋、当初めざしていたキッチンに、幸雄は隆文の腕を掴んだまま逃げ込んだ。
そして、ドアを押すように閉めようとした。


鈍い音がして、ドアが閉まりきらないうちに、その動きを止めていた。
何かがつっかえている。その何かとは(暗闇でよく見えなかったが)腕のようなものだった。
そう、襲ってきた何者かの腕だ!
「クソッ!!」
幸雄はドアを押し返した。入られてきたら終わりだ、おしまいだ!
しかし、相手も中に入ろうとしている。 ドアを押し返してきた。
「……ッ!!」
幸雄は焦った。すごい力だ。
自分はケンカなんてしたことは無いが、運動神経抜群で当然のように腕力もそれなりにあった。
しかし今わかる確実な事実は一つ。
その何者かわからない相手の方が上だということだ。
幸雄が渾身の力を込めてドアを押しているのにもかかわらず、少しずつだが確実にドアが開いていく。

(……母さん!!……千秋!!)

死んでたまるか!オレが死んだら二人は誰が守るんだ!!


幸雄はドアを背中越しにすると、前にあるキッチン用テーブル(床に固定されている)に足をかけた。
足を精一杯伸ばすことで身体全体で押し返した。
僅かだがドアが開く速度が緩んだ。しかし、まだダメだ!




「……楠田!おまえも押し返してくれ!!」

隆文はガクガクと震え、しりもちをついた状態で座り込んでいた。

「死にたいのかッ!!!そんなことでXファイル課の捜査官になれるのかよ!!」

『Xファイル課』その言葉を聞いた瞬間、隆文は覚醒した。
2年の作文で隆文が書いた『将来の夢』それはFBIのXファイル課の捜査員になることだった。
もちろん目的はアメリカ国家のUFOとの裏取引を暴く為だ。
超常現象ドラマの見すぎだ、幸雄はそう思ったが、本人は真剣そのものだった。
隆文はアメリカの超人気ドラマ『Xファイル』の熱狂的ファンで、その主人公フォックス・モルダーを神のように崇拝していたのだ。
ここで震えていたら尊敬するモルダーにあわせる顔がない!!


「うわぁぁぁー!!」
叫びながら隆文はまるでアメフトの選手が敵に体当たりするようにドアにぶつかっていった。
その勢いで、相手の手が一瞬引っ込んだ。
今だッ!!バンッと勢いよくドアが閉まると、間髪居れずに幸雄は鍵をかけた。
だが、今度はけたたましい音が聞こえてきた。
体当たりをしてきているのだ。ドアが僅かに変形していく。
何度も、何度も、ぶつかってきている。
まずい、このままではドアを蹴破られる。
幸雄はあたりを見渡した。 そして食器棚を見つけた。


「バリゲードを作るんだ。早くしろ、ドアを強行突破されたら終わりだ!!」
「…あ、ああ!!」

二人は手当たりしだいに食器棚から冷蔵庫に到るまで、運べるものは全て運んだ。
その重みが功を奏したのか、先ほどまで蹴破られるのは時間の問題と思われたドアが変形しなくなった。
そして……音が止んだ。




「止まった……内海オレたち助かったのか?」
「わからない……」
しかし、ドアの向こうから聞こえてきたけたたましい音も、そしてうなり声も全く聞こえない。
どうやらあきらめてどこかに行ってくれたようだ。
「「……助かった」」
二人は壁に背を預け、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
しばらく呆然としていたが、ふいに隆文が切り出した。


「……何だったんだ、アレは?やっぱり地球外生命体なのか?」
「……そんなわけないだろ」
「じゃあ、何だよ」
「しるかよ……多分、この島にすむ肉食獣じゃないのか?」
「あんな危険な生物がこの国にいるのか?」
確かに、アフリカのサバンナやアマゾンの熱帯雨林ならともかく、この国にあんな凶暴な大型動物がいるなんて聞いたことがない。
クマか?とも思ったが、大型で凶暴なヒグマは北海道にしかいない。
まして、こんな島にはヒグマどころかツキノワグマだっていないだろう。


「とにかく、しばらく様子を見て外に出よう。皆のところに帰るんだ」
「……あ、ああ。それが一番だな」


ばりんと大きな音がして、静寂の中に死神があらわれた。
一瞬何が起きたのかわからなかった。
ただ、目の前十数メートル先にキラキラと光るカケラがいくつも宙を浮いている。
窓ガラスが粉砕されたものだということは今の二人には理解できなかった。
そんなことどうでもいい。
問題は、そう問題は、そのカケラの中、あの黒い影が飛んでいるということだ。
ドアからの侵入を断念した奴が窓ガラスを突き破って入ってきたのだ!


「ギャァァァー!!」

目が、赤く光る目が、こっちを凝視している。そいつがうなり声を上げた。

死ぬ!殺される!!
今度こそ逃げ場はない!!


その時、けたたましい音が響いた。
幸雄も、隆文も、そしてその正体不明の化け物も、その音に気を取られる。
警報装置だ。誰かが警報装置を押したのだ。
でも誰が?
数十秒の後、音が止んだ。そして今度はカーンッ、カーンッと何かを叩く音が聞こえた。
「……グルルゥ」
化け物がゆっくりと向きを変え走って行った。
それを見た二人は再びヘナヘナと、その場に座り込んだ。














来たな。やはり下等生物、少し挑発しただけで思ったとおりの行動を取ってくれる。
隼人は、持っていた棒を放り投げた。
暗闇の中、幸雄と隆文を襲った、あの化け物が姿を現した。

「……F2か。銃を使うまでもないな」

隼人は銃をベルトに差し込むとサバイバルナイフを取り出した。




【残り38人】




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