秀明も、志郎も。
他の連中はどういう理由なのだろう?
隼人は信用できる。彼はそういう男だから。
俊彦も攻介も不器用だけど優しい男だとわかっている。バカなマネはしないだろう。
直人も……ただ、彼はその育った環境上、逆らえない義父がついている。
あのひとの命令なら理不尽なことでもきかざるをえない。
薫と雅信は諜報関係だから、多分情報の裏づけが目的だろう。
きっと危険なことはしない程度の任務だろう。
ただ……徹と勇二、それに晶。
彼等の任務は何だろう?
徹なら、何とか説得できるかもしれない。
でも……勇二は私を嫌っている、きっと話なんて聞いてくれない。
それに何より晶は……どうだろう。
彼は絶対に女の頼みなんて聞いてはくれない。
……晶はそういう男だから。
Solitary Island―18―
「最初からこうすれば良かったんだ。バカなクラスメイトなんかに付き合うとろくなことがない」
「そうだね仁科くん、オレもそう思うよ」
その言葉は勿論ご機嫌取りに過ぎない。
だが、傲慢さと気位が邪魔をして、思慮が浅かった悟は茂男のご機嫌取りを真実の言葉だと受け止めていた。
いや、言葉だけではなく、悟は、どんなことに対しても真実を見抜く力がなかった。
要するに見る目が無かったのだ。
だからこそ、自分に逆らうクラスメイトを逆恨みしていた。
例えば悟は杉村貴弘を嫌っている。 憎んでいるといってもいいだろう。
そして貴弘も悟を毛嫌いしている。
決して他人には媚びないプライドの高い男から見たら、悟のような人間は絶対に相容れることがない最悪の相性だからだ。
しかし性格的に合わないことは仕方ないにしても、なぜこうまで二人はお互いを嫌っているのか?
貴弘には貴弘の言い分があった。
貴弘の父が勤めている会社と、悟の父が経営している会社は取引があった。
その関係上、父親同士顔見知りだが、悟の父親は「近くにきたものだからね」と言って、よく貴弘の父を訪ねてきた。
仕事の話ということだが、貴弘の父は重要なプロジェクトの一員ではあるが、階級は主任で責任者ではない。
はっきり言って取引会社の社長がわざわざ尋ねてくるような社員ではないのだ。
他人を疑うことを知らない貴弘の父親は「私は君に期待してるんだよ」と言う悟の父の言葉を素直に信じていた。
だが、貴弘は悟の父親の薄汚い本心に気付いていた。
悟の母親は、悟が小学生の頃に死んだ。
その後、父親は再婚してないが女には不自由していない。
なんと外に妾が3人もいるという典型的な女癖の悪い男だったのだ。
「父さん、オレあいつ嫌いだ」
貴弘の言葉に、父は困ったような顔をした。
「何を言ってるんだ貴弘。社長は仕事熱心で真面目な方なんだぞ」
「ああ真面目だよ仕事はな。でもプライベートは最悪だ」
「貴弘、おまえ社長の何が気に入らないんだ?」
「……母さんを見る目がマニアックすぎる!!」
――その頃、仁科邸では――
「全く、あんな男に勿体無い。私なら、彼女にふさわしい贅沢な暮らしをさせてやれるのに」
貴弘の勘は的中していた。 なんと悟の父はこともあろうに人妻に横恋慕していたのだ。
そして仕事にかこつけて杉村家に押し掛けていたというわけだ。
実は、それとなく貴弘の母に、そういう素振りを見せていた。
高級なプレゼントをしたり(受け取ってくれなかったが)、高級レストランに誘ったり(丁寧に断られていた)、
だが思ったよりガードが固く、全くなびかない。
貴弘の母は、はっきりって馴れ馴れしい男は大嫌いなのだが、この男はそこまでは気がまわらなかったようだ。
貴弘が中学に上がった頃、春見中学の3年生にとにかくモテる男がいた。
悟の兄・斉(ひとし)だった。
テニス部のプリンスなどと呼ばれ、なかなかのルックスと全国大会までいったテニスの腕を武器にしていたというわけだ。
しかし、貴弘が中学に上がってしばらくした頃ある事件がおきた。
貴弘は今でこそキツイ性格で女生徒に敬遠されていたが、一年の時は先輩の女生徒たちにかなり華やかにモテていた。
何しろ桐山や晃司たちが転校してくる前は、間違いなく学校一のハンサムボーイだったのだから。
しかも僅か1年で空手の県大会で優勝(しかも決勝戦の相手は去年の全国チャンピオン)した事が、人気に拍車をかけていた。
面白くないのは悟の兄・斉だ。
つい、この前まで自分が1番モテたのに、一年なんかに、その栄光の座から引きづり下ろされようとしている。
悟同様に気位の高かった斉は我慢ならずに大人気ないことをした。
ある日、貴弘が運動場を歩いていると、すごいスピードでボールが飛んできた。
貴弘が、その脅威の身体能力と動体視力でボールをキャッチしなければ、間違いなくその綺麗な顔に傷がついただろう。
「いやぁ、悪い危なかったな。でも、君は格闘家だから、そのくらいの怪我あってもいいだろ?」
まるで悪びれずに斉は嫌味たっぷりな言葉を吐いた。
そこで貴弘が適当にあしらえばよかったのだが、この無礼な男を許せるほど貴弘は寛大な人間ではなかった。
「どう打てばテニスコートとは正反対の場所にボールが打ち込めるんだ?全国大会も父親のコネでいったのか?」
「……な!」
「たかが二回戦にいっただけでそこまで思い上がれるなんて幸せな人間だな。
オレはトップでないと満足できない。羨ましいくらいだ」
「なんだと生意気なガキめ!そこまで言うなら勝負しろ!!」
こうして何と斉はテニス未経験者の貴弘に、テニスの試合を申し込んだのだ。
「……クソガキめ。テニスの厳しさをたっぷりと味合わせてやる」
斉は思いっきりサーブを打ってきた。貴弘は微動だにしない。
いくら優れた身体能力の持ち主とはいえ、初めてテニスラケットを持った人間が全国大会までいった相手と戦うこと自体無謀なのだ。
次に打ったサーブにも、まるで反応がなかった。
「……やれやれ、さっきの大口はどうしたんだい?そうだ、ハンデやるよ。サーブはおまえに打たせてやる」
斉は嫌味タラタラに貴弘にサーブ権を与えてしまった。
が、それが悲劇の始まりだった。
貴弘は、ラケットで軽くボールを打ち、そのボールがコートに反発して跳ね返っている。
(……フフ、どうしていいかわからないんだな。クソガキめ)
そして貴弘が構えた。サーブだ。
その時、見据えるような鋭い目で貴弘が斉を睨んだ。
「……え?」
斉は一瞬ヘビに睨まれたカエルのようの動けなくなった。そしてボールが高く上げられた。
「……え?」
そしてラケットがすごい勢いでボール目掛けて振り下ろされた。
「え?」
「ギャァァァァー!!」
結論から言おう。試合の結果は……貴弘の1セットKO勝ちだった。
はぁ?テニスの試合でKO勝ち?
だが、他に形容の言葉がない。
つまり、貴弘が渾身の力を込めて放ったボールが斉の顔面に激突。
斉は気絶して完全にノックアウト(もちろん流血もしていた)
そのショックで斉は飛んでくるボールに恐怖を感じるようになってしまい、テニスが出来なくなった。
つまり再起不能になったのだ。
そういう経緯から悟が貴弘を兄の仇と嫌うのも、貴弘が悟を最低一家の一員と蔑むのは当然といえば当然だった。
そして、何より悟自身、貴弘に半殺しにされたことがある。
思い出すだけで忌々しい。 反面、思い出すだけで身震いもする。
悟は貴弘に対し、嫌悪感以上に恐怖感を抱いていた。
とにかく今はこの島を脱出しよう。そして、疲れ果ててた貴弘を想像して楽しんでやろう。
それが今の悟にとって最大のエイターティメントだった。
本当につまらない男だ。
だが、悟はそのつまらない考えのせいで人生最大の恐怖を味わうことになるのだ……。
美恵は岩場から森の中に入ると、少し遠回りして背後から例の奴を捕まえることにした。
「……こんな物使いたくなかったけど」
スカートの裾をつまんでスッと上げた、隠し持っていた小型のナイフだ。
とにかく、捕まえて最低限の情報は聞き出したい。
そうすれば晃司たちが危険な目に合うのを回避できるかもしれない。
もちろんクラスメイトたちもだ。
あの程度なら、晃司たちの手を煩わせることは無い。
だが、もしかしたらスター級のとんでもない奴がいて、そいつが夜になって襲ってきたら?
少なくても戦闘経験などまるでないクラスメイトたちはひとたまりもないだろう。
美恵は例の奴の背後20メートル程の位置に来ると気配を消した。
「……遅いな」
桐山はチラッと視線を岩場に向け、そう言った。
あの岩場は少し離れた位置にあるので、美恵の気配も今一つわからないが、どうも気になる。
「様子を見てくる」
すると慌てて海斗が桐山の前に飛び出してきた。
「おいストップ、それはやばいんだよ」
「なぜだ?」
「なぜって……」
「少し遅すぎる。だから、オレは天瀬の様子を確認したい。そう思った。それがいけないことなのかな?」
「だーかーらー、男はダメなんだよ。な?」
「なぜだ?」
海斗は仕方ないと観念して理由を話した。
「……多分、今頃上半身下着姿だからだよ」
「オレが見てこよう」
「いや僕が。こういうことは慣れているからね」
「……ふざけるな。行くのはオレだ」
海斗は『しまった』と引き攣った表情で、徹、薫、雅信の3人を見詰めた。
茂みの向こうに『奴』はいた。
(……どういうこと?)
奴等の情報は何もない。どんな奴なのか全くわからなかった。
しかし晃司たちが派兵されるくらいなのだから、それなりの奴等だろう、そう思っていた。
だが、今目前にいる奴は、顔こそわからないが、とてもじゃないが脅威の対象とは思えないほど隙だらけだ。
気配を殺すどころか、ただジッと海岸にいる桐山たちを見詰めているだけで、自分の周囲に注意をはらう事すら出来ない。
姿はというと薄汚れたブラウスに、やはり泥まみれのズボン。
見た感じは自分達と同世代の男のようだ。
そして髪はボサボサで汚れている、まるでホームレスだ。
美恵は、すぐ背後まで近づくと小声で言った。
「手を上げて、ゆっくり振り向くのよ」
「……!!」
一瞬、奴はビクッと電気ショックを受けたような反応をしたかと思いきや走り出そうとした。
が、その前に美恵は奴の後ろ襟を掴むと前に押し出すように突き倒した。
バランスを崩したせいで呆気なく前のめりに地面に倒れ込む。
すかさず美恵は、そいつの背中に片膝をつくように押さえ込むと今度は声の調子を強調して言った。
「大人しくするのよ!抵抗しなければ殺さないわ」
そして「でも」と付け加えると、さらに言った。
「……あなたやあなたの仲間が私の大切な人間に危害を加えるつもりなら容赦しないわ。
さあ、言うのよ。あなたは何なの?仲間は何人いるの?すぐに答えるのよ」
「おい止めろよ。美恵は見世物じゃないんだぞ」
「何勘違いしてるんだい?オレは彼女が心配だから様子を見に行くといってるんだ」
「だからそれがダメなんだよ。佐伯、おまえ絶対に下心あるだろ?」
「失敬な奴だな」
「寺沢の言うとおりだ。天瀬がかわいそうだろ?」
「……三村の言うとおりだ。母さんが言ってたぜ、馴れ馴れしい男は幼稚だってな。
オレもそう思うぜ」
「何だって?三村くん、杉村くん、君たち、もしかしてオレにケンカ売ってるのかい?」
「静かにしてくれないか」
桐山の本当に静かな声が響き渡った。
「静かしてくれ。……様子が変だ」
「……本当だ。今までこっちを見ていた奴の視線が消えている」
だが気配はある。何をしてるんだ?
そう思ったのは秀明だけではない。
晶も、そして今しがたバカな戯言をほざいていたはずの徹も薫も雅信も同じように感じていた。
それだけではない。 奴とは違う、もう一つの気配を感じる。
「早く答えるのよ!」
「……う…うう……」
「……もう一度言うわ。私は手荒なことはしたくないのよ。あなたが私の質問に答えてくれればそれでいい……」
そこまで言って、美恵はハッとした。自分の背後に気配を感じる。
そいつは物音を立てないように忍び足で近づいて来ていた。
そして、そいつは持っていた石を美恵の頭部目掛けて振り下ろした。
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