「クソッ!どうすればいいんだ?」

幸雄は悩んだ。杉村貴弘や三村真一のように頭がよければ目印なんかに頼らなかったかもしれない。
だが、自分ははっきり言って頭脳向きの人間じゃない。
ただ、自分の出来る範囲で精一杯のことをする。それだけの人間だ。
自分達の身の上もだが、幸雄は千秋の事を考えた。
この島には何かいる。得体の知れない何かが。
もしも、そいつが千秋に危害を加えたらどうなる?千秋だけじゃない、美恵 もだ。
「……お、おい内海」
震える声で隆文が声をかけた、その時!!

ガサッ……


「うわぁぁぁぁーっ!プレデターだぁぁぁーッ!!」


隆文はその音が何なのか確認もせずに、反射的にスタートダッシュを切っていた。
ちなみにプレデターとは肉食エイリアンのことである。
どうでもいいことだが、隆文を追い詰めたのは愛らしいリスだった。




Solitary Island―15―




「まだ見えないのか。思ったより広い島だな」
氷室隼人はペットボトルを取り出しながら呟いた。
「ああ半端じゃない。何しろ科学省が何十年も秘密裏に管理してきた島だからな」
高尾晃司は淡々と答えた。

「晃司、一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
美恵、心配してたぞ」
「……………」
「なぜ言わなかった。美恵を巻き込むのは、おまえたちにとっても不本意だったはずだ」
「単純なミスだ。本当なら志郎と逃げる手はずだった」
「あいつがおまえと秀明を見捨てて逃げるような女だと思っているのなら救いようの無いバカだな。
おまえは戦闘の天才かもしれないが、美恵の事だけは何もわかってない」


それから隼人は幾分躊躇って、そして言った。
「……奴等のレベルはどのくらいだ? オレが知ってる限りではF4まで成功したと聞いたが」
「ああ、間違いない。もっとも最後に島にいた科学者は全員生還しなかった。
だから、どの程度研究が進んでいたのかは上の連中も把握してない。
科学省本部とこの島のメインコンピュータがつながってるから、データだけは入っていたらしいが」
ガサッと音がした。晃司と隼人はゆっくりと振り向く。
二人が休憩している間に、偵察に行っていた堀川秀明が帰ってきたのだ。


「どうだった?」
「何も無い、このまま歩けば海にでる。どうやら、この方角じゃなかったようだな」
それから、腕時計の秒針と太陽を交互に見ていった。
方角を見極めているのだろう。
「この位置だと、左周りに海岸を歩いている美恵たちと合流できるかもしれない。どうする?」














「うわぁぁぁぁーっ!プレデターだぁぁぁーッ!!」
「お、おい待てよ楠田!!」

幸雄は慌てて追いかけた。
幸雄は11秒前半で走れるほど脚には自信があったが、なかなか追いつけない。
普段は机にへばりついて怪しい本を読みふけっているUFOオタクとは思えないほどのスピードだ。
恐怖は時として実力以上のパワーを生み出す。
そんな言葉が幸雄の脳裏をよぎったが、とにかく今は隆文を捕まえなければ。
あのままだと壁にぶつかりでもしない限り地の果てまで走っていきそうだ。
幸雄は隆文の後ろ襟首を掴みグイッと引き寄せた。


「うわぁぁー!!」
その勢いで隆文は背後、つまり幸雄に倒れるようにぶつかってきた。
「……!」
幸雄にぶつかっても尚勢いは止まらない。
二人は、ゴロゴロ傾斜を転がったと思うと、フッと宙に浮くような感触を味わった。
そう……実際浮いていたのだ。 が、もちろん人間が引力に逆らえるわけがない。
次の瞬間、二人の体は崖下に落ちていった。














「ねえオレの質問に答えてよ。それとも聞こえないの?」

3人は何か言いたげな表情で洸を見ていたが、ふいに俊彦は学ランを脱ぐとほかり投げた。
学ランは静かに死体の上におり、その悲惨な状態を覆い隠す。
そっけない態度ではあるが、この原形も止めてない誰かに俊彦は情けをかけたのだ。
いくら何でも、死後も醜態をさらすのは酷すぎる。
それから、面倒だと思いながらも口を開いた。とにかく相馬洸を何とか言いくるめなければ。
「相馬、あのな、一度しか言わないからよく聞いてくれよ。これは……」


「おまえの言うとおりだ」


何とかごまかそうと思っていた俊彦はギョッとして直人を見詰めた。
「わかってるだろうな?他の奴には言うな、パニックになる」
「了解」
俊彦は焦ったように直人の袖を引っ張った。

「おい、何で言っちまうんだよ?バカか、おまえは?」
「ここまで言われて今さら言い訳もクソもないだろう。それに奴は普通の神経の持ち主じゃないみたいだからな」


「……はぁ、まったく。おまえ、そんなんだから彼女出来ないんだぞ。顔はいいのになぁ……」
「盛大にフラれた上に、あっけなく諦めて今だに新しい恋もしてないおまえに言われる筋合いはない」

俊彦の口元が引き攣った。


「……それを言うなよ。そんな一年以上も前の話」
「だよなぁ……相変わらず無神経な奴だよ、おまえは」
「そう言えば攻介、おまえも同じ相手にフラれたんだったな」
俊彦同様に攻介もばつの悪そうな表情をした。正直言って触れられたくない話なのだ。
「……そんな大袈裟な。オレたちは親しくなりたいなぁ……と思っただけだ。
思春期にはよくあることだろ?命がけで惚れただの、死ぬほど愛してるだのなんて話じゃなかったんだ」
「……よく言うぜ。その女についてる男にびびって逃げだしたくせに」

「ねえねえ、何の話?」

愛想のいい表情で質問してくる洸。
クラスの女生徒には人気がある男だが、直人はこういう馴れ馴れしいタイプは嫌いだった。














天瀬」
桐山が手を差し出してきた。また足場の悪い場所に来たのだ。
余計な事は何も言わず、こうしてさりげなく助けてくれる。
多分、桐山は普通の人間のように特に気を使っているのではなく、本当にただそうしたいと思ってやってくれているのだろう。

(本当に彼によく似てる……あんな人間二人もいないと思ったけど)

「掴まれ、そこはよく滑る」
「ありがとう」

ところが、横から徹が手を出して、桐山が差し出した手を叩いた。


「……何をするんだ」
「みえみえなんだよ。そういう下心丸出しの行為はやめれくれないかな桐山くん。
はっきり言って迷惑だね」
それから頼んでもないに美恵 の手をとった。
「大丈夫かい?危ないから気をつけないと」
「不思議だな」
桐山は無表情ではあったが、その言葉は間違いなく本心だった。
そう、心底不思議に思っていたのだ。


「何がだ?」
「おまえはオレが下心で天瀬に手を差し出したといった。それを迷惑だとも言った。
だが、おまえは暇さえあれば、それ以上のことをしている。それは迷惑じゃないのかな?」
「……何だって?」
桐山は本当に心の底から疑問に思ったことを素直に口に出しただけだった。
だが、それは徹にとってはなはだ面白くないことに違いなかった。
なぜなら徹は初めて桐山に会ったときから桐山を嫌っていた。
その嫌悪感は一気に膨れ上がり、爆発寸前にまでなっていたのだ。
「佐伯くん、お願いだからケンカはしないで」
そこで徹はハッとして美恵の顔をみた。
ゆとりの無い表情。困惑しているとか、戸惑っているとか、そんな生易しいものではない。
本当に切羽詰った表情だ。


(……仕方ないな。これ以上美恵につらい思いをさせたくない。
大人しく引き下がろう。この能面男は美恵がいない時に片付ければ済むことだ)

他の者には容赦ない冷酷非情で我侭な男ではあるが、本気で惚れた女に対してだけは甘い面もあるのだ。
そんな徹の様子を少し離れた場所から意味ありげな表情で薫が見ていた。

(……フン、随分カワイイ態度をとるようになったじゃないか。
ひとのことを女ったらしだの、女癖が最悪だの、散々罵っておきながら、自も女がらみで醜態見せるとはね。
どんなに取り繕っても、所詮きみもただ男に過ぎなかったってことさ。
でも、そんなに愛した大事な彼女が僕のものになったら、どうなるのかな?
まったく、想像するだけで心の底から笑いが込み上げてきてたまらないよ。
……散々、僕にたてついたんだ。それなりの報いは味あわせてやる。せいぜい、今のうちに楽しんでおくんだな)














「腹が減ったな……」
それは仁科悟だけの意見ではない。はっきり言って、その場にいる全員の総意だった。
何しろ船にあった食料は昨日の夕方に尽きてしまった。
残ったのは僅かな飲料水だけ。半分は、探検に出た者たちが持っていってしまっている。

「……もう我慢できない!!どうして、オレがこんな島で、空腹に耐えかねなきゃいけないんだ!!
オレは、はっきり言って空腹はおろか、3万円以下の外食もした事ないんだぞ!!」

「仁科くん、落ち着いて」
委員長の安田邦夫が必死になだめに入った。
しかし、生来我侭な性格な上に、チヤホヤされて育った悟は、とっくに我慢の限界を超えていた。
まして悟が唯一恐れている杉村貴弘がいないこともあり、抑制が効かなくなっていたのだ。

「仁科くん、我慢しているのは君だけじゃないんだよ。お願いだから……」
「うるさい、貧乏人は黙ってろ!!」

次の瞬間、悟の腕が伸びたと思うと邦夫は後頭部から地面に激突していた。
もしも砂浜でなかったら、コブの一つくらいできていたかもしれない。
「委員長だからってデカイ顔しやがって、貧乏人なんかに指図されてたまるか!!」
ところが次の瞬間、今度は悟が顔面から砂浜に激突していた。


「弱い者イジメしてるんじゃないよ」
「……痛」
悟は憎々しげな形相でゆっくりと立ち上がり、今しがた自分の後頭部に蹴りを炸裂させた鬼頭蘭子を睨みつけた。
後頭部には今だに脳天に突き抜けるような痛みが走っている。
「……よくも…よくも、このオレに向かって……」

名門の家柄(実際には祖父が株で成功した成金)、上品で知的な容姿(本人はそう思っている)、
優秀な成績(家庭教師が二人もついていれば、それなりの成績もとるだろう)
自分は高貴な神に愛された選ばれし人間なのだ。
それなのに、それなのに……!!
なんで、こんな最悪な女が、オレの頭に蹴りいれてるんだ!!?
ヤクザなんていう、この世でもっとも醜悪で下劣な人種の娘ごときが、このオレに!!
そんなバカなことが許されていいのか?!いや、許されていいはずがない!!




「……この身の程知らずの売女がぁ!!」
悟は拳を握り締めると突撃してきた。
ボディガードに一通りの護身術を仕込まれていた悟はそれなりに腕力にも自信があった。
が、そんなことはどうでもいいだろう。
問題は、仮にも女相手に拳で殴りかかったという事実だ。
だが、悟の拳は蘭子には届かなかった。
その前に悟は再び地面に顔面からのめり込んでいたのだ。
なんと、つい今しがた殴り飛ばした邦夫がラグビーのタックルでもするかのように(もっとも、そんなカッコいいものではない。しがみついているようなものだ)腰の部分に飛びつき、そのせいでバランスを崩し転倒する羽目になったのだ。


「……安田ッ、何するんだ!?」
「き、君こそ蘭子さんに何て事を!謝れ!今すぐに蘭子さんに対する侮辱を謝罪しろ!!」
「……なんて野蛮で下劣な奴等なんだ。だから、貧乏人は嫌なんだよ!!
杉村といい、おまえたちといい……最悪だな!!」


悟は常日頃からクラスメイトに悪感情を持っていた。
なぜなら、大金持ちで地元では名士の息子である自分におべっかを使う連中が多い中、
なぜか、このB組の中には悟の父親の権力などまるで意に介さないという無礼な輩が多いからだ。
しかも、そいつらは揃いも揃って自分を見下したような目で見ている。
実際に彼等は悟を完全にバカにしていた。
菊地直人と周藤晶、そして悟曰く、忌々しい野蛮人・杉村貴弘がその筆頭だろう。


悟には納得できないだろうが、それも道理だ。
なぜなら直人も晶もタイプは違うが異常なほどプライドが高い自信家だ。
そんな彼等にとっては父親の権力を自分の力だと勘違いして威張り散らしている悟は、バカ騒ぎしているボンボンに過ぎない。
はっきり言って軽蔑にも値しないどうでもいい存在なのだ。
そして悟にとって杉村貴弘は、最も最悪な人間であり、恐怖の対象でもある。
だが、その杉村貴弘も悟を、いや仁科一族を侮蔑し毛嫌いしている。




もちろん悟が嫌っている人間は他にもいた。
直人、晶、貴弘以外でまず目に付く人間といえば、自分を差し置いて女にモテるという卑劣な手段で目立ちまくっている徹、薫、そして洸だろう。
そして何より桐山和雄だ。あの男が転校してきた時、父が言った一言。

『いいか悟。他の連中とどんな揉め事を起そうが私がもみ消してやる。
だが桐山和雄にだけは逆らうな。もしも敵にまわしたら潰されるのは仁科家の方だ。
……あのガキの後ろには桐山財閥がいる。いいか絶対に逆らうなよ』

父親の権力を散々振りかざしてきた悟にとって、それは衝撃的な出来事だった。
よりにもよって何も起ってない前から、その父により敗北宣言を押し付けられたのだ。
とにかく悟はクラスメイトが大嫌いだった。

「……クソぉ…面白くない、どいつも、こいつもオレをバカにしやがって」

悟はついにブチギレ秒読み五秒前に入った。

1、2、3、4……




だが爆発したのは悟ではない。実際に何かが大爆発したのだ。
「何!?」
悟は反射的に振り向いていた。
悟だけではない。その場にいたB組生徒全員だ。
いや全員というのは正しくないだろう、和田勇二だけは特に驚きもせずにチラッと振り向いただけだった。
船が……数時間前まで自分達を乗せていた豪華客船が真っ二つに裂けていた。




【残り42人】




BACK   TOP   NEXT