「……そんな……」

美恵 は思わず我が目を疑った。
この場所には皆がいたはずだ、クラスメイトたちが。それなのに何もない。
いや――襲われた痕跡だけがある。

「皆!!」
天瀬動くな!!」

思わず駆け出そうとしていた美恵 を桐山が制していた。
そう……まだ、敵がいるかも知れないのだ。




Solitary Island―25―




「どういうことだよ」
幸雄は頭を抱えた。
この施設がどんな施設で何をしていたのかなんてわからない。
だが、最新鋭の実験道具や医療道具なんかが揃っているにもかかわらず、どこもかしこもあらされている。
「研究施設みたいだけど、いったい何だろう?」
「……オレにはわかる。ここは……」
「言っとくけど、宇宙人って単語は無しだぞ」
「……チッ」
とにかく、他の部屋も調べてみることにした。


「ここは倉庫みたいだな。あ、見ろよ楠田食料だ」
「なにぃ!?」
「ほらインスタント食品だけど。どうやら非常用の食料らしいな」
「ありがたい。正直言って腹ペコペコだったんだ」
「そうだな。あ、見ろよ地図だ」
廊下の壁には施設の見取り図が掲げられていた。
「この廊下を真直ぐいけばキッチンだな。なあ、腹ごしらえでもするか?」
「ああ、宇宙の神はオレを見捨てていなかったんだな」
「とりあえず持てるだけ持っていこう。帰りを待ってる連中も腹空かせているだろうし」
「それもそうだな」
二人は、倉庫部屋の片隅にあった手ごろな手さげ袋の中につめられるだけ詰め込んだ。


「じゃあ、次はキッチンだな」
「ああ」
その時だ。電灯が消えた。
「……何だよ急に。ブレーカーが落ちたのか?」
「う、内海ぃ~……頼む、オレを一人にしないでくれ」
「安心しろよ。電気が消えただけだ、モンスターがでてくるわけじゃないし。
ほら、しっかりたてよ」


「…………ゥ」


「!……今何か聞こえなかったか?」
「全く怖がりだなァ楠田は。ほら、歩くぞ」
「……ああ」














「動くな天瀬、オレの後ろにいろ」
桐山はすかさず美恵を自分の背後に回した。
「でも…!」
「忌々しいけど、その通りだよ。安全を確認するまで動かない方がいい」
今度は徹が美恵の隣に回り、秀明が数歩前にでた。
チラっと辺りを見渡すと、「志郎、おまえは森の方を見て来い」とすかさず指令を出す。
冷静すぎるくらいだ。クラスメイトのことなど、もはや眼中にないようだ。
眼中にあるのは、美恵を守ることと、『奴』を捕らえること。 この二点のみ。
しかし事情をしらない貴弘たちは、そうはいかなった。


「……おい、どういう事だ!」
まず貴弘が声を上げた。
「……そうだ。何なんだ、その血は。いったい何があったんだよ!?
おまえら、なんで、そんなに冷静でいられるんだよ!!」
真一も半ば叫ぶように怒鳴っている。
「……この島は何なんだ!美恵を襲った奴等がやったのか!?」
大切な親友を襲われたこともあり、やや怒りに近い声を海斗は上げていた。


「うるさい、黙ってろ。オレたちが見てくるから、おまえたちはここにいろ。危険もないし文句はないだろ?」
「……オレはいかないぞ。この女のそばにいる」
「雅信……勝手にしろ」
やや呆れた表情を見せると晶は森の中に入って行った。
雅信は言葉のとおり、美恵 の右隣にくると(左隣は佐伯がいたので)「オレから離れるな」と珍しく紳士的な言葉をかけた。
薫も美恵 の傍から離れる様子は無さそうだ。
秀明は海岸の岩場を、志郎と晶は近くの森の中を探し始めた。
探すのはクラスメイトではない、そのクラスメイトを襲った『何か』だ。




ふいに貴弘が森に向かって歩き出した。
「杉村くん、どこに行くの?」
「オレも探してくる」
「ダメよ!!行くなら私も…」
徹「それはダメだ。絶対に許可しない」
雅信「ダメだ。不可だ。絶対NOだ」
薫「承知できないね。危険すぎる」
例によって三人組が一斉に反対し出した。
普段は仲が悪いのに、なぜこんな時だけ気が合うのか。美恵 は半分呆れ、半分不思議に思っていた。














森の中に入った志郎は前方に気配を感じ立ち止まった。

(……一つ、二つ……大した相手じゃない。銃を使うのは勿体無いな)

スッとベルトに手を伸ばした。ナイフだ。 が、それも必要ないようだ。
なぜなら前方に現れたのはオタク三人組の服部と横山だったからだ。

「あれ?速水、戻ったんだ」
明るい声で問い掛ける服部だったが、志郎は完全無視して、森の奥に行ってしまった。
「なんだよ、あれ。相変わらず愛想のない奴だよなぁ」














一方、晶は志郎とは少し離れた場所にいた。
しばらく歩き止まった。やれやれ面倒だな、そんなことを思った。

「おい、いつまでつけるつもりだ?」
「気付いてたのか。だったら、さっさと言えよ。悪趣味だな」
木の影から貴弘が姿を現した。
「尾行したことを棚に上げてよく言うぜ。何の用だ?」
「単刀直入、それがオレの長所なんだ。だから、単刀直入に言うぜ」


「おまえたち、何を隠してるんだ?」


「何のことだ?言ってる意味がわからないな」
「そうくると思ったぜ。あくまでシラを切るつもりなら……」
貴弘は学ランを脱ぐと、それを近くの枝にかけた。


「力づくででも吐いてもらうぜ周藤。知ってることは洗いざらい何もかもな」


「……もしかして脅迫してるつもりなのか?」
「だとしたらどうする?」
面白そうに冷笑すると晶も学ランを脱ぎ、そばにあった枝に投げかけた。
「断っておくが、オレはおまえが普段相手にしている雑魚とは違うからな。
こう見えても、ガキの頃からオヤジに格闘技を仕込まれてるんだ」
「ふーん、奇遇だな。オレも物心ついた時から、親父に格闘技を教え込まれた」
もっとも貴弘の父の格闘技は防御の為のものなので性分に合わず、貴弘は自ら空手教室に通い超攻撃的な格闘技を身につけた。
「ああ、それともう一つ」
貴弘はスッと構えると、さらに言葉を続けた。

「おまえはオレを怒らせた。だから手加減なんかしてやる気にはならない。
理解できたか?理解できたら……」


「謝罪の言葉でも考えるんだな」


次の瞬間、貴弘が一気に攻撃を仕掛けてきた。














「とにかく皆を探さないと……」
そうだ。少なくても、死体がないということは生きてる可能性があるということだ。
美恵 は、その可能性にかけることにした。
でも、きっと恐ろしい目にあったに違いない。
今も、どこかで震えているだろう。早く探して保護してやらないと。
天瀬、動くのは危険だ」
「わかってるわ桐山くん。でも、皆を探す方が先よ。お願いだから、皆も協力して」
皆とは桐山のみならず、徹も雅信も薫も含まれている。
3人は、さも嫌そうな表情でお互いの顔を見つめた。


「お願いだから……」
「大丈夫だ天瀬。オレが一緒に探そう」
「桐山くん、本当に?」
「ああ、それで天瀬が喜んでくれるなら」
「「「!!」」」
どうやら桐山の何気ない一言は効果抜群だったようだ。
3人とも嫌々ながら、美恵 の頼みを実行に移した。














「ねえ菊地ぃ~、機嫌直してよ」
「うるさい。オレに話し掛けるな」
スタスタと先を急ぐように早足で歩く直人。その後を、相変わらず愛想のいい笑顔で洸がついている。
もっとも、この愛想笑いすらも直人にはムカつく要素ですらないようだ。
「怒りっぽいなぁ、そんなんじゃ早死にするよ。もっとカルシウムとりなよ」
「うるさい、おまえなんかに言われる筋合いは……」
と言いかけて直人が口を閉じた。足も止まっている。


「あれ?どうしたの?」
チラッと前を見た。 最初に上陸した地点だ。
そこには残ったクラスメイトたちがいるはずだった。
「どういうことだ?」
直人の目がおかしくなったのでなければ、そのクラスメイトたちの姿がない。
その代わりに自分達同様でかけていたはずの美恵 たちが必死に何かを探している。




「おい、何があった?」
「菊地くん、みんな……」

美恵は悔しそうに唇を噛んだ。

「皆がいないの。戻ったら誰一人いなかったのよ」
「何だと?まさか全員やられたのか?」
「わからない」
「やられたってどういうことだ!?」

石黒智也が血相を変えて飛び出してきた。
そして美恵の両肩を掴み、やや乱暴に揺さ振りをかける。


「おい、何があったんだ!いないって女子も全員か!?」
「石黒くん、落ち着いて……!」
「内海は?鬼頭は?……西村、西村はどうした!?おい答えろよ!何があったんだ!?」
「お願いだから……痛い…」

美恵の美しい顔が痛みで僅かに歪んだ。
その瞬間、智也の身体は宙を浮き間髪入れずに砂浜を滑っていた。


天瀬に手を出すな」
桐山が強力かつ早いパンチをくらわせていた。
ケンカ慣れしていた智也ですらとらえる事ができず、気がついた時には飛んでいたというわけだ。
天瀬が痛がっている。今度やったらオレが相手だ」
智也は悔しそうに唇の端から出ている血を手の甲で拭った。




「石黒くん、私たちも戻ったばかりで何がなんだかわからない状態なの。
ただ、皆に何かあったのは間違いないわ。皆を探している所なの。石黒くんたちも一緒に探して」
「……死んではいないのかよ?」
「……わからないわ」
「……畜生!!」

智也は立ち上がると岩場に向かった。 ムシャクシャするし、まだ殴られた痛みもある。
でも、今は美恵が言うとおり皆を探すのが先決だ。いや、探さなくてはならない。
岩場の入り組んだ場所……智也の心臓が一瞬止まった。
仰向けの体勢。やや小柄でセーラー服、考えなくてもわかる女生徒だ。
問題はピクリとも動かないこと。 何より、その髪型だ。
背中の中央まで伸びた髪を首の後ろで束ね三つ編みにしている髪型。
クラスで、その髪型をしている女生徒は二人いた。
一人は小林静香だ。だが智也の脳裏には、もう一人の女生徒の顔が浮んだ。


「西村!!」


智也は飛び降りると、無我夢中で抱き起こした。
そして再び目を見開いた。 西村小夜子ではない。
だが、その顔は完全に青白くなっている。
保健の成績が悪い(もっとも不良である智也に得意科目などほとんど無いが)智也でもわかった。


「……小林」


そう、死んでいるのだ……。
死んでいたのは小林静香だった――。




【残り38人】




BACK   TOP   NEXT