だが……と、紅夜は瞬が下した銃口を見つめた。
それから蒼琉を見た。面白そうに笑っている。
(相変わらず悪趣味な奴だ。一体何を考えている?)
瞬は、手の中で銃をクルッとまわすと蒼琉に差し出した。
「生ゴミの処理設備はどこにある?」
「このエリアの真下だが、それがどうした?」
「後片付けは最後までしてやる。生ゴミはすぐに処分しないとな」
瞬は俊彦に近づき、後ろ襟首を掴んだ。
「おい、貴様――」
紅夜が、何か言いかけたが、蒼琉が「好きにさせてやれ」と言った。
「死体の処理はやった本人がしてやるのが相手に対する礼儀だと思ってるんだろう。
好きにさせてやれ。紅夜、オレ達は食事だ。なんだか肉料理が食べたくなった」
遺体を目の前にして肉料理というのは普通の人間の感覚ではない。
そういう意味で、やはり蒼琉はまともとは言えないだろう。
瞬は、部屋の隅に転がっていたシートで俊彦を包むと肩に担いで部屋を後にした。
「すぐに戻れ、わかったな」
瞬の後姿が見えなくなると紅夜は蒼琉を睨むように見つめた。
「おまえ、何を考えている?」
「何のことだ?」
「とぼけるな。いいのか?」
「今はな。オレに必要なのは味方ではない。敵だ」
「相変わらず、喰えない野郎だぜ……」
Solitary Island―143―
「川田、これで本当に政府を潰せるのか?」
最初は特ダネだと思った七原だったが、不安になってきた。
七原は長年政府と戦い続けてきた。
どれだけ必死になって血を流しても、どれだけ同胞の命を犠牲にしても終わりは来なかった。
永遠とも思える戦いの果て、七原は当初抱いた打倒政府の意思が薄れるのを感じたくらいだ。
だから、やっぱり、これで全てが終わるなんて信じられないのだろう。
「潰せるかどうかといえば、はっきりとはいえない」
やっぱりな、と七原は残念そうに俯いた。
「だが政府を弱体化させることは間違いなくできる。政府の中に亀裂が入るんだぞ。大きな亀裂だ」
七原は顔を上げて、パッと表情を輝かせた。
「そ、そうか。そうだよな川田」
やっぱり川田が言う事は説得力がある。平凡な言葉でも安心感を与えてくれる。
「よし、そうと決まったら、すぐに島を脱出しよう」
「ああ、そうだな川田」
川田は資料を筒状の容器に資料を厳重にしまった。
「急ぐぞ。真一、そこの坊主もだ。爆発のことも気になるから……」
ドン!と音がして、ドアが外側から僅かに歪んだ。さらに音がした。今度は大きく歪んでいる。
何かがドアに体当たりしている。その何かとは勿論人間では無いだろう。
「くそったれ、こんな時に!!」
川田はライフルを手に取った。
「反対側のドアから逃げるぞ!!真一と坊主が先だ、次は七原、おまえだ!!」
「おじさん!」
「さっさとしろ!二人ともこっちだ!!」
川田の言うとおりだ。まずは子供を逃がさないと。七原は真一と海斗に走るように促した。
反対側のドアはロックされている。七原はキーの部分に発砲しドアを強引に手動で開けた。
「さあ早く!」
「で、でもおじさんが!」
「川田なら大丈夫だ!!」
「七原の言うとおりだ、さっさとしろ!おまえ達がいたんじゃ足手まといだ!!」
もっともだった。真一が覚悟を決めて、「行くぞ寺沢!」と叫ぶのと同時に、ドアがゆがみ、そして壊された。
壊れたドアの向こうから、醜い怪物たちが姿を現す。F4の団体さんである。
「ここはオレ達が食い止める。七原、早く行け!!」
川田と三村は、ソファやテーブルを立てると、その陰に身を隠した。
群れの先頭にいたF4が先陣を切って飛び掛ってきた。
川田のライフルが火を噴き、そいつの頭が破壊された。飛び散った血が、床に転々と穴を作っている。
この地下基地は上部から順次爆発している。
上の階にいたF4達が下に下りてきているのだろう。
川田と三村が食い止めている間に七原には子供たちを連れて逃げるという役目が合った。
大人と言うものは子供を守ってやるのが使命だ。それが自分の子だろうと、他人の子だろうと。
七原が「こっちだ、ついて来い!」と全速力で走り出した。真一と海斗はそれに続く。
なぜ、七原が「こっちだ」と言ったのか、それは根拠は無い。
あるとすれば、長年戦闘を繰り返し、生き残ることに成功していた男の勘というやつだろう。
七原は、T路にて、右ではなく左だと直感的に選択したのだ。
だが、結果的に言えば、それは間違いだった。
「あ!」
左に曲がって走っていると突き当たり。七原はしまったと舌打ちした。
「すぐに戻るぞ!!」
三人が踵を翻した瞬間、天井がガラッと崩れた。
三人は同時に顔を上に向け、そして三人ともギョッとした。F4がふってくる。七原は、咄嗟に銃を向け発砲した。
恐ろしい断末魔を上げ、F4は流血しながら床に落ちた。
その時、再び爆発が起きた。三人の足元が激しく揺れる。
「うわっ!」
海斗は足元のバランスを崩し、その場に倒れた。
「倒れている暇なんて無いぞ!すぐにたつんだ!」
七原の檄が飛ぶ。
「あ、ああわかってる」
立ち上がろうとした海斗。しかし、海斗は立ち上がることがなかった。
床が、崩れだしたのだ。爆発だけが原因ではない。
七原が仕留めたF4。その血液が大量に流れ床をとかしもろくしていたのだ。
海斗がF4と共に下の階に落ちていく。
「て、寺沢!!」
慌てて真一が床の穴から下を除いた。暗くてよく見えない。
「無事か、寺沢!?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
声がする。よかった生きている。しかし、ゆっくりしている暇も無い。
「懐中電灯!」
真一は七原に手を差し伸べた。
「懐中電灯だよ!持ってないか?!」
「あ、ああ」
七原が差し出すと、真一は奪うように取り上げた。
「寺沢!」
懐中電灯の光の輪の中に海斗はいた。倒れているが怪我をした様子も無い。
海斗のすぐそばにはF4の死体があり、まだ血は止まってないようだ。今尚、床をとかし続けている。
「寺沢!そいつから離れろ、また落ちるかもしれないぞ!」
「ああ、わかった」
真一の心配したとおりだった。またしてもF4は床を溶かし落下。
だが、真一が思っても無いことが起きた。
死体となったはずのF4が手を伸ばして、海斗の足首を掴んだのだ。
「な……!」
海斗の目が大きく拡大した。F4はまだ死んではなかったのだ!
海斗の足をしっかり掴み、海斗ごと落ちようとしている。海斗は必死に穴の縁にしがみついた。
しかし、F4の体重は思ったより負担となって海斗を引っ張っている。このままでは時間の問題だ。
「ちくしょう……おい、おっさん!あんた、懐中電灯もっててくれ!」
真一は七原に懐中電灯放り投げると、下に飛び降りた。
「お、おい真一くん!」
「しっかり照らせよ!」
七原は言われた通りに懐中電灯を二人に向けた。
「しっかりしろ寺沢!」
真一が手を刺しのべるのが遅かった。海斗は再び落下していた。
「くそ!」
真一は、その後を追いかけた。
今度の穴は小さかったので、颯爽と飛び降りることは出来なかったが。
「大変だ……」
懐中電灯の光が二人に届かない。
「おーい!二人とも無事か!」
「ああ、無事だ!」
よかった……どうやら無事だ、今のところは。
「待ってろ、すぐに川田たちを連れて来てやる。それまで大人しくしてるんだ!」
「ああ、早くしてくれよ」
F4は海斗にした嫌がらせが最後の力だったらしい。今度こそ完全な死体となって横たわっている。
それを見ながら、真一は「こんなののそばにいられるか」と海斗を引きずるように離した。
「寺沢、どこも怪我してないだろうな?」
「ああ、ちょっと身体中ズキズキするけどな」
「そうか、よかった。大丈夫だ、あのおじさんが川田のおじさんを呼んでくるから」
「でも、川田さんは、あいつらと戦ってるんだろ?」
「もう片付けてるさ。おじさんが、あんな化け物に負けるものか」
真一は自信ありげに言った。
「そうか、三村がそんなに信じているひとなら大丈夫だよな」
「ああ、きっと大丈夫さ」
問題は、それまで何事もなければ……だ。
F4が今襲ってこないという保障はどこにもない。むしろ、いつ襲ってきても不思議じゃない状態なのだ。
一分一秒すら、とてつもなく長い時間に感じてしまう。
そんな真一の不安を消し飛ばしたのはやはり川田だった。
「真一、大丈夫か!?」
慣れ親しんだ、あの声が聞えてきた。
「おじさん!大丈夫だ、早く助けてくれ!」
「待ってろ、今すぐ助けてやる」
上の階で何かが三度飛び降りる音がした。川田たちが、例の穴から飛び降りたのだろう。
しかし、真一が二度目に飛び降りた穴は小さく、大人のサイズでは潜り抜けれない。
「何とか、この穴を広げて下に行けれないのか?」
川田は懐中電灯で二人を照らしながら、穴をいじっていた三村に言った。
「ちょっと待ってろ」
三村は、荷物の中からプラスティック爆弾を取り出し、穴にそって塗りつけた。
「たいした威力じゃないが……よし!」
バン!と音がして、穴の周りに焦げ跡がついた。
三村はステンレス製の強靭なナイフを取り出すと、その焦げ跡を突き出した。
ドン!嫌な音がした。全員が周囲をみた。
どこだ?どこから発せられた音なんだ?
「お、おじさん」
真一のやや震えた声が聞えた。
まさか!と思って懐中電灯を照らすと、真一と海斗の真正面にある壁が激しく揺れている。
ドンドン!とさらに音は大きくなり、その度に壁に亀裂がはいってゆく。
「……三村」
川田の声に焦りが出だした。
「……わかってる」
三村は、ナイフを持つ手のスピードを上げた。
「三村!」
「ああ、わかってる!」
壁に入った亀裂が、一気に四方に向かって走り、壁が粉砕した。
「うわぁぁー!!」
「真一っ!!」
川田は、穴の周りについた疵に何度も激しく踏み込んだ。
床の一部が崩れ、穴が大きくなった。間髪いれずに、川田はその中に飛び込んだ。
「食べないのかい?腕によりをかけたんだよ」
珀朗は、俯いたまま壁に背を預け、こちらを見ようともしない美恵に、「さあ」と料理を盛った食器を差し出した。
しかし、美恵は、さらに顔を背け、見ようともしない。
「彼を殺させた蒼琉のこと、そんなに腹がたつのかい?」
俊彦の事に触れられ、美恵は一瞬ビクッと反応した。
蒼琉が「奴は始末した」と、ただ一言だけを告げてきた。涙すらでなかった。
「随分、嫌われてしまったようだね。蒼琉も、紅夜も。
君のお友達を、君のお兄さんに殺させたから無理もないけど、彼は君を気に入ってるんだ。少し、可哀想だな」
「可哀想ですって?」
初めて、美恵が口を開いた。
「俊彦を簡単に殺させたのよ。瞬に対する踏み絵というだけの理由で!」
「彼は純粋だからね。僕と違って」
「純粋?」
これには美恵は驚いた。あの冷酷非情で残忍な男が?
「蒼琉と紅夜は本当に純粋なんだよ。どんなに白く塗りつぶそうとしても漆黒なんだ。
僕のように、悪に徹する事もできないのに、綺麗なだけではいられない中途半端な人間とは違う。
僕は彼等のようにはなれない、いつもその場を誤魔化すだけの灰色の人間なんだ」
珀朗は、「二人が羨ましいよ」とちょっと笑った。その笑顔はなんだか哀愁が漂っていた。
「君は二人とは正反対なのさ。君の心はどんなに踏んでも汚れない白雪のようだね。
科学省は悪魔ばかり生み出してきたはずなのに、どうして君のような無垢な存在まで作ってしまったのか。
科学省の唯一の功績であり、そして最大の罪だと僕は思うよ」
「……私が、罪?」
「そうだよ。君はどんなに手を伸ばしても届かない存在。
それを思い知らされ、僕達は、最も醜い感情を持ってしまう」
「最も醜い感情……て?」
「嫉妬だよ」
「君は死んでもきっとエリシオン(天国)に行けるよ。でも、僕達は違う」
珀朗は、立ち上がると美恵に近づいてきた。
「……来ないで」
「どうして、同じ科学省の産物でありながら、僕と君はこんなにも違うんだろうね。そうは思わないかい、美恵さん?」
珀朗は、そっと美恵の首に触れた。
「こんなにも綺麗で……そして脆い。本当に白雪のようなひとだね。
今、僕が、ほんの少しでも、この手に力を込めれば君は簡単に壊れてしまう。
きっと君は、命を失って冷たくなっても美しいままだろうね。
だったら、今と変わらないだろうとも思うんだ。でも……命を失ったら、君は二度と微笑む事ができなくなる。
それが僕の行動をぎりぎりで止めているんだ。愚かなことにね」
珀朗はそっと手を引いた。
「君は科学省が作り出した予想外の失敗作らしいけど、僕はそうは思わないよ。
君はきっと神様が作り出した美の極みなんだ。だから限りなく綺麗なんだよ。
神様が作り出したものに、人間が作り出した僕達が勝てるわけが無い。
僕はそう思っているのに、蒼琉はそんなこと自分の力で簡単に覆せると思っている。
本当に、彼が羨ましいよ。そして、僕は思うんだ」
「……何を思うの?」
「そんな強い蒼琉には……誰も勝てやしないってね」
誰も勝てない?
「晃司や秀明は強いわよ。それに他の特撰兵士にだって」
珀朗は頭を左右にふった。
「勝てないよ。それが蒼琉の存在理由だから。彼は勝つために存在しているんだ。
だから、もし、その存在理由が消滅するときは彼が死ぬときだけさ」
「…………」
珀朗の蒼琉に対する絶対的な確信に美恵は言葉を失った。
晃司は科学省の最高傑作。蒼琉が勝てるとは思ってなかった。
いや、他の誰が相手でも晃司に勝てる人間は存在しないとさえ思っていた。
でも珀朗は蒼琉は誰にも負けないと言う。
不安になってきた。晃司も人の子、血も流せば、死ぬ事だってある。
「もしかして怖がらせてしまったのかな?」
美恵の不安そうな表情を見て、珀朗は困ったように微笑んだ。
「でも、安心していいよ。蒼琉は君を殺す気はないようだ。
彼は君に惹かれている。だから、君を殺さずに、そばにおいておきたいんだろうね。
彼が他人を気にするなんて、本当に珍しい事なんだよ。
本島にいた頃、何人もの綺麗な女性が彼の虜になったけど、彼は気まぐれで相手しただけで執着は全くしない。
それどころか、全員、一度限りで二度目はなかった。
翠琴や沙黄にいたっては一度も相手してもらってないんだよ。
きっと、二人の内面を知り尽くしているから、今さら体を重ねても面白くないと思ってるんだろう。
そんな彼が君には興味を持っている。僕は心配だ。沙黄も翠琴も、それに紫緒も蒼琉に好意を持っている。
その妬みは怒りに変化して君を襲い傷つけてしまうかもしれない。それだけじゃない。紅夜だって……」
「彼もブルーを?」
あの硬派そうなひとが?
「それは違う。紅夜が気にしているのは君のほうさ」
「私を……どうして?」
「一つだけ、ヒントを上げるよ」
珀朗は、やはり悲しそうな笑顔で一言だけ言った。
「忘却は罪だね。無自覚に、ひとの心を傷つけてしまう。その愛が深ければ深いほど、傷も深いんだ」
「真一!!」
川田は呆然と立ち尽くした。壊された壁、そしているべきはずの真一と海斗がいない。
床にべったりと粘着質な半液体状のものが残されている。間違いなく、あの化け物だ。
二人はどこだ?死んではいない、殺された痕跡は全く無い。
と、いうことは――奴等に攫われたんだ!
川田は破壊された壁に向かって走ろうとした。
「待てよ川田!」
川田に続き飛び込んできた三村が羽交い絞めをかけ制止する。
「はなせ!はなすんだ三村、まだ生きている!殺すつもりなら攫う必要は無い。すぐには殺さないんだ!!
二人はまだ生きている!!真一は、まだ生きているんだ!!」
「ああ、そうだ!!二人は生きている!!だが、こっちも危ないんだ!!」
天井のほうから、何かが動く音。何より気配を感じる。
「逃げるんだ!!」
「オレは二人を追う!逃げたければ、おまえ達だけで逃げろ!!」
「何言ってるんだ!!ここで死んじまったら何にもならないだろ!!」
川田はぐっと唇を噛んだ。
「今はここから逃げるのが最優先だ、おまえならわかるはずだろ!!」
「……だが真一が」
「今は逃げるんだ、行くぞ!!」
三村の言い分はもっともだった。三人は、その場から逃げた。案の定、F4が追いかけてくる。
三人が、やっと一息つけたのは、非常階段を駆け下り、重い合成金製のドアを閉めた時だった。
「さすがの化け物も、これは壊せないらしいな」
「……た、助かった」
三人はその場に座り込んだ。しかし、七原は心配そうに川田を見詰めた。
仕方なかったとはいえ、真一を見失ったことで川田はショックを受けている。
「川田、元気出せよ。まだ死んだと決まってはないんだろ?」
「……武器だ」
川田は立ち上がった。落ち込んだと思ったが、どうやら違うようだ。
「科学省の施設なら必ず武器庫があるはずだ」
「か、川田……おまえ、もしかして」
「真一達を助けに行く」
「お、おい川田!」
歩き出した川田を、三村と七原は慌てて追いかけた。
「ちょっと待てよ川田!助けるったって、どこにいるのかもわからないんだぞ!
それに、この施設は数十時間でふっとぶし、それに脱出ルートも確保しないと」
「うるさいぞ七原!真一たちは生きているんだ」
川田と七原のやりとりを静かに見ていた三村だったが、「川田、オレも付き合うぜ」といいだした。
「三村まで」
「こうなったら、川田はテコでもうごかねえよ」
おまえにばっかり、いいカッコはさせられないしな、と三村は、あの独特の笑いでそう言った。
「七原、おまえは脱出する為のルートを確保しておいてくれ。何とか杉村たちと合流して、この島からおさらばするんだ」
「あ、ああ、わかった。気をつけろよ二人とも」
「おまえこそな。行くぞ、三村」
「ああ、でも、川田」
「なんだ?」
「正直、驚いたぜ」
「おまえでも、取り乱す事があるんだな」
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【敵残り6人】
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