戸川、貴様だけは絶対に許せない!
オレに恨みがあるのなら、オレを殺しに来れば良かったんだ。
美恵を傷つけたことだけは決して許しはしない。
たとえ、彼女自身が貴様を許しても。オレは、オレは絶対に許しはしない。
忘れるものか、貴様が彼女に何をしたのか。
貴様はオレの最も大切なものを傷つけた。
あの時のように、オレ自身が死ぬかもしれない。それでも、必ず貴様の息の根だけは止めてやる!




Solitary Island―135―




「……つまりオレは……オレは美恵にとって遊びだったということか!?」
「そういうことになるな」
黒己の質問に平然と答えた秀明。
後ろから隼人が秀明の肩に手をおき、「それは違うだろ」と諌めている。
美恵はそんな女じゃない。第一、その男は言っていることが矛盾だらけだ」
「そうか。どこに矛盾がある?」
隼人は頭を抱えたくなった。
秀明は(晃司もだが)軍事に関しては天才だが、こういうことは疎すぎる。
「とにかくだ。そいつは美恵の居場所を知っている。殺すな秀明。捕らえて吐かせるんだ」
「わかっている」
秀明が前に出た。すると、桐山がそれを制した。


「オレがやる」
秀明の眉間が僅かに歪んだ。
天瀬の居所を知っているんだろう?だったら、オレが相手をする」
「おまえには、そんな義務はないだろう?あれはオレの配偶者だ」
天瀬は認めてない。だからオレは納得してない」
そんな二人のやりとりの途中で、黒己が飛び掛ってきた。

「ふざけるなっ!!一番納得いかないのはオレだっ!!」

黒己は自分の近くにいた桐山に蹴りを入れた。
桐山は心臓に食い込むはずだった足を、両手で受け止めている。
「……殺してやる。誰だろうと、オレをコケにするのは許さない!!」
「…………」
「全員、まとめて相手してやる。かかって来い!!」














「……あ、ああ」
瞳はその場に座り込んでいた。ガクガクと震えている。
暴力漫画などで普通の女生徒より鍛えていたつもりだったが、やはり実物は違う。
目の前に繰り広げられるスプラッター映画に、瞳は顔面蒼白になっていた。

「……たて」

全身痣だらけで、流血もしている沙黄を、冷たく見下す徹。
「……こ、この」
沙黄は呼吸も荒々しく、徹を見上げた。

なんなの、この男は!?さっきまでとは別人じゃない!!

沙黄は徹を睨みつけると、プッと何かを吹いた。
口に仕込んだ毒針だった。幻覚剤ではなく、致死量にいたる毒が含まれている。
しかし、そんな小細工は全く通用しなかった。五本の針は叩き落される。


「オレを舐めているのか戸川?それとも、貴様が落ちぶれたのか?
こんなつまらない小細工に頼るような戦いはしない男だったのに」
完全に目が据わっている徹に、沙黄の恐怖は怒りをはるかに超えた。

「……ひっ」

逃げなければ!殺される、この男普通じゃない!!

沙黄はプライドも意地もかなぐり捨てて、クルッと向きを変えると走り出した。
いや走ろうとしたが、頭を後ろから鷲掴みにされ、グイッと引っ張られる。
「逃げられると思っているのか?」
「……じょ」

冗談じゃない!こんな男に付き合っていられない!!

「は、離せ離せっ!!」
叫ぶ沙黄の頭を、徹は壁に叩きつけた。
「……が」
沙黄の顔に衝撃が走る。




「海軍きっての二枚目と言われた貴様だ。顔を変えられるのは不本意だろうな」
徹は、沙黄の頭を壁から離した。この後のことは容易に想像できる。
「や、やめて……顔は顔だけは……」
「顔よりプライドじゃなかったのか?完全に堕ちましたね戸川先輩」
ガンッ!ガンッ!と連続して鈍い音が壁から響いた。
「ひ、ひぃぃー!!」
もはや沙黄は戦意など喪失していた。


「や、止めて!!違う……違うわ!あたしは戸川なんて男知らない!!
助けて!もう二度と、あんたに手出ししないから……お願い、助けて!」
「この期に及んで命乞いですか、見苦しい。
見損ないましたよ先輩。誇りを傷つけられるくらいなら自決する男だと思ったのに」
「だ、だから!だから違うって言ってるでしょ!!違うのよ!!
あたしは戸川なんて男じゃない!!だから、殺さないでっ!!」
「まだ言うか……」
徹は沙黄から手を離した。床に倒れるもよつんばいになって逃げ出そうとする沙黄。
だが、動けない。足首を徹が掴んでいる。
「な、何する気なのぉ!!?」
質問が終わらないうちに、沙黄の体は宙に浮んでいた。そのまま、壁に叩きつけられる。


「ぎゃぁ!」
「楽しいだろ?」
バンバン!と沙黄の体が何度も壁に激突。
沙黄の唇から血が出ても、歯が折れても全く止まる気配がない。
最後に天井に向かって投げ飛ばされた。背中から天井に体当たりして、そのまま落下。
「……あ、ああ」
動けない。全身打撲だ。それだけじゃない。左肩が骨折したようだ。

「さあ――」
「!」

沙黄は徹の声に反応して、痛みも忘れ振り向いた。
「次はどんなことして楽しませて差し上げましょうか?先輩はフィギュアスケート好きですか?
トリプルアクセルやイナバウアーでもやってみますか?もちろん――貴様に拒否権は無いけどな」
「いやー!!」
沙黄は全力で走り出した。まだ走れる体力が残っていたのだ。
「逃がしてたまるか」
徹も走った。それを見ていた瞳は沙黄の死を予感した。




「……し、信じられない……あの優しい佐伯くんに、こんな一面があったなんて……」
瞳はショックで呆然としている。
徹はクラスの女生徒には(表面上は)とても優しいフェミニストだったのだから。
「……佐伯くんが、こんな残酷な男だったなんて……。あたし……佐伯くんは優しいひとだって信じていたのに……」
とにかく追いかけよう。こんな所に一人でいたら、またあの化け物に襲われるかもしれない。
瞳も立ち上がると全力で走り出した。
「見直したわ佐伯くん!」
ただの頭脳明晰、成績優秀な美少年だと思っていた瞳は、初めて徹を心の底から認める気になったのだ。














「……オレの蹴りを止めた?」
黒己の顔が歪んだ。ならば、もう片方の足で、回し蹴りだ。
咄嗟に無茶な体制から、桐山の頭に蹴りを入れる。
「桐山、油断するな!そいつは、格闘技だけは一流だぞ!」
貴弘の警告に桐山は動揺していない。黒己の蹴りは決まらなかった。桐山自身が消えたからだ。
「上か!」
黒己は顔を上げた。桐山が飛んでいる。
黒己は自身も飛んだ。空中戦でも、自分のほうが強いはずだ。
二人の攻撃が交差した。そして、同時に着地する。
「……!」
桐山の目が僅かに大きくなった。頬に切れ目が入っており、血が滲んでいた。
黒己はニヤッと笑っていた。だが、次の瞬間、黒己はケホっと血を吐いた。胸に拳が入った痕がある。


「……貴様」
桐山は冷たい瞳で言った。
天瀬はどこだ?無事なんだろうな?」
それが一番重要なことだった。
「Ⅹ6も一緒なのか?おまえたちを覚醒させたのは、あいつだと思うが」
隼人も質問した。
「おまえたちの仲間の人数と情報を教えろ。おまえの出方次第では半殺しで許してやる。
捕虜として扱ってやる。悪い交換条件じゃないだろう?」
晃司の言い分は、黒己にとっては良い条件とも思えなかった。
「……そんなに知りたかったら」
黒己は、再び桐山に襲い掛かった。


「オレを倒してから言え!そうしたら、全て洗いざらい話してやる!!」
「そうか、わかった」


再び、桐山が戦闘態勢に入った。
ところが、今度は晃司が「おまえは下がってろ」と、桐山の前に出た。


「Ⅹ5!」
「科学省の不始末は、科学省の人間がつける」
「やかましい!!貴様から血祭りに上げてやる!!」
黒己が拳を繰り出した。対して、晃司は蹴りで応戦。それを見た秀明は冷たく言い放った。
「バカな奴。腕より足のほうがリーチがある」
ドン!と鈍い音がした。晃司の蹴りが黒己の腹に入っていた。
「……ぐぼっ」
黒己は、蹴り飛ばされ壁に激突した。貴弘が目を丸くして、その光景を見ていた。

(……何だ?さっきの蹴りは?)

一瞬、足が鞭状に跳ね上がったかと思うと、次の瞬間には黒己が飛んでいた。
まるで動きが見えなかった。
「何回、蹴った?」
隼人の問いに、晃司は「三回だ」と淡々と答えた。
「三回か。まいったな、二回目までは肉眼で確認できたのに。おまえは、いつもオレの予想の上をいく」

(……三回だと?気がついたら、あいつはふっ飛んでいたのに)

貴弘は、唖然としてた。正直言って、自分より強い奴は存在しないくらいに思っていたのだ。




「さて……どうする、こいつ。仮にもF5なら、拷問くらいじゃ吐かないぞ」
「オレが何とかしよう。薬を使えばF5も容易い」
秀明は催眠術に長けている。意識を朦朧とさせる薬を使えば、簡単に落とせると思っているのだ。
「……ふざけるな」
黒己が立ち上がった。ナイスファイトだ。
「死ぬのは……貴様等のほうだ!」
黒己はライターを取り出すと、ぶぅ!と息をライターの火に吹きかけた。
一気に炎が5人を襲う。炎が視界を遮り、黒己の姿が見えなくなった。
廊下の天井に設置されているスプリングクーラーが炎に反応して、水がシャワー状に噴出した。
黒己はそれを見てニヤッと笑った。
メリケンサックと取り出すと、壁に向かって鉄拳。壁は崩れ、中から電気ケーブルが何本も見える。
その中の一本を掴むと力ずくで引っ張り出した。
電気ケーブルを手にした黒己はニヤっと笑みを浮べ言った。

「終わりだ」

黒己は、水浸しになった廊下にケーブルを押し当てた。
バチバチっ!!と火花が飛び散る。
「くたばったか?」
しかし、黒己の意図を察したのか、五人はスプリングクーラーの真下から離れていた。
水に濡れていない場所に遠ざかっている。黒己は、「ち!」と舌打ちするとクルリと向きを変えて走り出した。
「しまった!」
貴弘は慌てて追いかけようとした。だが、この先は感電地獄。
「先回りして掴まえるしかないな」
あいつは美恵の居場所をしる重要な人間。何が何でも掴まえなければいけない。
何よりも、美恵に対して憎悪を持った人間を野放しには出来ないのだ。














「待てっ!」
「だ、誰が待つものですか!!」
二人の追いかけっこ(さらに徹の追っかけと化した瞳も含めて)は続いていた。
沙黄も体力には自信があったが、やはり女。
男の体力のほうがやはり一枚上。徐々に徹が差を詰め、あっと言う間に追いついた。
「く、来るな!!」
沙黄は振り向き様、最後の望みをかけて、毒をたっぷり仕込んだナイフを投げた。
しかし、振り向いたときには徹はいない。
「こっちだ」
「!」
いつの間に前方に!!
「クソ!」
ナイフを徹の左胸目掛けて突き上げる。
もちろん、簡単に避けられ、反対に徹に手首を掴まれてしまった。


「さっさと逝けよ」
徹は、沙黄を投げ飛ばした。
「キャァァー!!」
沙黄の体は非常階段の昇降口から、奈落の底に真っ逆さま。
死ぬ!このままでは、数十メートル落下して、床に叩きつけられて死ぬ!
沙黄の生への執念。十メートルほど落下しながらも、階段の手すりにしがみつくことに成功した。
しかし、つかまる事に成功したものの、そこから登れない。
体力も限界なら、怪我によって手の機能すら止まりかかっているのだ。
「……お、落ちる」
沙黄の手がズルッと手すりから滑り落ちた。

「いやぁぁー!!」




「…………」
徹は眩暈を感じて、その場に座り込んだ。
「さ、佐伯くん、大丈夫!?」
瞳が駆け寄り、ハンカチを差し出す。
「感激したわ!あなたが、あんなひとだったなんて!」
瞳は一人で興奮していたが、徹は耳鳴りと頭痛で、瞳の言葉など聞えない。
(……何だ?)
森が……消えていく。

(……戸川は……奴は……?)

いない。どこにも姿が見えない。幻覚剤の効き目が消えたのだ。



「……そうか」

オレは夢を見ていたのか……あの悪夢を。

「……女は?」
やっと瞳の存在に気付いたかのように、徹は瞳に尋ねた。
「奈落の底に真っ逆さまよ!」
「……そうか。終わったのか」
疲れがどっと出てきた。足元がふらつく。
幻覚剤のおかげで、怒りのため、限界以上に自らの体力を使ってしまった。
もし、今新たな敵でも登場したら、簡単に殺されてしまうだろう。


「……死体の確認を」
「大丈夫よ。助かりっこないわ」
「確認するまで油断は出来ない」
戸川の二の舞はごめんだった。
あの時、戸川が完全勝利を果たすまで決して油断しない男だったなら、今、この場に徹が立っていることはない。
「……あの女の遺体を見るまでは安心できない」
徹は立ち上がって、フラフラと階段を見下ろし、その途端にカッとなった。
拳を握り締め、その拳がブルブルと震えている。
「……あ、あの……あの馬鹿」
階段から落ちかけた沙黄の手を、純平が掴んでいた。




「おねえさん、大丈夫!?」
「……あ、あんた」
もう助からないと死を覚悟した沙黄は奇跡の体験者となっていた。
手が滑った瞬間、それを誰かが掴み引き上げようとしてくれているのだ。
「今、助けてあげるから」
一方、その場にいた勇二は、突然見知らぬ女が振ってきたので何事かと思った。
しかし、純平が引き上げようとしている女の姿を確認した途端に、その正体を知った。
外国人の容貌。間違いない、F5だ!
「てめえ、何助けているんだ!!離せ!さっさと、その手を離しやがれ!!」
「な、何言ってるんだ!!女を見捨てるなんて男のすることじゃない!!」
「いいから離せ!そいつは敵だ!今、殺さなかったら……」
勇二はハッとした。恐ろしい殺気を背後に感じたから。振り向くと徹が立っていた。


「……根岸、貴様何してる?」
沙黄を引っ張り上げる事に夢中だった純平は、その低い口調に油汗をかきながら振り向いた。
「……さ、佐伯」
「オレを舐めているのか?」
「……そ、そんな」
「それとも馬鹿にしているのか?決まりだな……そんなに、その女が大事なら一緒に死ね」
「!!」
「お望みどおり貴様も処刑だ!」
徹は純平を蹴り飛ばした。純平の体が宙に浮く。途端に沙黄の手が純平から離れた。
「ぎゃぁぁー!!」
沙黄の悲鳴。そして、一秒もしないうちに、ドン!と鈍い音が聞えた。
もはや遺体の確認も必要ないだろう。




「次は貴様だ」
かろうじて手すりにしがみつく格好で、何とか落ちずにいた純平。
しかし徹の目が語っていた。

『おまえも、すぐに、あの女の後を追うんだ。嬉しいだろ?』――と。


「ひ……さ、佐伯……いや佐伯さん!!じょ、冗談は……顔だけにして!」
「冗談?オレは笑えない冗談は……大嫌いなんだ!!」
「ひぃぃー!!」
徹は本気で落としてやるはずだった。制止する声が聞こえなければ。
「やめろ徹!!」
振り向くと直人が立っていた。


「民間人相手に何をしている!」
「……事情も知らないくせに口出しするなよ直人。
オレは、こいつも片付けないと気がすまないんだ。邪魔をするなら……君と戦ってもいいんだよ?」
「今はそんなこと言っている暇は無い。おまえの一番大切なものが奴等に奪われた」
瞬間、徹の目の色が変わった。もう純平など視界に入ってなかった。
「……何だと?」
徹にとって大切なもの。それは考えるまでも無い。
「どういうことだ!」
徹は直人に詰め寄り、その襟を掴み上げた。
「詳しい事情は、そこにいる勇二に聞け」
徹は勇二を見る。勇二は、面白く無さそうに顔を背けた。














目が覚めた。まだ、だるい。
「目が覚めたのか。どうだ、体の調子は?」
目の前に瞬の顔があった。
「……最悪だわ。でも……」
瞬の様子は変わってない。まだ、これと言った戦局の変化はないようだ。
(……良かった)
特撰兵士が捕まらないことを祈っていた美恵の耳に、ドカドカと廊下を猛り狂って歩く音が聞えた。
その足音は、ドアの前で止まり、物凄い勢いでドアが開かれる。
そこには、怒りの形相の黒己が立っていた。
「……あ、あなたは」
美恵は身構える。黒己の様子がおかしい(元々おかしかったが)
そう感じたのは美恵だけじゃない。瞬も感じたのか、反射的に美恵を自分の後ろに隠した。


「黒己、どうしたんだい?君らしくないじゃないか、何を怒っているのかな?
怒りは健康に良くないよ。僕は感心しないな」
珀朗の言葉に、黒己は「黙れっ!!貴様も殺すぞ!!」とわめき散らした。
珀朗の表情も変わる。それほど黒己は異常だった。
「……よくも」
黒己の怒りの視線は、真っ直ぐ美恵に伸びていた。


「よくもオレを騙したなっ!!今までのオレたちは何だったんだ!!
最初から、オレを騙すつもりだったのかっ!?」




【残り24人】




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