桐山は表情にこそ出さないが、本当に心配していた。
「ええ大丈夫よ。それにしても本当に何もないみたいね。 もう五キロも歩いているのに……」
その時、はるか遠くから爆発音が聞こえてきた。
「え?」
そしてバサァァァッという羽ばたきと共に一斉に鳥の群れが大空に散っていった。
Solitary Island―16―
――10分ほど前――
「……え…と。救急箱に毛布……それから…」
とにかく早く戻ってやらなければ。
千秋は必要なものをそろえると先ほど入ってきた船尾の非常口に向かおうとした。
が、何を思ったのか、反対方向に歩き出していた。そこは千秋が泊まっていた船室だ。
船がぶつかった時、千秋は幸雄と食堂にいた。
そして幸雄に手を引かれて早々と船から脱出したために、大切なものを持ち出すことが出来なかったのだ。
それは千秋が財布の中にしまっている家族の写真だった。
家族四人で旅行に行った時の幸せそうな写真。
母、弟の幸雄、自分、そして……。
「……お父さん」
幸雄は父を憎んでいたが、千秋は違った。
どうしても、あの優しい父が自分達を捨てたとは思えず、いつか帰ってきてくれる、そう信じていたのだ。
いや、信じていたい。
しかし、こんな写真を大切に持っているなんて、幸雄に知られたら、きっと激怒するだろう。
そう思って幸雄には内緒にしていたのだ。
その時だ。バタバタと足音が近づいてきたのは。
「ち、千秋ちゃん!!」
「根岸くん、どうしたの?」
「よ、よかった。医務室にいないから探したよ。早く出よう、この船爆発するかもしれないんだ!」
「爆発?!」
「そうだよ!処女のまま死にたくないだろ!?」
「……あたし根岸くんっていい人だと思う。そういうことさえ言わなければ……」
「とにかく早く出よう」
純平は千秋の手を取ると走り出した。
非常口付近まで来た時だ。
(……待てよ。まずオレが外に出て千秋ちゃんを抱きかかえて出してやるって言うのはどうだ?
そうすればあわよくば密着できる。オレって賢いよな)
純平は非常口から外に飛び降りると(非常口と地面は1M程高低差があった)両手を差し出し「オレが支えるから」と紳士的行動に出た。
「いいわよ」
ところが千秋は、そんな純平を無視してぴょんと飛び降りた。
純平は心の中で舌打ちした。
その時だった――耳をつんざく爆音が轟いたのは。
「!」
晃司たちは船から最も離れた場所にいた。
だが、それでも(美恵よりも小さく聞こえたが)その爆音はしっかり聞こえた。
「晃司、船が爆発したみたいだな」
「ああ」
「あの中には、まだ役に立つものもあったのにな」
晃司は淡々と答えた。クラスメイトが怪我をしたかもしれない、いや運が悪ければ死人も。
だが、それはあまり重要な問題ではなかったらしい。少なくても晃司や秀明にとっては。
「どうする、戻るか?」
「……そうだな、奴等に居場所を知られたら厄介だ。今のうちに移動させた方がいい」
「美恵はどうする?」
「秀明、おまえは森をでて美恵と合流しろ。
志郎がついているから大丈夫だとは思うが念には念を入れたほうがいい。隼人とオレは来た道を引き返す」
「了解した」
「……何、あの音?」
「何って、あの方向で爆発するものなんて一つしかないだろ?」
「ああ、そうか。菊地って頭いいよね」
こいつに褒められてもいい気分はしないな。むしろ腹が立つ、直人はそう感じた。
「ねえ、それでこれからどうするの?一旦戻る?」
ふざけた口調ではあるが、それは正論には違いなかった。
「……だよなぁ、下手したら死人が出てるだろうし」
俊彦は頭かきかき、心底参った表情を見せた。
(勇二のことだ。どうせ、あいつらが死のうがどうなろうが、どうでもいいって態度見せてるだろうし……あいつには期待できないよな。
やっぱり、一旦戻ってなんとかしないと)
やはり戻るしかないな。俊彦はそう判断した。
「よし一度戻ろう」
「あー、それにしても爆発なんて巻き込まれなくて良かったァ。
日頃の行いがいいからだよね」
そんな洸の戯言には耳を貸さず、俊彦は今だに放心状態で座り込んでいる伊織と智也の腕を引っ張り立たせた。
「ほら、帰るぞ」
「うわぁぁぁー!!」
その爆音と共に爆風が一気に迫ってきた。
爆音で一瞬振り向いた生徒達は閃光で思わず目を瞑った。
そして次の瞬間にはきな臭い風、そして船の部品らしきものがバラバラを降り注いできたのだ。
生徒達は全員反射的に地面にへばりついていた。
ただ和田勇二だけは、姿勢を崩さず平然とその爆発ショーを眺めていたが。
そして彼の瞳に映った客船はメキメキッと音を立てると、次に船体の前部が海中に没していった。
しばらくして地面にふしていた生徒達はゆっくりと顔を上げた。
何て言うことだろうか?船が沈んでいく。
もちろん、船は運行不能な状態ではあったが、それでもかなりショックだった。
「根岸くん、しっかりして!」
そんな放心状態の彼等の耳に聞こえたのは千秋の叫び声だった。
そう純平と千秋は船に最も近い場所にいた。
あの爆発時、純平は咄嗟に千秋を庇いながら、地面に突っ伏した。
千秋は無事だったのだが……純平は倒れたまま動こうとはしなかった……。
「……船の方だわ。皆が…!」
美恵は思わず走り出していた。
「美恵!どこに行くんだよ?!」
「決ってるでしょう!船に戻るのよ!!」
その時、ザザァァ…と森の中から枝がこすれる音がした。
反射的に、志郎達は胸の内ポケットの銃に手を伸ばした。だが、それは必要なかった。
「……堀川くん」
「天瀬……無事だったようだな」
その言葉に志郎は少々後ろめたい表情で顔を背けていた。
美恵はキョロキョロと辺りを見渡した。
「……高尾くんと氷室くんは?」
「二人は森の中だ」
「……まだ森の中にいるの?この島は危険なのよ」
「ああ、わかっている。だからオレはこっちにきた」
それから志郎にこういった。
「ご苦労だったな。後はオレが守るから、おまえは安心しろ」
美恵の頭に手をおいて、そう言った。
「……堀川くん、高尾くんたちは……!」
何か言いかけようとした美恵は一瞬何かを感じ言葉を詰まらせた。
「……振り向くな。安心しろ、奴は見ているだけだ」
秀明が小声で囁いた。どうやら、とっくに気付いていたようだ。
美恵は視線だけを動かし他の連中を見た。
なぜ気付かなかったのだろう?
志郎も、晶も、徹も、雅信も、薫も、それに気付いていた。
行動には移さずに、森の方を見ている。 いや、もう一人気付いている者がいた。
「……どういうことだ?」
『奴』に気付かれることを懸念したのか、小声で囁いてきた。
その相手に秀明は少々驚いたようだ。 まさか、自分達以外にも、あんな遠くの気配に気付く奴がいたなんて。
「いつからつけられていた?」
「森を出る直前だ。奴はオレが気付いてないと思って距離をとって尾行している」
美恵にとっても驚きだった。 軍で戦闘訓練を受けたわけでもないのにわかるなんて。
「桐山くん、わかるの?」
「ああ、奴は気配を殺すこともできないようだな。天瀬、おまえを襲った奴か?」
「わからないわ」
「そうか」
(……大したものだ。やはり只者じゃない)
晶はずっと桐山を観察していた。
そして桐山は自分達と寸分たがわぬ正確さで気配を読み取った。
(……だが、どういうことだ?あの気配……あれは…)
晶は疑問を感じた。情報と違うじゃないか、と。
それは他の連中も同じだった。
(あれが例の奴なのか?あんなお粗末な奴が?)
あれなら赤子の手を捻るより簡単だ。
さっさと片付けて後は邪魔な桐山と雅信、それに薫や海斗を片付けるだけだな。
徹は単純にそう思った。
(……あれでは準備運動にもならない。殺しがいがない)
元々、快楽殺人者の気がある雅信は非常に残念がっていた。
(ふーん、なんだあれならサンプルの細胞とるまでもない。
捕獲するだけで終わりだね。
どうせなら、晶や徹を殺してほしかったけど、あれにそれを期待するのは酷だな)
薫はフゥと溜息をついた。
(……おかしい。それとも退屈な学校生活でオレの感覚が鈍ったのか?)
晶はまだ疑問を捨て切れなかった。
(……あの気配……ただの人間のものじゃないか)
「根岸くん、しっかりして!!」
純平を抱えながら半ば泣きそうな目で千秋は必死に叫んでいた。
自分のせいだ。自分が船に戻ったりしたから。
「……ごめんね根岸くん」
「……泣くなよ千秋ちゃん、これも運命だったんだ。ほら、オレって運悪いだろ?
女子更衣室覗いた時も……すぐに見つかって謹慎くらったし……」
弱々しくなっていく純平の声に千秋はどうしたらいいかわからなく頭はパニック状態になった。
「根岸くん、死なないで!」
「根岸くん、目を開けて!!」
いつの間にか他の女生徒も駆け寄り、純平の手を握って必死に呼びかけていた。
「……生まれて初めて…だなぁ…。こんなに美人に囲まれて死んでいくのも悪くないかも……」
「何言ってるのよ!!」
「……千秋ちゃん」
「…な、何?」
「…オレ、千秋ちゃんのこと好きだったんだ……せめて……最後にキス…してくれないかなぁ…」
「……え?」
「……オレの最後のお願いだよ」
「……根岸くん」
「グエッ!!」
「ね、根岸くん!吉田くん、何するのよ!?」
説明しよう。今のひき蛙が潰されたような声は、吉田拓海が純平の腹を思いっきり踏んづけたが為に出た悲鳴である。
「……あんまりバカバカしいから」
「バカバカしい?!!あ、あなた何言って……!」
「だって、その健康そうな顔色で死ぬと思う?人間って死ぬときは顔色悪くなるって言うじゃん。
……なぁ根岸ぃ、いい加減下手な芝居やめろよ。もうバカバカしくてあくびでるよ……あー、やだやだ」
「え?」
そこで千秋は今一度冷静に純平をみた。他の女生徒たちも同様に見詰めた。
確かに……冷静になってみると、とても死ぬ寸前の人間とは思えないほど血色がいい。
「……根岸くん」
「……えーと、その……これは……」
「最低!」
千秋は純平を抱きかかえていた腕を離すと立ち上がった。
その勢いで純平は地面に後頭部から激突した。
「……ち、千秋ちゃん!!」
「もう二度と騙されないわ。あなたなんて大嫌いよ」
「本当、こんな時に悪ふざけにも程があるわ」
「何よ本当に心配したのに、もう知らない!!」
「最低よ、あたしのクラマに比べたら下の下だわ!!」
「……さ、小夜子ちゃん、美咲ちゃん……瞳ちゃんまで……」
去りゆく恋人たちを呆然と見詰める純平に拓海はさらにいった。
「……おまえってさぁ…バカ?」
「うるさい、あと少しで千秋ちゃんとキスできたのにィィ!全部おまえのせいだからな!!」
「何だよ。自業自得じゃん。じゃあ、オレ寝るから」
そう言うとゴロッと砂浜に転がるとスヤスヤと眠りについた。
とにかく船は沈んだが、幸いにも怪我人も死人も出なかったのだ。
その頃――森の中、某崖下ではやはり不幸中の幸いか、枝に引っ掛かりかすり傷で済んだ幸雄が目を覚ましていた。
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