『お、落ち着いて……桐山様、落ち着いてください!!』
『これが落ち着いていられるか!よくも桐山家の跡継ぎこんな目に合わせてくれたな!!
例の遺伝子操作の技術を科学省に提供する件は考え直したほうがよさそうだ。
あれの母親を死なせたことといい、科学省は桐山家にとっては天敵だっ!!
もとはといえば、15年前、科学省のせいで……』
『取り乱すのはそこまでにしたらいかがかな桐山殿』
『おまえは?』
『失礼。科学省の長官ですよ』
『それがどうした?失礼だが、私は科学省の人間とは係わり合いになりたくない。
先代も死ぬ間際まで、科学省に対する憎しみを忘れなかった』
『このままご子息が亡くなるのを指をくわえてみているおつもりか?』
『……どういうことかな?』
『我等の医術を持ってすれば、ご子息を助けて差し上げられると言っているのです。
我等とてご子息には死んで欲しくない。ご子息は科学省とも深い縁がある子ですからな』
『それを言うな!!和雄は貴様等とは何の関係も無いっ!!』





「…………」
「どうした桐山?」
突然、立ち止まって何か考え込んだ桐山に隼人は訝しむ。
「…………何でも無い」
……なんだ、今のは?ふいに記憶の彼方から声がした。
かすかに聞える怒鳴り声。その声を呆然と聞いていたような気がする。
父はお世辞にも愛情豊な父親ではなかった。
二言目には『桐山家の跡継ぎとしてふさわしい男になれ』、ただその一言だけを繰り返した。
父が必要としているのは、桐山家の跡継ぎであって息子ではない。
幼い頃は孤児院にいた。なぜ、そんなところにいたのか今でも疑問はあるが、特別知りたいとも思わなかった。
桐山家に引き取られたのは祖父の危篤の時。
祖父は自分を一目見るなり、これ以上無いくらい低い口調で言い放った。


『……娘には似ていないな。父親似か……化け物め』


それが祖父の声を聞いた最初で最後。
ほどなくして祖父は死に、自分はたった一人の跡継ぎとして桐山家で育った。
順調だった。ただ――中学に入学してから転校するまでの二年間の記憶が無い。




Solitary Island―127―




「……そんな」

美恵は一瞬呆気に取られ、直後ガクガクと震えだした。
殺す(誰を?)特撰兵士を(私の仲間なのよ)誰が?(それは瞬が)
瞬が、自分の兄が、自分の大切な仲間を殺す。殺すのだ。攻介を殺したように。

「瞬……あなたは、その話……」
「ああ受けた。簡単なことだ」
「やめて!!」
叫ぶより早く瞬の胸倉を掴んでいた。


「お願いやめて!!私の仲間よ、大切な!!攻介だけでたくさんだわ、お願いやめて!!」


「…………」
「お願いだから、これ以上罪を重ねないで。あんな辛い思い、もうたくさん。
攻介をあなたが殺したと知った時、私がどんな思いをしたと思うの?お願いよ!もう誰も殺さないで!!」
「やらなければオレが死ぬだけだ」
「……瞬」
「今、オレがやめたとしても、オレはすでに奴等の敵だ。遅かれ早かれ、連中とはぶつかることになる。
F5からも怪しまれている。F5まで敵にまわすわけにはいかない」
「その為に、皆を殺すの?やめて!そんなことはやめて!!」
「もう遅い。万が一、オレがやめたとしても、奴等が仲間の仇であるオレを許すと思うか?」
美恵は仲間たちのことを思い出した。
攻介を殺されて怒り狂っていた俊彦、それに任務に忠実な晃司たち。




「わかったようだな。オレはやめないし、仮にやめても奴等がやめない。
いくら、おまえがあいつらのマドンナ的存在でも、何もできないだろう。
オレは今はF5の信用をなんとか得ないといけないんだ」
「……だったら、もっといい方法があるわよ」
「何だと?」


「私を殺せばいいわ」
「!」


一瞬、瞬の表情が強張ったような気がしたが、おそらく気のせいだろう。
それとも、美恵自身、心に余裕がないせいで、そう見えたのかもしれない。


「特撰兵士よりも私を殺したほうが、彼等の心証良くなると思わない?
私は仮にも血の繋がった妹よ。その私のほうが効果はあるはずよ」
「……おまえは自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「あなた自身言ったじゃない。私も殺害対象だって。だったら、今殺そうが、後で殺そうが同じ事」
「だからと言って、自分から殺せというなんて」
「あなたは……大切なものを捨ててしまったから」

だから、わからないかもしれないけど……。

「私、ずっと一人だったのよ……だから晃司たちと再会できたとき嬉しかった。
友達が出来たとき、本当に嬉しかった。私の為に、命懸けで戦ってくれたひともいるのよ。
だったら、今度は私の番だわ。今度は私が守る番よ」
「…………」
「だから、やめさせて。私が代わりになるから、だから……」




「見られているぞ」
瞬は、美恵がやっと聞き取れるくらいの小声で囁いた。
「……え?」
「マジックミラーの前にいる。一人じゃない」
美恵は振り向かないように、ジッと気配を探った。でも、まるで何も感じない。感じないが……怖い。
気配はないのに、瞬の言葉のせいか、異常なほどの恐怖を感じる。
「……瞬」
言葉が出なかった。何を言っていいのかわからない。
ただ、瞬の「もう何も言うな」という言葉に素直に従うしかないように思われた。


「疲れただろう。もう寝ろ」
「…………」
「話はこれでおしまいだ。もう寝ろ」
最後の言葉はやや強調されていた。
威圧されているわけでもないのに、有無を言わせない雰囲気。
美恵は少し俯くと、かすかな希望を捨てきれずに、「さっきの話……」と、言った。
しかし、すぐに、「もう話は終わりだ」と切り替えされた。
もう終了。これ以上は、少なくても今は何を言ってもダメ。
絶望、それとも失望だろうか?
精神的にもまいっているが、肉体的にはもっとだ。なんだか少しふらつくし、軽い眩暈がする。
「自分が死にかけたこと、もう忘れたのか?」
いくら瞬から輸血してもらったとはいえ、一度はガソリンの切れかかった車同然になった身。
肉体は素直だ。休養が欲しいと必死に訴えてくる。
「……目が覚めたら、その時また聞いてやる。ただし、かなえてやることは絶対にないぞ」
瞬は美恵をベッドに寝かせると布団を掛けた。














「……聞こえた弘樹?」
「ああ……爆発だ。そう大きなものじゃない、例のエリアを時間ごとに爆発しているものとは違う」
「かといって、小さいものでもなかったわ。
そうね……部屋一つくらいはつぶせるくらいの大きさね」
二人は立ち上がった。昌宏と千秋は聞えなかったらしくきょとんとしている。
「あの……」
心配そうに二人を見上げている千秋。
「どうする貴子?」
どうするとは、もちろん、この二人の子供たちをどうするか、だ。
危険かもしれない。だから連れて行くのは避けたい。でも、ここにいても安全の保証がない。
あの化け物たちがご登場したら、この二人などものの数秒で殺されてしまう。
どっちにしても危険なら、連れて行くべきだろうか?


「何か、あったんですね?」
杉村たちが言葉を吐き出す前に何かを悟ったのか、千秋のほうから切り出してくれた。
「ええ、ずっと遠く……と、言っても遙か彼方というわけではないわ。
とにかく、そこで爆発があったの」
「あの例の爆発が?」
「いいえ、あの馬鹿げたゲームもどきの爆発は最上階から一定時間ごとに格階のエリアを破壊するもの。
でも、あの音はこの階と同じか……もしくは近い階で起きたものよ」
「……どういうことですか?どうして、予定外の爆発が?」
「それは調べてみないとわからない。だから、あたしたちはそこに行こうと思っているの」
「だったら、あたしも行きます。もしかしたら、父や弟が巻き込まれているかもしれないもの。
大人しくて待ってなんかいられないわ」
「……幸枝がそういう女だったわ」
この娘は母親似ね。貴子はもう何年も会ってないクラスメイトを思い出し目を細めた。


「オレも行きます。オレの仲間はほとんど死んじまったけど……まだ一人残っている。
たいして仲の良かったクラスメイトじゃないけど、あいつしか残らなかったし……。
あいつ一人くらいは無事に連れて帰ってやりたい」
それは千鶴子のことだった。本当は理香を守ってやりたかった。
でも、彼女は自分がそばにいてやれない間に死んだ。
千鶴子は礼二の彼女で、自分とはクラスメイト以外接点ないけれど。
だけど、今、この島にいる人間で唯一生き残ったクラスメイト。連れて帰ってやりたい。

「決まりね。じゃあ、四人で行きましょう。断っておくけど、泣き言言ったらおいていくわよ」














「蒼琉、あいつ、オレたちが気配を絶っていたのに、気付いたぞ」
「ああ、さすがはⅩシリーズだ。気配以上の何かを感じたらしいな。
厄介だな。第六感か?だとしたら、他のⅩシリーズも同じ可能性は高い」
蒼琉と紅夜だった。瞬が感じた何かの正体は。
「どうするつもりだ?まさか、放置しておくのか?」
「見張りは珀朗にやらせる」
「珀朗にだと?」
「オレたちと違って、あいつは邪心が無いから案外気取られる事もないかもしれない。
オレやおまえは邪心の塊みたいなものだ。そうだろう?」
「いいたいことを言ってくれるじゃないか蒼琉」
紅夜は内心ムカついたが、それを態度に出すほどバカでもなかった。
監視室から出るときに、最後にチラッとマジックミラーに目をやった。


「…………!」
「どうした紅夜?」
「……なんでもない」
「そうは見えないぞ」
「なんでもないと言っているだろう」
蒼琉もマジックミラーをもう一度見た。ベッドで寝ている美恵と、それを見ている瞬。
確かに何でもないな。全く何でもないシーンだ、だからこそ気になる。
なんでもないのに、なぜ紅夜は一瞬顔を強張らせた?
(もっとも、この強情者に聞き出そうとしても絶対に口は割らないだろうな)
本当に素直じゃない男だ。素直で裏表のないオレとは氷と炎くらいに違いすぎる。

(あいつ……女の寝顔を見詰めていた、あいつの顔は――)

妹を見ている顔じゃなかった――。
紅夜の心に苛立ちが渦巻き始めていた。














「……クソ、手動でも開かないな。ロックされているのか?」
ドアが引いても押しても開かない。貴弘は苛立っていた。
パスワードのこともある。しかし、それ以上に母と美恵の事が気になる。
「せめて銃でもあれば何とかなるかもしれないが……」
「な、なあ杉村……開かないのか?」
幸雄が心配そうに尋ねてくる。
「ああ無理だな」
「……簡単に言ってくれるよ」
「文句があるなら、おまえが開けろ」
「……いや文句じゃなくて」
「だったら何だ?オレは口先だけの野郎は大嫌いだ」
その口先だけの人間に成り下がったのだ。名誉を回復しなければ貴弘の気はすまない。
「……ま、しょうがないんじゃないの?他のルート当たろうぜ」
拓海は幸雄より楽観的と言うか、切り替えが早いというか。
妥当な案だ。全員、元きたルートに戻ることにし、その一歩を踏み出したときだ。


「……ちょっと待て」

貴弘が待ったをかけた。全員の足が止まる。
「どうした?」
「……静かにしろ」
ドアの向こうからかすかに足音。
「誰かこちらに来ているぞ」
「本当か?!おーい!!オレだ、内海だ!!」
途端に貴弘の鉄拳が幸雄の脳天を直撃した。
「いたっ!!何するんだよ!!」
「バカか、おまえは!あの化け物だったらどうする?居場所を自分から教えるようなマネしやがって!!」
「……あ」
幸雄は自己嫌悪。そして即、自己反省したが、もう遅い。
大声で叫んだのだ。ドアの向こうにいる何者かにとっくに聞えただろう。


さあ、相手は化け物か、それともクラスメイトか。
鬼が出るか、蛇が出るか。いやクラスメイトたちは鬼でも蛇でもないが。
話を戻そう。化け物か、クラスメイトか。
クラスメイトなら神に感謝。化け物なら?決まっている神様を呪う。
普段は無神論者のクセに、こういうときだけ神様を持ち出すのも身勝手だが。
だが命がかかっているんだ。身勝手上等。所詮は人間。運命だけは神に委ねるしかない。




「大丈夫か!?」
その声に最初に貴弘が反応した。
最初にその声を聞いた記憶など一切ない。気がついたら、毎日のように聞いていた声。
それほど身近で付き合いの長い声だ。声の主など一発でわかる。

「父さんか!?」
「貴弘、おまえ貴弘なのか!?」

やっぱり父だ。嬉しそうな声。嬉しそうな表情が容易にイメージできる。
神様万歳。今日から洗礼受けます。などと言う調子のいい奴がいてもおかしくない。
それだけ、今日は運がいい。天からのプレゼントだと思えるほどだ。
(よくよく考えれば、今の状況自体が最悪過ぎて、ラッキーとは程遠いはずなのだが)


「貴弘、よかった無事だったんだな。おまえ一人か?」
「他にも6人いる」
他にも6人。この言葉に千秋が飛びついた。
「ゆっくん、ゆっくんはいるの!?」
「千秋?千秋なのか!?」
「ゆっくん!あたしよ、良かった無事で。心配したのよ!」
「オレもだ……本当に良かった」
口調からして元気のようだ。本当に良かった。
しかし、再会の喜びは後回しだ。とりあえず、やることがある。


「ロックされててドアが開かないんだ。父さん、ロック部を破壊してくれないか?」
「そうだな……ちょっと、待ってろ」
その時、フッとドアに影が。一瞬貴子かと思ったが、貴子は自分の隣にいる。
パッと左隣を見ると、千秋と昌宏が立っている。
つまり……この影は誰なんだ?
自分たちの背後にいる影。いや誰というより、何なんだ?といった方がいいかもしれない。
ここには人外の恐るべき生物が徘徊する悪魔の巣窟なのだから。


「……貴子」
その影の存在には貴子も気付いており、杉村に目で合図を送ってきた。
言葉は必要ない。以心伝心だ。すぐに振り返り、敵であれば即攻撃。
二人はお互いの顔を見合わせ頷くと、それを合図に銃を構えながら振り向いた。
しかし、その影の主は化け物なのではなかった。

「まだ子供じゃない……あんたも、この島に拉致されたの?」

子供。いや子供という代名詞が似合うような幼い者でもない。
少年……いや、むしろ青少年といったほうがいいだろうか?
貴弘より少し年上のようだ。見た感じでは。
ただ、準鎖国制度である大東亜共和国では滅多に見ない人間。
つまり、外国人だったのだ。




「え……と、君、オレたちの言葉わかるかい?」
杉村は、なるべくゆっくりと、そして優しい口調で話しかけた。
準鎖国制度とはいえ、この国に全く外国人がいないというわけではないが少なくても杉村は実物を見るのは初めてだ。
「弱ったな……えーと」
杉村の質問にまったく答えない相手に、杉村は困惑した。
「Can you speak English?」
今度は貴子が英語で対話を試みた。貴子は英語くらいなら話せるのだ。
しかし、相変わらず相手は口を開かない。


「……弱ったな。なあ、貴子、どうする?」
「どうするって言われても……英語圏の人間じゃないのならお手上げよ。
後はジャスチャーで、なんとかするしか手は無いでしょ」
「そ、そうだな」
杉村はとりあえず、ここは危険な場所だから、一緒に来るように、と手振りでなんとか伝えようとした。
まずは、相手の近くに行って(もちろん怖がらせないように)それからだ。
「いいかい、ここは……」
ドンッ!杉村は一瞬何が起きたのか理解できなかった。
理解したときには、激しい痛みが腹に食い込んでいた。
「……ぐ」
ガクッと崩れ、膝を床についた。腹を抱えて呻き声すらあげれない。
「弘樹!!弘樹に何をするのよ!!」
貴子は、腹に鉄拳攻撃を受けた杉村に慌てて駆け寄った。
ところが、その憎いクソガキ(あたしから見たらクソガキよ!)は、貴子の髪の毛を掴んでグイッと引き寄せたのだ。
生意気なガキには容赦しないとばかりに、貴子は至近距離からパンチを繰り出した。
繰り出したが、呆気なく受け止められ、さらに、また引っ張られた。




「……おまえ、名前は?」
貴子も杉村も目を見開いた。
「……あ、あんた……言葉わかるの……?」
「名前だ、なんていう?年齢は……24、5ってところか?」
それは女としては嬉しい言われ方だが(実年齢より10歳も若く見られているのだから)貴子は全く嬉しくなかった。
目の前で夫に暴行された上に、こんな無礼な扱いを受けたのだ。
ちょっとお世辞を言われたくらいでは、この怒りは収まらない。
「……そっちの女、おまえの名前は?」
「……え?あたし?」
突然の出来事に目を丸くしていた千秋だが、これまた唐突に自分に男の意識が向けられて、焦りだした。
前触れ無しの攻撃。だが、それ以上に貴子に対する非礼。それが杉村を激怒させた。


「貴子をはなせ!!オレの妻に何をするんだ!!」
「妻?……だったら、大人しくオレによこせ。そうすれば命だけは助けてやる」
「な、なんだと!!」
言葉も出なかった。
「悪い取引じゃないだろう?そっちの女……おまえも来い」
男はスッと手を差し出すと、手に平をクイクイと何度も曲げ、ジャスチャーでも来いと促した。
もちろん千秋が大人しく従うはずはない。ドアに背中をベッタリとつけ、恐怖に満ちた目で男を見ている。
「お、おまえ、何なんだ!!?」
「いちいち説明するもの面倒だ。とにかく女は連れて行くからな」
「ふ、ふざけるな!」
「ああ、本当に……」
男はフゥ……と、溜息をついた。その直後――。

「うるさい、うるさい、うるさぃぃー!!」

恐るべきスピードで杉村に連続して蹴りを入れてきた。
慌てて、一歩下がり体勢を立て直す杉村。


「オレのものだったのに!!あの女はオレの、オレの、オレのぉー!!
それを、それを!だから、許せない、気がすまないっ!代わりに、他の美女は全員、オレのものだっ!!」




【残り25人】




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