「沙黄は敗北、紫緒と翠琴からは連絡が途絶えたままだ。
特選兵士も、なかなか楽しませてくれるじゃないか」
蒼琉は冷たい笑みを浮かべた。
「黒己は、もはや仲間ですらない。奴等と組むことはないだろうが、俺達の敵だ」
人数の上では不利、しかし、基地を知っているという有利な点もある。
蒼琉にとって、この殺し合いはゲームでしかない。
「そろそろ俺が出て奴等の戦意を粉砕してやるのもいいか?」
紅夜はムスッとした表情で返事もしない。
「何だ紅夜、文句があるなら、はっきり言え」
紅夜はナイフのような鋭い視線を向けながら低い声で口を開いた。
「なぜ、奴を殺さず生かしておく?」
「奴?」
「とぼけるな。貴様の気まぐれにつき合えるほど俺は酔狂な性格じゃない。
奴は俺の獲物だった。どう扱おうが俺の勝手だ。だが貴様は止めた」
蒼琉は予測した通りの返事に、くくっと笑った。
「何がおかしい?」
「今、殺すのは面白くない。そう思っただけだ、気にするな」
蒼琉は立ち上がると何十もあるモニターの一つ一つをじっと見つめた。
「連中が調子に乗らないように少し暴れてくる」
紅夜は相変わらず不満そうにに睨みつけてくる。
「見張りは珀朗にまかせて貴様も暴れろ。つまらん嫉妬は見苦しいだけだぞ紅夜」
Solitary Island―146―
「僕は室外にいるから気にしないでいいよ」
珀朗によって、再び美恵は元の囚われ人になった。
以前と違うのは人数が1人増えた事だ。
美恵と徹が拘束室に入ると同時に鍵がかかる音が聞こえた。
「美恵、君が無事でよかった」
徹に抱きしめられ美恵は困惑した。
「徹、離して」
「嫌だね。俺がどんな気持ちだったかわかっているのかい?
君にもしもの事があったらと思うと気が狂いそうだったんだ。君を助けるためなら命なんか惜しくないくらいだった」
「その気持ちは嬉しいわ。でも……」
美恵は気まずそうに徹の背後に視線を向けた。
そこで徹も美恵から少し体をはなし頭を動かした。
部屋の隅にいた瞬が、じっと此方を見つめている。
「……何で、こいつが一緒なんだい?」
「それはこっちの台詞だ。何で貴様がここにいる?」
狭い拘束室の中、徹の敵意と瞬の殺意が空中で交錯し不穏な空気へと一瞬で変化した。
「徹、お願い。私の話を聞いて」
美恵は慌てて徹を制した。
「瞬と事をかまえないで。瞬、あなたも徹に危害を加えるようなまねはしないで。お願いよ」
美恵の懇願に徹は即座に「安心しなよ。君が悲しむことはしないから」と応えてくれた。
瞬は無言だったが視線をそらし、その場に座り込んだ。
とりあえず戦闘態勢はとっていない、それだけが救いだ。
「ところで美恵、まさかとは思うけど、この部屋にずっと彼と二人っきりだったんじゃないだろうね?」
「時々は、さっきのひとが様子を見にきてたわよ」
「何だって?じゃあ、あいつらは君を男と二人きりで閉じこめていたってことか」
徹は再び感情を高ぶらせた。
今度は単なる敵意ではない。嫉妬を含んだ怒りの炎だ。
「何て連中だ。年頃の男女を一つの部屋に」
「徹、瞬は私の……」
「知ってるよ。母違いの兄妹だってことは。でも、そんなの関係ないね。
ずっと顔すら知らずに別々に育った男なんて他人も同然さ。
まして君のような魅力的な女性と二人きりで邪まな心を抱かない男の方が珍しいよ」
「……徹、あなた男のひとを疑いすぎよ。世の中、雅信や薫みたいなひとばかりじゃないのよ」
「俺は完璧主義者なだけさ。君に近づく男は例えオカマでも信用しないって決めてるんだ」
どういう風の吹き回しか、蒼琉は徹殺害を、とりあえずやめてくれた。
当然、武器は取り上げられたが、監禁だけで済んだのは幸運としか言いようがない。
その奇跡を徹はつまらない焼き餅で壊そうとしている。
「貴様は瀬名俊彦のように俺を責めないのか?」
特選兵士に宣戦布告した自分を攻撃すると思っていた瞬には、その方が不思議だったようだ。
「勘違いしないでほしい。俺達特選兵士は決してお仲間じゃない。
攻介の死は、おまえと攻介の問題だ。俺には直接関係ない。
けれども美恵を関わらせた以上、俺は黙っていないよ。
もしも美恵に危害を加えたら、俺はF5もろとも、おまえを殺していたさ」
「……徹」
美恵は怖くなってきた。いわば瞬は国家反逆者、徹の敵であることには変わりがない。
思わず徹の袖をぎゅっとつかんでいた。
余程、不安そうな表情だったのか、徹が慌てて宥めてきた。
「美恵、そんな顔をしないでくれ。今は彼に何もしないよ。
この島から脱出した後で大人しく法に従うなら、罪が軽く済むように俺が口添えしてやってもいい」
「そんな事ができるの?」
「君のためなら全力を尽くすよ。それで君が笑ってくれるのなら」
「でも瞬は攻介だけでなく俊彦まで手にかけたのよ。
法に厳格な直人が黙っていないわ。処刑されるには十分すぎる理由だもの」
「俺には強力なスポンサーがいる。法なんて権力で、いくらでも曲げられるさ。
義兄さんの減刑が君の幸せなら、俺はどんな事でも可能にする」
「義兄さん?」
瞬が此方を睨んできたが、美恵しか見ていない徹は全く気付いてなかった。
「貴子!!」
「母さん!!」
杉村と貴弘は最悪の事態を想定し悲鳴のような声を上げた。
だが次に聞こえてきたのはF4の絶叫。
貴子に襲いかかったF4は倒れぴくりとも動かなくなっていた。
その頭部の銃痕からは酸性の血液が流れ床に穴を空けている。
F4達はいっせいに視線を変えた。その先にはポニーテールの少年が無表情に銃を構えている。
F4の群は杉村達には見向きもせずに新たに出現した少年に襲いかかった。
パンパンと乾いた音が響きわたり、その都度F4達は沈んでいった。
銃弾は正確にF4の頭部だけを貫いている。
全く無駄のない射撃。一発でF4達は絶命していった。
「あ、あいつ……」
貴弘は自分の目が信じられなかった。
軍の精鋭と聞いてはいたが、それを実際に目の当たりにすると驚愕せずにはおられない。
(あの勢いで襲撃されたら、俺じゃあ、こんな正確な射撃はできない。
ボディに被弾させただけでは即死させられない。頭だから一匹につき一発で済む。時間も最短だ)
ついにF4の悲鳴が止んだ。
後には溶ける床のきな臭い悪臭だけが残るだけ。
「速水、礼を言う」
いつもの貴弘なら素直に感謝の言葉など口にしない。
しかし今回は最愛の母の命がかかっていたので例外だった。
「おまえがいなかったらと思うとぞっとする。借りができたな」
志郎は無言だった。千秋や幸雄たちが恐る恐る部屋から出てくると、「美恵は?」とだけ言った。
拓海や、興奮しきっている隆文も姿を現すと志郎は露骨に失礼な言葉を吐いた。
「これで全員。美恵はいない。無駄足だった」
そしてくるっと向きをかえると走り出したのだ。
「速水、どこに行くんだ!」
幸雄が呼び止めるも志郎は止まらない。
「一人じゃ危険だぞ!!」
怒鳴るように警告したが、それでも志郎は止まらない。
「あの馬鹿、何て勝手な奴なんだよ!」
幸雄は口では文句を言いながらも走りだした。
「一人にはできないから、あいつを追うよ。おじさん、千秋を頼むよ!」
「待てよ内海、俺も行く」
拓海も幸雄の後を追った。
「ま、待てぇ!俺には真実を知る権利があるんだ!!」
隆文も後に続こうとするもF4の死体に足をひっかけ転倒、その間に幸雄と拓海の姿は見えなくなっていた。
「徹、怪我は大丈夫?」
美恵はハンカチを切り裂き包帯代わりにした。
腕の止血は成功したが、本当ならきちんとした手当をしてやりたい。
「他に、どこか痛むところはない?」
「君が守ってくれたからね、命がけで」
徹は『命がけ』という単語をやけに強調して言った。
「ただ少し疲れたよ。君の無事を確認して緊張の糸も切れた」
「少し休んだら?いざという時の為に体力を回復させるのも重要でしょ?」
美恵は徹に睡眠をすすめた。
いざ、というのがいつ来るかわからない。それは一時間後かもしれないし、十分後かもしれない。
一秒だって無駄にできないのだ。
「……眠りにつきたくないんだ」
「徹、私が見張っているから大丈夫よ。だから」
「そうじゃない。ただ目を閉じたくないだけさ」
「どうして?」
「瞳を閉じたら、また君を見失ってしまいそうだから」
――瞬が睨んでいた。
「うぉぉー!!UFO研究家の俺を差し置いて真実を先に知るなんて許せないぃー!!」
「うるさい、わめくな!貴様の声をききつけて、また化け物が寄ってきたらどうするんだ!」
貴弘は、隆文の頭をぽかりと一発殴りつけた。
「ぼ、暴力で俺の信条は変わらんぞ杉村!
この宇宙生物たちを見た俺の胸の高鳴りは痛みなんかでは収まらないんだ!!」
「何が宇宙生物だ。いいか、よく聞け。宇宙人なんて存在しないんだ」
「ふふふふふ」
貴弘はかちんときた。プライドの高い性格ゆえに、見下されるようなマネは許せない。
特に相手が電波な人間ならばなおさらだった。
「杉村、やはりおまえも政府の情報操作に踊らせれた人間に過ぎないようだな。
真実から目を背け、常識という名の偏見から抜け出せないでいる」
隆文は、ガバット立ち上がると両手を高々とあげた。
「この島は政府が作り上げた宇宙生物研究所なんだ!
想像力のない人間に理解できないのは仕方ないが、それは紛れもない真実!!」
隆文の常軌を逸した熱弁に怒りすら感じていた貴弘だったが、ある事に気づき、内心ぎょっとなった。
隆文の背後の死体が僅かだが動いたのだ。
最初は死後硬直かとも思ったが何かが違う。
「植え付けられた情報を捨てるのだ。
頭の中を真っ白にして心で考えれば、おのずと真実は見えてくるはず!」
また動いた。確かに動いたのだ、死体が。
「俺達は歴史の生き証人としての責任がある。杉村、いい加減に目を覚まして――」
「この馬鹿オタク、その場から離れろ!!」
死んだはずのF4が隆文に覆い被さった。
「え?」
硬直する隆文、その表情には恐怖が浮かぶ余裕さえない。
「う……」
「逃げるんだ、馬鹿が!!」
貴弘は銃を構えた。しかし撃てない。
この角度と距離で発砲したら、間違いなく隆文は酸性の血を全身に浴びてしまう。
「うわぁぁー!!」
絶叫する隆文。呼応するように、めきめきと嫌な音が床から発生した。
同時に床が崩れ隆文は憧れの宇宙生物もどきと共に落下していった。
「楠田!」
ぽっかりと空いた床の穴は真っ黒で何も見えない。
遠のいてゆく隆文の悲鳴は、どんという不気味な音と共に止んだ。
「ねえママ」
「何よ」
光子と洸は鋼鉄の壁に囲まれた隠し部屋に身を潜めていた。
コンピュータの誤作動で仲間とはぐれ自分たちの現在位置すら把握できない状況。
その中で、この隠し部屋の扉が開いたのは幸運を越えた奇跡だっただろう。
中には食料と通信機、それに銃や医療道具まで揃っていた。
あんな危険な生物を扱っていたのだ。いざという時のためのパニックルームだったと思われる。
しかし、いつまでも隠れているわけにはいかない。
固く閉ざされていた扉が先ほどから三度ほど自動的に開閉している。
もう、ここは安全とはいえなくなってきた。
「とにかく強い奴を見つけて守ってもらおうよママ」
「あんな化け物と互角に戦える怪物があんたのクラスメイトにいるの?」
「うん、心当たりが何人かいるよ」
「いるのね、あんたのクラスにも桐山君みたいな怪物が」
「桐山君?」
「あんたの同級生じゃなくて、あたしが知っている桐山って男よ。
すごいハンサムの超エリートなのに、不良の頭なんてやってた変わり者。
おまけに大財閥の御曹司。
身体能力が半端じゃなくて、軍の兵士をばったばったと倒す最強の中学生だったわ」
「うちのクラスの桐山みたいだね」
談話はそこで終了。光子と洸は注意深く廊下にでた。
ひとの気配もないが、化け物の気配もない。
暗闇の中、廊下をまっすぐ進むと、広大なフロアに出た。
「ここはどこかしら」
「……ねえママ」
「どうしたの洸?」
「頭上から何か聞こえない?」
そういえば微かに聞こえる。
「ママ、危ない!」
洸は光子の腕を強引に引っ張った。
その数秒後に、何かが落ちてきた。
懐中電灯で照らすと、ひびだらけの眼鏡をかけた隆文と、まだ息があるF4だった。
F4は恐るべき生命力で立ち上がろうとしている。
そのギラついた眼光は真っ直ぐ光子と洸を射抜いていた。
「洸、さっさとやるのね」
「うん、ママ」
洸は冷静に銃のトリガーを引いていた――。
【残り22人】
【敵残り6人】
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