「幸雄、父さんは相馬達の後を追う。おまえは吉田君を守ってやるんだぞ」
「わかってるよ。父さんも気をつけろよ」
七原は昇降口に飛び込み相馬親子の後を追った。
「吉田、どこかに隠れよう。父さんが相馬達を助けて戻ってくるまで」
「……内海」
拓海は重い息の下から幸雄を呼んだ。
「どうした。苦しいのか?」
「……医務室に戻ろう」
「な、何言ってんだよ。あそこには化け物がいるじゃないか」
「もう、どこかに行ってるかもしれないだろ。
それに相馬と相馬のおふくろさんは、もっと厄介な化け物相手にしてるんだ。
あいつに比べたら凶暴なだけの化け物の方がずっとましだって」
拓海はよろよろと立ち上がった。
「嫌なら無理強いはしないから安心しろよ」
拓海はふらつきながらも歩きだした。決意は固いようだ。
幸雄は諦めたように溜息をつくと、すぐに拓海の腕をとり自分の肩にまわいした。
「わかったよ、付き合うよ!」
「サンキュー、やっぱ、おまえって、いいやつだな」
二人は慎重に様子を伺いながら歩いた。
そして幸いにもF4には遭遇することなく、医務室に戻ることができたのだ。
「それで医務室に何の用があるんだ?痛み止めでも欲しいのか?」
幸雄は心配そうに拓海の顔をのぞき込んだ。
「俺が用があるのは正確にはあっちの部屋だよ」
医務室の隣には倉庫に使用されている部屋があった。
「相馬は薬品棚にはないっていってたけど、こっちになら、アレがあるかもしれない」
Solitary Island―156―
床が開くと同時に奴らはあがってこようとした。勿論、それだけは阻止しなければならない。
晶は超特大F4の脳天だけに照準を合わせてトリガーを引いた。
人間ならば瞬時に死亡だが、あらゆる下等生物の血を引く怪物は流血しただけだ。
分厚い頭蓋骨が脳を守っている。
厄介だ。倒れる気配すらない。それどころか怒り狂って暴れだした。
その振動がダイレクトに伝わってくる。立っているのも容易ではない状態だ。
「アーハハハッ!どうだ科学省がつくりだした、おぞましき蒼琉のペットは。
こいつらに中途半端な攻撃は逆効果だぞ」
黒己は文字通り腹を抱えて大爆笑。
自分も同じ状況だというのに、危機に対する懸念など微塵もない。
己の立場がわかっていないのか。
それとも、生き残る手段というやつに自信をもっているということなのか?
「薫、連中の目を狙え」
一発でしとめる事ができないのなら、二発で確実にやればいい。
脳天にできた銃痕にホールインワンでもう一発銃弾をぶちこんでやれば、今度こそ頭蓋骨は破壊される。
驚異の生物といえど、確実に死ぬだろう。
しかし動かない的ならいざしらず、暴れまくっている怪物相手には難しい。
ならば視界を奪ってやる。
視覚を奪えば、容易に奴らの攻撃をかわせながら至近距離まで近づける
それが晶がとっさに考えた手段だった。
「無駄だ、こいつらは鼻がきく。臭いで敵の位置をかぎつけ突進してくるぞ」
晶をあざ笑うかのように黒己が言い放ち、そして、ついに一匹が床の上にあがった。
間近で見ると本当にでかい。今まで見てきたF4が小さく思えるほどだ。
「化け物め」
晶は突進してくる巨大F4の喉元にサバイバルナイフを投げた。
しかしナイフは表皮を傷つけたにすぎず、F4の勢いは止まらない。
「ちっ」
舌打ちすると晶はF4に向かって走った。そして激突寸前という位置で跳躍。
「この距離でまともにくらったら、化け物でもひとたまりもないだろう」
晶の銃口がF4の額に突きつけられた。同時に発砲。
晶はF4の肉体を強く蹴り、その反動で一気に距離をとり酸性の血液の噴水から逃れる。
初めてF4が、その動きを止めた。
晶の推測通り、さすがの巨大F4も、この距離からの被弾はひとたまりもなかったのだ。
「ふふふ、お見事」
黒己が拍手をしている。どこまでも、ムカつく奴だと晶は忌々しく感じた。
「正直言ってⅩシリーズ以外の特選兵士は眼中になかったが、なかなかどうして、やるじゃないか」
Ⅹシリーズ以外は敵ではないと言わんばかりの言葉。
平静を装っているが、内心晶は噴火寸前だった。
晃司や秀明と比較され低い扱いをされることは、晶にとって最大の屈辱なのだ。
「俺の目に狂いはなかった」
晶の隠した感情に気づいたのか、黒己は今度は褒め言葉を吐いた。
しかし、それが余計に晶の感情を刺激したのはいうまでもない。
黒己は「だが油断はしないほうがいい」と、ほくそ笑んだ。
「何?」
晶はハッとしてF4に視線を戻した。
死んだと思われたF4が晶に向かって再び突進してきたのだ。
「そいつの生命力を甘くみるな。蛇は頭と胴体を切断しても、しばらく体が動くだろう?」
恐るべき戦闘本能、いや生命力だ。
F4は脳を破壊されたというのに止まることを知らない。
(こいつは、もう死んだも同然だ。いずれ、動きを止める)
動く死体相手に銃弾を無駄遣いするわけにはいかない。
晶は無駄な戦闘を避け、攻撃を避けるだけにとどまった。
(化け物め、一体いつまで動くんだ?)
「晶!」
薫が非難がましい声をあげた。
「そいつだけが相手じゃないんだよ。見ろよ、またあがってくる!」
「ちっ、文句だけは人一倍多い奴だ」
晶は逃げるのを止めた。
(こいつにはもう思考能力は残ってない)
動く死体と化しているF4の足元に滑り込むと、そのすらっとした足首に強烈な蹴りをお見舞いした。
F4はバランスを崩した。
そしてF4の体が大きく傾くと、晶は跳躍して強烈な蹴りを炸裂させた。
F4が落ちてゆく。今まさにあがろうとしていたF4の真上にだ。
死体を利用してF4の追撃を阻止することに成功した。
しかし、これは時間稼ぎでしかない。奴らは、まだ何匹もいる。
「F5、こいつらの弱点を言え」
晶は銃口を黒己に向けた。しかし黒己はバカにしたように笑っている。
「俺は生き残る。だが貴様らは、こいつの餌だ」
黒己の視線が床下に向けられている。晶も、その方角に目を向けた。
F4たちの陰に隠れた扉を発見した。
そのサイズは人間専用、間違っても巨大F4達は通れない大きさだ。
(あの扉は、どこに通じているんだ?)
その扉が少しずつ開きだした。
「何だ?」
誰か来るのか?
黒己に視線を戻すと笑みが消えている。余裕が消え、青ざめだしてすらいた。
F4達も扉が開くのに気づいた。
一番でかいF4が激突しそうな勢いで扉に駆け寄り扉の中に腕を突っ込んだのだ。
「きゃぁぁ!!」
悲鳴、女のものだ。それは聞き覚えのある声だった。
F4が腕を引き抜いた。鷲掴みにされている人間を見て晶の心臓は大きく跳ねた。
「美恵!!」
美恵だ。これには晶も驚いた。
いや晶だけでない。雅信も薫も直人も、黒己でさえもだ。
「なぜ、あの女が!あいつじゃなく、あの女が!」
黒己ですら想定外のことだったのだ。
F4が、その巨大な口をぱかっと開いた。
おぞましい牙の歯列が、F4の目的を雄弁に語っている。
獲物を逃すまいとF4は両手で美恵を握りしめだした。
「う……っ」
美恵の表情が瞬く間に青白く変化していった。
締め付けられた体は今にもボキボキと嫌な音をだしそうだ。
「やめろぉぉー!!」
雅信が飛んでいた。F4の手首に落下速度を加えた蹴りをいれた。
F4の手が僅かにゆるみ、美恵は、がくっと首を傾けている。
「美恵、美恵、美恵!!」
雅信は半狂乱になって美恵をF4の手中から救いだそうとした。
だがF4の群れにとって雅信は、まさに自ら飛び込んできた餌。いっせいにF4達は腕を伸ばしきた。
「……ママ」
「……洸」
洸と光子はお互いの顔をじっと見つめ合っていた。
そして、ゆっくりと視線を前方に向けた。
「……ちょっとやばいよね」
「……ちょっとどころじゃないでしょ」
二人は廊下を走り抜け、非常階段をかけ降り、とある部屋までたどり着いた。
しかし、その部屋の奥にはおぞましい物体が多数そそり立っていたのだ。
巨大な卵状の物体が整然と並び立っている。
「……あいつらの卵だ……今、孵化したら最悪だよね」
「……それより親がそばにいないでしょうね?」
一刻も早く立ち去らなければ次々にモンスターが誕生してしまう。
かといって引き返せば紫緒の餌食だ。
ならば、まだ誕生していないモンスターベイビーの方が、まだマシというものだ。
洸と光子は、前に進むことを選択した。
「ママ、卵に触れないように注意してよ」
「言われなくてもわかっているわよ」
洸と光子は全神経を集中させて歩いた。
そんな二人の神経を逆なでするかのように、卵の先端がぱかっと開き、ゆっくりと不気味な手が出てきた。
あーら、あたし達、モンスターベイビーの出産に立ち会えるのね、なーんて言ってる余裕はもちろん無い。
二人は歩くスピードを上げると、扉を隔てて続いている部屋にはいり、すぐに扉を閉めた。
「ママ、早く。バリゲードだよ」
二人は親子ならではのコンビネーションで扉の前に家具を積み重ねた。
さらに洸は弾薬から火薬を取り出した。
「行こう、ママ」
さらさらと火薬を落としながら二人は先を急いだ。
ガチャガチャとドアノブを動かす音が背後から聞こえる。
紫緒が扉を開けようとしているのだ。
「卵に手を出したら、きっと、あいつらの親が来てくれるよね」
「そして現場に居合わせた、あの不気味なガキにおしおきしてくれるわね」
洸と光子はハイタッチ。
間髪いれずに洸は火薬に点火。火はあっと言う間にF4のベビー室まで広がった。
「あの化け物の子供のベビーラッシュで死ぬか、それとも炎で死ぬか」
「どっちにしても終わりよ。助かったわ」
二人はホッと胸をなで下ろした。
奇声が聞こえてくる。どうやらモンスターベイビーの群れと紫緒が戦っているようだ。
「どっちが勝ってもやばい。逃げようママ」
「そうね」
二人は停止状態のエスカレーターを発見し駆け降りた。
かなり広いフロアにでた。機械がいくつも並んでいる、まるで工場だ。
「出口はどこかな?」
ガタンと不気味な音がして、突然機械が作動し出した。
照明がつき、ベルトコンベアも動いている。
驚く二人にとどめを刺すように、何かが飛んできた。
その何かが足元に落下、じゅわっと嫌な音を出し床が溶けてゆく。
あの卵から誕生したばかりのアレだ。刃物引き裂かれ動かぬ肉塊と果てている。
二人は同時に振り返った。紫緒が立っている。
その目は悪魔が降臨したとしか思えないほどの冷たさを放っていた。
「……鬼ごっこは終わりだよ」
紫緒がゆっくりと近づいてきた。
絶体絶命だ、今度こそ紫緒は逃がしてはくれないだろう。その時、意外な人物が姿を現した。
派手な銃声がとどろき、雅信に魔の手を伸ばしたF4の左目に銃弾が食い込んでいた。
F4は恐ろしい悲鳴をあげた。
「雅信、頭を冷やせ。囲まれているんだぞ!」
銃を構えた直人が大声で言った。
「美恵、美恵!!」
しかし雅信には聞こえていないようだ。
「あの馬鹿に美恵をまかせていられないな」
直人はいきなり翠琴の首に手刀をくりだした。翠琴は意識を失い、その場に倒れた。
「何するんだよ。こんな綺麗なおねえさんに!!」
純平が非難がましい声を上げたが直人には相手をする暇などない。
連続してトリガーを引いた。標的は空中で停止状態のコンテナを吊しているワイヤーロープだ。
コンテナが美恵を捉えているF4の真上に落下。
さすがの巨大F4もこれにはまいったようだ。下敷きにり、必死になってもがいている。
「雅信、今だ!」
雅信は美恵を担ぐとF4達の足元を猛スピードで駆け抜けた。
次々に伸びてくる手からすり抜け、壁に備え付けられていた梯子まで辿り着いた。
勿論、F4達がおめおめと餌の逃亡を許すはずがない。
「下等生物め」
直人は「目を閉じてろ!」と叫ぶと閃光弾を投げた。
圧倒的な眩しさが数秒間、その場を包み込んだ。F4達は目を押さえて苦しがっている。
チャンスとばかりに雅信は梯子を上りだした。
だが後半分というところで、突然足首をつかまれた。
コンテナの下敷きになった奴が腕を伸ばしている。
皮肉なことにコンテナが光を防ぎ、そいつは、目をやられずに済んだのだ。
雅信は第五期特選兵士の中でもパワーはずば抜けた存在だったが相手が悪すぎる。
F4の腕を振りきれずにいる。
それどころか梯子から引きずりおろされるのも時間の問題だ。
晶が発砲した。銃弾は見事にF4の肩に命中。
F4が雅信から手を離した。その隙に雅信は梯子を猛スピードでかけあがった。
「はーはははっ!」
だが雅信が後一歩というところで、とんでもない事が起きた。
黒己が雅信を蹴り落としたのだ。
哀れ、雅信はF4の巣に逆戻り。最悪なことに美恵は黒己の腕の中。
「貴様」
晶は黒己に銃口を向けた。
それを予測していたのか、黒己は、すかさず美恵の首筋にぴたっとナイフを当てた。
「……女の細首を切断するくらい簡単だ」
黒己は美恵を抱き上げ、少しずつ後ずさりしだした。
「貴様、美恵を殺す気か?」
「……愛しい女が苦痛に顔を歪める。俺にとっては最高の瞬間だ」
黒己は真のサディストだ。気に入った女ですら平然と血の海に沈める事ができる男だ。
黒己の異常性を晶は肌で感じ取った。
こいつはやるといったら必ずやる。雅信ですら出来ないことができるのだ。
「俺を裏切った代償をたっぷり味合わせてやる」
黒己は嫌な笑みを見せた。
その瞳の奥からは粘着質な光を感じる。
「……この変態野郎。何を考えている」
「……頭だけは綺麗なまま残してやるよ。さらばだ」
黒己の背中が壁に密着したと同時に、黒己は一瞬で姿を消した。
「しまった!」
隠し扉だ。黒己の余裕の正体はこれだったのだ。
すぐに黒己を追わなければ美恵は想像するのもおぞましい最後を遂げることになるだろう。
晶は壁にへばりつくようにして扉を開くボタンを探した。
だが何もない。
(どういう構造になっているんだ?!)
「何、やってるんだい晶!奴らがのぼってくるぞ!!」
薫がヒステリックな声を上げた。ついにF4達が同じ場所に立ったのだ。
【残り22人】
【敵残り6人】
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