「なんだよ、『だけ』って。どうせ、オレは千秋と違ってテストの点悪いよ」
幸雄は綺麗なファームで受け取った球を投げた。
「ハハ、そう怒るなよ。オレも子供の時はそうだった」
球をキャッチして投げ返しながら、そう答える父。
「父さんも?」
「ああ、はっきり言って体育だけだったなぁ、自慢できる成績は。他は人並みか、それ以下。
千秋は母さんに似たんだよ。何しろ、優等生だったからな」
「チェッ、オレも母さんに似ればよかった」
「お父さーん、ゆっくん、ご飯よー!!」
千秋の声だ。ああ、そう言えば、すっかり暗くなってる。
キャッチボールに夢中で気付かなかった。
いつも日が落ちるまで、よくキャッチボールしてた。
こんな毎日がずっと続くと思っていた。
終わりなんて来ないと思っていた。
――でも今は全てがセピア色の思い出に過ぎない
Solitary Island―17―
……父…さん……
ふと、視界に見慣れない景色が映った。
あれ?ここはどこだ?
オレは確か修学旅行にきてたはずだ。
船にのって……
その瞬間、幸雄の全神経が一気に目覚めた!
(……そうだ、オレは!!)
思い出した。嵐の海、謎の島、そして……
「く、楠田!!」
幸雄は身体を起した。 どうやら自分は枝に掴まっている体勢となっている。
所々擦り傷はあるが大丈夫だ。
だが、隆文は?
辺りを見渡し、一瞬ギョッとした。
10メートル先に、学生服の男が仰向けに倒れているのだ。
もちろん隆文だ。 幸雄は枝から飛び降りると一目散に駆け寄った。
「楠田!!おい、大丈夫か楠田!?」
「……う」
意識はあるようだ。幸雄は隆文を揺さ振った。
「楠田。おい、楠田!しっかりしろ!!」
ゆっくりと瞼を上げる隆文。その視界一杯に幸雄の顔がボヤーっとではあるが大きくうつった。
その瞬間、隆文は一気に目覚めた。
「ひ、ひぃぃぃー!! お、オレなんか人体実験にしても結果はでないぞ!!
な、な、何しろ普通の人間だからなぁぁー!!
う、うちのクラスには他に優秀な奴が、いいい…一杯…いるんだぁぁー!!
た、例えばぁぁー!!ききき…桐山さんとか、高尾さんとか…ひ、氷室さんとかぁぁー!!
ほ、ほ、ほ…堀川さんや周藤さんも紹介してやるぞぉぉー!!
す、杉村さんは怖いから……ああああ、あれはだめだけどぉー!!
オ、オレは、オレは…ッ!!友好的地球人なんだぁぁー!!だ、だから人体実験だけは……」
「しっかりしろ楠田!!」
「……え?」
「オレだ。内海だよ」
そこで隆文は冷静になって幸雄の顔を見つめた。
「……人間タイプの宇宙人かと思った。まったく、驚かせないでくれよ」
「おい、しっかりしてくれよ」
どうやら隆文も無事のようだ。
隆文が落ちた場所は柔らかい土で、しかもその上には落葉が何重にも積もっている。
それがクッションとなったのだろう。
とにかく、ここはどこだろう?
どうやら、随分と森の奥まで来たようだ。 どっちが南か北か……そんな方角すらわからない。
「まいったな……せめて方角がわかれば」
「フフフフフ」
「何だよ楠田」
「オレは宇宙の神秘には多大なる敬意をはらっている。
だから天体なんかにも詳しいんだ。 星の位置から方角を見極めるなんて朝飯前なのさ」
少々、鼻高々になっている隆文に幸雄は言った。
「……おい、夜になるまでここにいるつもりか?」
「……あ」
二人は黙ったまま、お互いの顔を見詰め合った。
「どうするの?」
それはもちろん例の尾行している奴だ。秀明たちは、まるで興味がなかったが美恵は違った。
奴を捕まえれば、きっと情報がはいる。そう思ったのだ。
「私が囮になってもいいわ。女相手なら油断するだろうし」
「そんなの絶対にダメだ!!」
海斗が美恵の両肩を掴みながら言った。
「カイ、私なら大丈夫よ」
「何言ってるんだ、さっきのこと忘れたのか?
おまえを囮にするくらいなら、オレがなってやるよ。
言っただろ?おまえと一緒なら、どんな目にあってもかまわないって」
「……カイ」
心配そうに頬に手を添えながら、顔を覗き込んでくる親友に美恵
は嬉しい反面困ったように微笑んだ。
「……そこまでだ」
次の瞬間、いきなり海斗の顔面が鷲掴みにされたかと思うと、二人は強引に引き離されていた。
しかも引き離されたと思いきや、海斗は突き飛ばされていた。
「……カイ!鳴海くん、カイに何するのよ!!」
「……殺されないだけ感謝しろ。……今度やったら……痛い目に合わせてやる」
その口調には冗談とは思えないくらいの凄みがあった。
(……オレが掴まえてもいい。そうすれば天瀬も危険な目にあわせずにすむ)
桐山はチラッと目線だけ森の方に向けた。
(……だが)
桐山は今度は振り向かずに背後に神経を集中させた。
(なぜだ?)
桐山は、この島に来てたらずっと不思議に思っていた。
(どういうつもりなんだ?)
いや、実はその前からずっと感じていた。
(なぜ奴は……)
桐山の背後、少し離れた位置。そこに晶がいた。
(なぜ奴はオレを見張っているんだ?)
「チクショー!どうするんだよ、船が爆発しちまうなんて!!オレたちどうすればいいんだよ!!!」
人一倍神経質な阿部健二郎が騒ぎ出していた。
もちろん、あの船は運行不能だったし無線機なんかも壊れていた。
それでも、なんとかなるかも知れない。
そう、例えば無線機は偶々調子が悪かっただけで、使用できたかもしれない。
そんな甘い考えでも持っていたのだろう。
「どうするんだよ、こんな無人島でどうしろっていうんだよ!誰か答えろよ!!」
「……木でも集めてキャンプファイヤーでもやれよ」
「吉田ぁぁ!!おまえ、オレをなめてるのか!!?」
「何だよ。オレの安眠邪魔したのはおまえじゃんか。……オレねるからさぁ、誰か名案浮んだら起してくれよ」
そう言うと拓海は再び眠りについた。寝る子は育つなんていう年齢でもないのに。
いや、それ以前に、この状況でよく眠れるものだ。
「阿部くん、おちついて」
委員長の邦夫がなだめようと、健二郎の肩に手を置いた。
「オレにさわるな、この野郎!」
「……ごめん、悪かったよ」
健二郎は(失礼にも)邦夫が触れた部分を、まるで埃をはらうかのようにパッパと叩いた。
そう、健二郎は神経質なくらいの潔癖症なのだ。 普段から握手なんてものもしない。
ドラマなんかで、主人公とヒロインが激しいディープキスなんてしようものなら「よく、あんな汚いことできるよなぁ」と言うくらいなのだ。
もちろん身だしなみなんかにも女子以上に気を使っている。
そのため、クラスの女子の間では、洗顔料の代わりに消毒液でも使ってんじゃない?などと変な陰口たたかれるくらいだ。
そんな健二郎にとって、こんな島で時間を潰すのは拷問に等しいことだった。
「安田、ほっときなよ、そんな奴」
「蘭子さん、でも……」
「どうせ、騒ぐだけで何も出来やしないさ。そんな小心者」
それは事実だった。蘭子の予想通り健二郎は騒ぐだけで害がない。
しかし、健二郎の切れっぷりは、ある男の神経に触った。
「……もう、我慢できない」
「……に、仁科くん」
そう忍耐や我慢なんていう言葉とは無縁の男・仁科悟だ。
「この島が無人島だって証拠はまだないんだ。きっと向こう側には町がある。オレはそこにいくからな!!」
「に、仁科くん、単独行動は控えてください」
「うるさい!オレは誰かに命令されるのは大嫌いなんだ。 貧乏人は黙ってろ!!」
「で、でも……せめて他の方が帰ってくるまで」
「フンッ!あいつらが言ってから何時間たってると思ってるんだ?
あんな役に立たない奴等にオレの運命を委ねてたまるか。
オレは行くからな。おい、おまえたちはどうするんだよ?あいつらに任せてここで野垂れ死にするのか?」
悟はクラスメイト達に叫ぶように言った。
「…あ、あたしも行くよ。もう限界だよ、正直言ってむかついてたんだ」
五十嵐由香里だった。コギャルで美人でもない。
正直いうと悟にとってはウザイ女でしかなかった。
「……オレも行く。こんな所で苛々してるのはウンザリだね」
都築茂男だ。この男が立候補することは、クラスメイトたちは予想していた。
なぜなら茂男は陰険な男ではあったが、悟に対しては低姿勢で、まるで奴隷のようにいつもご機嫌を伺っていたからだ。
それは茂男の父が、悟の父が経営する会社の営業部長だからだろう。
将来、仁科家が経営する会社に入社したいと思っている茂男は常日頃から悟にペコペコしていたと言う訳だ。
他には立候補する者はいなかった。
「……フン、臆病者め。いくぞ」
邦夫が止めるのも聞かずに3人は森のなかに入って言った。
単純な考えだ。森を真直ぐに突き進めば最短距離で向こう側にでると考えたんだろう。
そんな3人を勇二は冷たい視線で見送った。
「……フン。バカな奴等だ」
「……あ、私ちょっと」
「美恵、どこに行くんだ?」
「あの岩場まで」
「だったらオレも行くよ。1人は危険だ」
「……あのねカイ」
美恵
は海斗の耳にそっと囁いた。
「……ああ、それならしょうがないな。気をつけろよ」
気のせいか、海斗が少々赤くなっている。
「天瀬、オレが一緒にいこう」
「桐山、それはやめろよ」
「なぜだ?」
「なぜって……オレもおまえも男だから」
美恵
は海斗にこう言ったのだ。
『あのね。ブラジャーのホックがはずれたの。だから、直してくる』……と。
美恵
は岩陰に入ると、チラッとみんなの方を見た。
少々、心が痛んだが、どうしても『奴』から情報を掴みたかったのだ。
さっきの洞窟の中では暗闇ということもあって背後を取られたが、今度は大丈夫だ。
それに、あの程度の奴なら、自分でもなんとかなる。美恵
はそう思ったのだ。
「……桐山くん、秀明、カイ……みんなごめんね」
美恵
は、気付かれないように岩場から森の中に入って行った。
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