『何を見ている?』
『……これ』
一枚の写真。色あせた一枚の。
4人の子供が写っている。三人の男児に一人の女児。
『ああ、これか』
『誰?』
『おまえの身内だ』
『身内?』
『家族だ』
『家族って?』
『肉親、ってことだ。ちょっと待ってろ』
男はメモ帳を取り出すと簡単に図を書いた。何人もの名前を書き、それを線でつないだ。
『これが、おまえだ』
男は、その中の名前の一つを指差した。
『コレとコレは?』
自分と一番近くで繋がっている男児と女児を指差した。
『ああ、これは見てのとおりだ。おまえの兄貴と妹だ』
『兄と妹?』
『ああ、そうだ。ま、兄妹と言っても、父親や母親は違うけどな。
これはⅩ4・堀川秀明。おまえの父違いの兄だ。こっちは天瀬美恵、おまえの母違いの妹。
Ⅹ5・高尾晃司、おまえのまたいとこ。Ⅹ7・速水志郎、こっちはいとこだ』
『……家族?』
『まあ、そうだな』
一通り説明しおわると男は部屋から出て行った。
その後も、何度もメモ帳と写真を交互にずっと見ていた。
『……コレが……家族……』
この記憶は無い。邪魔になるという理由で塩田に消されたから――。
Solitary Island―125―
「うわぁ!」
爆発音。そして、かすかだがグラッと足元が揺れ、天井からほこりが落ちてきた。
「か、川田!」
七原は青ざめた表情で、すぐに川田を見る。ほとんど習性になっているのではないかというくらいだ。
そのくらいに川田は頼れる存在であったから。
こんなこと言うと長年の親友に対して申し訳ないが、三村より頼りがいがあるくらいなのだから。
もっとも川田は苦笑して、「おい、七原。少しは落ち着け」と冷静すぎるくらいに懐から煙草を取り出した。
「……さて、どうしたものか」
随分と散り散りになってしまった。
そんな中、七原と一緒になってしまったのは、もはや腐れ縁だろう。
どうも、神様って奴は、オレに七原を託したいらしい。
それでも川田にとってありがたかったのは三村も一緒だったことだ。
あのプログラム脱出後、何年も一緒にいたせいか、三村とはそれなりに気が合う仲になっていた。
(光子とも一緒だったことは、ある意味修行といってもいいほど苦労したが)
何より強力な助っ人になれる逸材だ。
そして、川田にとって個人的に幸運だったのは息子同然の真一とも離れ離れにならずに済んだ事。
もしも、離れてしまっていたら心配でたまらなかった。
真一もほうも同じ気持ちらしいが、ただ三村と一緒というのが真一にはどうも気まずいらしい。
真一の友達(海斗だ)が一緒でよかった。大人だけだったら、雰囲気悪くてたまらないところだった。
「なあ、三村。美恵、大丈夫かな」
海斗は美恵のことが心配でたまらないらしい。
「菊地が一緒だったし、大丈夫だろ。すぐに見つかるさ」
真一の言葉はありがたかったが海斗が心配しているのは別の事だった。
(……あいつ、オレにも隠していることがあるからな)
初めて出会った雨の日。血を流して倒れた美恵。
夜中に、泣きながら電話をしてきた美恵。
一緒に暮らさないか?と差し伸べた手をはっきり振り払った美恵。
(あいつは強い……でも、心に大きな傷を抱え込んでいる。こんな時だ。それが悪い形ででないといいけど……な)
「おい寺沢」
呼ばれていたことに気付き、慌てて「な、なんだ?」と顔を上げた。
「なんだ、聞いてなかったのかよ」
「……ああ、悪い」
「おじさんがさ、ちょっと調べるものがあるから、資料室とか、そっちのほうに行くってよ」
「調べるもの?」
「ああ、多分、政府をひっくり返す為のネタ探しだろうな。
おじさん、自分の半生それだけの為に生きているようなものだからさ」
詳しい事情は知らないが、スラム街で医者をやっている川田はどうも反政府関係のお知り合いが大勢いる。
川田自身は直接テロ行為に参加こそしてないが、間違いなく関わっていることは確かだ。
いつ、警察が令状なしで家に押しかけてきても、おかしくない生活をしているとよく言っていた。
「この国をひっくり返すには内部から破壊する必要があるな。
腐った国の腐った政府、だが強固な体制だ。
小さな組織が小さなテロ事件を何百件起こしても、びくともしない。
軍国主義国家として、これほど成功した例はそうないだろうぜ」
その国を……つまり政府を内側から破壊するくらいのネタがここにあるかもしれない。
やがて、重々しい部屋の前についた。頑丈なドアが行く手を遮っている。
例のコンピュータウイルスに蝕まれてないのは、この部屋が他のコンピュータ回線と繋がってないからだ。
川田はプラスティック爆弾を取り出すと、丁寧にドアに貼り付けだした。
「よし、下がってろ」
激しい爆音。ドアはプシュー……と開き、また動かなくなった。
「真一、おまえは、あの化け物が来ないか見張っててくれ」
川田は真一にライフルを持たせると、「さあ、さっさと始めるぞ。時間がない」と片っ端から資料をぶちまけだした。
「……なあ、川田。この生物兵器、これは?」
「そんなもの、とっくにテロ殲滅作戦で使われている新しい情報じゃない」
「じゃあ、こっちの小型核爆弾の設計図は?」
「よく見ろ七原。それはまだ実験段階だ」
手と目を休み無く動かす。それでも、膨大な量の資料は全く減る様子が無い。
「なあ川田」
ふいに三村が口を開いた。
「……あのガキのことだけど」
「ああ、桐山そっくりのあいつのことか。ご丁寧に名前も同じだったな」
「桐山が生きているわけないって前提で考えても……やっぱり」
「やっぱりなんだ?」
「他人の空似なんて思えねえよ。顔だけじゃない全てが似すぎている」
「…………」
「なあ……やっぱり桐山は生きてたんじゃないのか?だったら、全部つじつまが合うだろう?
あいつの息子としか思えない。外見も、中身も、全部があいつに生き写しすぎている」
「三村、何度も言ったが、あいつの息子のはずはない」
「だが……」
「オレの考えていることを教えてやろうか?あいつは息子どころじゃない」
「今度こそ気が済んだか?」
「…………」
その質問に、美恵は答えなかった。気が済むはずがない。
かと言って、これ以上何も言う事はない。
簡単に説得できるとは思っていなかったが、ここまで絶望感を味合わされるとも思っていなかった。
瞬の心の中の暗闇は、美恵が想像していた以上に深く、底が見えない。
「さっきまでの強気な態度はどこに行った?」
蒼琉は何だか面白そうに微笑しているし、それがとてつもなく腹立たしい。
「捕虜の立場でなかったら、あなたを殴っていたわ」
「殴りたければ殴れ。ただし、おまえに出来ればの話だがな」
蒼琉は相変わらず笑っていた。
「私が手を挙げても簡単に避けられて倍返しってこと?」
「だろうな。オレは女でも容赦しない」
「……今は話をする気分じゃないわ」
こんな冷酷で悪趣味な気まぐれ男の暇つぶしに付き合う気には到底なれない。
ただ、一つだけ確認して起きたい事があった。
「私をどうするつもり?」
黒己の拉致の動機は知っている(知りたくもなかったが)しかし蒼琉は黒己には『あきらめろ』とキッパリと言った。
黒己の計画は完全に中断。と、なると自分を生かして監禁しておく理由は一つしかない。
「断っておくけど、私を人質にしても効果はないわよ」
『人質』、晃司たちに対する人質として利用価値がありそうだから生かしておくつもりだろう。
晃司たちの足手まといになるのは嫌だ。
「特撰兵士たちは、有事の際は任務を最優先するように訓練されているわ。
だから、私を盾にとったところで、彼等は眉一つ動かさずに私を切り捨てるわよ。
そうでなければ特撰兵士なんて務まらないことは、あなたも知っていると思うけど」
「そうだったな。冷酷非情でなければ少年兵士のトップは務まらない」
「私には人質としての価値はないわ。だから人質として利用するつもりなら……」
「別に、そんな姑息なマネは考えてない」
「……だったら、どうして私を?私はもう用なしでしょ?」
「なんだ、殺して欲しいのか?ご要望なら考えてやってもいいが」
その時、視線を感じ、ハッと振り向いた。廊下の角から黒己がジッとこっちを見詰めている。
「…………」
あまりにも粘着質な熱い視線に美恵は言葉が出なかった。
「どうやら未練を断ち切れないらしいな。あのバカは」
蒼琉は『バカ』という単語をやたら強調して言った。
「あいつは12の頃から女を抱いている」
「……何ですって?」
美恵は眉をひそめた。信じられない話だったから。
「相手は科学省の学者だった。博士号をとったばかりだが、あいつより一回り以上年上なのは確かだろう。
ほとんど性的虐待だが、あいつはそうは感じなかったらしい。
それ以来、何人もの女を相手にしている。その、あいつをどうやって手懐けた?」
「バカバカしい。まだ出会ったばかりよ。その私にどうして、そんなことができるの?
あなたたちは外界の女を滅多に見ないんでしょう?
だから、もの珍しさから私に興味を持っているだけだわ。他の女でも、同じ反応していたでしょうね」
「それと、もう一つ」
蒼琉は右腕を少し上げて、美恵に見せた。少し赤くなっている。
「あいつ、随分と強く握ってくれたものだ。
あいつだから許したが、他の奴はオレに対して、こんなマネは絶対にしない。
黒己のように、オレを恐れて逆らわないからな。
だが、あいつは違う。オレはあいつのそういうところが気に入っているんだ」
あいつ……あの赤毛の男のひと。
「何が言いたいの?」
「あいつがオレに逆らわないのは、単にそういう機会がなかっただけだ。
だが、おまえのときは違った。おまえに危害を加えた途端、あいつはオレに逆らった。
あいつとどういう関係だ?なぜ、おまえを庇ったんだ?」
「そんなこと……私が教えて欲しいくらいよ」
「フッ……しらを切るつもりか?」
「知らないって言っているでしょう?」
本当に知らないようだな。まあいい、そのうち体に聞いてやるさ。
「Ⅹ6、おまえも出ろ。おまえたちは捕虜だ、当分は独房に監禁する」
部屋の一番奥に座り込んでいた瞬はゆっくりと立ち上がった。
「独房は一つしかないから二人一緒だ。せいぜい仲良くしろ。
断っておくが、この部屋と違っておまえたちの会話は筒抜けだ。マジックミラーで内部も見える。妙なマネはするな」
途端に黒己が走ってきた。
「どういうことだ!男と同じ部屋に監禁するだと!?やめろ!!何されるか、わかったものじゃない!!」
「何を想像しているんだ。おまえも聞えただろう?この女は、Ⅹ6を兄だと言った。兄妹だから何も無い」
「いいや!禁じられた関係だからこそ、返ってエクスタシーを感じることもある。
この男が、そういうものに燃えるタイプだったらどうする?」
「心配なら、マジックミラーの前で24時間寝ずの番でもしろ」
黒己の怒鳴り声が余程うるさかったのか、「何だよ、眠れやしないよ」と紫緒が出てきた。
「何よ、まだその女に未練あるの?黒己、あんたバッカじゃない?」
「黙れ淫乱女!!」
その言葉を合図に沙黄と黒己が取っ組み合いを始めた。
「フン、何よ。沙黄の言うとおりじゃない。黒己、あなたって本当のバカね」
「何だと翠琴?バカっていうほうがバカなんだぜ」
「第一、その女……見るからに子供じゃない。
男を知らない小娘に熱上げて、あなた恥ずかしくないの?」
翠琴は沙黄同様美恵のことが気に食わなかった。理屈ではない。生理的に嫌いなのだ。
「……敵の中で、このふてぶてしい態度。本当に気に入らないわ」
翠琴は美恵の顎を掴んだ。紅いマネキュアがたっぷり塗られた鋭い爪が頬に食い込む。
「……本当に……ナイフでめった刺しにしてやりたいわ。
特に、この顔……本当に気に入らない。両目を抉り出してやりたい」
ゾッとした。本気で殺気を放っている。
冗談じゃない。本気で殺すと目が言っている。
「翠琴、その手を離せ」
「何よ蒼琉。この女の肩をもつの?本当に気に入らない女。
まさか、もう蒼琉にまで色目使ったの?……冗談じゃないわ!」
バシっ!物凄い音がして、翠琴が飛んでいた。そして壁に激突して落下。
「……痛いわ。何をするのよ」
「オレは離せと言ったはずだぞ翠琴」
蒼琉の目が笑ってない。翠琴はさきほどまでの態度が嘘のように怯えだした。
「ご、ごめんなさい蒼琉……悔しかったのよ、だ、だって……あなたが……」
「誰が言い訳をしろと言った?それから沙黄」
蒼琉は沙黄に視線を移した。沙黄は小さく悲鳴を上げ、少し距離をとる。
「おまえもいい加減にしろ。いくら寛大なオレにも限度がある」
「……わ、わかったわ……もう、その女には手出ししない」
異常なくらいの怯えよう。本当に蒼琉は随分と仲間からですら恐れられている。
「黒己、貴様もだ」
「…………でも」
「でも、なんだ?」
「…………やっぱり……納得できない。オレがつれてきたのに……。
オレは……その女の為に、特撰兵士と戦って……そこまでしたのに……」
蒼琉の表情が変わった。
「特撰兵士とやりあったのか?」
「そうだ」
「黒己、オレが命令したこと覚えているか?」
「…………」
黒己は少し考えた。そしてハッとした。次の瞬間には震えていた。
「オレは言ったはずだ。特撰兵士を生け捕りにしてこいと。
それなのに、貴様は、その命令に背いた。まさか貴様、女に目がくらんで、オレの命令忘れたのか?」
「…………ぁぁ」
ドン!黒己の腹に、蒼琉の膝が入っていた。
「……ぐ」
「…………もう一度行って来い」
明らかに機嫌を損ねた蒼琉は、紫緒たちを一瞥して怒鳴りつけた。
「おまえたちもだ、さっさと行け!!」
全員、走り去っていった。
「フン、役立たずめ」
「……どういうこと?」
特撰兵士を生け捕り?殺害ではなく、生け捕りにするなんて、どういうこと?
「あなた、何を考えているの?」
「理由を知りたければ、おまえの兄に聞け」
美恵は瞬を振り返った。瞬は意識的に、その視線から目をそらした。
「……どういうことなの?」
「おまえが知る必要は無い」
「知る必要は無い……か。おまえ、随分と妹にはお優しいんだな。
他の連中は平気で売るのに、その女の存在だけは隠し通そうとしたし」
(……え?)
瞬が私を庇った……?
「息子どころじゃない?」
「ああ、そうだ。それどころか桐山そのものだ」
三村は一瞬川田が何を言っているのか理解するのに数秒要した。
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だ。あいつは桐山の息子じゃない。桐山そのものなんだよ」
「おい、まさか、クローンだなんていうオチは無しだぜ」
「違うな。クローンじゃない」
「だったら何だっていうんだ?」
「オレと七原は確かに桐山が心臓を撃たれるのを見た。その直後、心臓が停止したのも確認した。
あの日、桐山は確かに死んだ。しかも島はオレたちが仕掛けた爆弾で燃えた。死体も黒コゲになったはずだ」
「そうだ。今更、何を言っているんだ川田」
「……それでもあえていう。あいつは桐山だ」
三村は自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「オレたちが知っている。あの『桐山和雄』本人だ」
「……川田、いい加減に冗談は……」
「冗談じゃない。あの時のあいつの姿のままだ。何も変わってない。
あの時、あいつの時間が止まったように、あいつはあの頃と同じ年齢だ。
それでも、間違いない。誰が否定しようと、これは事実だ」
「あいつは、オレたちのクラスメイトだった桐山和雄本人なんだ」
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