拓海は腹部をさすりながら無神経な言葉をはいた。
思えば、ついさっきまで無神経に寝ていたと思ったら、起きた途端第一声がこれだ。
他の者が皆心の中で思っていて口にしなかった言葉なのに。
だが、それは切実な問題だった。もう半日、何も食べていない。
水さえあれば一週間は生きれるというが、やはり育ち盛りに断食はきついだろう。
「オレも、もうペコペコだよ。なあ委員長、何とかしてくれよ」
「何とか…と言われても」
拓海だけでなく、古橋大和まで我侭を言い出している。
だが、確かにこのまま空腹でいるのわけにはいかない。
幸いここは海の上ではない。海岸だし、森の中に入れば何か木の実でもあるかもしれない。
「……じゃあ、手分けして食料を探しましょう」
Solitary Island―21―
「……クク、アーハハハッッ」
あまりにも、気まずい雰囲気には似つかわしい笑い声。
それに腹を立てたのか、薫が普段の愛想笑いからは想像もつかないような顔つきと口調でこう言った。
「……そんなに面白いのかい晶?」
「ああ、そうだ。これが笑わずにいられるか。どいつも、こいつも苦虫潰したような顔で出て来たと思ったら。
全く、そろいも揃って、馬鹿な連中だ」
「もういいでしょ周藤くん」
美恵がバツの悪そうな表情で困惑気味に言った。
それもそうだろう、言葉も途切れ途切れになるほど笑いをこらえている晶はいいだろうが、
笑われている連中は面白くないに決っている。
ほんの5分程前、森の中から相変わらず無表情の桐山や秀明、それに志郎がでて来た。
そして、随分シュンとしている美恵が続く。
その後に、程度の差こそあれ、胸クソ悪くてたまらないといった顔をして出て来た徹たちに晶は「何があった?」と質問した。
そこで森の中の一件を聞いた途端に笑い出したのだ。
「ククク……まったく、おまえたちまさかとは思うが歯も浮くようなキザなセリフを並べ立てたり、
暇さえあれば押し倒すことを考えるだけが愛情だと思ってたのか?」
その言葉に徹と薫、そして雅信はさらにムッとした。
「オレが秀明の立場でも同じ事をしてるぜ。これだから恋愛ゴッコにうつつを抜かしてる奴はバカなんだよ。
甘やかしたり迫るだけで女がついてくると思っているのなら、全然救いようが無いな。
丁度いい機会だ、その程度の想いなら、今すぐ恋愛ゴッコは終わりにしろ。 その方がトラブルも減るし一石二鳥だ」
「じゃあ、くれぐれも深入りしないように。
それから単独行動はくれぐれも慎んでください。それから……」
「なぁ、長すぎ。要はさっさと用事済ませて帰って来い。そうだろ?」
あくびをしながら突っ込む拓海に、邦夫は溜息をついた。
本当に大丈夫だろうか?
「では行きましょうか」
説明しよう。あの後、皆で話し合いをした結果(和田勇二は加わらなかったが)
結局、数名で隊を組んで森に入ることになったのだ。
決ったのは委員長の邦夫ほか早乙女瞬、椎名誠、根岸純平、古橋大和、吉田拓海。
また女子も委員長の内海千秋と、鬼頭蘭子が加わった。
阿部健二郎は「森の中なんて真っ平だ!毒虫にでも刺されたら、どう責任とってくれるんだ!!」とわめきたてた為除外。
和田勇二は最初から聞く耳すら持ってくれなかった。
千秋は帰ってこない幸雄を心配して立候補したのだ。
ちなみに純平は千秋と蘭子が立候補した途端名乗りをあげた。
だが純平にとって悲劇的だったのはジャンケンで決めた組み分けで、千秋や蘭子と別々になってしまったことだろう。
とにかく、純平、誠、拓海、大和と邦夫、蘭子、千秋、瞬、それぞれのチームに分かれて森の中に入って行った。
そこが、どんなに危険な場所かも知らずに……。
「ふざけないでよ、知らなかったですって? それで、よくも軍の将校だなんて言えたものね!!」
『お、おちついてくれ……何度も言っているが対象クラスはコンピュータがランダムに選ぶんだ。
しかも担当部署以外には同じ軍部といえど開始まで発表されない。
まさか君の息子のクラスだなんて……知っていたら勿論事前に連絡していたよ』
「今さら言い訳なんて聞きたくないわ。お偉い将校さまなら、さっさと何とかしたらどう?
うちの息子を助けてくれるの? イエスかノーかって聞いてるのよ!!」
『……気の毒だが、こればかりは』
「……そう、わかったわ。二度とうちの店には来ないで頂戴!!」
ガチャンッ!!とけたたましい音がして受話器が叩きつけられるように置かれた。
「……どいつもこいつも腰抜けの役立たずだわ」
芸能人顔負けの美貌が怒りで歪んでさえいる。
だが、怒っている場合ではない。パラパラと電話帳をめくった。
海軍少佐、軍士官学校の名誉学長、軍務省の事務局長……手当たり次第に、そのコネを使って息子の救出を試みた。
だが、思った以上に、どこつもこいつも頼りない。
息子を救うどころか、プログラム会場がどこにあるのかさえわからないというのだ。
「……洸」
どうする?どうしたらいい?
このままでは息子は死ぬ。例え生き残っても地獄を見る。
何とかしなければ、だが助け出す手段は全て使い果たした。
洸の母は万策つき壁に背をもたれると、ズルズルとその場に座り込んだ。
「……バカ息子。散々親に心配かけて」
その時だった。けたたましい音が無神経に鳴り響いたのは。
「誰よッ!こっちは忙しいのよ!!」
『オレだ』
「……あなたは……何よ随分久しぶりと言いたいところだけど、それどころじゃないのよ」
『ああ、わかってる。そのことで話があるんだ』
「恋愛ゴッコだと?」
「ああそうだ」
その言葉に徹、薫、雅信はあからさまに敵意に満ちた表情をした。
だが晶は全く平気な顔で、今度は貴弘や真一の方を見てさらに言った。
「親切で言っておいてやる。この女の相手はまともな男じゃ務まらない。
おまえたちも今のうちにくだらない好意は捨てておいた方がいいぞ」
「なんだと?」
真一はともかく、母譲りの激しい気性の持ち主である貴弘はかなりカチンときた。
「本当のことだ。普通の男じゃ、この女には釣り合わない。凡人は凡人らしく、無難な女で我慢しろ」
「オレが凡人に見えるのか周藤?何なら今すぐ、その言葉を後悔させてやってもいいんだぜ」
「やめて!」
美恵が二人の間に割って入っていた。
「今はケンカなんてしている場合じゃないわ」
「それもそうだ。まあ、オレはどっちでもいいんだけどな。それより無謀な行動しただけのの収穫はあったのか?」
美恵はポケットから例の校章らしきものを取り出し差し出した。
「私たちを尾行してたのは男だったわ。でも、捕まえた途端、もう一人が襲ってきたの。
そっちは女だった。二人を追いかけてる時に見つけたのよ。
多分、その二人のどちらかが落としたものだと思うけど」
「ふーん……」
晶は、それをつまんでマジマジと見詰めた。
「何かわかる?」
「ただの校章だ、気にすることじゃない」
(……驚いたな、生き残りがいたとは。まあ時間の問題だっただろうが)
「とにかく戻るぞ。こんな所で暇を潰している暇は無い」
そう言うと秀明はさっさと歩き出していた。
その後を志郎がついていく。他の連中も面白くない面持ちではあったが、渋々歩き出していた。
「……桐山くん?」
しかし、1人だけ立ち止まっている人間がいた。桐山だ。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
何でもない、それは本当だ。だが……何かが違う。
この島に来るのは初めてだ。
にもかかわらず、前にも一度似たような経験をしたような……そんな感じ。
小さな島……命の危険……尾行する追跡者……
「……桐山くん」
心配そうに見詰める美恵。桐山は(顔には出さなかったが)胸が疼くのを感じた。
美恵は酷く心配している。それはいけないことだ。
美恵にそんな思いをさせるのは本意ではない。
「大丈夫だ天瀬。なんでもない」
「喉渇いたね」
ペットボトルに入っていた最後の水はとっくに消えていた。
「森の中に湧き水とか川無いかな?」
美咲は立ち上がると「ちょっと見てくるね」と森の中に入って行った。
「え…と。あ、泉かな?」
違った、ただの水溜りだ。 美咲は、その傍にかがんだ。
「……残念」
ポチャン……木の実が落ちてきて小さな波紋が広がっている。
「……佐伯くん、早く帰ってこないかなぁ」
美咲は、その水溜りを見詰め呟いた。
「……佐伯くんが天瀬さんに気があるのは知ってるけど……付き合ってはないよね。
まだ、あたしにもチャンスあるかも……。
パパもママもお兄ちゃんたちも、いつもあたしのことカワイイって言ってくれるし」
それは家族の欲目ではあったが、確かに美咲はブスではなかった。
むしろ可愛い顔立ちではある。
丸顔で少々幼いが目が大きくクリクリしていて、さらに少々天然パーマがかかった髪。
フランス人形とまではいかないが、それに近い着せ替え人形のような愛らしさだった。
美人といえるほどではないが、十人並み以上ではある。
勿論、ハリウッド映画に登場しても違和感がないくらい整った顔立ちの徹と釣り合うような容姿では無いが。
「佐伯くんがダメなら……立花くんか相馬くんでもいいんだけどな。
……でも、やっぱり佐伯くんの彼女になったら素敵だよね。佐伯くん優しいし……」
それは大きな間違いだった。
確かに徹は学校ではいつも笑顔で、女子に囲まれても嫌な顔一つせず優しい態度を見せていた。
しかし単に外面がいいだけで、心の中では「早く消えろよ、ブス」と悪態をついていたのだ。
本当に優しいのは美恵に対してだけである。
水溜りの波紋が消えた。
そして水面に美咲の顔が映る――。
「………!!」
恐怖に引き攣った顔が――。
なぜなら……。
「……ひ…」
なぜなら、その水面の中には――。
「……パパ…ママ……」
もう一人いた――。
「……助け……た…す…」
そう、美咲の真上に――。
「――!」
和田勇二はゆっくりと立ち上がった。
そして森の方を見詰めた。
「……来やがったな」
静寂の森のなか、かすかに地面をこする音がする。
そう……ズルズルと音を立てながら引きずられていたのだ。
星野美咲……いや、星野美咲の――死体が。
【残り39人】
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