(思い通りに事はすすまないということだな薫)

薫の一連の行動をみていた晶は、内心愉快だった。
正直言って、心情的にはF5を応援したいくらいだ。
F5の仕業に見せかけて薫を亡き者にするのも、いっそいいかもしれない。
勿論、そんな都合のいい手段はあるものじゃない。
まして戦場で余計な私情を挟めば、それは最悪自分に跳ね返ってくることを晶は熟知している。
晶は慎重に気配を消し、ゆっくりと移動していた。
F5は、まだ雅信や薫に気を取られ自分の存在に気づいていない。
これを利用する手はない。確実にしとめる事ができるはずだ。




Solitary Island―150―




「待てよ速水!」

幸雄も拓海も脚には自信があった。それなのに志郎に追いつけない。
途中、Fの死体が障害物となって行く手を遮ったのも理由の一つだ。
志郎は、まるでアスレチックを楽しんでいる子供のように、ジャンプして避けている。
しかし幸雄と拓海には、そんな芸当できない。
まず、その姿を確認しただけで足が一瞬止まってしまう。
動かないとわかっていても、本当に死んでいるのか恐怖ゆえに疑ってしまう。
そんな事をしているうちに志郎は廊下の角を曲がり姿が見えなくなってしまった。




「あ、待てよ速水、おまえいい加減に!!」

慌てて速度をあげ角を曲がった。


「なっ……!」


幸雄は一瞬で硬直した。
目の前に自分の背丈の倍はあるであろうF4が立っていたのだ。


「あ、あぁ……」


足がすくんで動かない。自分とF4との距離は2メートルもない。
全身の筋肉が固まり、声すら出せない。


「……逃げるんだ内海」


背後から拓海が小声で言ってきた。
もちろん逃げるしか手段はない。こんな化け物と、まともに戦えるはずがない。
頭ではわかっているが体がいうことをきかないのだ。
幸雄の恐怖を理解しているのかF4の動きはゆっくりだった。
逃げる気配のない獲物を、じっくりと品定めするかのように、ゆっくりと腕を伸ばしてくる。




「逃げろ内海!」




拓海が幸雄の後ろ襟首をつかみ引っ張った。
幸雄の体は、その勢いで廊下の床を滑り結果的にF4から離れた。
入れ替わりにF4の最短距離の位置におかれた拓海。
F4が、がばっと口を大きく開いた。
生々しい牙がはっきりみえた。

「危ない吉田!」

瞬発的な速度でF4が拓海を襲撃した。














全てのガスが排出されてしまった。

(こうなったら仕方ない。雅信ごと爆弾で木っ端みじんにしてやるさ!)

安全地帯(厳密にいえば違ったが)にいた時に、暇つぶしに作ったお手製爆弾を薫は持っていた。
ありあわせの材料で作ったため、大した威力は望めないが人間二人を殺傷することは可能。
薫は爆弾に火をつけ、大きく腕を背後に反らした。
その時だ、男がぎらっとこちらに鋭い眼光を向けた。
一瞬、仰天した薫だが、すぐに気を取り戻す。
しかし男の方が動作が速かった。
男が小石のようなものを投げてきたのだ。


それは正確に薫の手に命中し爆弾は薫の手をすり抜けて足下に落下。
これはたまらない。薫は慌ててダイブするように階段の踊り場から飛び出した。
その直後に爆発。熱風が薫を襲う。
それは実に間抜けな光景だった。
よりにもよって自分で製作した爆弾の被害を受けたのだから。
薫は爆風に煽られてフロアまで転がり落ちた。




「……う」
全身に走る痛みにこらえながら顔を上げた薫は驚愕した。
あの男が仁王立ちしているのだ。血に飢えた野獣の目で自分を見下ろしながら。
薫は即座に立ち上がろうとした。
この男はやばい、とにかく危険だ。
真っ正面から対峙するなどもってのほか。まして接近戦など絶対にやるべきではない。
距離をとって飛び道具でしとめるのが安全かつ確実な手段なのだ。


だが薫が体勢を立て直すのすら男は許してくれなかった。
それどころか薫にとって命の次に(もしかしたら、それ以上に)大切な顔に蹴りを繰り出した。
薫は何メートルも無様に飛び床に叩きつけられるように落下。

「ぼ、僕の……!」

薫は懐から鏡を取り出した。
その間にもぽとぽとと血の滴が床に落ちている。
おそるおそる鏡をのぞき込むと左頬がふくれ流血していた。


「ぼ、僕の……究極の美といわれた僕の顔がぁぁ!!」


薫の慟哭がフロアにこだました。
その様子を見ていた晶は必死に笑いをこらえていた。














「うわぁぁ!!」

拓海は左肩を押さえながら崩れ落ちた。
その顔は苦痛で歪み、激しい流血に学制服は真っ赤に染まっている。
F4の牙には鮮血がたっぷり付着していた。
それは医療の素人である幸雄から見ても重傷だと一目でわかった。
出血の量が半端ではない。早く止血しないと命にかかわるだろう。
だが血の味でF4は狂喜したかのように吠えだしている。
そのおぞましい遠吠えは、幸雄と拓海を逃すつもりなどないという意思表示に見えた。


「畜生、吉田から離れろ!!」


幸雄は威嚇するつもりで叫んだが、それは、もはや悲鳴ですらあった。

(まずい、まずいぞ。このままじゃあ吉田が本当に殺されてしまう)

幸雄は銃をとりだした。
こんな場所では一番役に立つ武器だと父に渡されたものだ。
しかし、常に周囲に銃に馴れた連中がいたため、自分自身は使う必要がなかった。
今こそ、これを使う時がきたのだ。


「畜生、くらえ!」

幸雄を両手で銃をしっかり握りしめると引き金をひいた。
この距離ならば、いくら素人でもはずすはずはない。
ところがF4は傷一つ負っていない。何と銃弾が発射されなかったのだ。




「ど、どうしてだよ!」

幸雄は何度もトリガーを引いた。しかし何の反応もない。
七原は弾をしっかりつめて渡してくれたはず。


「こんな時に故障かよ。畜生!」
「……ち、がう」

苦しい息の下から拓海の声がした。

「吉田?」
「安全装置をはずせ。早く……!」
「安全装置?」

幸雄は思い出した。
七原が、いざ銃を使う時には安全装置をはずすように念を押していたことを。
動揺していて完全に忘れていたのだ。


「た、確か……」
F4がうなり声をあげた。その凄まじい音量に幸雄はびくっと硬直した。
F4がじっと自分を見ている。正確には手にしている銃を。


(こ、こいつ、銃がどんなものか知ってるのか?)


こんな獣に、そんな知能があるとは思えない。
だが、ありえない仮説を証明するかのようにF4は拓海を飛び越え幸雄を襲ってきた。




「うわぁぁー!!」

びびった幸雄は思わず銃を落としてしまった。
最悪の展開だ。幸雄の頭の中は真っ白になった。


「走れ内海!」


その言葉に魔法にかかったように幸雄は猛ダッシュしていた。
だがF4も追走してくる。
恐怖で理性がふっとんでいた幸雄は逃げ道を全く計算していなかった。
何と行き止まりに逃げ込んだのだ。
エレベーターが二つあったが、どちらも何度もボタンを押しても反応が全くない。

「開いてくれ!!」

駄目だ、開かない。
背後からはF4が迫ってきていた。


「く、来るな」

幸雄は、もはや追いつめられた獲物だった。
F4もそれがわかっているのだろう、ゆっくりと近づいてくる。


「逃げろ内海!」


拓海の声が聞こえるが、もはやそれは不可能だ。


「だ、駄目だ、駄目なんだ吉田。もう……」
「し……死にたいのか!」
「もう無理だ、逃げ道なんてどこにもないんだよ!!」


銃声が空を切り裂き、F4が絶叫した。
拓海だ、幸雄が落とした銃を拾い上げ発砲していたのだ。
だが、それが拓海の限界だった。
負傷し立ち上がることもできず、やっと放った一発はF4に命中こそしたものの致命傷ではなかった。
今だ銃口はF4に向けているが、その腕は小刻みに震えている。
そして糸が切れたように拓海は、がくっと崩れ落ちた。


「吉田ぁ!!」


絶体絶命、その時、突然、エレベーターが動き出した。














「わ、私の……!私の究極に高尚な趣味の糧となるネタ帳がぁ……!」

瞳はがくっと、その場に項垂れた。勿論、直人には何の罪悪感もない。
それどころか、早速、翠琴に尋問を始め出した。


「ブルー以外の仲間は?」
「紅夜……蒼琉と張り合う強さの持ち主よ。まともなやり方じゃあ倒せないわね。
黒己と紫緒も異常な変態で厄介だわ。沙黄は女だから、私とそう能力はかわらない。
珀朗は、いつも高見の見物よ。多分、大して強くもないわ。 戦っているところを見たことないもの。
あなたが警戒する必要があるとすれば、蒼琉以外では3人よ」
「……3人か」
「特選兵士を狩れと命令され、それぞれ別行動とっているわ。
もうすでに、あなたの仲間を倒しているかもしれないわよ」
それは言われなくてもわかっている。

「逆にいえば、特選兵士がおまえの仲間をすでに倒しているかもしれないぞ」


「……私の次回作のネタが……ああ、コミケに間に合わない」
「うるさいぞ、黙っていろ。それとも無理やり黙らせて欲しいのか?」
「い、いえ……滅相もありません」

瞳が大人しくなったところで直人はさらに質問をした。




「最下階には何がある?」
「潜水艦があるわ。海中から、この島を出ることができるはずよ」
「潜水艦……か」

直人は顔をしかめた。さすがに潜水艦は専門外だ。
地上を疾走するスポーツカーから飛行機まで幅広くライセンスをもっている直人も潜水艦の操縦は未経験だった。

「でも、あれを動かすには――」
「待て、黙ってろ」

直人は耳をすました。廊下の先から何者かが走ってくる。
一瞬、Fかとも思ったが、足音から人間のものだとわかった。
近付いてくる足音と共に、激しい呼吸の音が聞こえてくる。
その何者かは、程なくして姿を現した。




「た、助け……助けて、周藤さんに殺されるぅぅー!!」




「何だ、あいつは?」
「助けてぇえ!!」

純平だ。こんな状況で殺されることに怯えているのは当然だろう。
しかし、その殺人者が晶という点が奇妙だった。
純平は余程取り乱していたのか、直人達の真横を走りぬけようとした。
そこで直人は、すっと脚をだして純平を転倒させた。
二回転して壁に激突した純平の髪の毛を鷲掴みにし、「おい落ち着け」と声をかけてみる。


「き、菊地さん!よかった、助けて、俺、周藤さんに殺されちまうよ!!」
「何があった?」
「何って、俺は男の子として当然の正義感から……あー!あの時のおねえさん!!」

純平と翠琴が初対面ではないことに直人はおおよその見当がついた。


「おまえ、この女を庇って晶の神経に障ることをしたのか?」
「それがいまいち……俺はただおねえさんを守ろうと必死に飛び出しただけで……」
「もういい、だいたいわかった」

国防省に籍をおいているせいか、男と女が厄介なことになることは十分すぎるほど知っている。
しかし腑に落ちないのはそこではない。
純平の怯え方から晶が相当激怒しており、本当に殺害しかねない様子だったことはわかる。
その晶がなぜ純平を追ってこなかった?
晶ならものの数秒で純平に制裁をくわえられていたはず。
それなのに、おめおめと逃がすとは。


「……気になるな。おい移動するぞ」
「移動って?」
「晶の元に行く」
「え、ええ!?俺は冗談じゃあないですよ」
「なら勝手にしろ。Fと遭遇しても自分の身を自分で守れよ」

直人は翠琴を引っ張り歩かせた。瞳も自ら直人についていく。
それを見た純平は途惑っていたが、やがて「待ってくれ!」と後についてきた。














「ぼ、僕の美貌が!国防省の華とうたわれた僕の……!」

薫は銃を構えた。

「よくも、僕の――」

男が一瞬で薫の間合いに入ってきた。
銃をつかみ強引に薫のこめかみに銃口をつきたてる。
すごいパワーだ。腕力勝負では太刀打ちできない。


「さあ引け。すきなだけ引き金をひくんだな」


頭に血が上っていた薫は一瞬で己の現実を知った。
「ふ、ふざけるな!」
残された手にナイフを握らせ突き上げる。
が、男のボディに刃が届く前に強烈な頭突きがお見舞いされた。
とんでもない石頭に、薫はふらついた。
しかし暢気に倒れている暇はない。
笑みを浮かべ、いい気になっている男に強烈な蹴り加えた。
少しはダメージがあったのか、男の手が自分から一瞬離れる。
その隙を逃さず薫は再び銃口を向けた。
しかしお返しとばかりに男の脚が急上昇して銃を蹴りあげていた。
銃は、はるか遠くに飛んでいく。


「殺す!」

全身、血まみれの雅信が男の後頭部を殴りつけた。
銃を失い危機的状況に立たされた薫にとって、それは想定外の幸運だった。
「雅信、よかった。まだ動けたんだね。僕は君を信じていたよ」
薫の殊勝な言葉など雅信は聞いていない。
「死ね、死ね!!」と、さらに男の頭を滅多打ちだ。
男がうつ伏せになって倒れても馬乗りになり攻撃の手を休めない。
その狂人ぶりに薫は言葉もなかった。
男が完全に動かなくなってから数分後、ようやく雅信の動きはとまった。




「今度こそ死んだかな?」
「……はぁ……はぁ……」

雅信は、まだ興奮している。

美恵の事を知っていた。でも拘束して情報を聞き出す余裕なんかなかったから仕方ないね」
美恵の名前を口にだした途端に雅信が凄い早さで薫を睨みつけた。
「……美恵の……?」
美恵の居場所知ってるだろうってことさ。もう死んだから聞けないけど」
「……美恵の居場所」

雅信は、その事に今やっと気づいたらしい。
突然、薫につかみかかった。


美恵を探せない。貴様のせいだ!」
「はぁ?何言ってるんだい、殺したのは君じゃないか!」
「おまえが言わなかったのが悪い!!」
「何でそうなるんだい!僕を責める暇があったら手掛かり探す方が先だろ?」
「手掛かり?」
「死体を調べてみよう。何かわかるかもしれない」

雅信は薫を突き飛ばすと男に飛びかかり、仰向けにするとベルトをはずしだした。


「ちょっと待ちなよ雅信。何でズボンなんだい?まずはポケットの中とか、他に探すところはあるだろう」
「こいつが美恵を抱いてないか調べる。性交のあとがあったら生皮をはぎ取って死体を天井からつるす」
「……実に君らしい考えだね」

薫は呆れながらも近づき、血まみれの男の顔をもう一度見つめた。
恐ろしい男だった。こんな奴が後何人いるのだろうかと思うと気が滅入る。


「まあ、いいさ。僕は科学省の内部調査が任務、こいつらの処分は晃司達にまかせるよ。
化け物同士、いい勝負になると思う――」


死んだと思われていた男の瞼が、かっと開いた――。




【残り22人】
【敵残り6人】




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