「……バカめ。完全に理性を無くしている」
隠しカメラを通して黒己を見ていた蒼琉と紅夜はもはや呆れるしかなかった。
「ああいう奴だとわかっていて行かせたおまえにも責任はあるだろう」
「ああ、それもそうだな」
蒼琉は簡単に納得した。
「で、どうするんだ?このままだと女だけさらって、また戻ってくるぞ」
「そうだな……」
蒼琉は椅子に深々と座り、少し考えた。
「あいつがヤル気を出すように餌を見せびらかしてやるか」
蒼琉の口の端が僅かに上がった。
蒼琉がこういう表情をするときは間違いなく面白がっている。それもろくなことを考えていない証拠であった。




Solitary Island―128―




「……本当に、こんな所に政府を潰せるネタがあるのかな」
七原は溜息をつきながらも、せっせと手を動かしていた。
川田だって心底希望を持っているはずが無い。
きっと砂漠の中の砂金一粒程度の希望だろう。
希望を捜す為にここにきた。来たはいいが、見つからない可能性の方がはるかに高い。
だったら、さっさとあきらめて脱出に全力を注ぎ込むべきじゃないのか?
確かに、自分も何年もテロ組織に入っているおかげで、あんな事では、この国は潰せないということはわかっている。
トカゲは尻尾を失ったくらいではビクともしない。
そのうちに、また生えてくるのだから。
自分達は、そのトカゲの尻尾を切る程度の存在に過ぎないのだ。
この国にとって、政府にとって、そして権力を独占している冷酷非情な連中にとって。


「……遺伝子操作。なんだ、これ?」
ファイルのタイトルこそ大東亜語だが、中身はほとんど見たことも無い言語。

(よくわからないけど、これも大した資料じゃないだろう……)

七原は、「これは向こうのゴミ箱に捨てておいてくれ」と真一に頼んだ。
ちなみに、その中身は遺伝子レベルで、思い通りの人間を作るという神を完全無視した理論だった。
つまり、F5に施された遺伝子操作に関する資料だったのだ。
「川田、これに目を通してくれないか?」
三村が、気になる資料を発見したらしい。
「……なんだ、コレは?」
「な、変だろ」
「何が変なんだよ」
七原が割り込んできた。




「『実験対象、○○県XX地区第二病院産婦人科。実験体五名。胎児に……』……なんて奴等だ。人間じゃない」
「何だよ川田。何て書いてあるんだよ」
「科学省の連中は、この国の全ての医療機関を傘下におさめている。
それを利用して、極秘実験やりやがったのさ。
一般市民の妊婦を……いや、正確にはその腹にいる胎児を対象にあらゆる遺伝子操作を施している。
例えば、AはIQが高くなる実験、Bは身体能力が高くなる実験。そして生まれた子供は数年に渡って観察している」
「……なんだって?それで、その子供達は?」
「失敗だそうだ。本来の能力を超えた才能を無理やり持たされたんだぞ。
最初は神童扱いだったそうだが、成長するに従い凡人になっていった。
だから、今度は能力ではなく、性格を操作する実験を行っている。
例えば、温厚な親から生まれた子供は凶暴な性格に。反対に、粗暴な親から生まれた子供は従順な性格になるように。
今度は成功したらしいな。遺伝子レベルで科学省は神になったと思い込んでいやがる。
まったく、どうしてこうろくでもないことに、もって生まれた知能をフル回転させるんだろうな」
川田は呆れたが、三村は「川田、問題はその後だ」と神妙な面持ちで呟くように言った。


「……なんだ、これは?」
次々に、各地の病院で極秘に実験を繰り返している科学省。
だが、17番目に遺伝子操作を行った病院の名前が無い。
「どうして病院の名前が残ってないんだ?」
川田はハッとした。残っていないのではなく、公文書に残したらまずい病院……なのでは?
「……三村」
「オレと同じ事考えているだろ川田?
科学省は万が一にも部外者にばれるのを恐れて名前を伏せたんだ。
一般市民相手なら、そんな必要は無い。つまり……科学省が手を出したのは、一般市民なんかじゃない。
他の政府機関にばれたらヤバイことになるような病院で実験をやったんだ」
「他の政府機関にばれたらヤバイ病院って……そんな病院あるのか?」
七原の質問に川田が答えようすると、その前に真一が、「政府御用達の国立病院だろ」と即答した。
「……政府御用達の国立病院?」
例えば、軍病院、警察病院、それに政府のお偉いさんばかりを専門としている大学病院。
つまり、実験対象は、科学省と同じ政府側の人間と言うことになる。


「ど、どういうことだ川田。全然わからないぞ。
どうして科学省が、遺伝子操作なんてマネを同じ政府側の人間にやるんだ?」
仲間だろ?仲間ですら実験対象にするのか?
「そんなことがバレたら、科学省は他の政府機関を敵にまわすじゃないか」
「そうだ七原。その通りだよ」
「なんで、そんな危険なことをするんだよ。一般人相手じゃなく、どうして?」
もちろん一般市民を実験されても困るが、それは七原たち一般市民が困るだけ。
科学省はもちろん、他の政府機関も全く困らない。

それなのに、なぜわざわざ科学省は、そんなマネをしたんだ?

「……どうやら科学省にとっては国を裏切るというリスクを背負ってでもおつりがくるくらいのメリットがあるらしいな。
どうせ、ろくなことじゃないが、そのメリットを知る必要がある。もしかしたら、それがオレたちの大きな武器になるかもしれない」
川田は、「捜すんだ。奴等の狙いが何なのか。その資料を」と、再び資料に飛びついた。
三村も七原も、同様に資料を片っ端から確認しなおす。
部屋の隅のゴミ箱に捨てられたF5に関する資料。川田が求めていた物は、その中にあった。
しかし、気付かれる事もなく、今ではただのゴミとなって丸められ突っ込まれていた。














「貴子をはなせ!!いくら、子供でも悪ふざけはいい加減にしないと容赦しないぞ!!」
「……オレは真面目だ。最大のエクスタシーは食欲を満たす事じゃない。
性欲を満たす事なんだ。理解できたか、アンダースターン?」
「……ふ!」
杉村の理性が切れた。

「ふざけるなっ!!おまえの親に代わってお仕置きしてやる!!」

この時は、杉村にとっては、この無礼な若者は敵ではなかった。
まさかFシリーズに人間がいるとは思っていなかった。
だから、外国人の不良がケンカを売っている程度の認識だったことだろう。
しかし、杉村はそれが間違った認識だということを身をもって知った。


「うるさい男だ……さっさと」

キラリ……男の手に何かが光った。杉村は反射的に腕をクロスさせる。


「さっさと死ねよ、おまえ」


その腕に何かが刺さる鈍い感触――が、走ったかと思うと、一気に激痛が杉村を襲った。


「……ぐっ!!」
「ひ、弘樹!!」
ナイフが腕に刺さっていた。もし腕でガードしていなければ、左胸を刺されていた。
左胸。急所――つまり心臓だ。
この男はケンカを売っているどころではない。殺し合いを挑んできている。
「お、おまえは何者なんだ!?」
「……まだ、わからないのか?フフ……これだから鈍い奴は嫌いなんだ」
男はナイフについた血をペロッと舐めた。
そして、ペッと吐き出して、「やっぱり男は不味いな」と言った。
それから、貴子の頬にナイフをピタピタとあて、「……女は絶品だ。特に極上の女は最高に美味い」と、囁いた。




「千秋……千秋どうした!?何があった!?」
ドンドンと必死にドアを叩く音。そして叫び声。
重い扉を隔てていても、異常事態だということくらいわかる。
「ゆっくん、助けて、ゆっくん!!」
千秋は必死にドアを叩き返した。
この場で最も頼りになるはずの杉村が負傷。千秋でなくても取り乱すだろう。
「杉村さんが……杉村さんが殺される!!」
男は心臓を狙ってきた。脅しでも冗談でもない。本気で殺しにかかってきたのだ。
「ち、千秋ちゃん、大丈夫か!!待ってろ、今助けて……くそ!!どうして開かないんだよ!!」
純平のヒステリックな叫び。仮にドアが開いても純平では全く助けにならないだろうが。




「女……こっちに来い。最高のエクスタシーを与えてやる。
悪い取引じゃないだろう?素直になれ、女は素直が一番だ」
男は千秋に、さっさと来いとばかりに、またも指をクイクイと動かしている。
千秋はフルフルと顔を左右に動かした。必死の拒絶。それが男には面白くないらしい。
「……オレと一緒にくれば命の保証はしてやる。
エクスタシーの保証はもっとしてやる。大事にしてやるぞ。オレが飽きるまでは」
「……あ、あたし……あたしには……好きな人が……」
「そんなものオレに抱かれれば、すぐに忘れて二度と思い出さなくなる。
いい加減に我がままを言うのはやめろ。でないと本気で怒るぞ」
「それは、こっちの台詞だ!!貴子を放せ、本気で怒るぞ!!」


杉村の怒声に比例するように、幸雄たちの声も大きくなる。
「千秋!!千秋ー!!」
「千秋ちゃん!!」
男の目が鮫の目のように感情の無いものに変わった。


「おまえから消してやろう……光栄に思え、この土岐黒己の手にかかって死ねるんだ!」

黒己は貴子を突き放すと、杉村目掛けて助走。さらに飛んだ。




「母さんっ!!」


ドアの向こうから再び声がした。
「!」
瞬間、杉村に攻撃を仕掛けた黒己が動きを止めた。
「……なんだ?」
応戦する覚悟だった杉村は、黒己の様子に眉をひそめる。
黒己は杉村を無視してドアの前に来た。
千秋が慌ててドアから離れるが、その千秋にも目もくれない。
銃声が二度。ドアのキー差込口が完全に破壊された。
そして、プシューと音がして、ドアが真ん中から左右に引かれた。
黒己の予想外の行動に驚きながらも杉村は貴子のそばに駆け寄り、貴子を抱きしめる。


黒己の様子がおかしかった。あれほど女達に異常な欲望を見せていたのに、今はまるで眼中にない。
それは杉村たちには知るべくも無かったが、黒己にとって欲望以上に強い本能がそうさせたのだ。
戦うために作られ、戦うために生まれてきた人間。
その戦闘本能は、他のどの本能よりも強い。
黒己もF5の一員である以上、それは例外ではない。
ドアの向こうに強い奴がいる。それを黒己は本能的に察知した。
そしてF5にとって、『強い』ということはイコール『敵』なのだ。
「……な、なんだ、おまえは?」
突然ドアが開いたかと思えば、見たことも無い人種の人間が仁王立ち。
幸雄は、先ほどの杉村たちの怒声や叫び声といい、黒己がまともではないことだけは即座に察知した。
隆文は察知しすぎて、「う、うううううう……宇宙人だぁぁー!!」と叫んでいる。
だが、黒己には、当然隆文など眼中に無い。




黒己はジッと見た。穴があるのではないかというほど見詰めた。
誰が、自分の本能に火をつけた相手なのか、見極める為に。
「おまえ……おまえが千秋に何かしたのか!?」
幸雄はすでに興奮状態だ。
「何か言えよ!!」
黒己の襟を掴んだ。が、幸雄の体は宙を浮いていた。
そして、頭から床に落ちた。千秋が慌てて駆け寄り幸雄の名前を連発している。


「……違う」

黒己は、その一言だけ。


「……おまえ!」
危険だ。先制攻撃しなければ。
いつも、ヤル気があるのか無いのかわからない拓海が即決して攻撃を仕掛けてきた。
黒己の顔面に蹴りだ。軍人の祖父や父に幼い頃から格闘技を教わっている。
だから、それなりに自信はある。あったはず……だが。
「……な!」
黒己は、スッと指を二本立て、それを顔の前にあげただけで、拓海の攻撃を止めた。
渾身の蹴りを止められ、一瞬動きが止まる拓海。
だが、黒己の動きは止まらない。お返しとばかりに拓海の顔面に拳が入る。
今度は見事なまでに決まっていた。
拓海の体は頭部を後ろに引っ張られるように空中飛行。
そのまま壁に激突すると、ズルズルと床に落ちた。

「こいつも違う」

黒己はまた呟くように言った。それから、チラッと純平を見た。
「オ、オオオオオ……オレは……オレは婦女子を守る為なら命をかけて……」
「……全然違う」
純平は試されるまでも無かった。


「お、落ち着けよ隆文!!」
「これが落ち着いて入れれるか雄太!おまえだってネッシー発見したらこうなるはずだ!」
「た、確かに……」
「見ていろ……オレが宇宙人と交信してやる」
拓海の尊い犠牲も無駄だったようだ。隆文は黒己に近づいてきた。
「……こ、言葉はわかるか?あー……オ、オレは宇宙人との共存を……」
隆文の頭蓋骨が響いた。黒己の左パンチがヒットしていたのだ。
黒己はすかさず、第二発目を繰り出す。
が、隆文の体はスッと沈み、紙一重で黒己の拳を避けていた。
(……避けた!?)

まさか、こいつなのか!?

「違うぞ。最初の一撃ですでに気を失っているんだ」


貴弘だった。隆文は攻撃を避けたのではない、気を失って倒れた為、偶然にも結果的に避けれたに過ぎない。
「……!」
黒己はジッと貴弘を見詰めた。
異常な目……異常なオーラ……。
「……何なんだ、おまえは?」
「おまえ……」
「貴弘、気をつけろ!!そいつは……」
杉村が叫んでいた。だが、遅い。すでに黒己は蹴りを繰り出していた。
目標は貴弘の頭部。だが、貴弘は咄嗟に腕を上げガードしていた。
「……くっ」
ガードはしたが、腕の骨がきしむようだ。

何なんだ、こいつは!?

「……おまえか」
黒己が嬉しそうにニヤッと笑った。まるで、欲しかったおもちゃをやっと見つけた子供のように。














(……美恵)
瞬は、じっと美恵の寝顔を見詰めていた。
トントン。ノックの音。返事はしない。しなくても、どうせ入ってくる。
ガチャ……やっぱりな。捕虜には入室を拒否する権利すらない。
「やあ」
蒼琉でも紅夜でもない。アルビノの華奢な少年・珀朗だった。
両手をズボンのポケットに入れた体勢で瞬を見ている。
「寝たんだ、彼女」
チラッと美恵に視線を移すと、ツカツカと近づいてきた。
瞬は思わず立ち上がった。それが結果的に珀朗の動きを止めた。
珀朗は相変わらず両手をポケットに入れたまま、ニコッと笑った。


「何もしないよ」
「…………」
「彼女、すごく綺麗だね。外見じゃなくて魂が。
まるでガラス細工のように透き通っている。そういう女性には手は出せない。心が痛むから」
瞬は黙ったまま、再び座った。
「隣、いいかな?」
瞬は何も答えない。
「僕は無言は肯定とみなすよ。勝手に座らせてもらうよ」
珀朗は瞬の隣に座り込む。そして優しいが、得体の知れない笑顔で美恵を見ていた。
五分ほどたった頃だろうか、瞬が口を開いた。
「何の用だ?」
「警戒しなくてもいいよ。蒼琉から君達を見張れって言われてね。
でも影でコソコソ覗き見するような方法は、僕は嫌いなんだ。
だったら、君達のそばで、お話でもするのもいいかな……そう、思ったんだよ」
「…………」
「おかしいかな?」


「……おまえも、美恵が目当てなのか?」
「知りたいかい?」


珀朗は面白そうにニッコリ笑った。
「さあな……よく、わからない」
「僕はさっきも言ったとおり、こういう女性を傷つけてまで自分の血を残そうなんて思わないよ。
すごく無垢なんだね、彼女は。僕は冷酷な博士や、翠琴たちしか見なかったから、よくわかる。
蒼琉たちと違って、不思議な事に、僕は興味ないんだ。そういうことには。
多分、僕は虚弱体質で、そういうものを次世代に残しても仕方ないって気持ちがあるんだと思う。
でも蒼琉たちは優秀だからね。僕と違って、自分の血は残したいと思うさ。
感心は出来ないけど否定もしないよ。彼等に重要な事が僕にはそうではなかった。
ただ、それだけ。人の価値観は、ひとそれぞれ。そうだろ?」
「……そうだな」


「彼女、目が覚めたら悲しむだろうね」
「何の話だ」


「黒己が早速始めたんだ。彼女の仲間との戦いを」
「特撰兵士か?」
「いや、どうやら違うようだけど、彼女の価値観では、彼等の死も悲しいものじゃないかな?」
それは確かにそうだ。
「黒己はきっと皆殺しにするだろうね。血が好きな男だから僕には止められない。
僕と違って、蒼琉にも黒己も好戦的だから。女の人は殺さずに捕虜にするかもしれないけど、男は皆殺しさ」
「だろうな」
「それと沙黄も敵を見付けたようだ。始まるよ、殺戮が。相手が大人しく捕虜になれば、少しは寿命は延びる。
でも、そうなったら君の手で殺すことになる。そういう約束だからね」
「……何だと?じゃあ、砂金が見付けた相手は」


「ああ、そうさ。特撰兵士だよ。亜麻色の髪をした、僕と張り合う美少年だった」




【残り25人】




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