……血の匂いがする。バラされたようだな。

勇二はジッと森の方角を見詰めた。
「美咲遅いね。あたし見てくる」
何の警戒心も持たず、瞳は無邪気に駆け出していた。

「おい、そこで止まれ」
「……和田くん?」

瞳は少々驚いた。
和田勇二が転校してきてから、その声をまともに聞いたのもこれが初めてなのだ。

「オレがみてくる」

勇二は立ち上がると森の中に入って行った。


――今はまだ奴等の存在を知られるわけにはいかないからな


森に入って十数メートル……地面にべったり血が付いていた。
しかも、その血の跡は森の奥へと続いている。


「……死体を引きずっているのか。悪趣味な奴だ」




Solitary Island―22―




「……周藤の奴」
貴弘は、これ以上ないくらい鋭い目つきで晶の背中を睨んでいた。
正直言って貴弘は女に興味は無かった。
変な意味ではない。ただ思春期の少年なら恋に青春に心ときめくものだろうが、そういうものにはまるで興味がなかったのだ。
中学生……ただの子供に過ぎなかった小学生と、大人への階段を上がりだした高校生の中間。
大人と子供の境目。
普通の人間なら、子供の心を残しつつ大人になることへの興味も持つ年頃。
だが、貴弘はあまりにも早く大人になりすぎていた。
よく言えば大人びいていてしっかりしている。が、悪く言えば生意気で可愛気がない。
彼の母も、貴弘と同じくらいの年頃には同世代と比べ、かなり大人っぽい女だったので遺伝と言ってしまえばそれまでかもしれない。
だが、貴弘がこれほど早く現実の厳しさに目覚め、少年らしい夢など見る気もない人間に育ったのには理由がある。
その理由とは貴弘の両親だ。


控え目で口数も少ないが温厚で優しい父。
反対に自己主張が激しく、自分を貫き通さなければ気が済まない母。
性格こそ正反対だが、二人は本当に仲が良かった。
いや、だからこそ気が合ったのかもしれない。
父のような男には母くらい、しっかりした女が支えてやるのが丁度いいかもしれない。
母には父のような温厚なタイプで無ければケンカばかりの毎日だっただろう。
だが性格こそ違うが、不正を憎んだり、自分の信念や誇りは決して曲げない、
そして絶対に恐怖や嫌な事から逃げたりもしないという共通した価値観の持ち主でもあった。
貴弘は、そんな両親から溺愛されて育った。
毎年、夏休みには3人で旅行していた。
あれは貴弘が小学三年生の夏休み。信州の山奥に温泉旅行に行ったときの事だった。














「……母さん?」

ふと夜中に目を覚ますと隣に寝ていたはずの母がいない。
母だけではない、父もいない。

「どこに行ったんだろう?」

旅館の廊下を目をこすりながら歩いていると、ロビーの近くにあった公衆電話の所に両親がいた。
電話をかけている。だが、なぜ、こんな真夜中にかけているのだろうか?
何より両親の様子が変だ。


「……うん、あたしは大丈夫よ。ごめんなさい心配かけて」

(母さん?)

それは貴弘にとっては異様な光景だった。
「貴弘の写真届いてた?……そう、とてもイイ子よ。目元が父さんにそっくりでしょう?」

(……父さん?……母さんのお父さん?)

「……あたしは本当に大丈夫だから心配しないで」
貴弘は我が目を疑った。

(……母さんが……)

貴弘にとって母は世界一強い人間だった。その母が……


(……母さんが泣いてる)

左手で目元を抑え声を殺して泣いていたのだ。


父が母の肩を抱きよせ、受話器を受け取った。
「お義父さん、心配しないでください。二人はオレが必ず守りますから」
それから父はほんの数分ではあったが話をして、静かに受話器を置き母を抱き締めた。
母は父の胸に顔を埋めて泣いていた。
その後どうなったのかは知らない。
貴弘は見てはいけないものを見てしまった気がして、二人に気付かれないように、すぐに部屋に戻り布団にもぐりこんだ。
しばらくして両親が戻ってきた時、貴弘は布団の中でジッと息を潜め寝たふりをした。
朝起きたときには、昨夜のことが嘘のように、いつもの明るい両親に戻っていた。














まだ子供だった貴弘にはわからなかったが、年を重ねるごとに漠然とではあるがわかってきた。
この国は軍事国家だ。普段は何気ない日常を送れるが、いざとなったら地獄へまっさかさま。
例えばプログラムなんて最悪なシロモノもある。
それでなくても政府に対して反抗的態度をとろうものなら、取り調べも受けずに警官に発砲されても文句の言えないような社会。
おそらく両親にも何か深い事情があるのだろう。
それからというもの貴弘は注意深く両親を見てきた。


父の両親は病死したと聞いている。母は両親と妹を交通事故で失ったと。
それは嘘だった。 自分が見てない時、本当にごくまれに電話をしたり手紙をだしたりしている。
それなのに二人とも貴弘には何一つ真実は告げてない。
貴弘は思った。 それは自分が子供だからだ。
だが、両親が頼れるくらいの大人の男になれば、きっと自分達から事情を話してくれるだろう。
貴弘は、そう信じることにした。


貴弘には特に親しい友達もいない。
それは貴弘のキツイ性格も原因だろうが、貴弘から見たら同世代の少年たちはあまりにも子供でとるに足らない相手なのだ。
本気で相手をする気にはならなかったのだろう。
もっとも彼等からすれば「ひとを見下している」と映っただろうが。
そんな貴弘にとって美恵 は生まれて初めて好きになった女だった。
晶がいうように恋愛ゴッコなんかじゃない。本気で惚れている。
少々せっかちかもしれないが「母さんとも上手くやってくれるだろう」とまで思っているくらいなのだ、その思いは半端ではない。
その想いをバカにされ、貴弘はかなり不快になっていた。


だが、それよりも気にあるのは晶の放った言葉の一つ一つだ。
晶は2年の二学期の終わり頃に転校してきた。美恵 とは初対面のはず。
それなのに、あの言い方からすると晶は昔から美恵 を知っていたとしか思えない。
いや、晶だけではない。
今、先頭を歩いている秀明と志郎。その後に続く、徹、薫、そして雅信も。




(……こいつら一体何なんだ?)

それと、もう一つ気になることがある。

(周藤の奴……時々、桐山を見てる。それも意味ありげな目つきで……)

船が遭難した時も、なぜか冷静だった。
この島で妙な事件が度々起こっているにもかかわらず、だ。

(……こいつら絶対に何か隠している)

それから貴弘は常に冷静だった奴等の顔を順に思い浮かべた。
格闘家としての勘でわかる。どいつも、こいつもまともじゃない。
一見、優男に見える徹や薫もはっきり言って化け物だ。
しかも、この連中は明らかに何か知っている。
それから貴弘は再度、晶を見た。先ほどのこともある、少々、痛い目に合わせてやら無いと気が済まない。

(……いっそのこと周藤をどこかに連れ出して脅して吐かせてやるか)














「ねえ、オレの質問に答えてよ」

(……こいつ)

直人の堪忍袋は破れる寸前だった。

「3人よりさぁ、みんなで協力した方がいいだろ?オレたち同じクラスメイトなんだからさ。ね?」

直人の堪忍袋が……切れた。

「……同じだと?」

直人の口調が低くなっている。
俊彦と攻介はハッとして直人を見た。


「おまえのような温室育ちが、このオレと同じ……だと? ふざけるなッ!!」


次の瞬間、直人は洸の胸倉を掴んでいた。
「よせ直人!!」
攻介が直人の腕を掴み離そうとした。 だが直人は攻介を振り払った。
その勢いで飛ばされた攻介を俊彦が受け止める。
つい数十分前にグロテスクなものを見て以来放心状態だった智也や伊織も、これには驚き「おい、やめろよ!」と駆け寄ってきた。
だが、直人の一睨みで二人とも動けなくなった。




「……いいか、よく聞けよクソガキ。オレたちはおまえみたいな温室育ちには想像もつかないような世界で生きて来たんだ!!
おまえなんかに口出しされるほどッ、ましてや同じように扱われるような甘い人生は一度も送ったことはない!!」




それは直人のみならず俊彦や攻介にも共通した思いではあった。
だが、二人以上に過酷な人生を送ってきた直人には口では言い表せないものがある。
それに触れたものは例え悪気が無かったとしても決して許せない。
洸は直人の逆鱗に触れたのだ。
直人の怒りに、智也や伊織はおろか、仲間の攻介や俊彦も唖然としている。
しかし、その怒りの対象たる洸は顔色を変えることなくこう言った。


「……あー、悪かったね。オレ、こういう言い方しか出来ないから。
それと一つ言っておくけどさ。オレ、あんたたちが思っているほど温室育ちでもないよ。
とりあえず、あやまるから手離してよ。ね?」
「……この後に及んで、まだ戯言を」

「オレふざけてないよ。だって、本気で君を怒らせたら、君隠し持ってる銃でオレを撃ちかねないからさぁ」
「……な」

直人の表情が怒りから驚愕へと変わっていた。俊彦と攻介も同じだ。
だが洸が意識的に小声で話しているので、その声は伊織と智也には聞こえなかった。
だから二人はなぜ3人が驚いているのか、全くわからない。


「オレ、逆玉にのって贅沢する夢かなえる前に死ぬのは嫌なんだ。だから君を怒らせたりしないよ。ホントだよ」














「秀明」
美恵はそっと秀明に例の校章を差し出した。
「晶は何でもないと言ったけど本当は違うんでしょう?
これはどこの学校の校章なの?どうして、こんな所にあるの?」
「言う必要はない」
「……どうして?」
「言ってどうする?また勝手な行動とるのか?」
「…でも」
「おまえにもしものことがあれば、オレは晃司に殺されても文句が言えない」
「……っ」
美恵は言葉を詰まらせた。 感情にこそ出さなかったが秀明は本当に自分のことを心配してくれたのだ。
「……秀明、まだ怒ってる?」


「……痛かったか?」
「……!」


「痛かったか?」
「……」
美恵は何も言わず、いや何も言えずに首を横にふった。
「そうか」
ポンと頭に手をのせて、そっと撫でてくれる。
「……ごめんなさい」
「もういい」
「秀明、一つだけ聞かせて。本当に奴等に勝てるの?」
「言っただろう」


「他の奴には無理だ。オレと晃司なら可能だと」




【残り39人】




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