「クソ!ムカつくぜ、直人も俊彦も!オレが負けるとでも思ってんのか!!」

オレは最強だ!陸軍で最強の兵士だ!!
もちろん軍全体でも、それは変わらねえんだよ!あの赤毛野郎をぶっ倒して、それを証明してやる!!

いきり立つ勇二の背後から、「待てよ勇二!」とウザイ声がする。
「ち、まだ追いかけてきやがるのか!」
勇二は廊下の防災シャッターのボタンを思いっきり蹴った。シャッターが下りてくる。
「おい勇二!!」
俊彦の声もシャッターが遮断し、小さくなっていた。
「大人しくしてろ。今に奴の死体を持ってきてやるさ!」
勇二はさらにスピードを上げ走った。


「畜生……遠回りしないと無理だな」
俊彦は踵を翻し、走り出した。


「やってやる。オレに逆らう奴がどうなるか、たっぷり教えてやる!」

何がF5だ。所詮、Ⅹシリーズと同じお人形じゃねえか。
しかも実戦経験はほとんど無いに等しい連中。そんな連中ひとひねりだぜ!
誰が最強かわからせてやる。直人にも、晃司にも。そして、あの女にもな!!

勇二の足が止まった。前方から殺気を感じる。
暗闇の中から何かが光った。ハッとして手をあげ、それを掴んだ。
ナイフだ。いる、確実にいる。この暗闇の中に、あいつがいる。




Solitary Island―140―




「ふふふ。いくら特撰兵士も生身の人間。ちょっときつかったかしら?」
翠琴は相変わらずパンティー一枚。
「彼、なかなか好みだったけど仕方ないわね。それに蒼琉の命令も実行できなかったわ」

しょうがないわ。殺さなければ私が殺されていたのだから。

「また新しい男を捜さないと」
「断っておくが、おまえになびくような馬鹿は特撰兵士には一人しかいないぞ」
「何ですって!?」
翠琴は血相を変えて振り向き愕然とした。晶が背後に立っている。
「……そんな、どうして?」
確かに数秒前は前方にいた。そして爆発をもろに受けたはず。
この煙が消えされば晶の遺体が目の前に出現するはずだったのに。


「動体視力をもう少し養ったほうがいいぜ」
「……あの一瞬で私の背後まで飛越したっていうの?」
「ああ煙が目隠しになったしな」
「……なんて男」
翠琴は苦々しそうに唇を噛んだ。でも悔しがっている暇なんてない。
翠琴はチラッと脱ぎ捨てた服に目をやった。

ナイフのみ携帯なんて、そんなはずないじゃない。ちゃんと銃も隠し持っていたのよ。
油断させる為に、持ってないふりしていたけど、服を脱ぐときに気付かれないように銃を床に置いたのよ。
今は、服の下ってわけ。何とかアレを手にすれば。

「さっさと銃を手にしたらどうだ?」
「!」
「丸腰の女相手に全力になる気も起きないからな。ハンデだ。銃を手にする事を許可してやる」














「一人……もう一人はいないようだな」
なんて目つきの悪い男だ。勇二はそう思った。
こういう奴は絶対にお友達なんて一生できないだろう、とも。
「確認しておくぞ。もう逃げないだろうな?」
紅夜はあからさまに見下した目つきで言った。
(なんてムカつく野郎だ……だが、そんな大口叩いていられるのも、これで最後だ)
勇二は一直線に走ってきた。
「てめえなんか床に這いずりまわらせてやるぜ!!」
そして、紅夜のボディ目掛けて横一直線に蹴りを放った。


「ふん、単純な動きだな」
紅夜はつまらなそうに、スッと上半身を下げた。
紅夜の真上を勇二の脚が通過するであろう、はずだった。
その脚が紅夜の頭上で一瞬止まり、大きく上に上がったかと思うと急降下したのだ。
(ふりぬけると見せかけて踵尾としか)
紅夜を両腕をクロスさせて頭上に突き出した。蹴りを止められ苦々しく顔を歪ませる勇二。
紅夜が立ち上がり、勇二の首に手を伸ばした。
首に圧迫感が広がる。そのまま壁に押し付けられ、勇二はもがいた。


「ふん、さっきの奴のほうがまだ手ごたえあったな」
このまま絞め殺す気か?勇二は、紅夜の腕に手刀をぶつけた。
しかし、紅夜はびくともしない。反対に勇二の手に痛みが走る。
(何だ、こいつの体は鋼鉄か?!)
紅夜は気功法と同じ原理で、攻撃を受ける箇所に意識を集中することで、一瞬だか己の肉体の一部を鎧同然に出来る。
そんなこと、勇二は勿論知らない。
意識が途切れかけた、その時。紅夜は勇二をほうり投げた。
反対側の壁に激突して沈む勇二。壁も無傷ではなく、へこんでしまった。




「て、てめえ……」
勇二は怒りに満ちた目で起き上がった。

(パワーだけは大したものだな。それに思ったより体鍛えてやがるが、やっぱり馬鹿だな。
実戦経験が無い奴はだから勝てないんだよ。オレだったら、絶対に相手の首はなしたりしないぜ)

勇二は「次はこうは行かないぜ!」と大声張り上げて向かってきた。
紅夜は構えすらしていない。
「無防備すぎるんだよ、この馬鹿が!!」

さっきは油断したが、今度はそうはいかねえ。確実に止めさしてやるぜ。

勇二はサバイバルナイフを取り出した。


心臓を抉り出してやる!!


ナイフを下から突き上げた。紅夜はスッと背後に上半身をそらす。
「遅いんだよ!!」
ナイフが突き刺さってきた。いや服一枚を貫通しただけだ。
間一髪。だが、今度はナイフが喉目掛けて突き上がる。
真剣白刃取り。そのナイフを紅夜は両手で押さえ込んだ。
「おまえ、やっぱ馬鹿だな!」
勇二は嬉しくてたまらないように笑った。
「ボディががら空きなんだよ!!いいのかよ、両手がフリーじゃなくて!!」
勇二は膝を思い切り突き上げた。紅夜の腹にそれが食い込む。
さらに、二度三度と、何度も連続して続けた。
「さっきは舐めたマネしやがって。オレを怒らせたんだ、楽な死に方できねえぜ、てめえ!!」
勇二はスッと飛び、紅夜の頭部に横蹴りをくらわした。鈍い音がした。
「ざまあみやがれ!!」
数メートルもふっとんでいった紅夜を見て、勇二は得意そうに中指を立てた。




「恨むならオレに逆らったてめえを恨むんだな!!」
紅夜がゆっくりと立ち上がる。ちっ!まだ立てるのかよ。
でも、あれだけダメージくらったんだ。意識が途切れる寸前だろう。
紅夜は立ち上がると、ペッと口の中の血を吐いた。そして、口を手の甲で拭うと不敵な笑みを浮かべた。
「遂にいかれたのか?」
勇二は最初そう思った。

「もう終わりなのか?だとしたらとんだ期待ハズレだな」
「なんだと!!」

紅夜の一言は勇二の逆鱗に触れるには十分だった。
「てめえ!オレが手加減してやったのをいいことに図に乗りやがって!!」
勇二はナイフを手に再び走ってきた。
「そんなに死にたいなら、望み通り八つ裂きにしてやるぜ!!」

心臓を突き破ってやる。今度こそな!!

勇二はナイフを突き上げた。
その瞬間、腕に痛みが走った。そしてナイフがはるか遠くに飛んでいた。


「……何だと?」
何をした?紅夜は立っていただけだ。
それなのにナイフは自分の手を離れ、今は数十メートル先の床に転がっている。
だが、それを疑問に思うより先に、勇二は紅夜に攻撃を続けた。
武器はナイフだけじゃない。この鍛えられた肉体が最強の武器なのだ。
こんな男、殴り殺してやればいい。まずは頭だ。今度こそ意識を奪い、その後はボロ雑巾にしてやるぜ。
「え?」
勇二は目を疑った。パンチを入れたのに、この至近距離で外したのだ。
紅夜は何もしてない。ただ立っていただけだ。相変わらず。




「畜生!運がいい奴め!!」
パンチを外すなんて、とんでもない醜態だ。
だが、今度は外さない。首に手刀だ。しかし、勇二は再び驚愕した。また外した。
手が届かなかったのだ。何かがおかしい。
「畜生、畜生!!」
もう一度頭に蹴りだ!胸だ、腹だ!!
勇二はがむしゃらに拳と蹴りを連続して繰り出した。だが、それらがことごとく紅夜に当たらない。
全て外してしまう。まさか、オレのバランス神経に異常が?勇二は一瞬、ぞっとした。


「くく、まだ気付かないのか?」
「何だと?」
「貴様は、のろすぎる。オレが動いたことすら気付かないなんてお粗末だな」
勇二はハッとした。攻撃に夢中になっていたから気づかなかった周囲の景色。
二メートル先にあったはずの、廊下を彩る観葉植物。それが今、真横にある。
「……ま、まさか」
攻撃を外してしまったんじゃない。全部交わされていたんだ。
恐るべき、そのスピード。
そして、姿勢をほとんど変えなかったから、動いてないように見えた。
勇二にはただ突っ立っているようにしか見えなかったのは目の幻覚に過ぎなかったのだ。




「……バカな」
じゃあ、さっきまでの動きは?互角に渡り合っていたはずだ。
まさか様子見?本気を出してなかったのか?
「バカな、そんなバカな!!」
勇二は、猛ラッシュで再度攻撃を繰り返した。


当たらないはずは無い!オレは最強だ、最強の特撰兵士なんだ!!
晃司や秀明にだって負けてない。オレの方が上のはずだ!!
まして、こんな……こんな実戦の厳しさしらない温室育ちなんかには負けねえ!!
勝つのはオレなんだ!!


だが同じだった。攻撃がかすりもしない。
「畜生、畜生!!」
攻撃が止まった。いや、止められた。手首を紅夜が掴んでいた。
「もう止めだ。あきた」
手首に激しい痛みが走る。
「うわぁぁー!!」
なんて握力だ。その圧力に屈するかのように勇二の手首の骨が鈍い音をたてた。
その音を合図に紅夜は手を離す。床に投げ出される勇二。


「う……ぐぅ」
手首が……畜生、畜生!!
「……殺して……やる」
勇二は赤い色付きの目で紅夜を睨んだ。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる!!」
もうスピードで、三弾蹴りを仕掛けた。それも紅夜は紙一重で完璧に避ける。
ほんの一歩後ろに下がるだけ。勇二の脚の長さはすでに計算済みのようだ。
「だったら、これはどうだ!!」
勇二は、そばにあった観葉植物を掴むと紅夜に叩き込んだ。鉢の部分が、紅夜の頭部を直撃する。

「このクソガキが!オレはてめえとはキャリアが違うんだ!!
どんなものでも武器にしなければならないような場所で育ったんだよ!!
温室育ちのてめえと違って臨機応変なんだ、オレはな!!」




「……な」
勇二は一瞬硬直した。勇二が想像したのは痛みで頭を抱えのた打ち回る紅夜の姿。
しかし実際に見たのは、平然と立っている紅夜の姿。
「て、てめえ……痛みを感じないのかよ」
「今度はこっちからいくか?」
どん!鈍い音が勇二の腹から聞えた。
勇二は、ケホッと血を吐いた。まさか内臓をやられたのか?
激痛が全身を走る。しかし、紅夜は勇二の腹に食い込んだ拳を抜くと、再びスッと上げた。
今度は頭部をやられる。勇二はそう直感した。
ガン!!凄い音だった。勇二の頭部の真横から聞えた。
壁に紅夜の拳が食い込んでいる。
紅夜の拳を中心にバキバキと亀裂が壁を走り出し、バラバラと壁が崩れた。
勇二は呆然としていた。ようやく理解したのだ。


「くくく。わかるか、貴様とオレのレベルの違いが!貴様ではオレには永遠に勝てない。残念だったな!!」
紅夜は、勇二の胸元を掴んで引き上げた。
あまりの実力差に、負けず嫌いの勇二は抵抗する気さえ起きなかった。
ショックで、戦意を喪失したかのようだ。
「だが安心しろ。貴様には使い道があるから、生かしてやる。しばらくだがな。オレ達の巣に連れて行くぞ」
「……巣?」
巣……奴等のアジト。呆然としていた勇二は思い出した。
黒己に攫われた美恵のことを。巣に彼女もいるはずだ。




「女……てめえの仲間が攫った女もそこにいるのか?!」

途端に笑顔だった紅夜の顔が険しく変化した。
「あ、あいつもそこにいるのか?……てめえらで……オモチャにしながら」
「……何だと?」
「そうだろう!あの変態野郎は言ったんだ!手を出すって宣言までしやがって!!」
「おまえ……あの女の何なんだ?」
紅夜の表情が見る見る間に変化したが、そんな心理の変化に気付くほど勇二は繊細な人間ではない。
「関係ねえ!ただ、オレの目の前から攫った事が許せねえだけだ!!
オレを馬鹿にしやがって!!あの時は油断しただけだ……だから!」


「おまえは、あの女に惚れているのか?」


突然、考えもしなかった質問に勇二はパニックになった。
「ば、ばばば……馬鹿野郎!!誰が、あんな女惚れるか!!」
しかし、勇二はゆでだこのように顔が赤い。
「そ、そんなことあるわけねえ!!だ、誰が……誰が、あんな女っ!!」
「おまえ、あの女に告白してないのか?」
「するか!!なんで、あんな女にオレが下手に出なきゃ、いけねえんだ!!
そ、そんなふざけたこと……一生するか!!オレのプライド舐めんじゃねえ!!」
紅夜が俯いていた。


「あ、あんな女どうなろうと知ったことじゃねえんだよ!!
ただ、オレが、あいつを売ったと思われるのはしゃくなだけだ!!
そうだ!あんな女……美恵なんか、どうなろうが、オレの知ったことじゃねえんだ!!」
勇二は精一杯否定していたが、それが言葉だけの偽りの本心だということは見るからに明らかだった。
意地を張って、ただそれだけの為に本心を言わない勇二。紅夜は勇二を投げ飛ばした。
「……て、てめえ」
どういうことだ?オレを捕獲したまま巣に連れて行くんじゃなかったのか?




「……ふざけるな」

それは、あまりにも低い口調だった。


「……プライドだと……それともただの意地か?」

(……何だ、こいつ?)

「その気になれば、あいつを手に入れられる立場にいるくせに……」
紅夜は相変わらず俯いている。だから表情はわからない。
「……貴様が、そんなことを言える立場なら……オレは……」
「…………」


「オレは一体どうなるんだっ!!」


紅夜が顔を上げた。勇二は驚愕した。
「……な、何だと?」
見たのだ、紅夜の顔を。その顔は……いや表情は……。
「オレに時間があれば……オレにせめて、もう一年……」
紅夜は勇二に近づくと、首を掴み持ち上げた。

「いや……一ヶ月でも時間があったら……」

(ど、どういう事なんだ?)
苦しい意識の中、勇二は紅夜の顔を間近に見ながら疑問ばかりを心の中で繰り返した。
その時、ふと脳裏に何かが過ぎった。
『赤毛の男』に運命を握られているという、あの夢。

まさか、オレはここで?こいつが、その男なのか?

だが、今さら思い出しても遅かった。それ以上に、勇二は疑問を繰り返すだけだった。
「時間があったら、あいつを攫ってでも……!!」

(こ、こいつが……こんな強い男がなぜ……?)

「力づくでもオレのモノにしていた!!それなのに、貴様は……!!」

(なんで、こんな男が……こんな男が……!)

――ナミダヲナガシテイルンダ?














「……ハンデですって?随分と余裕じゃない」
翠琴は忌々しそうに頭だけ後ろに向けた。
「そうでもないさ。一刻も早く、オレはブルーと戦ってみたい」
「蒼琉と?」
「ああ、そうだ。奴がくたばるのを待つのは性に合わない。奴が全力で戦える今のうちに実力で勝ってやるさ」
「!」
翠琴の顔色が変わった。
「あなた……蒼琉のこと知っているのね?」
「ああ科学省の丸秘データを見たからな。おまえたちが科学省に反乱起した理由もそれだ」
翠琴は切れ長の目をさらに険しく細くする。


「科学省はおまえたちの戦闘能力を高める為に残虐性凶暴性を重視した。
同時に、初めての実験であるがゆえに、将来自分達に反抗されることも恐れた。
だから保険をかけた。一つは同族同士では子孫を作れないこと。
おまえたちみたいのがうじゃうじゃ生まれたら大変だからな。
そして、もう一つが寿命だ。おまえたちには後天的に遺伝子に細工を施した。
個人差はあるが、全員……いやブルーとレッド以外は二十歳前後しか生きれないらしいな」


「そうよ」
翠琴は冷たい声で言った。
「だから蒼琉は科学省に逆らった。私達も同意したわ。勝手に生み出されておいて勝手に死なせられてたまるものですか。
でも私達はまだマシよ。蒼琉と紅夜は……特別だったから」
「Ⅹシリーズと同等の芸術品である連中にあんな仕打ちするなんて、よほどブルーとレッドのことが怖かったんだな」
「……そうよ。二人は特別だもの」
「おまえたちは二十歳前後で死ぬ。だが、あいつらにはそれすら許されていない」
「…………」
「ブルーとレッドの寿命は17年程度。そして、二人はすでに17歳の誕生日を迎えている」

だから、いつ死んでもおかしくない。














「もうすぐだ。階段を駆け上がれば……」
俊彦は全力で走っていた。もたついたが、やっと勇二に追いつける。
階段を一気に駆け上がった。そして廊下の角を曲がった。
「!!」
瞬間、俊彦は全身硬直した。
ほんの数メートル先にいたのだ。仁王立ちしている紅夜が。
紅夜だけではない。その手の先には……床に下半身を投げ出し、グッタリしている勇二。
紅夜に後ろ襟首を掴まれているため、顔は向こう側に向けられ見えない。


「勇二……」


紅夜が腕を動かした。勇二が投げ飛ばされ俊彦は慌てて勇二を受け止めた。
「大丈夫か、ゆう……」
俊彦は言葉を続けなかった。その必要は無かった。


――勇二はすでに冷たくなっていた。




【残り23人】
【敵残り6人】



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