一枚の写真。幼い男女の子供が手をつないで立っている。
色あせ……破れかけて……。
それでも肌身外さず持っていた写真。
薄暗い建物の中、その男は寂しそうな瞳で写真に見入っていた。
「おい、指揮官の招集だ。急げ」
「……ああ、すぐに行く」
男は、写真を胸のポケットにしまうとライフルを手に立ち上がった。
「!」
その時、男の表情が変わった。
男は二つの携帯を持っている。
一つは普段から使っているもの。もう一つは、ある理由で持っているもの。
今まで一度もかかってこなかった携帯。
かかってくるとしたら、それは余程の緊急事態の時だけだ。
震えながら、携帯を耳に当てた。
「……オレだ」
「……プログラ…ム?……幸雄と千秋が……?」
Solitary Island―23―
「……どこまで引きずっていったんだ?」
50メートルほどだった。茂みの中に続いている。勇二は茂みを掻き分けた。
「……途切れてやがる」
チラッと上をみた。
「フン、木の上に移動して枝つたいに動いてるってわけか」
早く追ったほうがいいと勇二はう判断し、ポケットから小さな箱を取り出した。
中には注射器らしきものが入っている。
「さっさと細胞サンプルをとって、こんな島とはおさらばだ」
勇二は転校してからというもの、常にむかついていた。
(さっさと任務なんか終わらせてやる。 オレはこれ以上、あの無愛想野郎の顔をみるのもごめんなんだ)
無愛想野郎とは高尾晃司の事だった。
勇二は以前、公開の格闘試合で晃司に敗北し大恥をかかされた思い出がある。
それ以来、晃司にはいい感情を持っていない。
(徹も雅信も…薫まで揃いも揃って大馬鹿だ。あんな女に熱上げやがって)
美恵を嫌っているのも、晃司と美恵が特別な関係にあるからだ。
晃司をライバル視しているのは周藤晶や菊地直人も同じだが、少なくても彼らは晃司に対する感情を美恵に向けたことはない。
少し歩いて勇二は身構えた。
(……いる)
だが、すぐに緊張を解いた。なぜなら気配は三つ、内一つはよく知っているものだからだ。
この世で最も嫌いな人間の気配だ。
前方の茂みを掻き分け、その相手が登場した。瞬間、勇二は視線を鋭くする。
「あれ、和田じゃん」
勇二のあからさまの敵意の直線上にいる相手。
その相手の背後から明るい声がした。自称・近い将来ネッシーと握手をする男、服部雄太だ。
「勇二、何の用だ。おまえは来ないんじゃなかったのか?」
その静かで凛とした声。勇二にはそれさえも耳障りだった。
「……オレがどこで何をしようが、おまえにとやかく言われる筋合いはねえんだよ」
「そうか」
だが晃司は、その敵意は全く無視。
雄太と康一を伴い歩き出したが――止まった。
(……血の匂いがする)
「勇二、話がある」
晃司は勇二の腕を取ると、雄太たちから少し離れた場所に移動した。
「おい離せ、むかつくんだよッ!!」
掴んだ手を強引に振り払う勇二。
「誰がやられた?」
「女だ」
勇二にとって女生徒は『晃司とかかわりのあるムカツク女』と『それ以外のどうでもいい女たち』という認識しかない。
だから名前ではなく、単に『女』と言ったのだ。
「誰だ?」
「知るか。徹の見かけに騙されてた女だ」
そう言われても、徹に好意を寄せていた女は美咲の他にもいる。
「天然パーマのやつだ」
「星野か……それで殺った奴はどこだ?」
「ケッ、知るかよ。それを追ってたら、てめぇが登場したんだよ」
(……いくらなんでも敵の数もわからないのに晃司と秀明だけで戦うなんてムチャだわ。
それに晶も気になる。どうして桐山くんを……まさか本当に桐山くんに危害を加えるつもりじゃ……)
「美恵
」
「……!。何、カイ?」
「さっきから様子が変だぞ。何か悩み事でもあるのか?」
「ううん、何もないわ」
「本当か?頼むから隠し事なんてするなよ」
「ありがとうカイ」
(……ゲイの分際で。やっぱり、あの時殺しておくべきだったかな)
美恵
と海斗の微笑ましい様子を背後から見ていた徹は不吉な考えをめぐらせていた。
美恵
の転校先を突き止め、こっそり様子をみにきたのは1年程前だった。
ちょうど学校行事の校内球技大会の最中で、チアガールの格好をした美恵
がクラスメイトたちと共に夢中で応援している。
その明るい笑顔を遠くから見ていた徹は安心した。
(……元気そうだね。安心したよ)
そして、そのまま帰るつもりだったが――。
「ゲーム終了。勝者B組!!」
審判が叫ぶ。野球の決勝試合が終わり、B組が相手チームに大差をつけて勝ったのだ。
だが、そんなこと徹にはどうでもいい。
問題は、その試合終了の号令が終わらぬうちに「カイ!」と愛しい女が他の男の名を呼ぶ声が聞こえたからだ。
反射的に徹は振り向き見てしまった。
そのカイと呼ばれた男(ピッチャーをしていた男)が、こともあろうにグラウンドの真ん中で両手を広げ、走り寄ってきた美恵 を抱き締めたのを。
さらに美恵 の腰の部分を持ち、高く上げ「やったぞ美恵
!!」と嬉しそうに叫んでいるではないか。
「……なんなんだ、あいつは!!」
その3日後に徹は転校してきた。
もしも海斗がゲイだという事実を知らずにいたら、間違いなく危害を加えていただろう。
しかし徹は、海斗が健康な男である限り、いつ宗旨変えをするかわからないと警戒し、まるで信用してなかったのだ。
もちろん海斗は手強い相手ではない。
いざとなったら腕の一本でもへし折って脅してやれば済む事だ。
だが、雅信と薫はそうはいかない。 本気でやり合ったら、こっちも重傷だ。
(もっとも愛しい恋人の為なら多少のリスクは仕方ない。徹はそう考えていた)
そして徹はチラッと桐山の方を見た。
(……気に入らないな。あいつが1番油断ならない)
先ほど、抜け駆けして美恵
を抱き締めたのも気に入らないが、それ以上に徹は桐山を警戒していた。
(……美恵はああいうクールで無口なタイプが好みだからな)
あの時の光景が蘇る。
『美恵、オレなら君を泣かせたりしない。
約束する、君を生涯全力で守るよ。そして決して君を一人にはしない』
『……ありがとう徹』
『美恵……まさか、まだ、あいつのことを?』
『……………』
「……内海ぃ~~……、も、もうダメだ。……オレは限界だ」
「おい、しっかりしろよ」
森の出口を求めて迷いながら歩いていた二人。
しかし元々運動オンチな隆文についに限界がきたようだ。
「オレの墓標には『宇宙のロマンに生きた男、ここに眠る』と書いてほしいと、オレの家族に伝えてくれ……」
「おい、頼むから……ほら、たてよ楠田」
「……オレはここまでだ……女々しいと思うなら笑ってくれ。
ああ、オレはモルダーや矢追純一に何と言って詫びればいいんだ……」
「……たく。しょうがないな」
幸雄はスッとかがむと背中を向け「ほら」と促した。
「す、すまん内海……」
幸雄は隆文を背負い尚も歩き続けた。しかし歩けど歩けど出口は見えず。
(はぁ……何で、こんな羽目になるんだ?)
今頃、さぞ心配しているであろう千秋のことを考えると胸が痛い。
淡い恋心を抱いている美恵
は……残念だが、きっと自分が傍にいなくても彼女は平気だろう。
何しろ、超美形な取巻きが大勢いるんだ。自分なんて眼中にないに決っている。
「……あれ?」
背中から、スースーと寝息が聞こえる。
「なんだ疲れて寝たのか。本当に体力ないよなァ、変なことには、物凄いパワーでるくせに」
そう言えば、昔はよく父さんにおぶってもらってたなぁ……。
幸雄はハッとした。自分は、家族を捨てた父を憎んでいたはずだ。
その父を懐かしく思い出すなんて自分自身に対する裏切りだ。
やけに背丈のある草を掻き分けたときだった。
「……!」
幸雄は思わず眼を見張った。
「……おい楠田」
「……スヤスヤ」
「おい、起きろ楠田!!」
「うわっ!何だ、いきなり怒鳴らないでくれ!!」
「ああ悪い。それより、みろよアレ」
「アレ?」
隆文はメガネの縁をつまみジッと見た。
「……おい嘘だろ?」
「嘘なものか、ここは無人島じゃなかったんだ!助かる、オレたち助かるぞ!!」
幸雄と隆文の前方、わずか20メートル程前に建物があった。
そう、人工物だ。きっと人がいる。
これで助かる。家に帰れるんだ!!
幸雄は思わず隆文を放り出し走り出した。
隆文も放り出され地面にしりもちをついた直後、さっきまでの疲労が嘘のように駆け出していた。
そして二人は勢いよく正面玄関のドアを開いた。
「すみません、誰かいませんか!?」
シーンと静まり返っている。完全な静寂だった。
建物の中は真っ暗で、まるで人の気配がない。
「……あれ?」
どういう事だ?留守なのか?
とにかく二人は不思議に思いながらも中に入った。
「……この下か」
幸雄と隆文の足跡や掻き分けられた草を頼りに後を追ってきた隼人。
そして二人が落ちた崖に向かって、何の迷いも無く飛び降りた。
途中、木の枝に掴まると、一回転して綺麗に着地。
(死体はない。どうやら無事なようだな)
しかし次の瞬間、隼人は険しい表情をした。
幸雄と隆文の足跡……その上に重なるように、もう一つの足跡がある。
「……二人をつけてる」
スッと銃を取り出し神経を集中させる。
隼人は静かに目を閉じた。
どのくらい時がたっただろうか。
数分かもしれない。
数十秒かもしれない。
「――!」
目を見開いた!
と、同時にスッと反射的に腕を背後――斜め上の方だ――に伸ばした。
銃声に鳥たちが一斉に飛び立った。
隼人はゆっくりと後ろを振り向いた。標的が見えた。
遠目から見たら日本猿か?と思うところだろう。その程度の大きさだからだ。
だが、違う。全身が黒く、そしてぬめりがある。
そいつは地面の上でのた打ち回っていた。
爬虫類のような、そして昆虫のようでもある。
少なくても……動物図鑑などには載っていない。
おまけに背丈と同じくらい長い尻尾までついている。
普通の人間なら、悲鳴をあげるなり、顔を引きつかせるなりしただろう。
だが隼人は表情一つ変えず近づいた。
ほんの2メートル程の距離まで来た時だった。
そいつが――突然、飛ぶように襲ってきた。大きく口を開けて。
その口の中には、まるでホホジロザメのようにびっしり歯が鋭く並んでいる。
「…グェッ…!」
だが、『そいつ』は喉を詰まらせたような声(声なのか?)を発し動きを止めた。
隼人が飛び掛ってきた『そいつ』の首を空中で掴んだのだ。
普通の人間なら、飛び掛られた瞬間びびるものだが、隼人は全く正反対の行動にでた。
だが何という往生際の悪さか、今度は長い尻尾で首を掴んでいる右腕を何重にも巻きつけたかと思うと締め上げてきたのだ。
隼人は、チラッと『そいつ』の足を見た。
「……こいつじゃないな」
そして、右腕を締め付けている尻尾を左手ではずすと、空に向かって投げた。
そして――再び銃声。今度は頭部だった。
勿論、落ちてきた時は完全な死体だった。 ピクリとも動かない。
「……こいつは成体じゃない」
だが……二人をつけていた足は、はるかに大きい。
そう……ゆうに三倍はあった。
「……急いだ方が良さそうだな」
【残り39人】
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