美恵!俺の美恵はどこだ!!」

ようやくF4の死体を動かし、隙間から姿を現した徹と俊彦。
あまりにも規格外なF4の群れに一瞬表情をひきつらせたが、それ以上に美恵の姿が見えないことに徹は感情的になった。


美恵、美恵!!晶、美恵 はどこだい。まさか、こいつらに……!」
「話は後だ。こいつらを纖滅するぞ」




Solitary Island―157―




「そこまでだ!」

鉄パイプを手にした七原が物陰から飛び出し紫緒に奇襲をしかけたのだ。
七原は素早い動きだった。だが紫緒は、その攻撃を全て紙一重で避けている。

「うるさい蠅だ!」

紫緒の平手が七原の頬に炸裂した。
七原は数メートル飛ばされベルトコンベアの真上に落下。
ベルトコンベアは七原をある機械に運んだ。杭がリズムカルに落下している。
あんなものの真下に入ったら一瞬で原型をとどめない死体と化すだろう。
七原は慌てて立ち上がろうとしたが、そこに紫緒が飛び乗ってきた。
七原の胸部を足で押さえつけると鉄パイプを大きく振りあげる。


「自分の武器でやられるなんて、これ以上の屈辱はないね!」

七原は腕を突きだし頭だけは守ろうとした。
紫緒は容赦なく鉄パイプを振りおろす。鈍い音が七原の腕から聞こえた。
それを強調するかのように七原の表情が苦痛でゆがんだ。
それでも紫緒は攻撃をやめない。再び鉄パイプを振りあげた。


「やめろぉ!!」
紫緒にタックルしたのは幸雄だった。
「父さん、早く逃げるんだ」
七原と共に幸雄はベルトコンベアから脱出。紫緒は杭の真下に放り出された。
直後、がんと大きな音がして杭が凄まじい勢いで下がってきた。
敵とはいえ人間を殺してしまった。その事実に、幸雄は、ぎゅっと瞼を瞑り俯いた。




「幸雄、これは正当防衛だ。事故なんだ」
「だ、だけど……」


「何、甘いこと言ってるんだい。ショック受けるなら死体確認してからにしろよ!」
洸が叫んでいた。
「そうよ、よく見なさいよ!」
光子も怒鳴っている。

七原と幸雄は視線を戻し、ぎょっとした。血がない、つまり死体がない。
それを裏付けるように杭があがった後には何もなかった。
紫緒は直前で逃げ出すことに成功していたのだ。


「洸、どうするの?」
「どうするって。一刻も早くここから逃げる事だね。さあママ――」


洸は刺すような殺気を感じた。
紫緒だ!紫緒がいつの間にか、こんなに接近していたとは。




「ママ、逃げるんだ!」
「そうはさせないよ!」


紫緒が鎖を投げてきた。
まるで投げ縄のように洸と光子をぐるぐる巻きにして動きを封じる。


「鬼ごっこは終わりだ……最初に、その綺麗な目を潰してあげようかな?」


紫緒はナイフを取り出すとぺろりと刃先を舐めた。
「やめろ!」
幸雄が鉄パイプを手に紫緒を襲撃。
しかし紫緒は幸雄が渾身の力を込めた攻撃を片手だけで受け止めてしまった。
「まだわかってないんだ。僕との差を」
「殺されてたまるか」
「ふん、これだから素人は嫌いなんだ」
紫緒は幸雄の首に腕をのばした。片手だけで幸雄は途端に呼吸困難に。
必死にあがき両手で紫緒の手をふりほどこうと試みるが全く歯が立たない。
その華奢な体には不釣り合いな腕力は、ぐいぐいと幸雄の首に容赦なくくい込んでゆく。


「息子をはなせ!」
七原は紫緒にタックルをかました。
だが紫緒は僅かに身じろぎしただけで、お返しとばかりに七原の頬に強烈なパンチをお見舞い。
七原は機械に叩きつけられた。
幸雄は瞬く間に顔色を失っていく。
抵抗すらできなくなり、その両手は力なくぶらんと垂れ下がった。

「や、やめろ!殺すなら俺を殺せ、息子にだけは手を出さないでくれ!!」

七原の悲痛な叫びも冷酷非情な紫緒の心には届かない。
もはや時間の問題と思われた、その時。機械の陰から人影が飛び出していた。














「晶、美恵はどうした!」

徹は襲いかかってくるF4達の魔の手をかいくぐりながら叫んだ。
美恵の姿がないことに明らかにいらだっている。

「安心しろ。美恵は餌にはされていない」

その返答に徹は僅かに、ほっとした。あくまで僅かだ。


「どこなんだ。安全な場所に逃がしたのか!?」
「F5に拉致された」
「何だって?」
徹は金縛りにあったように、ぴたっと動きを止めた。


「……今、何て言った?」

「真性サドの変態男がさらっていった。美恵に妙な邪心を抱いていたようだから、すぐには殺さないだろう」


徹は己の体内の血液が沸騰するような感覚におちいった。




「ふざけるな。おまえ達がついていながら何してたんだ!」
「耳に痛い言葉だな」

徹は梯子をかけあがった。だが、そこにF4の巨大な腕がのびてくる。
腰に強い圧迫感を感じ、徹はいとも簡単に梯子から引き離された。
その時、徹は視界の隅に、期待を込めた笑みを浮かべている薫を見た。
F4が、ゆっくりと口を開く。牙が徹に迫ってくる。


「誰が喰われてやるものか」
徹は、己の体にまとわりついているFの手を力づくで離しだした。
だが相手は自分の何倍もある巨大生物。
さすがに体格差からくる腕力の違いは埋められるものではない。
「おまえなんかに構っている暇なんかないんだ」
それでも徹は目の前の敵が見えていない。
脳裏に浮かぶのはF5に連れ去られ泣き叫ぶ美恵の姿だけだった。




「冷静になるんだな徹。そんな様では美恵を救出する前に肉塊になるぞ!」




その声は直人だった。
自らF4の巣に飛び降りながら、特殊仕様のピアノ線を素早くF4の首に巻き付ける。
直人はピアノ線をぐいっと引っ張った。
F4の首にぴぴっと一直線に傷がはいり、血が流れ出した。
F4が苦しがっている。その痛みに耐えかねたのか徹を離したのだ。


「国防省の特別製だ。どんなに固い皮膚でも切り裂くぞ」


直人は振り向かずに腕を背後にのばし発砲。F4の両手から指が何本か消えていた。
「直人!」
俊彦は直人に駆け寄った。
「俊彦、生きていたのか」
「簡単に死んでたまるかよ」
「それでいい。こいつらを止めていてくれ」
直人は俊彦に銃を渡した。


「止めるって?」
「俺は美恵の後を追う。あいつに借りがあるんだ」














「貴様!」

紫緒は完全に油断していた。とるに足らない連中だと侮り見くびっていた。
その心理をつくかのように飛び出した拓海の体当たりを許してしまったのだ。
自暴自棄な攻撃ではない。拓海の手には注射器が握られていた。
針が紫緒のボディを突き刺した瞬間、拓海は渾身の力を込めてピストンを押した。


「離れろ!」

紫緒が焦っていた。拓海の負傷した肩を感度も殴る。
それでも拓海は離れなかった。

「しつこい奴だ!」

紫緒は右足を急上昇させた。
まともに腹部に蹴りを入れられ拓海の抵抗はそこで終わった。
しかし拓海は、すでに目的を達成していた。紫緒がよろっと体を大きく傾けたのだ。




「……そりゃそうだよな……生身の人間には違いねえもん」

拓海はニヤっと笑みを浮かべた。
紫緒はさらに崩れ落ち、床に片膝をつく体勢になった。


「おまえ……僕に麻酔を」
「俺、麻酔投与の資格なんかないから、悪いけど、おまえの命は計算せずにやったよ」
「こ、殺してやる……!」

紫緒が立ち上がった。まだ動けるようだ。反して拓海は、もう一歩も動けない。
手足が振るえ、大きく肩を上下し呼吸をしているだけだ。


「……やべえ……もう限界も限界……腕、あがんないよ……」

拓海の意識は、はるか彼方へと飛ぼうとしている。
視界がぼやけて、よく見えない。


(……マジでやばいかな?……じいちゃん、親父、おふくろ……俺、ここで死ぬかも……)

軍人になりたかった。しかし、夢を見るだけで叶えることはできなかったようだ。
拓海は、ゆっくりと目を閉じた。


(……そういや、俺、何で軍人になりたかったんだっけ?……確か……そうだ、あの時だ……閣下……)














「軍人意識集会、何それ?」
当時まだ中学生になったばかりだった拓海はテレビを鑑賞しながら、興味なさげに言った。
「何じゃないだろう。そろそろ、おまえも吉田家の人間として自覚をもっていいころだ」
父が念を押すように言った。
代々、陸軍の軍人を輩出していた吉田家。当然のように父も祖父も拓海にそれを望んでいる。
しかし軍人が激務だと知っている拓海は内心辟易していた。
適当に遊んで適当に寝て生活に困らない程度の金を稼ぐために適当に仕事する。
そんな一生があってもいいんじゃないか、くらいに思っていたのだ。
「しっかり公聴してこい。拒否したら向こう一年お小遣いなしだ」
そんな拓海に祖父の命令はあまりにも非情だった。
(ま、いっか。二時間寝てれば済むもんな)
一週間後、拓海は軽い気持ちで集会の一般観覧席に着席していた。




「……あれ?」
妙な事に気づいたのは兵士が入場してきた時だった。
彼らの軍服が父や祖父のものとデザインが違う。
「おっかしいなあ。ま、いっか」
拓海は間違えて陸軍ではなく海軍の意識集会に来てしまっていたのだ。
退屈極まりないと思っていた集会は開始早々兵士達の大歓声に包まれた。
司会者がメインの提督の名前を挙げた途端に、まるでコンサート会場だ。
「閣下、閣下!」と叫ぶ兵士達に、拓海の睡眠計画は早くも座礁に乗り上げた。


壇上に姿を現した男は、拓海の目から見ても、実に身分のある軍人だとわかった。
身に纏っている軍服が明らかに他者とは違う。
その華麗で威厳ある軍服には輝かしい勲章が、これでもかという程つけられていた。
提督がすっと右腕を挙げると、それまで騒々しかった会場は、ぴたっと静寂に包まれた。
一連の出来事に、拓海は、その提督が名のある司令官だと理解できた。




「諸君」
貫禄のある声だった。兵士達は静かに司令官の言葉に耳を傾けている。
拓海は、ははーん、この人は海軍のカリスマってやつだなと思った。
実際に兵士達は高揚感で熱を帯びている。
なるほど、司令官閣下は、ご立派な態度で雄弁に語りだした。
その口調といい、手振りのタイミングや凛々しい表情といい、提督の演説の技術は超一流だった。
兵士達のみならず、一般席の観客も瞳を輝かせて閣下の言葉に耳を傾けている。
拓海も感心した。だが感心しただけで、その時は、それ以上の感情など湧かなかった。
ああいう人種は、絶対に人心をつかむために演技をしているだけだと思っていたのだ。
演技力は評価するが人間性は別問題。
拓海は中学生らしからぬクールな分析をしていた。
それが一変したのは司令官閣下の演説がいよいよ佳境にはいった頃だった。
拓海には、ちんぷんかんぷんだったのだが、彼は領土問題について熱く語っていた。
南方に小さな島があるらしいのだが、隣国が勝手に所有権を主張しだしたことに対する強い非難だった。


「我が海軍は自国の領土を守るため断固たる意思を示さねばならない。
諸島に海軍をおき、領海に進入した外国人は即――ー」

その時、嫌なざわめきが起きた。
拓海の目にも、前列に座っていた兵士が立ち上がり壇上に向かってゆくのが見えた。
その男が銃を握っていると認識した瞬間、会場に銃声がとどろいた。




「か、閣下が!!」
最前列から悲鳴にも似た声があがった。司令官が、がくっと倒れかけている。
その胸部には銃の痕があった。心臓を撃たれたのだ。
激高した兵士達は、いっせいに凶徒と化して男に襲いかかった。
それでも男は第二発目を撃とうと腕を伸ばしている。兵士達の怒りは頂点すら超えた。


(あいつ、リンチされるぞ)


怒り狂った兵士達は止まらない。
そのままいけば、男は八つ裂きにされ原型をとどめない死体と化していたことだろう。


「うろたえるな、私は無事だ!」


拓海は真っ直ぐ視線を壇上に向けた。おそらく会場にいた全員が同じ行動をとっていたことだろう。
司令官が立っていた。
確かに左胸に凶弾を受けたはずなのに、しっかりと二本の足で仁王立ちしている。
防弾チョッキを着用していたのだろう。
しかし、あの距離から心臓の位置に被弾して平気なのか?
何よりも殺されかけたショックは甚大ではないはずだ。
普通の人間であれば青ざめ動揺し言葉すら発せられなくなるだろう。
それなのに司令官は何事もなかったように雄々しく立っていた。
そして、ゆっくりと自分を殺そうとした男の元に歩み寄ってきたのだ。




「おまえは死に神だ!」
暗殺者は吐き捨てるように叫んだ。
「おまえのような戦争狂いのせいで、この国は危うくなっている。
世界平和のために、おまえは生きていてはいけない人間なんだ!」
「言いたいことはそれだけか」
感情的になっている暗殺者に比べ、司令官は冷静そのものだった。
拓海には難しいことはわからない。
政治とか軍事とか、まして国際情勢なんか見聞したことなど、まるでない。
しかし怒鳴り散らしている哀れな男より、威風堂々としている司令官の方が理があると感じた。
王者の風格とはこういう事をいうのだろうと思った。


「左翼のテロリストか。よく、この集会にもぐりこめたものだな」
「おまえの強硬なやり方のせいで隣国との領土問題は最悪だ。話し合いで解決すべきなんだ」
「話し合い?相手は最初から侵略を目的に領海を侵しているのだ。
そんな賊相手に会話など成立しない。
こちらが弱腰の態度をみせれば、奴らは調子にのってさらに責めてくる」
「おまえたち軍人はいつもそうだ。そうやって軍事力に物を言わせるようなやり方は――」




「貴様等左翼の理想とするつまらないやり方のせいで、どれだけ隣国に舐められ続けたことか!
挙げ句に侵略され他国に実効支配されていた領土を取り戻したのは誰だと思っている!」


司令官の一喝に男は「だ、だが」と言葉をつまらせている。

「貴様等が安穏と国家権力を批判している間に血を流し国を守ってきたのは私の艦隊だ!
私一人を殺せば貴様の思い通りになるとでも思っていたのか!
一滴も血を流したことのない人間が勘違いするな!!」

拓海は全身鳥肌がたつような感覚を味わった。
まるで風圧のようなものを、その司令官から感じたのだ。


「我が艦隊は末端の兵士にいたるまで私の意志を受け継ぐ。
我が命がつきようとも、私の意志は永遠に生き続けるのだ。
貴様ごとき蛆虫一匹ごときの凶弾などで私は止められない」


「私の息の根を完全に止めたければ、核弾頭でこの会場ごと我が海軍そのものを消すしかなかったな」


司令官の目には命を狙われた恐怖や怒りなどない。
あるのは己の信じた道に対する信念そのものだった。




「……かっこいい」

気がつけば、拓海は思わず呟いていた。


「戦場で命のやりとりをした人間を二度となめるな。と、言っても貴様には必要ない言葉だったな」


司令官は、そう言い残し、何事もなかったかのように兵士達に手を振り退場した。
拓海は慌てて人混みをすり抜けると会場の外に出た。
廊下を走り回り、大勢の護衛に囲まれ歩いている司令官を発見すると駆け寄った。
当然、SP達が行く手を阻んだが拓海は構わず大声で叫んだ。




「閣下、俺、将来海軍に入ります!」




司令官は視線を向けてくれた。それだけで拓海は血が沸き立つような思いがした。
会場の熱気の渦の正体が何なのか、はっきりと知った瞬間でもあった。


「俺、海軍に入ります。海軍にはいって……入って」

興奮しているのか言葉がうまくできない。それでも一番言いたい一言を拓海は言った。




「あなたのような軍人になりたいです!!」




拓海は、それ以上何も言えなかった。
SP達が「小僧、この方が誰なのかわかっているのか」と言っていたような気もする。
司令官は最初は少し驚いたようだったが、微笑して、こう言った。


「待っているぞ」


拓海の夢のような時間は最高の形で終わった。
司令官の後ろ姿を見つめながら、拓海は己の人生を決めたのだった――。




【残り22人】
【敵残り6人】




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