「な、何て大きさなんだ……冗談じゃないよ」
薫は愕然としていたが、半ばやけになったように叫んだ。
「晶!陸軍の君が戦えよ。獣とやりあうなんて日常茶飯事なんだろう。陸軍は野蛮人の集団だからな!」
薫の勝手な言い分に嫌みったらしいお返しをする余裕もない。
晶は周囲を見渡した。扉は全てしまっている。窓は天井すれすれの位置で届かない。
逃げることはできない。戦うだけだ。
(通常の武器でやれるだろうか?このでかさだ。手足やボディを撃った程度じゃかすり傷だろう)
床が完全に開いたら、間違いなくこいつらは上ってくる。
「こいつらは飢えている。今や完全に本能だけだ、銃や炎など一切恐れず襲ってくるぞ」
Solitary Island―152―
至近距離から頭部への被弾。さすがのF4といえど、脳天をパイ状に破壊されたらひとたまりもない。
グロテスクな肉塊となり、その場に倒れた。
「よ、吉田!」
幸雄は慌てて拓海に駆け寄った。
拓海は壁にもたれていたが、そのままずるずると床に崩れ落ちた。
「すごい出血だ。早く手当しないと」
幸雄は錯乱していた。
拓海は自分の身代わりで負傷したも同然なだけに、パニック状態になっている。
「しょうがないね」
洸は面倒くさそうに拓海に近寄ると、ブラウスを引き裂いて怪我を診た。
「何かない?」
「何かって?」
「タオルでも何でもいいよ」
幸雄は手当たり次第ポケットを調べたがハンカチ一つ出てこない。
「後で代金請求するからね」
洸はバッグから布を取り出して拓海の傷口に押さえつけた。
「内海、ほら、ここ押さえて」
幸雄は指示に従った。
「骨は折れてないみたいだよ」
幸雄は、ほっと息を吐いた。
「これで血が止まればいいけど」
洸は続いて日本酒を取り出した。
「何だよ、それ?」
「ママと武器集めている最中にお偉いさんの執務室らしいところで発見したんだよ。
消毒に使えると思ってさ。あーあ、もったいないな。
俺とママの為にしっけいしたのに。これも後で請求するからね」
洸は瓶の蓋をあけるなり、拓海の傷に酒をぶっかけた。激痛が走ったのか、拓海の表情はすごいことに。
「おい、もう少し丁寧に扱えよ。吉田は怪我人なんだぞ!」
「ああ、そうだね。死んでるわけじゃない」
洸は「これも代金とるからな」と包帯を幸雄に放り投げた。
「……何で、こんなことに」
幸雄は悔しそうに唇を噛み俯いた。
「洸、そろそろ移動するわよ」
「そうだねママ」
「移動?」
幸雄はぎょっとした。拓海はとても歩けるような状態ではない。
「何だよ、その非難がましい目は。自分のおかれた状況くらい把握しろよ。
あれだけ暴れたんだ。絶対にあいつのお仲間がそのうちくるって」
洸が動かぬF4を指さすと幸雄の表情から非難の色が消えた。
「俺とママが、さっきまで戦ってた奴等もいずれ上がってくるだろうしね」
「じゃあ、すぐに吉田を安全な場所に連れて行かないと」
「何、寝ぼけたこと言ってるんだよ内海。ここにはもう安全な場所なんてないんだよ」
幸雄はショックの色を隠さなかった。
「あれ、もしかして俺が慰めに嘘八百言うと思ってた?」
「だ、だって、おまえ移動するって……あれは安全な場所に逃げるって意味じゃないのかよ」
「全然違うよ。理由はシンプル、たった二つ。一、ここにいると一番危険。
二、俺とママは強い奴を探して寄生するつもり。それが移動理由。わかった?」
「……強い奴、か」
思えば志郎は強かった。その強い志郎を追ってきて、こんな目に合ったのだから皮肉な結果だ。
あのまま貴弘達といた方がよかった。
杉村一家は戦うということを知っていた。守ってもらえたはずだった。
何よりも千秋と離ればなれにならずに済んだ。
「と、いうわけだから俺たち行くよ」
洸と光子は、すたすたと歩き出す。
「ま、待ってくれ」
幸雄は拓海を背負うと慌てて相馬親子の後に続いた。
「……貴様もやばい立場だろう?」
こんな凶暴な生物を飼い慣らすことは不可能だ。
だが男は動揺していない。考えられる可能性は一つ。
男はこいつらの習性を熟知しており、自分だけは助かる算段があるからに違いない。
「こいつらの弱点を知っているのか?」
時間がない。さすがの晶の額から汗が流れ落ちてきた。
「こいつらは完璧な生物兵器だ。だが不死身じゃない。それだけだ」
(自分なら殺せるということか?やはり、この化け物の事を知っているんだな)
「助かりたいか?」
「何だと?」
「貴様は強そうだ。蒼琉相手でもいい勝負になるかもしれない。だから、いいことを教えてやってもいい」
男が妙な事を言い出した。
「どういう意味だ?」
「逃げ道がある。こいつらはでかすぎて通れない。
しかもゴールは、この基地のメインルームへつながっている。知りたくないか?」
晶は顔をしかめた。これは完全に罠だ。
こんな露骨な嘘を敵である自分が信じると思っているのか?
しかし、ありえない嘘をつくはずがないということは、信じられないが事実なのだろうか?
「教えてやる。どっちにしても貴様らには、それしか助かる道はない。選択肢なんてないぞ。くくく」
「黒己、この裏切り者!」
その緊迫した空気の中、突然、頭上から声が聞こえてきた。
窓から此方を見ている集団がいる。全員、晶が知っている顔だった。
直人に瞳と純平、そして先ほど倒したF5の女・翠琴だ。
「黒己、おまえ蒼琉を裏切るつもりなの?」
直人に拘束されている翠琴は己の状況も忘れてヒステリックに叫んできた。
男の名前は黒己だと晶達は初めて知った。
「裏切ったのは蒼琉だ。俺は奴を殺すためなら悪魔にだって魂を売ってやる」
「……何て奴」
「てめえだって捕虜になっているじゃないか。体を使って命乞いでもしたのか」
その一連のやりとりを見ていた晶は全てを理解した。
つまり黒己は蒼琉と袂を分かち、その蒼琉を倒すために自分達を利用しようとしたのだ。
「あの女!天瀬美恵も蒼琉のものになるんだ。そんな事させるか!」
「美恵!?」
雅信が敏感に反応した。
「奪い返したいだろう、あの女を?」
「奪い返してやる!」
雅信は黒己の話に食いついている。
「黒己、この恥知らず!それに蒼琉がそんな連中にやられるはずないとわかっているはずよ」
「黙れ翠琴、蒼琉は俺の敵だ。蒼琉に首っ丈のおまえも敵だ。俺のやり方に口出しは一切させないぜ」
「ちょっとまずいよママ」
「何よ、脅かしっこはなしよ」
暗闇の中、先頭を歩いていた洸は妙な気配を感じぴたっと足を止めた。
「脅しじゃないよ。何かいるんだ」
気配を感じる。しかし姿が見えない。暗闇になれている洸でも全く見えないのだ。
「あの廊下の曲がり角まできてる。先手必勝、蜂の巣にしてやる?」
「当然よ」
洸は慎重に気配を動きを探った。
「今だ!」
「ま、待て……!」
「え?」
今、確かに喋った。つまり相手は、例の化け物ではなく人間ということになる。
思わず洸は直前で僅かに銃口を反らした。
だが、さすがに力を込めた指先までは止めることができずトリガーを引いてしまっていた。
「あ、あの声は、まさか」
愕然となったのは幸雄だ。
「……う……うぅ」
「あの声は……父さん!」
幸雄は拓海を背負ったまま全力疾走した。
「……ママ、内海の親父さんを撃っちゃったみたい」
「不幸な事故ね、気の毒な七原君」
「もし命に別状があったら内海と吉田を口封じした方がいいかな?」
「それは、あたしがしてあげるから、あんたは余計な事は考えずに集中しなさいよ。
この暗闇の中、あんたの勘が頼りなんだから」
「父さん、大丈夫!?」
「ゆ、幸雄?よかった、無事だったんだな」
「俺は大丈夫だよ。父さんこそ大丈夫なのかよ」
「父さんは心配ない。角を曲がった時に足を滑らせたおかげで弾は当たってないよ」
「よかった」
幸雄は心底ほっとした。
「おまえこそ本当に大丈夫なんだろうな?」
「俺は平気さ。でも吉田が俺をかばって……」
七原は拓海に視線を移した。
「吉田君……だったな。よし俺が運ぶよ。幸雄、おまえは父さんの荷物を持ってくれ」
「わかった」
その会話は洸と光子にも聞こえていた。
「ママ、どうやら内海の親父さんは無事だったみたいだよ」
「本当に相変わらず迷惑な男よね。自分で勝手に転んだだけなんて呆れてものがいえないわ」
「それよりもママ」
「何よ洸」
「この島に来てから妙な生物いっぱい見ただろ?」
「それがどうしたのよ?」
「その中でも一番厄介なのが、さっきまで俺達を襲ってた奴だよ」
「そんな事、言われなくてもわかっているわよ」
「内海の親父さん、何かに滑ったって言ってたよね?」
「そうね。本当にドジな男よ」
「でもってさ、その厄介な最凶の生物って、やたら粘着質な体液の持ち主だったりするんだ」
光子は今度は言葉を返さなかった。ただ、じっと洸と見つめ合った。
もはや親子に言葉はいらない。
ぱっと、それまでの暗闇が嘘のように電気が一斉についた。
「うわぁ!」
突然の眩しさに目がくらんだ幸雄。
ゆっくりと目を開くと、洸と光子が走り去る姿があった。
「相馬、どうしたんだよ!」
ポトッと何かが肩に落下した。 まさか雨漏り?と顔をの角度を上げた瞬間、幸雄は思わず己の死をイメージした。
あの恐怖の化け物が天井に張り付き、此方をじっと見ていた。
「うわぁぁー!!」
もう、こうなっては叫ぶことしかできなかった。
(……天瀬瞬、今に見てろよ)
愛する美恵を人質に取られ動きを封じられた徹は今にも感情が爆発しそうだった。
例えそれが肉親だろうと自分以外の男が美恵を抱きかかえるなどあってはならない。
それは徹にとって自分だけの特権なのだ。
突然、扉が開いた。美しすぎる銀色の長髪男に徹は思わず立ち上がる。
恐ろしいほど冷たい目をした蒼琉。
その凄まじいほどの美貌からは冷気すら感じた。
「安心しろ、まだ貴様を殺すわけじゃない」
まるで、その気にさえなればいつでも殺せると言わんばかりの態度だ。
当然、徹は面白くなかったが、同時に恐怖すら感じた。
認めたくはないが、この男が本気で戦いを挑んできたら、おそらく自分は敗北する。
勝利のビジョンが浮かばないほど得体の知れない恐ろしさを感じるのだ。
「Ⅹ6、随分と幸せそうだな」
しかし蒼琉の興味は今のところ、徹より瞬に向けられているようだ。
徹は内心安堵した自分に腹が立った。
「Ⅹ6、貴様が本気で俺達と手を組むという証拠を、もう一度見せてみろ」
「どういう意味だ?」
「こちらは頭数が少ない。その上、黒己が裏切った。俺がやるのは簡単だが、俺は面倒な事が嫌いなんだ」
蒼琉は不敵な笑みを浮かべて言った。
(面倒な事が嫌いだって?
面倒なゲームを始めておいてよく言うな。こんな性格の悪い奴はそうそういない)
徹は心の中で悪態をついた。
「海軍の特選兵士」
突然、蒼琉が声をかけてきた。
「何だい?」
徹は内心ぎくっとしたが、上手く平静を装った。
「おまえ、今、俺を性悪とでも思ったんじゃないのか?」
「さあね」
淡々と答えたものの図星をつかれ徹はますます焦った。
(こいつ人の心が読めるのか?)
「まあいい。俺自身、聖人君子じゃないことは自覚している」
(聖人君子どころか大悪党のくせに)
「話を本題に戻そう。Ⅹ6、特選兵士を消すいい方法を考えろ」
「……」
「Ⅹシリーズは俺達が片づけるからいい。他の連中はどうでもいい、ただ邪魔をされたくない」
瞬はじっと考え込んでいるようだ。
やがて美恵をそっと床に寝かせると、徹に近づいてきた。
「こいつを使えばいい」
「何だって?」
突然、自分にふられ徹は思わず声をあげた。
「この女が此方の手中にある以上、こいつは逆らえない」
「こいつにやらせるということか」
徹は唖然とした。仲間同士の戦闘など冗談じゃないと思ったからではない。
せっかく無事を確認できた美恵から離れるなんて絶対にできないからだ。
「仲間同士の殺し合いも一興だな。海軍の特選兵士、今言った通りだ。すぐに出撃しろ」
「……ふ」
徹の中で何かが、ぶちっと切れた音がした。
「ふざけるな!美恵一人をおまえ達なんかの群れに置き去りにしたまま離れてたまるか!!」
「自分の立場がわかってないようだな」
蒼琉は美恵に近づき、顔に手を触れた。
「美恵に触るな!」
「科学省は俺とこの女の子供を欲しがっている」
「何だと?」
「奴等は俺が何も知らないと思って無防備に上のコンピュータに命令を送信している。
だが、こっちはしっかりハッキングしていたんだ。
失敗作というわりには俺のことを随分買っていたようだな科学省は。
俺の子が欲しいから、この女はほかっておけとⅩシリーズに命令するとは光栄だ」
徹は怒りで手足が震えていた。
常に冷静でいるべき訓練を受け、その心構えもある。
にもかかわらず頭の中が噴火寸前の火山のようで、何も考えられない。
「遺伝子を計算でしかできないマッドサイエンティストどもの考えそうなことだ。
反抗的な俺の性格は、従順なⅩシリーズの血とかけあわせれば中和されると思っているんだろう。
俺に似た子ができて第二の反乱が起きる可能性を考慮してないとは愚かすぎる」
「……美恵、俺の美恵を」
「しかし、どっちに似ても天才になるだろうな」
「美恵を侮辱するな!!」
ついに徹の感情が爆発した。蒼琉の顔面に鋭く拳を伸ばす。
しかし蒼琉は軽々と徹の攻撃を片手で受け止めた。
凄いパワーだ、びくともしない。
つかまれた拳に痛みが走る。徹は顔を歪めた。
「興奮するな」
蒼琉は笑っている。
徹の怒りのパワーなど蒼琉には、まるで通用しない。
「……ん」
愛おしい声が聞こえ、徹は思わず振り返った。
美恵の指先が僅かに動いている。
「美恵?」
美恵がゆっくりと瞼を開いた――。
【残り22人】
【敵残り6人】
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