「バッチリ見たよ。佐伯……君って、自分の立場わかってるの?こんなことして僕達を怒らせたんだ。それなりの覚悟は……」
紫緒はハッとして徹から離れた。
「紫緒!どうして、そいつを離すのよ!!」
「……うっさいなぁ。よく見てみろよ、そいつを」
沙黄は言われた通り、徹を頭から脚の先まで舐めるように見詰めた。
その結果理解した。徹の腕時計から小さな針が出ている。毒針が仕込んであったのだ。
「残念だったな。貴様を苦痛でのた打ち回らせてやろうと思っていたのに」
「……おまえ、性格悪いな。僕も褒められた性格じゃないけど負けるよ」
紫緒は両手をスッと挙げた。指と指の間に刃物が挟まれている。
「……予定変更。容赦なくやってあげるよ」
「ちょっと紫緒。そいつ、殺したらやばいじゃない。蒼琉の命令は?」
「もちろん手加減してあげるさ。だから……半殺しにしてあげるよ。さあ、切り刻まれなっ!!」
紫緒が襲い掛かってきた。スッと上半身を後ろにそらし避ける。
「後ろにも気をつけたほうがいいわよ!!」
だが背後から沙黄が渾身の力を込めて殴りかかってきた。徹は、その手首を掴むと紫緒目掛けて投げ飛ばす。
「え?」
「ああっ!?」
奇妙な声を上げて二人は激突した。
「きゃぁ!!」
頬に痛みが走る。沙黄は慌てて右頬に手を添えた。
ベッタリと赤い液が手に付着。
「あ、あたしの……あたしの美貌がぁ!!」
だがダメージを受けたのは沙黄だけではない。
「ぼ、僕の……僕の髪……二時間かけてセットしたのにっ!!」
紫緒ご自慢のサイバーヘアが完全にくしゃくしゃになっていた。怒りに満ちた目で二人が振り向くと、走り去る徹の背中が見えた。
「「おまち!!」」
激怒した二人は猛スピードで追いかける。
(そうだ、それでいい。しっかり追いかけて来い)
徹は心の中でほくそ笑んでいた――。
Solitary Island―131―
「ね、根岸くん……っ」
千鶴子は一時的とはいえ命が助かった安堵感よりも、むしろ驚愕していた。
助けてもらってなんだが、純平のことが全く理解できなかったのだ。
家族でも恋人でも、友達ですらない自分の為に、どうしてここまでできるのか。
日常においては、「好きだぜ」と甘い言葉を囁いてくれた礼二は簡単に自分を切り捨てたのに。
「は、早く……早く逃げるんだ!!」
そう言われても腰がすくんで逃げれない。
「……小僧……まずは目だ」
黒己はナイフを振り上げた。
「捨てろ!!大人しく、降伏するんだ!!」
杉村が銃を構えた。黒己が純平を攻撃したら、たとえ未成年でも殺す覚悟だ。
「…………」
黒己は面白くなさそうに純平を突き飛ばした。
「おまえ、何なんだ!!?」
突然現れて、突然セクハラまがいのことをして、突然殺戮を始めた。
杉村でなくても、その正体は気になるところだろう。
「……おまえたち、この島に来て何度妙な生き物に襲われた?」
突然、全く関係ないと思われる答を返され、切れたのは杉村ではなく、その息子だった。
「言われた事に答えろ!!貴様は何者だ!!」
「だから答えてやっているだろう。おまえたちが見てきた化け物は意図的に作り出された化け物だ。
キマイラだよ。あらゆる動物の遺伝子を交配させてできた新種だ。
オレ達はその人間版だ。優秀な外国人の遺伝子を掛け合わせて生まれた」
「……何だと?」
「これで満足かな?満足したら……さっさと逝けよ!!」
黒己は飛んでいた。二回転宙返り。杉村の背後に着地すると同時に、背中を突き飛ばす。
倒れこんだ杉村は、すぐに起き上がろうとしたが、黒己が背中を押さえつけた。
「三人目だ!!」
ナイフがキラリと光る。
「弘樹!!」
貴子が滑り込むように、杉村の上に覆いかぶさった。
「バ、バカな貴子っ!!」
黒己はかまわずにナイフを一気に振り落とす。貴子ごと、杉村を貫くつもりだ。
ガンッ!鈍い音がして、黒己が飛んでいた。バタッと床にうつ伏せで倒れ、動かない。
てっきり殺されると思っていた杉村は、ハッとして体を起した。
「た、貴子!大丈夫か貴子!?」
「あたしは大丈夫よ……それより、あいつは」
二人は黒己を凝視した。まだ動かない。
「無事で良かったな、母さん」
貴弘が左手を差し出してきた。右手には廊下の隅に設置されていた消火器が……。
「貴弘、それ……」
「ああ、思いっきり後頭部をコレで殴ってやった。これで動かなくなってくれればいいが……」
動かなくなるどころか、普通の人間なら頭蓋骨陥没くらいいくだろう。
黒己がどれだけ凄い超人で、どれだけタフな化け物だとしても、生身の人間には違いない。
その証拠に今だ倒れたままピクリとも動かない。
「……父さん、母さんを連れて逃げるんだ」
「その前に、あいつの死亡確認を……」
「そんな暇ない!早く行け!!母さんを守ることだけを考えろ!!」
貴弘は消火器を放り投げると、「奴はまだ生きているぞ」と言った。
途端に、「ひっ!」と周囲から小さな悲鳴が聞える。
「行くんだ!母さんだけは死なせるなよ!おまえたちも死にたくなかったら、さっさと逃げろ!!」
黒己の指先がピクッと動いた。
生きている!!あんなダメージを受けたのに!!
「に、逃げないと……!!ち、千秋ちゃん、千鶴子ちゃん、瞳ちゃん……は、早く……!」
純平は、千鶴子の手を握ると他の女生徒にも走るように促して、自らも駆け出した。
黒己がゆっくりと体を起しだした。
「い、生きてる!!……くそ、起きろよ楠田っ!!」
幸雄は気を失っている隆文を揺さぶるが、全く目を覚ます様子は無い。
「よ、吉田!肩を貸してくれ!」
「ああ」
幸雄と拓海は、隆文の腕を自分の肩に回して、走り出した。その間にも、黒己はゆっくりと立ち上がる。
「何してる!!父さんたちも、さっさと行けよ!!」
「お、おまえのほうが先だろう!!」
「そういうわけには行かないんだよ……奴の狙いは多分、オレだからな」
貴弘の額から汗が流れ落ちた。
「オレが一緒に逃げれば、間違いなく奴も追ってくる」
「バカなことを言うな!!父さんが残って戦う、だから、おまえは貴子と逃げ……」
黒己が完全に起き上がった。
「……逃げろ」
黒己は自分の後頭部に手を回した。べったりと血がついている。
「……逃げるんだ」
「い、嫌だ……」
「逃げろっ!!」
貴弘は、二人を突き飛ばすと、そばにあった階段を駆け下りた。
「きっさまぁぁぁー!!」
恐ろしい形相の黒己が、猛スピードで貴弘を追いかけ、階段を駆け下りた。
「おい蒼琉」
「なんだ?」
「そろそろ、オレも行くぞ」
紅夜は、愛用のナイフをベルトに差しながら淡々と言った。
「なんだ紅夜。黒己たちの戦いを見て、おまえも殺したくなったのか?」
「準備運動にもならないだろうが、じっとしているよりマシだ」
「だったら行って来い」
蒼琉はキーボードを叩いた。見取り図がプリントアウトされる。それを紅夜に差し出した。
「何のマネだ?」
「隠しカメラでわかる範囲だが、連中の居場所を明記してある。捜しやすいだろ?早く行かなければ移動されるぞ」
「ふん」
可愛くない態度ではあるが、結果的にはありがたい。
「あまり大人数は狙うなよ。雑魚でも数がそろうとなかなか厄介だ。
狙うなら、その二人組がいい。周藤晶と和田勇二。どちらも陸軍所属の特撰兵士だ」
「そうだな。さっさと痛めつけて連れて来てやる。
捕虜は一人。もう一人は息の根を止める。それで文句はないだろうな?」
「当然だ」
それから、蒼琉は「出掛ける前に、美恵の顔を見てもいいぞ」と余計なことを言った。
瞬時に紅夜の顔色が険しくなる。
「そう怒るな。珀朗は甘い奴だから、一度見に行ってやれと言っているだけだ」
「……貴様がそんな気遣いをするのか?猿芝居はオレ以外の奴だけにしろ」
紅夜は、ドアを蹴り壊すと、さっさと行ってしまった。
「相変わらず感情のコントロールが下手な奴だ」
「…………」
独房の前を通り過ぎようとして、一端足を止めた。
タイミングよくドアが開く。
「紅夜、どうかしたのかい?」
「オレも戦闘参加だ。おまえこそ、どうした?」
「彼女の具合が悪いんだ。だから栄養剤を点滴しようと思ってね」
「何だと?」
「よく今まで倒れなかったか不思議なくらいだよ。詳しく話を聞いたら、彼女出血多量で、一度死に掛けたって言うじゃないか」
「…………」
「ところで、まだ出発しないのかい?」
「なんだと?」
「行くんだろ?戦いに」
珀朗はニッコリ笑って、「健闘を祈るよ。バイバイ」と言った。
それから、医務室に行って点滴と栄養剤を持って帰ってきた。
「紅夜、どうしたんだい?まだ用でもあるのかな?」
「そんなもの無いに決まってるだろ」
「そうだね。君はいつもそうだ。戦うことにしか興味がない。
止めはしないよ。だから、頑張って戦ってくればいい。さよなら。次に出会う時、君が無事な事を祈っておくよ」
珀朗はドアを開いた。ベッドに寝ている美恵が紅夜の視界にチラッと見えた。
しかし、一瞬だ。珀朗が、「また後で」とさっさとドアを閉めてしまったから。
「…………」
紅夜は少し途惑っていたが、やがて決心したように再び歩き出した。
「こ、ここまで来れば大丈夫だよ。千鶴子ちゃん瞳ちゃん……アレ?」
一人足らない。純平は辺りを見渡した。
「ち、千秋ちゃん!!千秋ちゃんがいない!!」
黒己の恐怖からただ走った。途中ではぐれてしまったようだ。
ただし千秋は最初から幸雄について行ったので心配はない。つまり、はぐれたのは純平たちのほうなのだ。
「……ま、まずいよ……どうしよう」
「ちょっと根岸くん、どうするのよ!!」
「ど、どうするって……」
「根岸くんについてきたから、みんなとはぐれたのよ。責任とりなさいよ!!」
「ひ、瞳ちゃん……オ、オレは将来面倒をみるという責任以外のことは……」
「何言ってるのよ!!根岸くんみたいな一般人にハーレム作れるわけないじゃない!!
せいぜい六畳一間に箱詰め状態が関の山よ!!
ハーレム作りたかったら、アトベッキンガム宮殿建ててから言いなさいよね!」
「……う!」
純平は言葉に詰まった。そんな時、こんな状況には不似合いな笑い声がした。
千鶴子が笑いを堪えていたのだ。
「ひ、酷いよ千鶴子ちゃん。そんなにオレ甲斐性無しに見える?」
「ごめんなさい。だって、二人とも、こんな時に漫才みたいだから」
「ちぇ、オレ将来は大物になるつもりなのに、漫才師?」
「根岸くんって本当に面白いのね。どんな時でも明るくて……」
そこまで言って、千鶴子は今度は声を押し殺した。
「……私達」
笑い声が嗚咽に変わっている。
「……私達……ここで死ぬのかしら?」
「そんなことないよ!!」
純平は叫んでいた。
「オレが守るから」
「……根岸くん」
「だから一緒に頑張ろう。ね?」
「……うん」
「帰ったら、千鶴子ちゃんも将来オレのハーレムに入ってよ」
「……え”?」
「幸せにするから。ま、考えてよ。ね?」
千鶴子は返事に困っていた。瞳は「一生、治らないな。この性格」と呆れている。
「だから頑張って生きて帰ろう。まだオレたち中学生なんだからさ。
これからきっと、いい事たくさんあるよ」
「……うん」
「よーし、そうと決まれば、まずは内海たちを捜さないと」
純平はクルリと向きを変えた。変えた途端に硬直した。
「……千鶴子ちゃん、瞳ちゃん」
「何?」
「お、落ち着いて……お、おおおお落ち着いてっ」
口調からして純平のほうが、落ち着きが全くない。
二人は何事かと振り向いた。振り向いた途端に純平同様硬直した。
F4が廊下のずっと先に立っていた。こちらを見ている。
「……に、逃げるんだ……走ると野生動物は追いかけるから……。
だ、だだだだから……だから……ゆっくりと後ずさりして……ゆっくりと……」
F4が猛ダッシュした――。
「ぎゃぁぁー!!野生の法則無視しやがったぁぁー!!」
純平は走った。もちろん瞳も千鶴子も全速力だ。
「ひ!……い、行き止まり!!」
ブシューと音がする。横を見るとドアが開いていた。
コンピュータウイルスのせいで、これも誤作動しているのだろう。
後ろからはF4。選んでいる暇はない。三人は部屋に飛び込んだ。
「し、しまれ、しまれ!!」
ボタンを何度も押してもドアが閉まらない。このままでは殺される。
純平は必死になってドアを閉めようとした。こうなったら無理やり閉めるしかないが動かない。
瞳も千鶴子も純平に習って必死になってドアを動かそうとした。
ようやくドアがゆっくりとだが閉まりだした。
だが、間に合わない!!F4が黒光りする爪を振りかざしながら飛び込んできた。
「きゃぁぁー!!」
千鶴子が倒れた。F4の攻撃を受けたのだ。
プシュー……再び、あの音がしてドアが一気に閉まった。
間一髪で、またも誤作動してくれたのだ!
しかし、F4はドアに挟まれた状態で、体半分が部屋に入っている。そのまま、無理やり部屋に入ろうともがきだした。
「い、入れてたまるか!!」
純平は、そばにあったパイプ椅子を持ち上げると、F4の頭を殴った。
しかし、F4は激怒こそすれ、あまりダメージは受けてない。それどころか怒りでパワーが増している。
「これでもくらえ!!」
瞳が戸棚から瓶を取り出し投げつけた。中身は硫酸。
これは効果があった。F4は一瞬、体を引っ込めた。ドアが閉まる。
助かった。何とか最悪の危機はさった。とりあえずは。
「ち、千鶴子ちゃん!!」
純平はすぐに千鶴子に駆け寄った。
「大丈夫かい、千鶴子ちゃん!!」
うずくまっている千鶴子を仰向けにした。肩から腰に掛けて大きな傷が……。
「……ぅ」
医学の知識の無い純平でもわかった。それが、どんなに酷い傷なのか。
「だ、大丈夫だよ千鶴子ちゃん……」
口では大丈夫だと励ますも、純平は目に見えてオロオロしだした。
止血……とにかく止血しないと。でも薬も包帯も無い。
辺りを見渡した。実験室のようだ。
だったら、救急道具くらいあるかもしれない。でも、そんなもの見当たらない。
その間にも千鶴子の体からは血が流れ、あっと言う間に床に血の水溜りを作った。
「……クソ!」
純平は学生服を脱ぐと、さらにワイシャツを脱ぎ、それを千鶴子の傷に押し当てた。
本当なら、もっと衛生的なものを使いたかったが、今はこれしかない。
止血だ。とにかく止血するんだ。テレビでよくやる、九死に一生スペシャルも、そう言っているじゃないか。
でも白いワイシャツが真っ赤に染まっても流血は止まらない。
「頑張って千鶴子ちゃん!大丈夫だよ、かすり傷だから血さえ止まれば……」
「根岸くん……ありがとう」
「お礼なら助かってからでいいよ。くそ、止まれ、止まれよ!!」
純平は必死になっていた。
(……礼二)
ふと、礼二のことを思い出した。今ならわかる、自分は完全に遊ばれていたんだ。
礼二なら死にかけた女には、もう用は無い。
こんなに必死になってくれない。それどころか最初から自分の身が危険になれば守ってもくれなかっただろう。
(……私……根岸くんみたいなひとを好きになれば良かった)
最後まで礼二を想うことなく、さっさと他の男に心変わりした美和が羨ましいくらいだった。
「……千鶴子ちゃん、頑張れ。大丈夫、きっと助かるから」
「根岸くん……」
「何?痛いのか?」
「……生きて帰れたら、私を根岸くんのハーレムに入れてくれる?」
「もちろん!喜んで!!」
純平は必死になって千鶴子の手を握り締めた。
「……そう、よかった」
思えば、この地獄の島に来てから初めて言えたジョークかもしれない。
最後に笑って死ねるんだから、私は皆より幸せだった。それはきっと純平のおかげだ。
「……ありがとう」
千鶴子は目を瞑った。そして、動かなくなった――。
――不和礼二のクラスメイト。ここに全滅。
それは、春見中学校三年B組の生徒の命運を暗示しているかのようだった。
【残り24人】
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