「徹……?」
ずっと気を失っていた美恵にとって、この展開は突然の修羅場だったに違いない。
「どうしたの?私……私は瞬をとめようと……」
美恵は必死に記憶を辿っているようだ。
「ようやくお目覚めか美恵」
「ブルー、あなた徹に何をしているのよ!」
美恵は瞬の腕からすり抜けると蒼琉の腕に掴みかかった。
「徹に手を出さないで!」
「勘違いするな。手を出してきたのはこいつだ」
美恵は状況が把握できず、蒼琉と徹を交互に見つめた。
そして瞬にも視線を移したが、瞬は何も答えない。
「教えてやれⅩ6、俺が貴様に要求したことを」
Solitary Island―153―
「ママ、急いで!あいつらが囮になってくれている間に逃げるんだ!」
「わかっているわよ」
「ママ、あれ見てよ。防災扉がある。あれを閉めるんだ」
洸と光子は息のあった動きで防災扉を動かし廊下を塞ぎだした。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
後少しで安全確保というところで七原達が滑り込んできた。
その直後に扉はがちゃんと音を立てて閉まり、それと同時にF4が壮絶な体当たりをし扉は激しく振動した。
「ここも安全とはいいきれないね」
「下に行きましょう。ここで籠城しても、いずれは爆発で死ぬことになるわ」
「そうだね。でも、ここって、どこだろう?」
暗闇の中、化け物に追われ闇雲に逃げ回っていたのだ。現在位置すらわからない。
「とにかく階段探さないとね。降り続ければ何とかなるかもしれない」
「その前に医務室みつけて吉田をきちんと手当する方が先だろ?」
顔色が一向によくならない拓海を見ながら幸雄は焦り気味に言った。
「そんな余裕あると思う?」
「相馬、おまえって本当に酷い人間だな。仲間を思う気持ちくらい持てよ!」
「俺、自分とママの命しか今は考えられないよ。
こんな異常な状況で赤の他人思いやってやれる余裕ある人間じゃないからね」
「おまえが逆の立場だったらと思わないのかよ」
「わめいている暇があったらこれからの事考えろよ。そんな性格だと早死にするよ」
「……おまえとは一生合うことないだろうな」
「光栄だよ。内海みたいな熱血理想主義者と付き合ったら俺まで早死にする。こっちからお断り」
洸は「これ以上は時間の無駄だから」と歩きだした。
「おい待てよ!」
幸雄が怒鳴りつけるも洸はどこ吹く風だ。
「洸、これから、どうするの?」
「えっと……とりあえず、これを辿ってみようと思うんだ」
洸は天井に張り巡らされているダストを指さした。
「ま、何とかなるよ」
「そうね。じゃあレッツゴーよ」
相馬親子はさっさと出発。幸雄は悔しそうに唇を噛んだ。
「……行こう、内海」
拓海がよろよろと立ち上がった。
「無理するなよ吉田」
「……相馬が言ってたじゃないか。強い奴に寄生するのが生き残る最良の方法だって。
だったら相馬に寄生してやるのも面白いだろ?」
拓海は笑いながら言ったが、明らかに無理をして作った表情だった。
「こんな時だ。ばらばらになるべきじゃあない……そうだろ?」
拓海は重傷だが冷静さは失っていない。
感心しながらも幸雄は簡単に賛同できなかった。
「そりゃあそうかもしれないけど……あいつ勝手すぎるんだよ。
強いし頭もきれるかもしれないけど、でも……」
「でも、何だよ?おまえって、いい奴だよな。
でもさ、こんな状況じゃあ、それだけじゃ通用しないって今までの経験でわかっただろ?」
拓海の言い分は正論だ。頭ではわかっているが、洸に頭を下げるような真似には躊躇する。
悪いのは洸だ、だから妥協するとしたら洸達の方じゃないのか?
どうして、自分の方が頭をさげなっきゃいけないんだ?
そんな思いがひっかかって幸雄は素直に拓海に賛成できないでいた。
「幸雄、父さんも吉田君と同じ考えた」
そんな幸雄の迷いに答をくれたのは父だった。
「父さんも、おまえと同じ歳の時に生きるか死ぬかという目にあったんだ。
その時、現実と理想のギャップに随分苦しめられた。
そんな父さんを導いてくれたのが川田だったんだ。
今、思えば若気の至りで川田には何度も感情をぶつけるようなマネもしたよ。
川田は冷静に対応してくれたが、あいつが普通の中学生だったら、多分、父さんに愛想つかしていただろう。
大人になった今だからわかるが、当時はそんなこと微塵も思わず自分は正しいと思いこんでいた。
幸雄、確かにおまえは間違ってもいない。
しかし生き残りをかけた状況じゃあ、それが通用しないってこともあるんだ」
七原は昔を思い出しているのか、半ば懐かしそうに言葉を紡いだ。
「大事なのは命だ。一番大切な人の命を守るために妥協することは決して恥ずかしい事じゃない。
おまえと千秋を守るためなら、父さんは何だってする」
「……千秋」
そうだ。つまらない事に拘っている間に千秋に何かあってからでは遅い。
幸雄はもっとも優先させなければならないものを思い出した。
「急ごう。相馬を見失う前に」
つまらない意地よりも、幸雄はもっと大切なものに気づいたのだ。
洸が「えー、一緒に行くの?断っておくけど足手まといになるなよ」と溜息混じりに言うのは数分後の事だった。
瞬は顔色を変えた。あきらかにムッとしている。
「どうしたⅩ6、まさかこれ以上美恵に嫌われるのは嫌だなんていうんじゃないだろうな?」
その一言で、蒼琉が瞬にろくでもない要求をしている事を美恵は察した。
「瞬、この男に何を言われたの?」
「……」
瞬は黙っていた。その問い答えたのは徹だ。
「俺にこいつらの兵隊になれっていうのさ」
「何ですって?」
「特選兵士同士の殺し合い……Ⅹ6のアイデアだよ」
瞬が徹を睨みつけた。美恵には知られたくなかったらしい。
ざまあみろ、これで貴様は、また美恵に嫌われるんだ。
「徹に何て事を言うのよ。第一、徹が大人しく、そんな要求に――」
美恵は、はっとした。徹を従わせる実に簡単な手段があるではないか。
「……私のため?」
徹は美恵を熱愛している上に、元々仲間意識が低い。
美恵のためなら仲間など簡単に切り捨てるだろう。
「ふざけないで。徹にそんな事、絶対にさせないわ!」
美恵は蒼琉を睨みつけた。
「徹に変なことを強要しないで」
「戦略といってもらおうか」
「そんな事をさせるくらいなら――」
「蒼琉、ちょっといいかな?」
扉が開き、珀朗が姿を現した。陰険な雰囲気に珀朗も一瞬で気づいたらしい。
「お邪魔だったのかい?」
珀朗は退室しようとしたが、蒼琉はそれには及ばないとばかりに用件を尋ねた。
「あいつらが騒いでいるんだ。養殖場で何かあったらしい」
『あいつら』という単語に蒼琉は一瞬だけ興味を持った。
「腹でもすかしているのか?」
「違うと思うけどな。ちょっと様子を見てやってよ」
蒼琉は「話は後だ。鍵をかけておけ」と指示を出して退室した。
蒼琉が姿を消しただけで、氷ついた独房の空気がガラッと変わる。
美恵は大きく息を吐いた。
「あまり彼を怒らせない方がいいよ」
珀朗が忠告してきた。
「彼は強いんだ」
「言われなくてもわかってるさ」
徹が悔しそうに言った。蒼琉の気配が少しずつ遠のく度に安心するくらいだった。
しかし、それほどの恐怖を感じながらも徹はやはり抜け目のない性格だった。
(今はこいつ一人……チャンスだ)
瞬は美恵から目をそらし、ふてくされたようにそっぽを向いている。
(このままではブルーは美恵を人質にして俺を道具にするのは目に見えている。
特選兵士同士の戦闘なんかどうでもいいけど、美恵から離れるのだけはごめんだ。
あいつは美恵に何をするかわからない。海老原事件の二の舞だけは絶対に再現させてたまるものか)
徹は決意した。成功する可能性は低い。しかし、この一瞬のチャンスに賭けるしかないと。
徹は無言のまま美恵の手を強く握りしめ走り出した。突然の事に美恵は驚いた。
隙をつかれた瞬が振り返った時には、徹は珀朗を突き飛ばし独房の外へ。
そして扉を閉めると間髪入れずに鍵をかけたのだ。
「貴様!」
瞬が扉に飛びかかったが、もう襲い。
初めて優位に立った徹は「戦場では油断大敵なんだよ、お義兄さん」と笑みを浮かべ言った。
もっとも、此方からはマジックミラーを通じ瞬の様子はわかるが、向こうからは何も見えないし聞こえないが。
「逃げるんだ美恵、ブルーにばれないうちに」
「でも瞬が」
「大丈夫だよ。お義兄さんはブルーと同盟を組んでいるんだ。酷い事はされやしないさ」
もっともされたところで知った事か、こんな事、美恵には言えないけどね。
「これからどうするの?ブルーの目を盗んで逃げ出すなんて難しいわよ。
それに、いつここに戻ってくるかわからないわ」
「……わかってるよ」
あの秘密のエレベーターは使えない。いくら巧みに気配を消そうと蒼琉に出くわさない可能性は低い。
第一、美恵にそれを要求するのは酷だ。
美恵も並の女ではないが、特選兵士のような戦闘訓練は受けていないのだ。
「他に出入り口はないかな」
「わからないわ。私は、ずっと閉じこめられていたから」
「武器がいるな。いくらブルーが化け物でも生身の人間、隙をみて銃で攻撃してやれば十分殺せるはずだ」
「武器庫を探してみる?」
「そうだね。それと――」
徹はびくっと硬直した。
「どうしたの徹?」
「……何て事だ」
美恵は気づかなかったが、徹の耳には、はっきりと足音が聞こえた。
(戻ってくるのが早すぎる。もう気づかれたのか!?)
「どう洸?」
「……うーん、こっちの方がいいかな」
階段を発見した。下から微かに風が吹いてくる。その風には怪物の声も臭いも混ざってなかった。
「大丈夫でしょうね洸?」
「多分ね。とにかく降りよう」
ここまでは順調だった。洸の勘だけを頼りに進んでいるが、Fにはあれ以来遭遇していない。
もっとも、だからといって油断など一秒もできない状況だということには変わりはないが。
「ちょっと待ってくれ相馬」
幸雄が嬉しそうに声をあげた。
「医務室だ。ここで吉田の手当をしよう」
「え~?」
「……何だよ。その、あからさまに嫌な態度は」
「相馬、無事に帰ったら、俺の貯金全部やるよ」
拓海が取引を持ちかけた。
「吉田の親父さんが将来の学費にって吉田名義で作っておいたやつ?」
幸雄が「何で、そんな事知ってるんだよ」と突っ込んだが、洸は華麗に無視をした。
「そうだ。命の恩人にやるんなら親父も反対しないって」
「うん、いいよ」
洸は快諾した。これには七原も幸雄も開いた口がふさがらなかった。
「吉田の家、結構裕福だしね。それから俺、贈与税は払いたくないから、ちょっと違法な処理するから」
幸雄は青ざめだしていたが、七原は冷静さを取り戻していた。
「……そうだよな。相馬の息子さんなんだ。そりゃ、こういう子で当然だよ」
「それ、どういう意味よ?」
「……いや、相馬に似てしっかり者だっていうことだよ」
「そうでしょうね。あたしの中学時代に比べたら、まだまだだけど」
もはや七原親子は何も言えなかった。
医務室は安全だった。妙な化け物どころかゴキブリ一匹いない。
とりあえず今のところは。
「こんな時に川田がいてくれたらいいんだが」
七原は薬品棚から、いくつか薬瓶を取り出した。
「何よ、あんただって仮にもプロのテロリストなんでしょ。
戦場では怪我つきものなのに、この程度の医療知識もないわけ?」
「……やめてくれよ。俺はレジスタンスでテロリストなんかじゃない。
それに俺は戦闘専門だったんだ。こういうのは応急処置くらいしかわからないんだ」
「ああ、本当に使えない男ね、あんたって。何年たっても全く成長してないんだから」
「……相馬、息子の前でそういうこと言わないでくれよ。俺にも父親の沽券ってやつが」
「何が父親の沽券よ。この世で一番偉いのは母親よ。父親なんか、どうだっていいの。
うちの洸みてればわかるでしょ。
母子家庭でも全くひねくれずに、こんなに真っ直ぐに育ってくれたのよ」
「うん、俺いい子だよ」
それは、はたから見るとコントのような会話だった。
「……父さんも相馬も相馬のおふくろさんも、こんな時に」
呆れながらも幸雄は、まず拓海を気遣った。
「吉田、傷は大丈夫か?」
幸雄は拓海をベッドに寝かせた。
「ほら、どけよ内海」
洸に突き飛ばされ幸雄は床にダイブ。
「吉田、麻酔なしだけどいけるよね?」
洸は医療用の針と糸を手にしている。幸雄はぎょっとしたが、拓海「OK」と即答した。
「じゃあ、一応これくわえててよ」
洸は拓海の口にタオルを突っ込むと、荒療治を開始した。その技術に七原は感心した。
「相馬、おまえの息子さん、どこでこんな事覚えたんだよ?」
「いろんな知識授けてくれる父親代わりの男が大勢いたからよ」
「え”?」
「断っておくけど、あたしの男じゃないわよ」
「そ、そうか」
洸は、その壮絶な傷や流血にも平然としていた。
そんな洸も凄いが、麻酔なしの処置に耐えている拓海にも幸雄は感心していた。
「終わったよ」
傷跡は綺麗に縫合されている。
「吉田、よく頑張ったな」
幸雄は、ようやく安心した。
「……俺、将来は軍人になるんだ。このくらいで悲鳴なんかあげらんねえじゃん」
「軍人?」
幸雄は表情を曇らせた。
確かに春見中学の男子生徒なら、軍人志望はおかしくない。
まして拓海の家は代々軍人の家系。
しかし幸雄は複雑だった。 拓海とはそれなりに良好なクラスメイト。
しかし自分の父は反政府組織の人間だ。
拓海が希望通り軍人になったら、父とは敵対関係になるではないか。
自分の父親とクラスメイトがいずれ殺し合うかもしれないなんて想像しただけで気分が悪い。
まして自分達の今の悲劇は国のせいではないか?
それなのに拓海の将来の夢とやらは萎んでいない。幸雄は残念というより、納得できなかった。
「吉田、この島で酷い目にあってわかっただろう?政府は国民の命なんか何とも思っていないんだ」
「ここって科学省の管轄なんだろ?俺が入りたいところは違う」
「だからって同じだろ、目を覚ませよ!」
思わず声をあげてしまい洸が「うるさいよ」と、平手打ちをお見舞いしてきた。
「大声だしてあいつらに聞きつけられたら、内海を囮にして俺達逃げるからね」
幸雄は「悪かったよ」と大人しく椅子に座った。
しかし勿論拓海の考えに理解を示したわけなどではない。
「考えなおせよ吉田。そりゃ軍人の家系に生まれたおまえが憧れる気持ちはわかるよ。
でも、おまえ絶対に間違ってるって。
それに軍人って上のお偉いさんはともかく末端の兵士っていつ死んでもおかしくないじゃないか。
俺にはおまえの気持ちわかんないよ」
「別に他人にわかってほしくて軍人になりたいわけじゃないから」
幸雄の必死の説得にもかかわらず拓海の気持ちが揺らぐ様子は微塵もない。
「何でだよ。俺、わかんないよ」
「俺は何となくわかるなあ。だってお偉い士官様になったら年収ウハウハだろ?
それに大勢の人間を顎でこき使える権力持てるんだろ。ある意味、最高の職業じゃん」
「……相馬、おまえは黙っててくれよ」
絶対に拓海は間違っている、幸雄は確信していた。でも言葉が上手くでない。
「幸雄の言う通りだぞ吉田君。政府がどんなに腐っているか俺は中学生の頃から知っている。
あいつらの仲間になろうなんて愚の骨頂だ」
黙り込んでしまった幸雄に変わって七原が説得に乗り出した。
「じゃあ、おじさん。今すぐ俺なんか見捨てた方がいいよ。俺、いつか、あんたと戦うかもしれない。
だから、やめろって言ってるんだろ?」
しかし言いたい事の半分も言わないうちに撃沈だ。
「……俺さ、すっげー憧れている人がいるんだ。
正直言って、昔は軍人なんか興味なかった。それどころか、あんな厳しい職業絶対嫌だって思ってたよ。
じいさんや親父が何言ったって、士官学校なんかごめんだってずっと思ってた」
拓海は目を閉じた。
「でも、俺はあのひとを知ってしまった。もう戻れない」
拓海は起きあがった。肩が痛むのか、眉を歪ませたが、その目から信念の光は消えていない。
「俺、決めたんだ。軍人になるって。あのひとに一歩でも近づきたいから」
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【敵残り6人】
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