「な、何だぁ?」
海斗は目の前に広がる恐ろしい光景に一瞬自分の目を疑った。
一度ぎゅっと眼を閉じ再び開いたが、何も変わらない。
あの、おぞましい怪物の卵が辺り一面にそそり立っている。
その中の一つが、ゆっくりと開いた。モンスターが誕生しようとしているのだ。
それはすなわち海斗の命の灯火が消えることを意味している。
逃げなければ!
だが手足が自由に動かない。海斗は必死に動かそうと試みた。
だが不気味な粘着物質にまとわりつかれた体はいうことをきかない。
(畜生、俺の人生これまでかよ?!)
海斗が半ば己の命を諦めた時、銃声が空を切り裂いた。
はっとして顔を上げると、卵が次々に被弾し破壊されていくではないか。
「無事か、小僧!?」
「あ、あんたは三村の親父さん!」
「ここは化け物の巣だ。急いで逃げるぞ」
三村は海斗を力付くで、化け物の拘束から解放してくれた。
「三村……三村はどこに?」
「真一なら川田が助けに行っている。こっちも逃げるんだ」
「で、でも……!」
「安心しろ。川田は俺よりも強くて頭が切れる。川田にまかせておけば安心だ」
三村は拳銃を差し出してきた。
「いざってときは自分の身は自分で守れ、いいな?」
「あ、ああ」
「よし行くぞ!」
海斗は三村の後について全速力で走り出した。
Solitary Island―145―
「くそっ、ここもかよ!」
超合金製の扉からバンっと鈍い音が轟く。
「どいてろ杉村」
桐山は貴弘を押し退けて扉の前に立った。
「無駄だ桐山。見ろよ、この分厚い鉄の塊を。とてもじゃないが破壊することも、無理矢理こじ開けることも不可能だ」
桐山は扉の真横に設置されている開閉ボタンを何度も押した。
しかし非情なほど無反応だ。
コンピュータウイルスによって完全にいかれてしまった基地機能。
ウイルスの気まぐれで再び開くのを待つか、迂回するか、選択肢は二つに一つのように見えた。
「……高尾達と一緒にいた方が正解だった気がするぜ」
ほんの数十分ほど前に桐山と貴弘は晃司達と別行動をとった。
美恵を助けに行くという秀明に隼人も同調した。
晃司はF5抹殺が任務。理由はともかく目的が同じということで行動を共にすると宣言。
当然の事ながら桐山と貴弘も同行を主張した。
だが晃司達は「民間人には関係ない」と、これを拒絶。
他の連中と合流し最終目的地をめざせと言い渡してきたのだ。
勿論、桐山は承知しなかった。貴弘など晃司につかみかかった程だ。
だが三人の意志は変わらず、美恵を一刻も早く救出するために喧嘩に時間を割くこともできなかった。
結果的に二手に分かれることになってしまった。
ただ、その前に武器庫から強力な武器を入手できたことは幸運だ。
晃司達はF5との決戦に備え拳銃はもちろんライフル銃や手榴弾、防弾チョッキに火炎放射器と完全武装。
爆弾やサブマシンガンまで持ち出した。
武器庫はF5に知られるとまずいので隠し部屋の、その床下に作られていた。
晃司達と一緒でなければ、それらの武器は入手できなかったであろう。
桐山も貴弘も武器と弾薬をありったけ持ち出した。
五人では、武器庫の武器全てを持っていくことはできない。
晃司は残りの武器がF5の手に渡らないように爆弾を仕掛け、武器庫ごと破壊すると言った。
最新の武器が、まだたくさん残っているのに惜しげもなく言葉通りに実行したのだ。
その後、分かれ、今、桐山と貴弘は開かずの扉の前にいる。
「どいてろ杉村」
桐山は軍用ナイフを取り出すと、開閉ボタンを取り外した。
そして中の導線をいじっていたが、やがてバチッと火花が飛んで扉が開いた。
「やった開いたぞ。桐山、おまえが一緒でよかった」
それは貴弘にとって最高の誉め言葉だっただろう。
「モニタールームを探す。何か手がかりがあるかもしれない」
「ああ」
モニタールームは、すぐに見つかった。何十という定点カメラが二人を出迎えた。
「あ、あれは!」
その中の一つを見て貴弘の顔色が変わった。
「か、母さん!!」
杉村と貴子が、ある部屋に籠城している。二人は扉を睨みつけながら、銃を構えていた。
その扉は徐々に変形していくではないか。
「あの化け物達に襲われてるんだ」
幸雄と拓海が必死になって部屋にある備品を扉の前に運んでいる。
バリゲードのつもりだろうが、F4たちの勢いの前では時間稼ぎにもならないだろう。
貴子の背後では千秋がふるえており、その隣では隆文が興奮して絶叫している。
「……もう銃弾がつきかけているはずだ」
貴弘は両親が所持していた弾の数を覚えていた。
この地下基地に入ってから、いや地上にいた頃から幾度となく、あの化け物達と戦闘を繰り広げてきた。
銃弾は射撃場並に使っている。いつ尽きてもおかしくない。
いくら杉村と貴子が強いといっても、丸腰で戦える相手ではない。
「桐山、必ず天瀬を助けろよ……」
貴弘は悔しそうに唇を噛みしめながら言った。
「おまえは行かないのかな?」
桐山は静かな口調で訊ねた。
「行きたいが、母さんを見殺しにはできない」
「そうか。おまえの自由だ、それもいいんじゃないか?」
感情を押し殺す貴弘に対し、桐山は淡々と応えた。
「次に会うのは脱出時かもしれない。それまでお互い生きてるかどうか」
恐るべき化け物達の襲撃、そして爆発の脅威。どちらも死への急行列車への切符だ。
貴弘は感傷的になってなどいない。ただ事実を言ったまで。桐
山は相変わらず表情を変えなかった。
お互いに『死ぬなよ』という言葉すら交わさず二人は分かれた。
(どんなトラップが待ちかまえているかわからない)
徹は警備室から失敬した武器と共にエレベーターに乗り込んでいた。
ボタンを押すと同時にエレベーターは降りていく。
表示されている階の数字が変化される中、徹は素早く戦闘準備を始めた。
サブマシンガンと火炎放射器を特殊テープで巻き付け紐を肩にかけた。
防弾チョッキを身にまとい、手榴弾をベルトにかけ閃光弾をポケットにしまう。
その間にもエレベーターは下に降りてゆく。
武装完了した徹はエレベーターの扉を睨みつけた。
表示がストップ、レッドゾーンだ。ゆっくりと扉が開いた。
(気配はゼロ……)
徹の額から頬にかけて冷たい汗が流れた。
徹は科学省最凶の怪物達の巣に足を踏み入れる。
特選兵士として数々の修羅場をくぐりぬけてきた百戦錬磨の徹ですら、これほどの緊張感は味わったことがなかった。
晃司や秀明と同レベルの怪物と呼ばれるブルー。
自分が倒した女のF5とは比較にならない強さのはず。
正直言って、徹の力量をもってしても晃司や秀明を倒す自信などない。
その晃司達と同等の力を持つということは、戦う前から勝負が決まっているも同然だった。
だが、その怪物たちの向こうには最愛の美恵がいる。引くわけにはいかない。
(美恵はどこだ?)
F5達に見つかる前に美恵を救出できれば、それがベストだ。
徹は慎重に気配を消し、定点カメラに神経を尖らせながら、ゆっくりと歩いた。
(……おかしい)
人の気配が全く感じられない。F5達の気配を感じないのは不思議ではない。
奴等も気配を消すなど造作もないだろうし、留守にしている可能性だってあるからだ。
だが美恵が気配を消す必要などない。
(美恵は、もっと奥なのか?)
徹はF5の立場になってつもりで考えてみた。F5にとって美恵は貴重な存在だ。
晶がたてたおぞましい仮説を抜きにしても生きて手中にいてもらう必要性がある。
美恵ほど人質にふさわしい人間はいない。逃げられないように厳重に拘束しているだろう。
つまり牢獄のような場所がどこかにあるはずだ。分厚い壁や扉に覆われている部屋が。
「美恵を……ひとの恋人を囚人扱いしていたら皆殺しにしてやる」
徹は小さな声で吐き出すように言った。
「貴様にできればな」
徹の全身の神経が逆立った。
油断などしていなかった。確かに気配は全く感じなかったし、物音もまるでなかった。
声は背後から聞こえた。
肩越しに炎をイメージさせるような赤い髪が見えた。
「スカリィィィー!俺は最後まで真実のために戦い続けたんだ、だから後悔などしなぃー!!」
扉がきしむ音が大きくなるたびに隆文は意味不明な台詞を絶叫している。
幸雄と拓海と杉村が扉の前に積み立てたデスクやソファを必死に押し返しているが多勢に無勢。
「弘樹、もう対決するしかないわ」
貴子は覚悟を決めた。
「し、しかし貴子」
「こうなったら時間稼ぎに残った体力をつぎ込むのは無駄なだけよ」
モニターを通して見た敵の勢いを止められるほどの弾丸は手元にない。
「一度しか言わないから、よく聞くのよ。あたしと弘樹が奴等とやり合っている間に隙を見て逃げるのよ」
幸雄も千秋も拓海もショックな表情で貴子を見つめてくる。
「モルダァァー!フォースだ、フォースと共にあらんことをぉー!!」
しかし杉村だけは貴子の考えをわかっていたのだろう。落ち着いた表情だった。
「いいわね」
「で、でも、そんな事……」
幸雄の声は泣きそうだった。
「いいんだ。絶体絶命の時に大人が優先するべきは子供の命なんだ」
「で、でも……でも、そんな事したら……」
幸雄の声のトーンはさらに下がっている。
そんな幸雄に代わり、拓海が一言いった。
「俺達、杉村にお袋さんを犠牲にしたって殺されるんじゃね?」
その瞬間、メキメキと今までにない最悪な音が聞こえた。
「来たわよ、弘樹、下がって!!」
貴子は銃を構えた。凄まじい銃声が轟き、同時に化け物たちが悲鳴を輪唱しだした。
「え?」
どういう事よ、あたしは、まだ発砲していないわよ?
徹は閃光弾を床に叩きつけた。凄まじい眩しさが辺り一面を覆いつくす。
そのまま振り向かずに拳銃を手に取り背後に腕を伸ばした。
徹は、あの一瞬で理解していた。
沙黄とはレベルが違いすぎる、体勢を変えている余裕などない、と。
この赤毛の男が攻撃を仕掛ける前に先手必勝だ。
銃声が空を切り裂き、遠くの壁に被弾する音が聞こえた。
(俺がはずした!?)
その類まれな才能や経験値から、徹は反射的に敵を狙撃することなど朝飯前だった。
だが確かに手応えはなかった。
閃光弾で奴の視覚に強烈なダメージを与えたはずだ。
その衝撃で一瞬動きを封じたはず。
(――いや)
晃司や秀明なら、こんな子供だましなど通用しない。
奴は、おそらく晃司達レベルなのだ。
閃光の中、かすかにシルエットが見える。徹は何の迷いもなくトリガーを引いた。
殺せ、敵を目視している暇など1秒もない。
ただ弾を撃ちつくせと、徹の本能が告げている。
壊れたタイプライターのような音が響くと共に、弾丸のシャワーが天井や壁に降り注いだ。
その直後、何かが飛んで来た。やばいと徹は咄嗟に悟った。
敵の攻撃だ、避けなければやばい。
だが攻撃の方が早い、凄まじいスピードだ。
閃光に包まれているとはいえ、敵の攻撃が見極めきれない。
百戦錬磨のはずの自分が反応しきれない。その事実に徹の背中に冷たいものが走った。
閃光が消えてゆく、徹はようやく敵の姿を眼前に確認した。
「確実に腕を落したと思った」
赤毛の男が低い声で言った。その表情には何の色もなく、汗一つかいていない。
徹の腕が微かに震えた。その理由に徹は気づいている。
あの一瞬の攻撃で負傷したのだ、左腕には赤い線が入っている。
それでも徹は再度トリガーを引いた。
発砲と同時に男の体が沈み真下から脚が急上昇してきた。
マシンガンが蹴り上げられ、徹は腕に激痛を感じた。
一気に鮮血が噴出、徹は傾きかけた体勢を立て直すと右手で火炎放射器のスイッチを押した。
だが、男の動きのほうが早かった。刃渡り30㎝のナイフが襲ってくる。
「くっ……!」
徹は左腕の痛みに耐えながら回転して男の攻撃を紙一重で避けた。
男の怒涛の攻撃は止まらない。その間にも徹の血が廊下を染めていく。
血が失われている、意識が朦朧としてきた。
「……化け物め」
徹は忌々しそうに男を睨みつけた。
「俺の美恵をどこにやった?」
男の目元が不快そうに歪んだ。
「貴様らが攫った美恵を返せ!彼女は俺の命なんだ!!」
「母さん!!」
その声に貴子はいち早く反応した。
「貴弘!?」
愛息の声に貴子は心底ぞっとした。こんな状況だ、貴弘に駆けつけて欲しくなどなかった。
「貴弘、逃げなさい。早く!!」
「できるか、そんな事!!」
けたたましい銃声、絶叫する化け物たち、部屋への侵入を強行しようとしていた化け物達が引き出した。
つまり連中の標的は貴子達から貴弘に変更されたのだ。
これは貴子と杉村にとっては最悪の展開だった。
自分達の命の危険よりも、息子の危機の方が何倍も恐怖だったのだ。
「母さんに手を出したら承知しないぞ、この化け物!!」
貴弘の攻撃は続いている。
その射撃場並みの発砲数に貴子の恐怖はピークに達しようとしていた。
弾がつきれば貴弘は間違いなく奴等に虐殺される。
「そんなことさせるか!!」
杉村が部屋を飛び出していた。貴子も後に続く。
二人が出たことで数匹の化け物達がくるりと向きを変えた。
廊下の先に貴弘、自分達との間には十匹以上の化け物がいる。
「俺の息子に近付くな!!」
杉村はなりふり構わず群れに突っ込んだ。1匹が大きくジャンプして杉村に飛び掛る。
「弘樹!」
杉村が危ない。貴子は即座にライフルを向けた。だが駄目だ、撃てない。
奴らの血液は強い酸で出来ている。
撃てば杉村が、その脅威の血液のえじきになる。
貴子は発砲を断念し勢いよく走り、ライフルを高く掲げ化け物の頭部目掛けて振り下ろした。
腕が痺れる、女の攻撃程度では奴等には蚊が刺した程度なのだろう。
それでも怒りを買うには十分だった。化け物が杉村から離れ貴子に襲い掛かってきたのだ。
「た……貴子!!」
「母さん!!」
最愛の夫と息子の声が、まるで遠い世界からはなたれたようにぼんやり聞こえていた――。
「……何だ?」
腕を組み、ただ黙っていただけの瞬が顔を上げ呟くように言った。
「どうしたの?」
美恵が尋ねても無言のまま何か考え込んでいる。
「瞬?」
明らかに様子がおかしい。
瞬のそばに行こうと腰をあげると独房の扉が開いた。珀朗が立っている。
遠くから異様な物音も聞こえてきた。
「何の音?」
「……誰かが戦っている」
瞬がようやく問いに尋ねた。
「戦いって誰が?」
その質問には瞬ではなく珀朗が答えた。
「亜麻色の髪の凄い美少年だよ。君の恋人かな?」
美恵の瞳が大きく拡大した。
「今、紅夜とやりあってる。モニターで見たけど君の名前を連呼してるんだ」
(徹……!!)
美恵は素早く立ち上がっていた。
「彼の様子ただ事じゃないようにみえるよ。君の恋人はⅩ4だと思ったけど、彼の言い分だと、まるで――」
美恵は珀朗を突き飛ばし廊下に飛び出した。
「その行動は感心しないよ。蒼琉を怒らせたら……」
珀朗が何か言っているが美恵は無視して全速力で走っていた。
(徹、徹!あなたまで俊彦のように殺させはしないわ!)
音を頼りに走り続け、廊下を曲がると、その先に壁に背をもたれ負傷している徹の姿が視界に入った。
真っ赤に染まったナイフを手にした紅夜もいる。
そして少し離れた場所から蒼琉がショーでも見ているかのように微笑すら浮かべ立っていた。
美恵の存在に気づき、蒼琉は此方を見て挑発するかのようにニヤッと笑った。
「やってもいいぞ紅夜」
その一言に美恵は「やめて!」と大声で叫んでいた。
「美恵……!」
徹が顔をあげ此方を見詰めた。その表情は蒼白い。
それを見た美恵は速度をあげ蒼琉の横を走りぬけると、紅夜から守るように徹に抱きついた。
そして紅夜と蒼琉を見据え、「徹を殺さないで!」と叫ぶように要求した。
「美恵、良かった無事で……」
徹はというと、自分の立場など無関心のように美恵を抱きしめてきた。
「どうして単独で来たのよ」
強い口調で責めた、徹の行動は自殺行為も同然だ。
「……美恵」
しかし徹は見せ付けるように、さらに激しく美恵を抱きしめてくる。
「……っ」
しかし、その表情が歪むのを美恵は見逃さなかった。
「徹、すごい怪我じゃない」
遠目からはわからなかったが、左腕から大量の血が流れていた。
「ラブシーンはそこまでだ」
蒼琉が近付いてきた。
「特選兵士は敵だ」
蒼琉の目は殺しを楽しんでいる異様な光をはなっている。
「徹に近付かないで。あなた達は私に死なれたら困るんでしょう!?」
その言葉に蒼琉の歩みが止まった。
「何が言いたい?」
「簡単な事よ。徹に指一本触れないで」
「徹を殺したら私も死ぬわよ!!」
一か八かの賭けだった――。
【残り23人】
【敵残り6人】
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