「おい本当なのか、真一のクラスがプログラムに選ばれたのは」
「こんなこと冗談で言えるか。昨夜、威張り散らしたクソ兵士どもが来やがったんだ」
「……クソッ。まさか先月やったばかりで、またやるとはな。それで会場はどこなんだ、もう死人は出たのか?」
「それがおかしいんだ」
「おかしい?このクソゲームの存在自体がイカれているだろ」
「……昨夜調べたんだ。このプログラムは教育委員会ではなく科学省の管轄で運営されている。
だから、科学省のコンピュータに侵入して調べたんだ。何が出たと思う?
春見中学校プログラム結果は『時間切れにて優勝者なし』……だ」
「どういうことだ。最悪でも24時間は首輪の爆発はないはずだぞ」
「そんなことオレが知るかよ。だが結果はすでに用意されてるんだ。
……どういうつもりか知らないが、生還者を出すつもりはないってことだろ」


「このプログラムは普通じゃない。裏がある」




Solitary Island―20―




走った、走った、ただ走った。 何が起きたのかなんて問題じゃない。
とにかく何かあった、それも恐ろしいことが。
五十嵐由香里のことなどどうでもいい。
とにかく今は逃げなければ。
そう、必死だった。これほど真剣に走ったのは生まれて初めてだろう。


「うわぁぁー!!」

ふいに足元が崩れた。そして悟の身体は転がり出した。
走るのに夢中で気付かなかったが、いつの間にか傾斜に出ていたのだ。
悟は反射的に茂男の制服を掴んだ。 ズザザァァァ……と地面とすれる音を出しながら二人が滑る。
茂男は咄嗟に木の根に掴まった。大丈夫だ。何とか這い上がれる。
這い上がって逃げなければ!
だが、身体が重い。茂男は頭部だけ振り返った。
悟が茂男の右足にしがみついていた。
その悟は傾斜の先、つまり崖から落ちかけている状態だ。


「つ、都築!は、早く、早く助けろ!!」
だが、茂男は普段は絶対に口にしないであろう言葉を吐いた。
「う、うるさい!オレまで落ちるじゃないか!!離せ!さっさと離せよ、この野郎!!」
「な、何だとぉ!ふざけるな!! あんなに目を掛けてやったのに、この恩知らずが!!」
「ふざけるな何が恩だ!人をこき使いやがって!!
こうなった以上、おまえなんかに媚売ってる暇があるか!!」
そう言い放つと、なんと茂男は左足で悟の頭を踏みつけるように蹴り出した。


「き、貴様ァー!!」
「離せ!!離せよクソ野郎! チクショー!!さっさと落ちろ、落ちやがれ!!」
「……グ」
茂男の凄まじい攻撃に悟は限界寸前だった。 頭部目掛けて1番強烈な蹴りが入った。
限界を超えた。悟は耐え切れなくなり崖下に落ちていった。
ボチャン…と水音が聞こえた。
「やっと離しやがったか」
茂男は身軽になった喜びを噛み締める間もなく必死になって傾斜を上がった。
「……助かった……グエッ…!」
その瞬間、茂男の首に凄まじい力が入った。














「ヤムヤムヤムヤムヤーム」
「………」
「ヤムヤムヤムヤムヤーム」
「なあ、さっきから何言ってんだよ?」
「おまじないだ。無事に帰れるように」
「まじない?」
「ああブードゥー教のな」
ちなみにブードゥー教とは世界中のあらゆる宗教の中でもトップクラスに数えられる危険な宗教だった。


「後は生贄を捧げるだけなんだが」
「……ふーん、生贄ね。ん?」

雄太はハッとして康一を見た。 なぜか意味ありげな目で自分を見つめているのだ。
背すじに冷たいものが走った。

「雄太」
「……お、おい」


や、やめてくれぇぇー!!
オレはネッシーに飲み込まれるのは本望だが、悪魔儀式の犠牲なんて真っ平だ!!!


「生き血を提供してくれるだけでいいから」
「ふざけるなよ!!」
その時、ガサガサと意味ありげな音がした。
「「ぎゃぁぁぁぁー!!」」
雄太と康一は思わず抱き締めあって声を上げた。














美恵 から離れろ。それとも痛い目にあいたのかい?」
「……抜け駆けなんて汚いマネするなんて感心しないな桐山くん」
殺気が滲み出ている徹と薫。
「……オレの女を。……殺す!!」
だが、一番に飛び出したのは雅信だった。
桐山の顔面目掛けて凄まじいばかりのスピードで蹴りを入れ込んだ。
もちろん、そんなものを大人しく受ける男ではない。腕を上げ、ガードしていた。

「やめて!」

桐山と雅信の間に美恵 が立っていた。両手を広げ必死な表情で制止している。
「お願いやめて。今はこんなことしているときじゃないわ」
そうだ。逃げて行った、あの二人はともかく、第三の得体の知れない『何か』。
あんなおぞましい気配は生まれて初めてだった。
間違いない。アレこそが晃司が言っていた『奴等』だ。
美恵 は、そう直感したのだ。


「……そいつは、おまえに手を出した。弁解の余地はない」
「何バカなこと言ってるの。お願いだから私の話を聞いて」
美恵 」
その声の方向に、美恵 は振り向いた。秀明だ。
ツカツカと近づいてくる。そしてスッと手を上げ美恵に振り下ろした。




「……!」
美恵 は左頬を手で押えながら、横座りのような体勢で地面に倒れた。
美恵 !」
志郎が駆け寄り、かばうようにして美恵 を抱き締めた。

「秀明!何も殴らなくても!!」
「勝手なマネをしたからだ。一歩間違えたら死んでいた」

当の美恵 はというと驚きのあまり呆けている。秀明に平手打ちをくらったのは生まれて初めて。
秀明には一度も殴られたどころか、怒られたことすらなかったのだ。


「たて」

美恵 が立ち上がると再び秀明が手を上げた。
しかし、今度は殴られることはなかった。 桐山が、その手首を掴んでいたからだ。


「やめろ」
「……桐山くん」


「秀明それ以上彼女をぶつならオレが相手になるよ。恋人を殴られて黙っているほどオレは温厚じゃないからね」
徹の殺気はすでに桐山から秀明に移行していた。
「おい、そのくらいにしておけよ。母さんが言ってたぜ、女に暴力ふるう男は最も愚かな種類の男の一つだってな」
貴弘も徹に負けないくらいの殺気を放っていた。
もしも秀明が美恵 に害を加えようものなら、完全にやりあう気でいる。
「……オレの女の顔に傷をつける気なのか?」
雅信に到ってはすでに秀明の襟首を掴んでいた。
しかし秀明はまるで動じてないらしく相変わらず無表情でこう言った。


「これはオレたちの問題だ。赤の他人が口出しすることじゃない」

『赤の他人』つまり秀明は口外に『美恵 とおまえたちは何の関係もない』そう言ったのだ。
これには、その場にいるほとんどの男たちが不機嫌な表情になった。

「この際だから言っておく、美恵は……」
「言わないで!」

志郎に「大丈夫だから」と言いながら美恵は立ち上がった。

「……ごめんなさい。私が悪かったわ」
「もう二度とするな」














「「ぎゃぁぁー!!」」
「おまえたち何をしてるんだ?」

現れた二人をみて雄太と康一は抱き合ったままヘナヘナと座り込んだ。

「……高尾さん、氷室さん……」

隼人はチラッと周りを確認してこういった。


「もう一人の仲間はどうした?それに、おまえたちを追っていた奴もいたはずだ」
「ええ!!気付いてたの!!?」

とにかく雄太は説明した。
幸雄が目印にしていた枝が台無しにされ帰り道がわからなくなったこと。
物音に隆文が暴走してしまい、それを追いかけた幸雄もろとも帰ってこないこと。
隼人は真剣に話を聞いていた。


(……まずいな。厄介なことになった)

それとは反対に晃司は折られた木の枝を一通り見てこう言った。
「一本だけ折れ口が渇いている枝があったはずだ。それが内海が目印にした枝だろう。
他の枝は後から折られたから折れ口が渇ききっていなかったはずだ。それなのになぜ迷ったんだ?」
雄太と康一は思わず「あっ」と言って黙りこくってしまった。
幸雄と隆文も含め、まるで気付かなかったのだ。
「ど、どうしよう……実はもうかなりたつのに二人とも帰ってこなくて……」
「オレと隼人は一旦戻るところだ」
「……仕方ないな。晃司、おまえだけで戻ってくれ、その二人を連れてな。オレは、二人を探してくる」














「……グエッ……!」

首にかかる圧力、喉を通らない空気。そして恐怖に血走った目。
ゴキッという鈍い音が体内から響き、茂男の意識は完全に途絶えた。
ドサッと、その動かなくなった体が地面に落ちても茂男の目は見開かれたままだった。
その角膜には、茂男が最後に見た恐怖が強く映し出されていた。




【残り40人】




BACK   TOP   NEXT