(この容姿……間違いなくF5だ)

浅黒い肌にエキゾチックな彫りの深い顔立ち、その風貌に薫は身構えた。
ついに起きてしまったF5との邂逅に身震いしたい気持ちにすらなる。
科学省が腕によりをかけて作り上げた人間兵器だからというだけの理由ではない。
Fに対するあまりのも残虐すぎる戦闘行為の痕に、薫は肌でこの男のやばさを感じたのだ。

(先手必勝、やられる前に死んでもらう!)

薫は銃口を男の眉間に向けた。
だが、まるで鬼神のような迫力で男は逃げるどころか向かってきた。
その尋常ではない有様に薫は少々気後れしたが、それでもトリガーを確実に引いていた。
だが男の動きの方が早かった。
薫が指を動かす、ほんの僅か前に顔の角度を変えたのだ。
しかし完全にかわされたわけではない。
男のこめかみ部分に赤い線が入り、次の瞬間、一気に血が噴出した。
ところが男は全くひるまず向かってくる。


(何だ、こいつは!?)

薫が男に感じた正体不明の寒気はさらに増大してゆく。
それでも薫は再度トリガーを引いた。だが、すでに男が間合いに入っていた。
そして強烈な蹴りが上昇してくる。
薫は慌てて避けようと試みたが、スピードが速すぎて避けきれなかった。
腹部にきしむような痛みを感じ、薫は床に落ちていた。
しかし男の方のダメージは何倍も大きいはずだ。
最後に放った弾丸は男の左胸に命中していた。
男は蹴りを繰り出すと同時に弾丸にはじき飛ばされていたのだ。


(銃弾のおかげで助かった)
まともに入らなくてもこの威力だ。もしも発砲していなかったら、内臓を破裂していたかもしれない。
「何て危険な男なんだ。銃を持っている相手に真っ正面から突っ込むなんて」
確かに強い、でも頭は弱かったようだ。
そのおかげで助かったと薫は安堵の溜息をついた。


「……動くぞ」


しかし、それも束の間だった。


「……雅信、今、何て言ったんだい?」
「まだ死んでいない……動くぞ」


薫は、まさかと大笑いしたかった。だが、できなかった。
壁に背もたれし足を投げ出して座っている無様な格好ではあるが、男からは刺すような殺気が充満していたのだ。


(こいつ、まだ死んでいない!!)


確かに左胸に命中した。心臓を貫いてやったはずだ!
薫は心の中で叫んだ。
その思いをあざ笑うかのように男は不気味なほどの早さで立ち上がった。




Solitary Island―148―




「まただ」
完全に閉ざされた頑丈なシャッターを前に晃司達は立ち止まった。
「同じ所を回っているな」
「ああ、ウイルスは、ただ誤作動させているなんて嘘だったな」
まるで晃司の行く手を遮るように自動ドアや防火シャッター等が閉まっている。
仕方なく他のルートを選択したところ、同じ場所に出た。


「見張られている……と、見た方がいい。おまえ達はどう思う?」


「おまえの考えが正しいんじゃないか?
システムは暴走していない。実に巧妙に俺達の行く手を遮っている」
秀明も同じ意見だ。
「異論はない。どうやら、どこかで俺達の行動は監視されているようだな」
隼人が定点カメラをちらっと見た。
もちろんカメラの存在には注意を忘れず、常に死角に入るように気を配っている。
それでも、此方の動きが筒抜けということは、隠しカメラが設置されているのだろう。


「分かれた方がいいと俺は判断する。どうだ?」
晃司は再度質問した。
「それもいいだろう。隼人、おまえはどうする?」
今度は秀明が質問した。
「そうだな。分かれるといっても三人ともは避けた方がいい。
晃司、いくらおまえが強いといってもブルーという怪物はおまえと同等らしいんだろう?
しかも部下が何人もいる。だったらおまえ一人で倒せるほど甘くない」
続けて隼人は「万が一の場合を想定して、おまえ達二人ともが同時に倒されるわけにはいかないんだ」と言った。
「では俺は右に行こう。隼人、おまえは晃司と一緒にいてくれ」
秀明は返事も聞かずに、さっさと右のルートに走り去ってしまった。














「動きがあったぞ紅夜」
蒼琉は隠しカメラの映像を楽しそうに鑑賞していた。
「]4と]5が別行動をとった。これはチャンスだ」
蒼琉は、はじめから晃司と秀明しか眼中になかった。
他はおまけ程度にしか考えていない。
「]4は貴様にくれてやる。行ってこい」
「おまえ、自分で戦うんじゃなかったのか?」
「二人とも俺がもらってもいいぞ。紅夜、貴様に勝つ自信がないのならな」
蒼琉の喉元にナイフが延びてきた。ほんの紙一重の位置でぴたっと止まる。
それは第三者が見ればぞっとするような場面だが、蒼琉は顔色一つ変えない。
「今度ふざけた事を言ったら殺すぞ」
「気に障ったのなら、行動で俺の言葉を否定してみろ」
紅夜はナイフを引くと、じろりと睨みつけ、ゆっくりと立ち去っていった。














「こ、こいつ、何なんだ?」

薫は男の異常性に鳥肌が立つほどの恐怖を感じた。
こめかみから、ぽたぽたと流血しているにもかかわず、その目は戦闘意識で真っ赤に染まっている。
左胸の銃痕の向こうには防弾チョッキが見えていた。
それにしても、銃弾の威力を真正面から受けていながら、立ち上がるなんて。


「……俺を裏切った


男の口からの名前が出た。薫はぎょっとして雅信に振り向いた。
雅信のフラッパーパーマが逆立っている。異様なほど反応しているのだ。


「おまえ……俺のに何をした?」
「俺の、だと?貴様もの男なのか?」
が俺の女なんだ」

それは異常すぎる会話だった。

(こいつ……普通じゃない)

薫は雅信ほどいかれた男はいないと思っていた。
だが、今、眼前にいる男は雅信と同様、血と狂気のオーラで覆われている。
人間の形をした獣だ。決してかかわってはならない魔獣なのだ。




「……に何をした?」

雅信の口調が低い。

(あいつ、雅信を完全に怒らせた)

こうなったら雅信は手が着けられない事を知っている薫は無意識に後ずさりしていた。


「……俺を裏切った女……俺に抱かれる事を拒んだ女」

男は突然笑いだした。


「アーハハハっ!」

その笑い声に薫はますます嫌な予感がした。


「……女……の事かー!!」
(雅信が切れた!)


雅信は、元々危ない男だったが、怒りによって完全に我を失っている。
いつもならば謎の男の残忍な死を予想するところだが、薫には、そのイメージが浮かばなかった。
それを裏付けるかのように、次の瞬間、雅信の血が辺り一面に飛散した。














「徹、本当に他に怪我はしていないのね?」
は何度も念を押した。
確かに、あの赤毛の男は強い。しかし徹も優秀な特選兵士なのだ。
その徹が敗北寸前までいったことには強い疑問を抱かずにはおられなかった。
もしかしたら徹は体調が悪くて、それを隠しているのかもしれない。
「大丈夫だよ」
の気持ちを察したのか徹は笑顔で否定してくる。
それでもは、その言葉を100%信じる気持ちにはなれなかった。


「徹、服を脱いで」


徹が、さっと顔色を変えた。
どんな言葉よりも、その変化が雄弁にの推測を事実だと語っている。


「やっぱり無理していたのね」
観念したのか、徹は溜息混じりに白状を始めた。
「ちょっと背中にね。でも大した事はないよ」
「怪我人なのに無理をしてこんなところに来るなんて……。
ここが、どんなに危険な場所かわからなかったなんて言わせないわ。
単独で奇襲をかけようなんて自殺行為よ。
あの男が気まぐれを起こさなかったら殺されていたのよ」
徹はそんな無謀な行動を取ったのは間違いなく自分のせいだとは理解していた。
だからこそ余計に徹の行動を否定する言葉が出てしまう。


「……本当に馬鹿よ、あなたは」
「……結構だよ。君のためなら、いくらだって馬鹿になってやるさ」


徹はを引き寄せてきた。
おかげで徹の胸に頭を預ける体勢になりは困惑した。


「責任を感じているんなら、このまま大人しくしてて欲しいな。これが俺にとっては一番の特効薬だよ」
「そんな、徹……」
「君が無事で本当によかったよ。あいつらに何もされてないだろうね?」
徹が顔をのぞき込んでくる。
一瞬、黒己に犯されそうになった事が頭をよぎったが、そんな事、勿論、徹には言えない。
「閉じこめられていただけよ」
「本当だろうね?」徹は念を押してきた。
「とにかく俺が来たからには、もう君を危険な目にはあわせない。約束するよ」
徹が手を握ってきた。




「あの徹……」
『離して』と要求するつもりだったがは言葉を止めた。
徹が指での掌をつついてきたのだ。
(モールス信号?)
ハッとして徹を見上げると、徹は微かに頷いた。
『隙を見て逃げようと思う』
は心配そうに徹を見つめた。
徹は武器を取り上げられている。F5に見つかったら当然即座に戦闘となる。
いくら特選兵士といえどもF5相手に丸腰で戦えば敗北は必定。
そして戦場における敗北は死、あまりにも無謀な賭けだ。


『銃は取り上げられたけど隠し持っている武器はまだあるんだ。
簡単にやられはしないよ。だから奴らの情報が欲しい。
君が知っている事を、どんな些細な事でもいいから教えてくれ』
恋愛にうつつを抜かしているようでも、やはり海軍の超エリート。
は徹を見直しホッとした。
が知っているF5の情報など役に立つとは思えないが、少しでも徹の役に立つのなら全て伝えるつもりだ。
だがには徹に黙っていなければならない事が一つだけある。
先ほどから凄い目つきで睨みつけている瞬、彼を置いて逃げることなんてできない。


(ごめんなさい徹……その時が来たら、あなた一人で)

逃げてくれるだろうか?

自惚れるわけではないが徹の自分に対する熱愛ぶりは、夢中とか執着というレベルではない。
それゆえ、こうして危険を省みず、F5の巣に単身乗り込んでさえきた。
その徹がの望みとはいえ、を置いて逃げてくれるだろうか?
まして徹はなまじひとより優れた能力と、それに裏付けされた自信があるだけにひいてくれそうもない。
可能性は限りなく低いように思われる。
徹の自分に対する熱が冷めるような都合のいい事態が起きない限り無理だろう。
ならば気が咎めるが上手く騙すしかない。





あれこれ考えている最中に突然名前を呼ばれは一瞬ぎょっとなった。
その僅かな心の動揺から徹はの計画に気づいたのだろう。
『勿論、脱出する時は二人一緒だよ』と、釘を刺してきたのだ。
その意志が固いことを主張するかのように、さらに強く抱きしめてもきた。


「徹、私は……」
「今は何も聞きたくない。しばらく、このままで――」


徹が言葉を止めた。
に向けていた優しげな微笑みが敵意に満ちたものへと変化し、鋭い眼光を右斜めの方向に素早く向ける。
つられるようにして視線の角度を変えたも表情を強ばらせた。
ずっと無言で座っていたはずの瞬が立っていたのだ。
その表情には何もない。いや何もないからこそ、余計に得体の知れない恐怖を感じる。


「早乙女、いや義兄さん。言いたいことがあったら言いなよ」


挑発するように徹が言い放った。
瞬からは殺気は感じないが、殺気を隠すことなど]シリーズには簡単な芸当だ。
絶対零度のような冷たい表情は確実に好意とは程遠い負の感情が秘められている。
しかも、瞬の視線の角度から、その感情が徹に向けられているのは確実だ。
瞬にとって国家にかかわる人間は全て敵。
その敵である徹に、いよいよ牙をむこうというのだろうか?
攻介や俊彦にそうしたように。
は慌てて徹の腕から抜け出すと瞬に駆け寄った。




「やめて。もう殺さないで!」

それは徹にとっては失礼な言葉だっただろう。
戦闘になれば徹が敗北することを予想しているととられてもおかしくない。
だが実際問題として、瞬は二人の特選兵士を、あの世に送った]シリーズ。
その実力は相当なもののはずだ。
おまけに徹はの願いなら(少なくてもの前ならば)聞き届けてくれるだろうが瞬は違う。
どう考えても戦闘開始の鍵を握っているのは瞬の方だ。


「もう、復讐なんかやめて兄さん」

は瞬のブラウスをつかみ必死に訴えた。




「全てを捨てて俺と二人きりで生きるんだろう?」




は息をのんで瞬を見つめた。
確かに言った。思わず言った台詞だが本気だ、覚悟はあった。


「何だって?」
背後から徹が驚愕と不快に満ちた口調で呟くように言った。
「どういう事なんだい?」
強い口調で徹が訊ねてくる。責めているような気配すらあった。


「……瞬には誰かが必要なの。こんな事を終わらせるためにも。
何より私が一緒にいたいのよ。二度と瞬にこんな事はさせられない、だから――」

「冗談じゃない!!」


徹が音量マックスで怒鳴ってきた。
いつもは優しい徹だけに、は思わずびくっと反応してしまったほどだ。


「どうして君がそんな奴の為に犠牲にならなきゃいけないんだい。どうかしている!」
「犠牲じゃないわ。さっきも言った通り私がそうしたいの」
「そういうのを自己犠牲って言うんだよ。
こいつがしたことに君が責任や罪悪感を感じる事なんか何もない。馬鹿な事は言わないでくれ!」
徹は本気で怒っている。
「全てを捨てる?俺の気持ちもか?何でそうなるんだ。
君を必要としている人間はここにだっているんだ!」
徹の口調は怒りから悲しみの籠もったものへと変化していった。


「第一、そいつは君すら害そうとしているんだ!」
徹の言い分は正論だ。
確かにも瞬にとっては敵側の人間。それは重々承知している。
「わかってるわ。私なんかが瞬の鞘になれるなんて保証はない。でも瞬は私を助けてもくれた」
肉親の情が瞬の中に残っていなければ、あの行動の説明はつかない。
瞬の輸血がなければは今ここに立っていない。血の絆にすがるしかには方法がなかった。




「そうでしょう瞬?あなたは私を助けてくれたわ」

瞬がじっとの顔を見つめてきた。
熱の籠もった眼差しにの中で期待がふつふつと沸き上がる。

「騙されるな、あれは――」

まるで電池が切れたロボットのように徹の言葉が中断した。
振り向いてみると徹が固まっている。はっとした表情で。
やがて魔法が溶けたように、その顔色は徐々に険しいものへと変化していった。
徹は何か妙な事を考え、その結果、激高したのだ。
その感情の矛先は明らかに瞬に向けられている。


「まさか貴様……」

徹の目に宿っていたのは敵意などという生やさしいものではない。
殺気すら隠さない徹に、は硬直するほど驚いた。


「……まさかにふざけた感情を持っているんじゃないだろうな!?」




【残り22人】
【敵残り6人】




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