洸は愛らしい笑みさえ浮かべて、そう言った。
もちろん、洸の外見に騙されている学校の女たち(洸は学校ではかなりモテ親衛隊もいた)と違い直人に通じるはずもない。
だが、今は事情が違った。
ただの馴れ馴れしいガキだと思っていた相手が、自分達が銃を隠し持っていることを見抜いていた。
そして、その事に対して、まるで平気な顔さえしている。
はっきり言って普通の中学生とはあきらかに違う。
温室育ちではないというのも、間違いではないだろう。直人には認めたくない事実だが。
直人は、やや乱暴に突き放すように手を離した。
「……おまえ一体何者だ?」
「さあ、なんでしょう?正解者には、もれなくタヒチにご招待~……」
と、言いかけて洸は言葉を止めた。再び直人が襟を掴んだからだ。
「冗談、冗談。ごめんね~、オレこういう性格だから」
Solitary Island―24―
「服部、横山、後はおまえたちだけで帰れ」
「え?」
雄太と康一はいぶかしげに晃司を見詰めた。
「オレは用事が出来た」
「で、でも……」
「真直ぐ歩けば嫌でも最初の浜辺につく。問題は無いだろう」
「まあ、そうだけど……でも用事って?」
「言う必要は無い」
晃司は元来た道を戻り始めた。
「おい、どこに行く気だ?」
「隼人一人にまかせるわけにはいかなくなった。それだけだ」
「……フン、そうそう一つ言っておくけどな」
「………」
「あの女は守ってやらなくていいのかよ?」
「美恵
には秀明と志郎がついている」
「あいつらで守りきれると信じてるってわけか」
「おまえよりはいい」
「……!!」
それは嫌味でもなんでもない。
晃司は本当に素直にそう思っただけだ。
だが、勇二には当然面白くない。
クソッ!いつも、そうだ!!
いつも、貴様はオレを苛立たせることしか言わない!!
いつか、貴様のそのすました顔を苦痛と屈辱で歪ませてやる!!
「すみません、誰かいませんか?」
返事は無い。静寂が空間を支配している。
「……お、おい内海……」
「なんだよ楠田」
「……も、もしかして……ここ、宇宙人が人体実験に使っている施設じゃ……」
「……SFの見すぎだよ。全く……えっと…」
幸雄は廊下の壁を注意深くみた。
電気のスイッチを発見、一瞬にして明るくなる。
よかった電気が通っていた。
が、明るくなった瞬間、幸雄と隆文は顔をしかめた。
「なんだよ、これ……」
窓ガラスが割れている。壁はキズだらけ。廊下を飾っていたであろう植木鉢は倒されている。
まるで、屋内を台風が通ったような有様だ。
見たところ、古い建物ではない。それなのに、いたるところ破壊されている。
何より人の気配が全くしない。
「……ここ廃墟なのか?それにしては建物自体は新しいよな。せいぜい築5.6年くらいって感じだし」
「……お、おい…内海……」
「なんだよ」
「……こ、これ……」
隆文が指差した壁には黒い斑点と何かで引っかいたようなキズがあった。
「……この黒くこびり付いてる奴……血じゃないのか?」
「まさか」
幸雄は思わず吹き出しそうになった。
確かに屋内はお化け屋敷みたいに荒らされてるが、いくらなんでも血の跡なんてホラー映画じゃあるまいし。
「それより中を見てみよう。電気がついたんだ、もしかしたら電話だってあるかもしれない。外に助けを求めるんだよ」
「……あ、ああ……そうだな……」
「静香、大丈夫?」
「……うん、ごめんね心配かけて」
大丈夫といっても、普段から病弱な上に、この状況だ。小夜子は心配でたまらなかった。
女生徒たちのリーダー・千秋がいない為、小夜子が面倒を見てやっているのだが、静香の顔色がなかなかよくならない。
おまけに森の中に入って行った美咲は今だに戻らない。
「……美咲、遅いね」
「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」
そう言ったものの小夜子はたまらなく不安だった。
第一、小夜子たちは知らなかったが、美咲はもう二度と戻らない。
小夜子は茶華道部の部長で、地元では何代も続いた老舗の料亭の娘だった。
その為、年齢の割には大人びいていて、しっかり者。
千秋の次にクラスの女生徒たちの信頼が厚い。
ただ千秋ほど活発でリーダーシップを取るようなタイプではない為、正直言ってプレッシャーを感じていたのだ。
「……ねえ、佐伯くんたち、いつ帰ってくるのかな?」
「そうね。あれからかなりたつし、そろそろ帰ってくると思うわ」
「うん」
「……うぅ…もうこれ以上風呂の無い生活なんて我慢できない。
いやだ、不潔な生活するくらいなら首くくって死んだ方がましだ……」
阿部健二郎は顔を両手で多い、まるでリストラされたサラリーマンのように俯いていた。
「……ああ、もう堪えられないわ。冗談じゃないわよ」
健気な小夜子とは反対に、さきほどから愚痴や不満をもらし続けている者もいた。
「こんなことなら修学旅行なんて来るんじゃなかったわ」
美登利は親指の爪を軽く噛み、憎々しげに海を見詰めている。
「……誠くん大丈夫かしら」
一方、菜摘は恋人の椎名誠の心配ばかりしていた。
椎名誠はあくの無い顔立ちで、不細工では無いが、特別ハンサムでもない。
よく言えば人畜無害。悪く言えば非個性的な男なのだが、少なくても菜摘にとっては優しい素敵な恋人なのだ。
(もっとも貴弘に言わせれば毒にも薬にもならないつまらない男だが)
「ねえ静香、本当に大丈夫?」
「うん」
小夜子と一緒に静香の看病をしてくれている瞳はずっとましだろう。
「家に帰ったら一緒にコミケに行こうね」
「え?」
「何だったら佐伯くんも誘ってあげようか?」
「……い、いいよ!!」
もっとも、時々ありがた迷惑なことを言い出してはいたが。
それでも、この明るさは静香のみならず小夜子にとっても大きな支えとなっていた。
(こういう時こそ助け合わないとね。友情・努力・勝利の少年ジャンプの愛読者の心構えだもん)
そんな6人をジッと見詰める影があった……。
「……はぁ、蘭子さんと千秋ちゃんのグループに入りたかった」
純平はトボトボと歩いていた。
「一緒にいたって、おまえなんか相手にしてくれないだろう。
それなのに、なんで一緒にいたがるんだよ?」
「吉田ッ!!おまえ、オレに恨みでもあるのか!!」
「吉田の言うとおりだよ。変なの」
大和まで酷いことを言い出した。
だが、拓海が次にはなった一言に純平は呆気に取られた。
「第一、二人とも他に好きな奴いるみたいだし」
「え?」
「あれ?気付かなかった?」
「好きな男?……オレ以外の男が好きなの?」
純平はかなりショックを受けたようだ。その場に膝をつきガクッと座り込んでしまった。
「根岸、何落ち込んでんだよ」
「……吉田よ。おまにはわかるまい。
愛を知らないおまえにオレの心の痛みは永遠に理解できないんだ。
うちのクラスの三大美女で残っているのは美恵
さんだけじゃないか。
彼女はガードが固いから半分諦めてたんだが……こうなったら、美恵さんにアタックするしかないな」
「天瀬?ああ、あいつ絶対に好きな男いるよ。 しかも鬼頭や内海より、かなり入れ込んでるって感じ」
純平は両手を地面についてうな垂れた。
「…根岸元気出せよ。ほら、うちのクラス他にもカワイイ子がいるじゃないか」
純平のあまりの落ち込みように誠が優しく慰めてきた。
「……菜摘ちゃんとラブラブのおまえに何がわかるんだよ」
しかし全くの逆効果だった。
「ばっかばかしー、あ、オレちょっと用足しね」
大和が茂みの中に入って行った。
「……くそぉ~、三大美女は他に好きな奴がいるし、菜摘ちゃんと五十嵐はすでに男持ち」
由香里は正式な彼氏こそいないが、そういういかがわしい男友達が数人いた。
「うちのクラス、ただでさえ10人しか女の子いないのに、五人しかフリーじゃないなんて……。
しょうがない。こうなったら、5人まとめてオレの彼女に……」
「うわぁぁぁぁー!!」
その時、絹を裂くような大和の悲鳴が聞こえてきた。
「な、何だぁ!!?古橋の奴、ヘビにでも噛まれたのか?」
次の瞬間、大和が真っ青になって茂みから飛び出してきた。
「おい、どうしたんだよ?」
「……し、茂み…茂みの中に……」
「茂みの中?」
「天瀬、一つ聞かせてくれないか?」
「何?桐山くん」
「どうして、あの時動けなかったんだ?」
あの時……それは美恵
が謎の二人組みを追いかけて森の中を走っていた時、おぞましい気配を感じ金縛りに合ったときのことだ。
「遠くから見ただけだから、よくわからなかったが、おまえは明らかに動揺していた。何があった?」
「……もう一人いたのよ」
「もう一人?」
「最初の二人は大した事ないわ。でも、そいつは違う。
殺気があるわけじゃないのに……動いたら殺される、そんな感じだった」
「その相手はどんな奴だった?」
「わからないわ。視線と気配を感じだだけで姿を見たわけじゃないもの。
でも確かに存在している。それは間違いないわ」
「意見を聞かせてくれ。そいつは敵なのか?」
「……間違いないわ」
そんな話をしているうちに最初に着いた浜辺に戻ってきた。
だが……美恵 は驚愕のあまり瞳を見開いた。海斗と真一もそうだ。
貴弘は一気に視線を鋭くして、辺りを警戒している。
晶や徹、それに薫はすでに戦闘態勢までとっていた。
桐山や、秀明、志郎、雅信は無表情ではあったが、やはり戦闘態勢をとっている。
「……そんな」
皆が待っているはずだった。B組のクラスメイトたちが。
しかし……ダレモイナカッタ……。
そして……引き裂かれた生徒達のバッグが散乱して、中身がぶちまけられ、何より、そう何より……。
血の跡が生々しく砂浜に鮮やかなくらいに描かれていたのだ……。
「……し、茂…み…の中……ひぃ…」
「おい古橋、何があったんだよ?たく、しょうがないなぁ」
この甘えた根性の大和のことだ、どうせヘビか特大ひき蛙だろう。
純平は、茂みを掻き分けた。 そして――。
次の瞬間には吐きそうなくらいの衝撃を受けていた。
「……い、五十嵐……?」
純平はヘナヘナと座り込んでいた。
オレたちは修学旅行に来たんだぞ?
そりゃあ……遭難するし、変な島に辿り着くし、ちょっと予定は変わったけど。
だけど……だけど、最悪でもこれは無いだろ?
そうだよ、映画や漫画じゃあるまいし!こんな、こんな恐ろしいこと起きるはず無い!!
いや、起きていい訳が無いんだ!!
そこには……右腕を不自然な形で折られ、左腕は肘から引きちぎられ、首が180度回っている五十嵐由香里の死体が横たわっていた――。
【残り39人】
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