「質問していい?もちろん皆には黙っててあげるからさァ」
直人、攻介、俊彦は微妙な目つきで振り返った。
「何のことだ?」
口調がきつい。はっきり言ってむかついている証拠だ。
(……はぁ、まいったなぁ。頼むから大人しくしてくれよ直人)
俊彦は心底まいった表情で直人に目配りした。
どうやら『ケンカはダメだぞ』と合図を送っているつもりらしい。


「……ねえ、この島ってもしかして危険なテロ集団のアジト?
それとも……未知のモンスターでもいるの? それくらい教えてくれてもいいだろ?」




Solitary Island―19―




「……!!」
美恵は咄嗟に身をかわした。危なかった、後少し遅かったら頭部に直撃していた。

まさか二人いたなんて!!

だが、その相手をみた瞬間、美恵は驚きの表情を隠せなかった。

「……女?」

まるで何日も風呂に入ってないかのような風体で、髪はバサバサ、汚れた服。
だが、間違いなく女だ。 しかも自分と同じくらいの年齢の。














「!」
この気配は?!桐山は奴の方に視線を向けた。
それは桐山のみならず、秀明たちも同様だった。
気配が……一つ、二つ…いや三つ。
しかも、その一つは自分達が知っている者の気配だ。

天瀬があそこにいる」
「え?」

桐山たちのように気配をよみとることが出来ない海斗は怪訝な顔をした。
そうだろう、美恵は岩場にいるはずなのだから。


天瀬!!」


桐山が走り出していた。
間違いない、美恵がいる。しかも敵が二人、美恵が危ない!


美恵!!」

走り出したのは桐山だけではなかった。 普段は冷静な貴公子で通っている徹もだ。
秀明と志郎は無言ではあったが、すでに走っていた。

「……ひとの女を……八つ裂きにしてやる!」
「まったく、ふざけてるよ。思い知らせてやらないと」

雅信と薫まで同じ行動をしている。
さらに桐山たちの只ならぬ様子に、美恵に危険が迫っていることを察した、海斗、貴弘、真一も走り出していた。
ただ1人、晶だけは動かなかった。

「まったく冷静になれよ。あんな雑魚相手に」

溜息すらついて、傍にあった手ごろな岩に腰掛けた。


「その程度の女じゃないだろ、あいつは」














「……はぁ、もう疲れたよ」
悟は心の中で舌打ちした。我慢の限界寸前まできていたのだ。
「ねぇ、少し休んだ方がよくないー?」
お坊ちゃんで上品を気取っている悟にとっては、この喋り方だけでもむかつくのだ。

(全く、このクラスにはろくな女がいない)

その中でも、この女は最悪だな。悟はそう思った。
髪型から化粧、はては加工された制服に到るまで低俗極まりない。
こういう女が、父がよく家畜にも劣ると評している場末の水商売女になるんだろう。
自分が将来相手にすることになるだろう上品で知性と教養あふれた資産家の令嬢たちと比べたら女というのもおこがましい。
ただのメスだ。


次に最悪なのは、この知的な頭部に蹴りをいれた極道女・鬼頭蘭子だろう。
まあ、顔だけはいいが、所詮は鬼畜の娘。
持って生まれた凶暴な性質は隠し切れなかったな。
フン、アバズレめ。 あんな女の言いなりになっている安田もバカとしか言い様がない。

他にも無教養な女はいる。
椎名誠なんて俗物と暇さえあればイチャイチャしている村瀬菜摘だ。
おまえはサカリのついたメス猫か?
まあ、おまえ程度の女にはお似合いの相手だ。せいぜい仲睦まじく添い遂げろ貧乏人!

望月瞳!何が『クラマ超サイコー。一度でいいから会ってみたい』だ?
会えるわけないだろ、この腐女子め!!
おまえは架空の男に操でも捧げているのか?あのオタク3人組といい勝負だな。

それから星野美咲、いつもブリッコしやがって。
オレは知ってるんだぞ、おまえが佐伯の隠し撮り写真を高値で買っていたのを。
『やっぱり佐伯くんが1番素敵よね』だとぉッ!?
ふざけるな!これだから男を見る目のないバカ女は嫌いなんだ!!
オレの方がイイ男に決ってるだろ!!




「ねぇ、あたしぃ…ちょっといいかな?」
「なんだ?」
「我慢できそうにないんだよ」

(用足しか?恥じらいのカケラもないんだな!!)

あきらかに顔をしかめている悟を無視して由香里は少し離れた茂みのなかに入って行った。
仕方なく悟と茂男は近くにあった横倒しになっている木に腰をおろした。














「……あなたは?」

これが晃司が殲滅させようとしている相手?
何の脅威も感じない、こんな女の子が?

美恵の疑問を余所に、少女は、例の奴――こっちも見た目は同世代の少年た――の腕を掴み立たせると走り出した。
逃げる気だ。

「待ちなさいよ!!」

逃がしてなるものか。せっかくの手掛かりを。
奴等は随分とこの島に慣れているようだ。 茂みを掻き分け逃げてゆく。
決して、その脚力は特別俊敏ではない。 この辺りの地理に精通している経験で上手く逃げているだけにすぎない。
しかし、美恵の身体能力の方が上だった。
たちまち追いついた。 手を伸ばせば追いつく距離。

その時だった――!!




「……!!」

まるで電流が走ったような感覚だった。それも絶対零度を伴った。

「………」

美恵は一歩も動けなくなった。 その間に、例の二人は走り去っていく。
だが、美恵 の目には二人は映っていなかった。
いや、二人だけではない。周りの木々も、景色も全て。
なぜなら、美恵 は背後から感じる気配に集中されていたのだから。




恐怖……とはまた違う。
ドス黒くて……おぞましくて……まとわりつくような、そんな気配。
まるで、コールタールをかけられたように背中に粘つくような視線を感じる。
それなのに一歩も動けない。




(……誰か)

ツツー……と、冷たい汗が頬を流れた。

(……お願い……誰か)

一瞬にして気配が消えた。

「……あ」


その瞬間、一気に解ける緊張。
美恵 はドサッと、その場に座り込んだ。

そして思った。 助かった……と。




本当なら、あの気配の主の正体を気にするべきだろうが、美恵 は、自分は生きて呼吸をしている事しか感じなかった。
そのくらいの恐怖だったのだ。
それから、ゆっくりと顔をあげた。
(……あの二人)
そうだ、思い出した。私は、彼等を追ってたんだ。
(……しまった!)
立ち上がった。勿論、すでに遅すぎる。二人の影も形も見えない。
(……なんてバカなの私は)
いくら第三者の気配を感じたからといって、行動できなくなるなんて。
晃司や秀明だったら、こんなヘマは絶対にしない。


その時、美恵 の目に何かが映った。木漏れ日に反射して鈍い光を放っている。
数歩歩いて、それをつまみ持った。
「……校章?」

どうして、こんな物が?

もちろん春見中学の校章ではない。

(あの気配は何なの?)

強い奴の気配を知らないわけではない。そういう世界で育ってきたから。
でも、あれは、そんなものとは全く異質のものだった。
まるで爬虫類をイメージさせるような冷たく感情がない、そして……まとわりつくような。
もしも、『アレ』が襲ってきたら、きっと自分など一瞬で殺されていただろう。
そう思うと再び恐怖がフツフツと湧いてきた。


天瀬!!」
「!」

美恵 は反射的に振り向いた。
「桐山くん……」
そして次の瞬間、瞳を見開いていた。
驚いていたのだ。 なぜなら……桐山に抱き締められていたから。














「はぁ、スッキリしたー」
由香里は茂みから気分爽快といった表情で出てきた。
「それにしてもいつになったら町につくんだよ」
歩いてかなりたつのに何もない。
「仁科のヤロー、何もなかったらどうしてくれんだよ」
もっとも悟は由香里が文句言おうが抗議しようが責任とるどころか謝罪もすまい。
「早く家に帰って……」
その時、背後に音がした。
「んー?」
由香里は相変わらず緊張感のない顔で振り向く。
だが、振り向くと同時に由香里の瞳は拡大していた。














「……桐山くん」
「よかった」
「どうしたの?」
「……天瀬が無事でよかった」
「……桐山くん」
「オレはよくわからないんだ。何て言ったら良いのかまるでわからない。
……だが、天瀬が危ないと思った瞬間、身体が動いていた。
天瀬の無事を確認した時……なせだか、わからないが気持ちが落ち着いた」
「………」

……信じられなかった。

桐山のことは知っている。ある事情で感情に乏しい人間だということも。
その桐山が自分のために感情に流されている。


……トクン……トクン……


美恵 は体内から鼓動が大きく聞こえてくるのを感じた。
自分は今凄く緊張している。でも、同時に温かい……何かを感じる。


……こんな気持ち。もう二度と感じることはないと思ってたのに。
……まるで夢の中にいるみたい。


「桐山!オレの美恵 に何してるんだ!!」


だが、次の瞬間、美恵 は現実に引き戻された。














「遅いな、あのコギャル女。おい、都築見て来いよ」
相変わらず上から見下すような言い方だったが、茂男は言われた通り立ち上がり、由香里が入って行った茂みの方に数歩歩いた。


「ぎゃぁぁー!!」


「な、何だ?!」
ただ事じゃない。あの声、まるでひき蛙が潰されたような、あの声。
だが、あの声はまぎれもなく五十嵐由香里のものだ!
ほんの数分前、自分達と一緒にいたクラスメイトの!
そして、その叫び声が終わらない内に、バギッ!メキッ!!とおぞましい擬音が聞こえてきた。


「……な、何だ?み、見て来い!都築、見て来いよ!!」

だが、いつもは素直に命令に従う茂男は顔面蒼白になり、一歩も動かない。
もちろん悟の命令などに従うつもりなんてさらさらない。


「……ひッ、ひぃぃぃー! 、助けて……助けてぇぇー!!」


由香里の絞り出したような声。 おそらく最後の力を振り絞った助けを求める声だろう。
だが、その悲痛な叫び声に悟と茂男は反射的に向きを変え全速力で走り出した。
そう、由香里を見捨てたのだ。
いや、見捨てるという表現すら、いまの彼等の心の中には範疇外だった。
逃げる、そう逃げるんだ、この場から!!
それしか頭になかったのだ。
背後で、由香里の悲鳴が再度轟き、完全に聞こえなくなっても二人は振り向かずに全力で走り続けていた。




【残り41人】




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