「徹、俊彦……!」
「美恵、美恵っ!!」
「畜生、何なんだ!!」
――徹と俊彦の前で、美恵は謎の生物の魔の手にとらわれた。
Solitary Island―155―
洸はおとなしくやられてたまるかとばかりに銃を向けた。
同時に発砲、相手が人間だろうと我が身を守るためならば人殺しも辞さないという決意を込めた一撃だった。
だが銃弾は紫緒に被弾せず、天井に穴を空けたにすぎなかった。
紫緒は照明につかまり天井に一時的に張り付くことで弾道から逃れたのだ。
「性格も生態もイモリみたいに粘っこい男だね!」
洸はすぐに銃口の向きを変えた。
今度こそボディに鉛玉をお見舞いしてやるつもりだった。
しかし銃を持っているのは紫緒も同じだった。飛び降りながら発砲してきたのだ。
見事に銃を撃ち抜かれてしまった。
手が痺れる。しかし痛みにかまっている暇もない。
すぐに洸は、その場から飛ぶように移動。直後に紫緒が着地。
後少し遅かったら顔面にまともに紫緒の蹴りが入っていただろう。
「よくも避けたね。おとなしく、その面をぐちゃぐちゃにさせなよ坊や!」
紫緒はナイフを洸の顔めがけて真っ直ぐ突き出してきた。
「冗談じゃないよ!」
洸はそばにあった観葉植物の背後に移動。
観葉植物が、まるで日本刀に切られたように綺麗に切断された。
「美少年に生まれたのは俺の罪じゃないのに!」
「まだ言うか!僕の前で……許せない、死ね!!」
紫緒の猛攻は続く。洸は紙一重で避けていたが、ついに壁に追い込まれた。
「俺をこんな見目麗しい顔に生んだママのせいだよ。責任とってよ!」
「文句が多いのよ、このバカ息子!」
光子は紫緒にスプレー火炎放射をお見舞い。
「うわぁ、相馬!いくらなんでも子供相手にそれはないだろ!!」
七原は絶叫したが、光子はおかまいなしだ。
紫緒の肉体が炎に包まれた。
「ば、馬鹿、やりすぎだろ。相手は未成年だぞ!」
「うるさいわね。うちの息子が殺されかけてるってのに年齢なんか関係ないわよ。
子供守るのは親の役目じゃない!」
「そうだ、そうだ。俺は嫉妬に狂った顔面崩れにおとなしく殺されてやるなんて絶対に嫌だよ」
「……顔面崩れ?」
紫緒の口調がさらに低くなった。
「あ、やばい……えーと……今の台詞は俺じゃなくて内海が言ったんだよ」
などという言い訳が通用するはずがない。
紫緒は炎に包まれた上着を素早く脱ぎ捨てた。
「……殺す」
「……嫌なんだけど」
「……顔をぐちゃぐちゃにして殺してやるぅ!!」
「殺されてたまるか!」
洸は紫緒の攻撃を避けながら七原の背後に逃げ込んだ。
「何してんだよ、おじさん。撃てよ!」
「し、しかし相手は」
「子供だろうと殺しにかかってる相手なんだよ。容赦なくやらなっきゃ、こっちが殺される!!」
七原はそれでも躊躇したらしく、おそらく手足ならば命を奪わずに動きを止められると思ったのだろう。
覚悟を決めて銃口を紫緒に向けた。
しかし、その決意はあまりにも遅すぎた。
紫緒が発砲、七原は利き腕を被弾して、その場に崩れ落ちた。
「だから言ったのに!」
洸は七原からライフル銃を奪うと迷わず銃口を紫緒に向けた。
紫緒の銃は弾がつきたらしく、銃を放り出して向かってくる。
「死ね!」
洸は容赦なく紫緒の頭を狙った。
だが予測していたのか紫緒は洸がトリガーを引く直前に頭を下げた。
銃弾は紫緒の頭上を通過しただけ。
「くそ、もう一度……って、こっちも弾切れかよ!」
洸は忌々しそうに叫んだ。その間にも紫緒は迫ってくる。
洸は七原のバッグを拾いながらエレベーターに乗り込み拳でたたきつけるようにボタンを押した。
扉が動き出すが、そのゆっくりとした動きが紫緒から洸を守ってくれるはずはない。
「入ってくるなよ!」
洸はライフルで紫緒のボディを激しく突いた。
紫緒がはじきとばされる瞬間、扉は完全に閉まった。だが、ほっとする暇などない。
天井から飛び降りた音が聞こえたのだ。
追ってきている、何が何でも洸を殺すつもりだ。
洸は七原のバッグのチャックを開き逆さに向けた。
ばらばらと中身が落下。その中には銃弾もあった。
素早く弾丸を銃につめると洸は背を低くして天井を睨みつけた。
銃声と共につま先ほんの数センチの位置にぽっかりと穴が空いた。
撃ってきた、やはり所持している銃は一つではなかったのだ。
すかさず洸もライフルの銃口を上に向けて発砲した。しかし手応えはない。
洸は足音を出さずに慎重に移動した。
ところが敵もさるもの、銃声と共に洸の右頬に赤い線が入る。
敵は正確に自分の位置を把握しているのだ。
「冗談じゃないよ!」
洸は天井に銃口を向けると連続射撃を開始した。
エレベーターが停止、扉が開ききる前に洸は飛び出した。
ちらっと肩越しに紫緒が飛び降りたのが見えた。
(やばい!)
洸は滑り込むように左折。
後一歩遅かったら確実にボディに銃弾が貫通していただろう。
紫緒が走ってくる。すごいスピードだ。
「近づかないでよ!」
洸は連続して発砲した。
だが我が身の安全を考え、壁際から顔を出さない以上、敵の正確な位置がつかめない。
(まずいよ、まずいよ。このままじゃあ追いつめられるのは時間の問題だ)
洸は懐からライターを取り出すと、そばにあった長椅子の背もたれに乗った。
そして腕を伸ばし点火したライターを天井に備え付けられている火災探知機に近づけた。
途端にけたたましい緊急警告音が鳴り出し盛大に水がまかれる。
洸は近くの部屋のドアを毛破り中にはいった。
足音が近づいてくる、時間がない。
大急ぎで濡れていないデスクに駆けあがるとスタンガンのスイッチを入れた。
ほぼ同時に紫緒が入室、洸はそれを待っていた。
「これでもくらえよ!!」
洸はスタンガンを紫緒の足下めがけて投げた。
電流が水とドッキングして全身ずぶ濡れの紫緒を襲う。
「やった!」
これで紫緒は動けない。動けなければ簡単に逆襲できる。
紫緒はガクガクと震え床に両膝をついた。
その様子にますます洸は勝利の実現を確信した。
だが紫緒はそんな状態でスタンガンに手をのばしたのだ。
「え?」
そして驚く洸を尻目に、スタンガンをつかむと洸に投げつけてきた。
「うわっ、危ない!」
洸はすぐに姿勢を低くして避けた。
スタンガンは壁に激突して、そのまま砕けた。
「……随分となめたマネをしておくれだね、坊や」
「えっと……その、困ったな」
「覚悟、できてるんだよね?」
洸は心の底から叫んだ。
「ママ、助けて!!」
徹と俊彦の行く手を阻むように出入り口が壁のようなもので塞がれた。
それを見て二人はぞっとした。
皮膚だ、不気味な爬虫類のような皮膚。それでいて昆虫のようでもある。
間違いない、F4だ。しかもハッチを塞ぐほどのでかい奴がいる。
おまけに、気配や物音からして1匹などではない。
群れだ。少なくても4、5匹はいる。
そんな最悪の中に、美恵は1人でいるのだ。
自力で脱出など不可能だ。徹は「どけ!」とF4に蹴った。
だが僅かに動いただけで、移動する気配は全くない。
「俊彦、何か武器を持っていないのか!」
俊彦は火炎瓶を取り出すと点火して投げつけた。派手は爆発と共におぞましい悲鳴がこだまする。
だが事態はさらに悪化した。まともに爆弾をくらったF4はぴくぴくと僅かに動いている。
死ぬのは時間の問題だろう。だが問題はそこではない。
酸性の血液を流しながら、F4は、その場から動く気配がない。
つまり爆弾によって致命傷を負い、その場から動けなくなったのだ。
「この馬鹿が、死体に入り口を塞がれたじゃないか!」
こうしている間にも美恵が危ない。
徹は「どけ!」と叫ぶと、F4の肉体を力任せに押そうとした。
だが、酸性の血液にまともに触れ、じゅっと嫌な音がして手に激痛が走った。
皮膚が溶けている。しかし徹にはひるんでいる余裕などなかった。
相手はある意味F5以上に厄介だ。
何の予告もなしに美恵を喰い殺す可能性がある獰猛な生物なのだ。
「くそっ!」
徹は上着を脱ぐと拳に巻き付け再び死体を押し出した。
俊彦も徹にならうが重量級のF4の死骸はなかなか動かない。
こうしている間にも美恵は八つ裂きにされてしまうかもしれない。
「美恵!美恵を返せ!!」
徹の悲痛な叫びなど、本能だけで動く凶暴な生物兵器には全く通じなかった。
「あんたのせいよ。うちの息子をさっさと助けに行ったらどうなのよ!!」
光子は半狂乱になり七原の胸ぐらをつかみ激しく責め立てた。
「な、何で俺の?」
「あんたが、あの不気味なクソガキをさっさと撃ち殺していたら、こんなことにはならなかったよ!
洸はあたしのたった一人の家族なのよ。あの子に何かあったら、あんたを殺してやるわ!!」
「そんな理不尽な!」
「うるさいわね。さっさとなんとかしたらどう!」
「お、落ち着け相馬」
「落ち着けるわけないでしょ!」
光子は七原を壁に叩きつけた。
「もういいわよ!」
光子はエレベーターの扉から昇降口に飛び降りた。
「お、おい相馬!」
七原はすぐに呼び止めたが、光子の姿はもう見えない。
「あいつがあんなに取り乱すなんて……」
「何言ってんだよ、おじさん。親なら当然だろ」
「それはそうかもしれないけど……俺が知っている相馬は誰がどうなろうがおかまいなしって冷めた女だったから」
「そんな事言ってる暇ない。俺たちも後を追おう」
「死ねぇ!」
紫緒が大ジャンプ。
洸は「殺されてたまるか!」と、とっさに腕を交差させて蹴りを防いだ。
じんじんと腕が痺れたが何とか頭部を守ることに成功。
だが紫緒がニヤっと異様な笑みを浮かべた直後に洸は激痛に悲鳴をあげた。
腕にすぱっと切り込みが入っている。
「……仕込んでたな」
洸は忌々しそうに紫緒を睨みつけた。紫緒は見せびらかすように片足をあげた。
靴のつま先には鋭利な刃物がキラリと光っている。
「今度は腕だけじゃあすまない……僕が本当に切り刻みたいのは、その顔!」
紫緒は凄まじいスピードで洸を襲った。
「嫌だよ。顔は俺の大事な資本なんだ!」
洸はぎりぎりでかわしたつもりだったが、頬に切り傷が入っていた。
「避けるんじゃあない!」
紫緒が洸の背後にジャンプ。洸は反射的に裏拳を繰り出した。
だが紫緒に炸裂するどころか手首を捕まれ、そのまま羽交い締めだ。
「くふふふ」
「は、離せよ。俺、男と密着する趣味ないんだから」
「やっと……やっと僕の苦しみを味わってもらえるね」
紫緒は興奮しているのだろう。耳元にあたる息がやけに熱い。
洸はぞっとした。背筋が凍るという言葉の意味を初めて知ったような気がするくらいだ。
(こいつ真性のサドだよ。まじやばい)
紫緒の舌が洸の首筋から頬に滑った。
全身鳥肌がたつとはこの事、なめくじに這われたような感触以上のおぞましだがあった。
「じらしてくれたお礼にいたぶって殺してあげるよ」
「ねえ、お金あげるから見逃してよ」
「そんなものは興味ないね。僕が今見たいのは、おまえの血なんだ」
「そんな事いわないでよ。お金さえあれば整形手術で元の綺麗な顔に戻るよ」
「金なんか払わなくても力付くでやらせるからいい」
「……あっそ。交渉不成立か」
「あきらめるんだな」
紫緒は洸の耳たぶをぺろっと舐めると「まずは耳を切り落としてあげるよ」と言った。
だが紫緒は突然洸から手を離した。「熱い」と言いながら。
洸が隙を見てライターを取り出し、紫緒の手をあぶったのだ。
「殺されてたまるか!」
紫緒を突き飛ばし猛ダッシュ。
「逃がすか!」
紫緒はナイフを洸の後首めがけて投げる。
洸は床にふせた。頭上をナイフが通過してゆく。
これは紫緒も少し驚いたらしい。一瞬、動きがとまった。
その隙をついたように、洸はすぐに立ち上がると部屋から飛び出し扉を閉めた。
「洸、無事!?」
そこに光子が駆けつけた。
「遅いよ、ママ」
「あいつは!?」
「この中だよ!ママもドアを押さえてよ!」
二人がかりで懸命に扉が開くのを阻止。やがて室内から扉にかかる力が消えた。
「あきらめたのか?」
「油断は禁物よ。あいつにとどめ刺さない限り、また同じ事の繰り返しだわ」
「だろうね」「この部屋ごと、あいつをぶっ殺す方法ないかしら?」
「そうだね。ここ科学省の秘密基地だから、毒ガスとか製造してないかな?
それか、あの化け物をおびきよせて殺し合うようにもっていけば――」
洸は、ハッとして、光子の腕をつかんだ。
「危ないママ!」
全力で引き寄せると、その直後にバリッと扉を貫通してアイスピックのようなものが突き出した。
洸が異変に気づかなければ、光子の美しいボディに穴が空いていたことだろう。
さらに扉に次々と穴が空いてゆく。
その凄まじさ、もはや扉が原型をとどめているのも時間の問題だ。
「逃げるよ、ママ!あいつ、やばい。ここは逃げるが勝ちだって!」
「そうね」
母と子は手と手を握りあって全力疾走した。
【残り22人】
【敵残り6人】
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