『坂持、坂持教官応答せよ』
『どうした?』
『それが……坂持と連絡がつきません』
『なんだと?』
『これでは例の少年の身柄の保護と確保が』
『いざとなったら軍隊を投入しろ。何としても死亡する前にことを穏便に済ませるのだ。
桐山大財閥が裏でどんな手を使ったのか知らないが、軍務大臣に直接息子の命乞いをしたんだぞ。
ただ陸軍庁が渋っているということだ。ことが大事にならない前に例の少年を保護しなければ』
『か、閣下!!』
『どうした、騒々しい』
『た、大変です……先ほど、あの島に配属された兵士が一人海を泳いで戦艦に救出されたのですが……』
『何があった?』
『せ、生徒たちの一部が反乱を起しているようです!』
『な、何だとぉ!?』


――21年前のことだった。
場面は変わり、軍の病院。男が徒歩の選手のように早足で手術室に向かっている。
そして、手術室の前で固まって青ざめている病院長や軍服の男たちに詰め寄った。

『息子……息子は無事なんだろうな!?』
『き、桐山様……』
『これは一体どういうことなんだ!?
息子の命の代償に私は数十億の金と生物兵器のノウハウを提供することを承諾した!!
息子が無事に帰って来ることが前提の報酬だぞ、約束が違うではないか!!』
『お静かに……どうか、お静かに』


『何が何でも息子を助けろ!!アレは桐山財閥の跡取りだ!!』





Solitary Island―126―




美恵と瞬は独房に入れられることになった。
「さっきも言った通り、おまえたちの言動も行動もオレたちには筒抜けだ。
反対に、外の様子はおまえたちには一切わからない」
なんて不平等な。だからこそ監禁用の独房なのだろうが。
美恵が独房に入ろうとすると、「その前に武器は没収だ」とナイフを取り上げられた。
当然の処置だろうが、そのナイフは美恵にとっては武器としてよりも、他の理由から大切なものだった。
慌てて、ナイフに手を伸ばし取り戻そうとする。
蒼琉は、スッとナイフを持った手を挙げて、「あきらめろ」と冷笑を浮かべた。


「返して!」
「捕虜から武器を没収するのは当然だ」
「お願い返して!!それは大切なひとの形見なのよ!!」
美恵にとっては兄同然のひとだった。そのひとは僅か16歳でこの世を去り、もう二度と会えない。
美恵は護身用ということも兼ねて、そのナイフを肌身外さず持っていたのだ。
「返して欲しいのか?」
答がわかっている質問。
「お願い返して!」
「嫌だな」
蒼琉は、そのナイフを懐にしまうと、「身体検査だ」と言って、美恵を壁に押付け、体のラインに添って手を動かした。
「これも没収だ」
スカートの下に隠していた銃。当然没収。
「銃なら渡すわ。でもナイフは返して!」
「そんなに返して欲しいのか?だったら、おまえはナイフの代わりに何を差し出す?」
蒼琉は、美恵の顎を掴み、クイッと上を向かせた。


「やめろ蒼琉」


ちょっと低めの口調が蒼琉の背後から聞えた。
「なんだ紅夜」
「そんな女がナイフ一本で何が出来る?」
蒼琉は面白そうに微笑した。
「随分とお優しいお言葉だな紅夜。情けをかけるのか?残忍で気性の激しい貴様らしくもない」
「貴様こそらしくないぞ。そんなことで目くじらたてる奴だったか?
それとも、オレは貴様を買いかぶっていたのか?」
「……フフ。だから、おまえは必要なんだ」
蒼琉は美恵から手を離すとナイフを差し出した。
美恵はすぐにナイフを手に取り、それを守るように後ろに回す。


「おまえはオレに試合で負けて以来、形式上は仲間のフリをしている。
だが、その実、オレを観察し、いずれはオレを倒そうとしている。
オレは、そういう奴は大好きだ。オレの顔色ばかり伺っている奴にはうんざりだからな」

蒼琉はF5で最も成功した作品。それゆえ好戦的で常に強敵を求めている。
その蒼琉にとって、心底忠誠を誓わず、むしろライバル意識を持っている紅夜は必要な存在だった。
蒼琉が、自分に怯えている黒己たちには冷たいのに、紅夜の我侭はそれなりに聞いてやっているのもそれが理由。
仲間より敵を。馴れ合いより刺激を。それが蒼琉の価値観。
だから紅夜は蒼琉のお気に入り。
「紅夜、おまえも、もう一度行って来い」
「特撰兵士生け捕りの件か。あいつらは、まだずっと上だ。
そのうち、嫌でも下に下りてくる。そうしたら命令されるまでもない。オレ自身の意思でいくらでも戦ってやる」
「そうか、まあせいぜい大活躍しろ」
蒼琉は、「次はパスワードを連中に教えてやろうか」と笑いながら去っていった。




蒼琉と紅夜が去り、美恵と瞬は独房で二人きり。
部屋の中にはベッドが横付けされている壁の向かい側が一面鏡張り。
蒼琉が言っていたマジックミラーだ。
ただ瞬も美恵も気配を感じない事から、今はこの鏡の向こうに誰もいないと思った。
もちろん、連中が気配を完全に消す事が出来れば、それも怪しいが。


「瞬、どういうことなの?」
「何がだ?」
「とぼけないで。特撰兵士生け捕りってどういうこと?戦闘なのだから殺し合いをするというのなら話はわかるわ。
でも、生け捕りなんて。あの男は何を考えているの?」
「おまえが知る必要は無い」
「いいえ!知りたいわ。いえ、どうしても教えてもらうわ。教えて。あの男は何をしようとしているの?」
瞬は急に無口になり、少し考えたが、美恵が質問攻めを止めないだろうということはわかっていた。
遅かれ早かればれる事だと観念したのか口を開いた。


「連中はオレを疑っている」
「どういうこと?」
「オレは元をただせば連中の敵である科学省の人間だ。しかも連中の宿敵Ⅹシリーズの。
だから、手を組みたいというオレを根っからは信じていない。
スパイだと疑っているんだろう。その疑いを晴らしたかったら、行動で示せといわれた」
「……まさか」
「おまえの頭の回転が速くて助かる。特撰兵士の仲間じゃないのなら証拠を示せということだ。
特撰兵士を生け捕りにしてくるから、そいつを殺せ。そう言われた」














「こ、この地下のどこかに……グ、ググググ……グレイが」
(グレイとは、宇宙人のイメージとして最もポピュラーな大きなつぶらな真っ黒の瞳が特徴の灰色のエイリアンだ)
「楠田、落ち着けよ。宇宙人なんて存在しないんだ」
「……内海、おまえも所詮凡人だな。凡人に政府の陰謀はわからない」
「…………ああ、そうだな」

幸雄はもうかぶとを脱いだ。この意志の力は死んでも変わらないだろう。
宇宙人は存在すると、完全に思い込んでいる。
もしも、宇宙人は存在しないと科学的に立証されたら自殺しかねないんじゃないのか?

「……フフフ……フォースだ、フォースを感じる……フォースと共にあらんことを……」

おまけに、また一段と妄想がレベルアップしている。
ここまできたら、ある意味尊敬するくらいだ。
人間、人生かけてまで打ち込めるものがあるのは悪いことじゃない。
もっとも、隆文の場合はのめりこんだが故の悲劇……いや喜劇だろう。
どう考えても、このままではまともな人生歩めそうに無いし、その人生がここで終わってしまうかもしれないのだ。
幸雄はそこまで考え、弱気になった自分自身を責めた。


(何を考えているんだ。人生が終わるだなんて)
隆文の人生の終わりを今連想する事は、それは必然的に自分自身の死をも意識していることになる。
でも、このまま脱出できなければ、それは悪夢ではなく現実になる。
幸雄は泣きたくなってきた。せっかく父に再会できたのに、その父とも離れ離れ。
(父さんなら大丈夫だ。きっと)
根拠はないが、仮にも政府相手に戦ってきた父だ。
きっと大丈夫。きっと。
(でも千秋は?)
年齢の割にはしっかり者。でも、か弱い女の子なんだぞ。
まして、あんな化け物相手にまともに戦えるはずが無い。




「……ちくしょう」
なんだって神様は、こんな残酷な運命をプレゼントしてくれたのか。
いや、すでに死亡したクラスメイトと比べたら、まだ生きているだけずっと幸運かもしれない。
でも、その幸運を自覚できないほど、幸雄は精神的にも肉体的にもまいっていた。
そんな幸雄の神経を逆なでするように、突然天井から声がふってきた。
正確には天井に取り付けられたスピーカーから。


『例のパスワード、見つかったか?』

澄んではいるがキツくて冷たい声。

『パスワードは今から10分後に、特定のコンピュータルームで表示される。
約20秒の間に30桁の数字が順に表示される。それがパスワードだ。一度しか表示されないから、しっかり覚えろ』

急な展開に、幸雄たちはざわつきだした。


「……今から10分後?全然、余裕がないじゃないか!!」
「これでわかっただろう内海。宇宙人が実在するということが」
全く話が繋がってない隆文。
しかし、半泣きしながら、「せめてネッシーに食い殺されて死にたかった」などと叫ぶ雄太よりはマシだ。
純平は今にも泣きそうな千鶴子を慰めるのに必死だし。
瞳は、「死ぬのと坊主だけはイヤ~!!」と叫んでいる。
(なぜ坊主?などと追求するほどの心の余裕は誰も持ってない)

『今からコンピュータルームのナンバーを教えてやる。
しっかり記憶して、すぐに駆けつけろ。嫌なら今すぐ自害するでもするんだな』

その鬼畜な男は、鬼畜な口調でルームナンバーを発表しだした。
慌てて、拓海は生徒手帳とシャーペンを取り出したが、間に合わない。

『終了だ。健闘を祈ってやる』

楽しそうに放送終了。

「…………まいったな」
ルームナンバーは……確か、一番目は125、二番目は……何だったっけ?




「75番、156番、99番、114番、以上だ」

幸いにも、しっかりと記憶してくれていた人物がいた。それは貴弘だ。母譲りで頭はいい。
顔や身体能力だけでなく、母は素晴らしい遺伝子を与えてくれたというわけだ。
杉村は常々、「この子は母親似で出来がいい」と息子を自慢していた。
№156の部屋なら、廊下のつきあたりにある。
角を曲がって約50メートルほど先にある部屋がそうだ。
8人は周囲に気を配りながら、その部屋に入った。
入った途端にコンピュータ画面がパッと明るくなって数字が表示される。
その数字はどんどん数が減っていく。秒読みしているようだ。


「……なんだ?」
貴弘たちは、敵の正体を知らない。敵がどんなに残忍で、そして気まぐれな人間かということを。
しかし、会ってもいない蒼琉の性根を一瞬で知る事になった。

『この部屋からすぐに避難してください。爆発まで後……』

表示された文字を見て、先ほどの数字が何を意味しているかわかった。
この部屋は数分後に爆発する。
「冗談じゃないわ!!は、早く逃げましょう!!」
瞳は猛ダッシュで部屋から飛び出した。
「た、大変だ。千鶴子ちゃん、早く!!」
純平も千鶴子の手を握ると、先ほど歩いてきた廊下をすぐに走って引き返す。
「こ、これは政府の陰謀だ!!きっと、この部屋のどこかに隠し部屋があるんだ!!
そこに宇宙人のDNAから誕生したブラックオイルがある!!」
「た、隆文!!何言っているんだ、早く逃げるんだよ!!」
「オレは逃げないぞ!雄太、おまえこそ、さっさと逃げろ!オレは真実の為なら命など惜しくない。そうだろモルダー!!」
雄太は必死になって、隆文の襟を掴むと引きずるように部屋から逃げ出した。
後には貴弘と幸雄と拓海の三人だけが残された。




「オレたちも早く逃げよう!」
幸雄は促したが、拓海はそれを渋った。
「どうしたんだよ!」
「……さっきの放送、覚えてないのか内海」
さっきの放送……脱出に必要なパスワード。しかし、すでに爆発まで一分を切っていた。
この基地全体でも、エリア全体でもなく、この部屋を爆発する程度の爆発。
それでも、この部屋にいる限り命の保証はないだろう。
すぐに逃げなければ、あっと言う間に爆死。
第一、本当にパスワードなんて表示されるのか?
表示されているのは爆発までの秒読みだけじゃないか。


「死んだら何にもならない。すぐに逃げよう!!」
幸雄の叫びに反応するように、画面にパッと文字が表示。

『10秒後にパスワードが表示されます』

「……え?」
幸雄は先ほどの男の言葉を思い出していた。
30桁の数字が順に表示。約20秒の間に。
幸雄は理数系は苦手だし、こんな状況だから焦って計算も出来なかった。
出来なかったが、時間がない、ということだけはわかった。
パスワードが表示されるのを待っていたら、爆発に巻き込まれてしまう。
「ちくしょう!!何なんだよ、誰だよ、こんなこと考えた奴は!!」
顔も知らない敵の笑い声が聞えてくるようだ。
「始まったぞ」
こんな時に冷静すぎるくらいの貴弘の声が幸雄に聞えた。
5……4……9……。
順に数字が一つずつ表示されていく。
貴弘は、その数字をジッと見た。その間にも、『後20秒で爆発します』と非情な文字が画面にデカデカと表示。




1……5……2……7……。

「……おい」
拓海の声が震えていた。パスワードは大事だ。
大事だが、それ以上に、『後15秒で爆発します』と表示される文字の方が重い。
それは幸雄も同様らしく、「お、おい杉村……」と貴弘の肩に手をおいて逃げる事を促した。
しかし、貴弘はパスワードを脳にインプットすることに集中していて、幸雄など完全無視だ。
「悪いがオレは行くぞ!おまえたちも来い!」
爆発のプレッシャーに耐え切れなくなった拓海が走り出した。
「あ……お、おい吉田!!」
幸雄と貴弘だけが取り残された。
「す、杉村……もう行こう。このままだとオレたち死んじまう!!」

(……6……6……1……8……)

「杉村!!は、早く……早く逃げるぞ。もう時間が無い!!」
だが、貴弘は何の返答もない。じっと画面を見ているだけで微動だにしない。
「何してるんだ杉村!!おまえ、死にたいのか!?」

『あと10秒で爆発します』

幸雄の理性が完全にふっ飛んだ。幸雄は、これ以上は説得も無駄だと思ったのだろう。
「先に行くからな!」と、猛スピードで走り出した。


(……5……2……3……7……8……)

爆発の秒読みがカウントダウンの最終章に入った。

(9……8……7……4……3……8……)

6……。そして、ついに『5』と表示された。
貴弘はその時になってやっと向きを変えると走り出した。
母譲りの素晴らしいスタートダッシュ。グングンと廊下を駆け抜け、部屋から遠ざかる。
その間にも、数字はゼロに向かって減少を続けていた。

4……3……2……1……0。

ピー……と音がして、一瞬部屋が膨張した。
次の瞬間、炎と爆風が龍のうねりのように、部屋から廊下を一気に走った。




「す、杉村!!」
すでに廊下の先の角まで避難していた幸雄は、「は、早く!」と叫んでいる。
貴弘のすぐ背後にまで迫っている。赤い悪魔が。
貴弘が廊下の角を滑り込むように曲がる。
危機一髪、その横を、爆風と炎が駆け抜けていた。
灼熱。そして、耳をつんざく爆発音。
危なかった。あと少し、ほんの少し、廊下を曲がるのが遅かったら、赤い悪魔に食われていた。


「……あ、危なかったな……大丈夫か杉村?」
「…………」
「おい、どこか怪我でもしたのか?」
返事もしない貴弘に幸雄は何だか不安になった。
しかし貴弘はスクッと立ち上がると何事もなかったかのように歩き出した。
良かった、怪我はしてないみたいだ。
「でも、危なかったな。あ、そうだ……杉村、パスワードは?」
「…………」
「パスワードだよ。おまえ、わかったんだろう?」
「……ぃ」
「何?」


「うるさい!今のオレに話しかけるな!!」


幸雄はビクッと一瞬背伸びして、もう貴弘には話しかけなかった。
他の連中もそうだ。貴弘の機嫌が最高潮に悪くなっているのは明らか。
理由はわからないが貴弘は非常に腹を立てている。
(……クソ)
貴弘が腹を立てているのは誰でもない自分自身だった。

(後、一秒あればパスワードを完璧に知る事ができた。だが、オレは残り五秒に怖気づいて逃げ出した。
たった一秒、あの場にとどまることが出来なかったなんて。命欲しさに、それが出来なかったなんて覚悟が足りない。
山科に偉そうなことをいっておいて、オレも臆病者だったなんて)














「くだらん。よくも、こんなくだらないことに頭が回るな蒼琉」
「ああ、そうだな。だが、これで奴等の方から出向いてくれる。黒己たちが、いくらバカでもオレの意図くらいは察するだろう」
「だろうな。あいつらも、そこまでバカじゃない」
蒼琉の意図。それは決して獲物たちに対するイジメではない。
(その要素も十分あるだろうが)
本当の目的は、特定の場所に特撰兵士をおびき寄せる事。
パスワードは脱出には不可欠。それを知る為に、指定した部屋に自らやってくるだろう。
だったら、黒己たちは、そこで待てばいい。
この広すぎる地下基地。連中を捜すのは容易ではない。しかし、待ち伏せするだけなら簡単だ。
後は蜘蛛の巣に獲物がかかるのを待つだけでいいのだから。


「オレを敵にまわしたのが運のつきだったな。恨むなら自分の運命を呪えばいい」




【残り25人】




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