「……美恵」

どこだ、どこにいるんだ?
直人が一緒だから、F4に殺されるようなことはないと思うが。
だが……F5が出てきたら話は別だ。
F5はFシリーズの人間版。
詳しい情報は一切無いが、連中はⅩシリーズに匹敵するというじゃないか。
そんな連中が相手では、いくら直人でも分が悪い。

(……こんなに不安なのは、あの時以来だ)

美恵が、あのクズ野郎たちに拉致された、あの時以来――嫌な予感がする。


(直人なんかにまかせていられない。オレがそばにいて守ってやらないと)

徹は足を止めた。前方から嫌な気配を感じたからだ。
ドス黒いオーラ。にもかかわらず殺気はない。
得体の知れないフェロモンを撒き散らしながら、そいつは現れた。




「はーい」
「…………」
「やだ。期待以上じゃない。紫緒よりずっと繊細でそれに優雅な顔立ちよね~」

女だった。意外と言えば意外だ。てっきり男ばかりと思っていたのに。
だが、一見アホを撒き散らしているが、この女、隙が無い。
つまり、見かけとは裏腹に戦闘能力はかなりあると見ていいだろう。
だが女だ。徹の大嫌いな。それも、最も嫌いなタイプだ。
まして、美恵の安否がわからない時に、一番嫌いなものと遭遇。
徹の不機嫌度はあっと言う間に頂点スレスレ。


「そんな怖い顔しないでよ。ねえ、仲良くしましょう。あたし、沙黄っていうの、よろしく。あんた名前は?」
沙黄が近づいてきた。が、数歩で足が止まる。
徹がスッと銃を向けたからだ。
「……何よ、それ。せっかく、あたしが愛想よくしてあげているのに」
「生憎だったな。オレが愛想よくしてほしい女は一人だけだ」
「……あんた、フリーじゃないの?」
「ああ、そうだ。オレには愛し合っている恋人がいる。おまえみたいな女にそばに寄られたら、彼女が悲しむんだ。
だから、近づくな。それとも、今すぐ鉛玉を喰らわせてやろうか?」




Solitary Island―129―




「……貴様か」
黒己は目を輝かせて笑っていた。
「このクソガキ!!うちの息子に何をするんだ!!」
貴弘に攻撃を加えことが杉村の逆鱗に触れた。
野生動物は我が子を守る為に、凶暴化するというが、杉村はどうやらそれに当てはまるらしい。
背後から頭部に向かって蹴り。しかし黒己は飛んで避けた。そして空中で回転。
まるで天井に逆さに立ったようなポーズを一瞬とると、天井を蹴って急降下。
その勢いで、杉村目掛けて拳を繰り出す。
だが、杉村も負けてはいない。
顔面に拳を入れられると、それを待っていたかのように黒己の手首を掴んだ。


「!」
「子供だからって容赦しないからな!!」
肉を切らせて骨を絶つだ。杉村は、黒己の動きを封じ一気に顔面を殴打しようしとした。
「下がってろ!!」
だが、突然、横やりが入った。なんと愛息・貴弘が杉村に蹴りをいれたのだ。
「……な、何だと!?」
その蹴りは、杉村にとっては、どんな攻撃より精神的ダメージが大きかった。

(貴弘が……貴弘がオレを攻撃した?)

呆然とする杉村に、貴弘は叫ぶように言った。
「よく見ろ!奴の手首を!!」
杉村は言われた通り、黒己の手首を見た。
袖口がキラリと光っている。そう、光っているのだ。




「……なんだ?」
「よく見ろ父さん。袖口から千枚通しのような太い針が出ている」
杉村は言われた通り、ジッと見た。確かに大きな針の先端がチラッと覗いている。
「……く、くくく……気付いたのか。アーハハハッ!お見事、お見事」
黒己は袖口から、その針を抜き取った。
「……痛そうだろ?想像以上に痛いぞ。だが、それ以上に危険なものだ。
これには毒がたっぷり塗ってある。ふふふ……だが安心しろ、命にかかわる毒じゃない。
ただ……意識が朦朧として、精神の弱い奴は幻覚症状もでる。
これは男用にオレが使っている毒だ。
ちなみに……んふふふ……そっちの女たちにも専用の毒を用意してある」

貴子と千秋は顔を歪ませた。女専用の毒?


「くくくく……これを刺せば途端に意識が朦朧として……」
ここまでは男用の毒と一緒だ。
「身体中が熱くなる……ふふふふ……快感を求めずにはいられなくなるんだ」

……それって媚薬?

「論より証拠だ。打ってやるから腕を出しな」
だが、貴子も千秋も顔を引き攣らせて、数歩下がった。
「……逃げるなよ。さあ……まずは、そっちの女からだ」
「ふざけるな!オレの母さんに何をする!!」
貴弘が猛攻を仕掛けた。連続蹴りに黒己は思わず、とんぼを切って後ろに下がった。
だが、貴弘も、黒己が下がった分、すかさず前にでて、今度はまわし蹴り。




「貴様!」
黒己は、その蹴りを腕でガード。
ところが、貴弘は、黒己が蹴りに一瞬気を取られた、その隙に、黒己の腕を掴む。
二人のバランスが大きく崩れ、二人の体が床に沈む。
貴弘の反応は早かった。すかさず、腕に関節技を仕掛けようとする。
だが、黒己の反撃もまた早かった。
ほとんど寝技で押さえ込まれた状態から、ブリッジで起き上がり、その勢いで、貴弘の顔面に向かって蹴りだ。
貴弘は反射的に避けたが、完全には避け切れなかった。頬にかすかだが赤い線が入っている。


「……危ない危ない。寝技を完璧に決められたら……構造上動けなくなるところだった」
黒己はニヤッと笑った。

(……こいつ、汗一つ流してない)

貴弘の額から頬にかけてつつーと汗が流れている。
「一つ確認してもいいかな?」
「なんだ?」
「もしかして、それが全力なんていうんじゃないだろうな?」
「!」
「……だとしたら……随分な期待はずれだ」
「何だと?」


これほどの侮辱は無い。これほどの憤怒は無い。
貴弘はプライドを踏みにじられる事がもっとも嫌いなことの一つなのだ。
今まで貴弘のプライドを踏みにじって無事でいた人間は一人もいない。
「これが貴様の限界なら、もう用は無い」
黒己は周囲を見渡すと宣言した。
「男は殺して女は頂く。はい決定……だから、さっさと死ねよ、貴様等」
黒己が身構えた。貴弘はすぐに応戦体勢を取る。




『黒己、おまえ、まだオレに逆らうのか?』




「……っ!!」
だが、黒己の動きが止まった。
(……なんだ?)
貴弘は黒己の様子がおかしいこともだが、声の主のほうがはるかに気になった。
(この声は……パスワードの時の声を同じ。誰なんだ?)
見たことも無い相手だが、一つだけわかった。
この声の主は黒己よりずっと上位だ。なぜなら、黒己が青ざめ、かすかに震えているのだから。


『オレは命令したはずだ。それともオレを無視しているのか黒己?』


「……そ、蒼琉……ぅ」
(蒼琉?それが、この男の名前なのか?)
黒己の怯えようは、それまでの態度からは想像もできないものだった。
つまり、それだけ蒼琉という男が恐ろしい人間だということだろう。
『お仕置きして欲しいのか?オレを怒らせた罪は重い』
「……ち、違う……違う……」
『だがな黒己。オレは特別慈悲深い人間だ。だから、チャンスをやろう』
黒己の顔に血色が戻ってきた。
『チャンスだけじゃない。褒美をくれてやってもいいぞ』
「……褒美?」
『ああ、そうだ。オレの命令通り特撰兵士を一人捕まえて来い。
それと、もう一つ。そこにいる余計な人間は全員始末しろ。そうしたら、おまえのお気に入りのあの女』
「…………」


『あの女を一晩だけなら好きにさせてやることを考えてやってもいいぞ』
「!!」


黒己の目つきが変わった。

『わかったら、さっさと命令を遂行しろ』

そこで放送は終了した。




「…………」
(……あの女?誰のことだ?)
あまりにも情報量が少なすぎる。
しかし、貴弘には推理する暇さえなかった。突然、黒己が笑い出したのだ。
「アーハハハハ!」
「……なんだ?」
何なんだ、こいつは?
「……オレとしたことが……くくく……取り乱すところだったぜ。
いつも冷静沈着なオレらしくもない……そのくらいのエクスタシーだった」
(……何なんだ、この男は)


「……おい貴様」
「何だ?」
「おまえ名前は?」
「名前だと?」
「答えろ」
「……杉村貴弘だ」
「……そんな名前は軍報には一度も載っていなかった。つまり、貴様は特撰兵士じゃないないんだな?」
「それがどうした?軍人じゃないが、オレは軍人より、ずっと強いぞ」
「特撰兵士でないなら用は無い。その女たちは勿体無いが、仕方ないな……。
蒼琉の命令は絶対だ。勿体無いが死んでもらう。もちろん全員殺す……皆殺しだ」














「これで、あのバカも少しはまともになるだろう」
蒼琉は黒己はこれで大丈夫だ、と言うと他のモニターに目をやった。
「蒼琉」
「なんだ?」
「今のは本気なのか?」
「何だ、ヤキモチか?紅夜、貴様らしくもない」
「フン。くだらん冗談に付き合っている暇はないんだ。本当に、黒己に一晩レンタルさせてやるつもりなのか?」
「安心しろ。オレは『考えてやってもいい』と言っただけだ」
「で?」
「考えたが、やはりくれてやるのは止めた」
「後で騒々しくなるぞ、あの駄々こね野郎」
「その時は力づくで大人しくさせるだけだ」














「や……本気で撃つ気?」
沙黄はかすかに恐怖の色を、その瞳に浮かべた。
そして、わざとらしく両手を挙げると、「撃たないで」と猫なで声を出す。
「おまえの出方次第だ」
「どういうこと?」
「情報が欲しい。おまえたちF5の能力と、この基地の構造の情報だ」
「それって、あたしに仲間を売れってこと?」
「嫌なら……」
徹は引き金にかけている指に力を入れる。


「ま、待って!!ストップ!!わかったわよ、何でも言うわ」
「賢明だね。まずは君の仲間の事を聞かせてもらおうか」


「わ、わかったわよ。頭は蒼琉って奴よ。派手な容姿だからすぐにわかるわ。
銀髪の長髪男で、目の色がブルーなの」
「ブルー?」
徹は不和礼二の話を思い出した。
「もしかして、ブルーの異名をとる化け物のことか?」
「そ、そうよ。あいつ、強い上に容赦ないのよ。仲間にさえ冷たいの。
それだけじゃないわ。ゲームが大好きで、いつもろくでもないこと楽しんでいる男よ」

(……コンピュータウイルスを撒き散らしのはブルーということか。
オレも褒められた性格じゃないが、ブルーも相当いい性格しているようだね)

「二番目に強いのは紅夜って男よ。赤毛で目つきの悪い奴。
こいつは蒼琉と比べても、ほとんど差が無いくらい強いわ。要注意よ」
「他には?」
「珀朗。アルビノの虚弱体質だから体力が無くてね。
長期戦には耐えられないだろうから、短期決戦でやれば勝てるんじゃない?
翠琴っていう女もいるわ。黒髪に緑の目をしたいやーな女よ。
あんた色男だから誘惑されるかもしれないわよ。気をつけたら~?」
頭に銃口が押し当てられた。
「余計な事はいい」
「わ、わかったわよ。……黒己って奴もいるけど、褐色の肌に黒髪の。
蒼琉たちよりは劣るけど、こいつは血を見るのが好きなのよ。だから、注意したほうがいいわよ。でもぉー」
「でも?」


「……ふふふ」
「何がおかしい?」
「でもねぇー。一番、血を見るのが好きな奴はぁー」
沙黄がけたけたと笑い出した。
「オレをバカにしているのか?殺されたいのか?黙れ!!」
「やだぁ、怒らないでよ。あなたが言ったんじゃない。仲間の情報教えろって。だから、あたしは正直に言ってるの」
沙黄はくすくすと、さも愉快そうに笑い続ける。
「あ、さっきの続きね。一番、血を見るのが好きな男、そいつはね――」
徹は気付いた。ハッと、床にのびている影を見た。
自分の影から、もう一つ、全く違う影が伸びている。


背後だ。背後に誰かいる!気配は全くない。だが確実にいる!!
どんなに気配を消す事ができても、影まではどんな超人でも消せない。
だからいるのだ。間違いなく、背後に!!


徹は振り向いた。
そして見た。女――かと、思えるような華奢な男が自分目掛けて飛んでくるのを。
その男に気を取られ、一瞬、沙黄から意識が離れた。




ガンッ!!
「……!!」
しまった!徹が、そう思った時には、沙黄に蹴り上げられた手から銃が離れていた。
そして、銃は沙黄の手の中に飛び込む。
沙黄はすかさず、銃口を徹に向けてきた。先ほど、徹が自分に向けたように。
「どこ見てるのさ?」
徹は腕をクロスさせ男の蹴りを防御する。
腕が痺れる。骨が軋む。だが、大丈夫だ。折れてはいない。
折れてはいないが、最悪の状況だ。
なんて事だ。最初から二人いたとは。女一人だと思って完全に油断していた。


「一番血をみるのが好きな男はぁー、こ・い・つ。向陽紫緒でーす。そうでしょう、紫緒?」
「さーあ、どうかなぁ……僕って、そんなにSなの?」
「SもS。超サディストじゃん、あんたって。あっちのほうも、いつも道具使わないと気がすまないくせに」
「だよねぇ。うふふ……僕って、そんなにいけない子だったんだ」

沙黄もむかついたが、この紫緒もむかつく。
それが徹の第一印象だった。
男のクセに青い口紅をべったりつけているのだ。
徹でなくても、いい印象を受ける男は少数派だろう。


「……女は囮……と、いうわけかい?」
「大正解♪」
紫緒はケラケラと笑っていた。
「ねえ、紫緒ぉー。こいつ、あたしのことふったのよ。超ムカつく」
「ふふ。しょうがないんじゃないの?だって、こいつ女嫌いで有名な佐伯徹だろ?」
「知ってるの?」
「知ってるさ。本島にいた頃、よく博士たちの娘が噂していたじゃないか。
また、彼にふられたって。本当にもったいない話だよね。黒己なら、手当たり次第食べていたよ」
「女嫌い?気に入ったわ。あたし、ストイックな男も好きなのよねぇ」
「オレはおまえみたいに下品な女は大嫌いだ」
「あんたさぁ、強がるのはいいけど、今の立場考えたら?」
確かに徹の立場は最悪だった。敵は二人。前後を囲まれている。
おまけに沙黄には銃を突きつけられ、この女のご機嫌一つであの世行きだ。


「ねえ……」
沙黄は徹に近づくと、その左手で顎に触れた。
「あんたの女嫌い、あたしが治してあげようか?」
徹のご機嫌は最高に最悪だ。
「……本当に綺麗な顔。舐めちゃいたいくらい。ふふ」
沙黄は、徹に銃を突きつけたまま、その唇に自らのそれを近づけた。
徹は顔をそらし、無言で沙黄の好意を拒絶。沙黄は明らかに気分を害した。
「ちょっと、キスくらいいいじゃない」
「言っただろ沙黄。そいつは女嫌いだって」
「あれ?でも変よね、こいつ、恋人がいるって言ってたのよ」
「どうせ、嘘さ。女嫌いってことは……もしかして、僕に近い人種かな?」
「お門違いだ」
徹は低い口調ではっきり言った。


「男も女も好きじゃない。オレが愛しているのは一人だけなんだ」




【残り25人】




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