「おまえの女だって?」

目立つ容姿の持ち主が近づいてきた。美しさより恐ろしさを感じる。
腰まであるストレートな銀色の髪、氷のように冷たいアイスブルーの瞳。
美恵は直感でヤバイと感じた。この男は本当に恐ろしい――と。


「彼女、もしかしなくてもⅩシリーズの女……でしょ?
それを独り占めする気なの?そんなこと許されると思っているかよ黒己」
先ほど美恵に近づこうとして黒己に制止をかけられた紫緒がジッと美恵を見ていた。
頭の先から足の先まで、まるで舐めるような視線。ゾッとした。
その男には似つかわしいはずの青い口紅が似合いすぎているのも気分が悪い。
黒己はさらに強く美恵を抱きしめた。
「……痛いっ」
まるで骨が折れそうなくらいに。


「いいか、よく聞け、おまえら!!この女はオレが見つけて、オレが連れて来た。
だからオレのものだ!!この女のものは全部オレのだ!おまえらには触らせてもやらないからな!!
女が欲しかったら、まだ上に何人もいるから、そいつら攫って来い!!
だから、この女にだけは触るな。絶対につまみ喰いなんかするなよ!!」

「……黒己」

銀髪の男が近づいてきた。そして、すぐそばに来て、ジッと美恵を見た。
次の瞬間、黒己が殴り飛ばされていた。壁に激突して、そのまま落下。
突然のことで、美恵は愕然として銀髪の男と黒己を交互に見詰めた。


「黒己、貴様いつから、このオレに対して女の所有権を主張できるほど偉くなった?」




Solitary Island―123―




美恵をさらわれただって!?」
俊彦は眩暈がしそうになった。銃声が聞えた俊彦は志郎と一緒にそこに向かった。
駆けつけてみるとそこには桐山たちがいた。
さらに少し遅れて、相馬親子を伴った隼人や直人も駆けつけてきた。
美恵、美恵は?」
「志郎、オレと秀明は美恵を捜しに行く。おまえは、ここにいろ」
晃司と秀明は志郎を置いて美恵を捜しに行くことになった。
隼人も同行するという。美恵と聞いて桐山もついていった。
残ったのは今だに一言も言葉を出さない勇二とそれを取り巻く者達。


『詳細は勇二に聞け』

そう言って足早に立ち去った隼人。
最初はややパニック状態だった俊彦だったが冷静になるとすぐに勇二を問い詰めた。
「おい、どういうことだ」
「…………」
「おい勇二何とか言えよ!!」
勇二は何も答えない。
「おい!聞えないのかよ」
「うるせえ!!」
勇二の肩に手をおいた俊彦に、勇二は過剰反応を見せた。


「何、いらついてるんだよ。どういうことなんだ。何があったんだ!?」
勇二は何も語ろうとはしない。代わりに薫がとんでもない事を言った。
「説明できるわけがないだろう。むざむざと彼女を敵に渡したんだから」
俊彦は最初は信じられないという顔で勇二を見た。
「そうだろう勇二?」
薫は見下すように勇二にそう言った。
「……何だとぉ?」
「彼女がさらわれるのを黙ってみてたんだろ?僕なら、絶対に彼女を守ってやっていたよ。でも君は違った。
特撰兵士の風上にも置けないね。いや風下にさえ置けないよ」
「もう一度言ってみろ薫っ!!」
勇二は薫の胸倉を掴んだ。


「ちょっと洸、凄い修羅場ね」
「うん、そうだねママ。でもドラマと違って脚本無しだよ。
どんな流血沙汰になるのかわからないってのが現実の醍醐味だよね」

そんな二人を冷静に見ているのは相馬親子だけ。
俊彦も直人も志郎も、美恵が関わっている以上、黙ってみてられない。
「何度でも言ってあげるよ勇二。いっそのこと特撰兵士の勲章を総統陛下に返上したらどうだい?
簡単に敵に出し抜かれるなんて、君一人の問題じゃない。特撰兵士全員の名誉に関わる問題なんだよ」
「どういうことだ薫?つまり、勇二がついていたのに美恵をさらわれたっていうのかよ?」
「ああ、そうさ。僕達が駆けつけた時には彼女はさらわれた後だった」
「何だよ、それ!勇二、おまえ、ちゃんと美恵を守ってやったのか?!」
「うるせえぞ俊彦!!てめえなんかにガタガタ言われる筋合いはねえ!!」
派手な言い争いの炎の中に、さらにガソリンをぶちまけるようなことが起こった。
ガソリンをぶちまけたのは意外にも直人だ。




「勇二、おまえが説明できないのは後ろめたいことがあるからじゃないのか?」
直人が冷たい口調でそう言った。
「……直人、てめえ何が言いたい?」
「おまえは昔から美恵には冷たかった。そのおまえがそもそも美恵を守るとも思えない」
直人の言葉の真意をその場にいる全員が察した。
鈍感な雅信でさえだ。雅信は途端に勇二に襲い掛かった。
「和田勇二!!貴様、わざと美恵をあいつらに売ったんだなっ!!」
「な、何だと!?ふざけるな、何を根拠に!!」
「自分の保身の為だ!!おまえは美恵を嫌っていたし、命欲しさに売り飛ばしたんだろう!?
おまえの命を助けてやるから美恵を引き渡せ、奴等はそう取引を持ちかけたんだろう?
オレが奴等の立場なら間違いなくそうするからな!!」
「……それはっ」
勇二は反論しようとしたが言葉が出ない。
確かに結果的に自分の命を救うために美恵は捕らわれの身になったのだ。
妄想とはいえ、雅信の疑惑は半分は事実。


「勇二!!本当なのか?本当にわざと美恵を渡したのか!?」
志郎も勇二に飛び掛った。
「そうか……そういうことだったのか勇二!!道理で説明できないわけだな!!
見損なったぜ、おまえは最低の下種野郎だ!自分の身を守る為に女を売るなんて男のすることじゃない!!」
俊彦はさらに熱くなってまくし立てた。
「てめえらいい加減にしろ、オレがそんなくだらねえことするように見えるのかっ!?」
「見える。思いっきり見えるぞ勇二」
「なんだと志郎!?」
「返せ!!オレの美恵を返せっ!!」
「違うぞ速水志郎。美恵はオレのモノだ!!」


「雅信、おまえどさくさに紛れて変なこと言うな!とにかく、おまえは美恵を嫌っていた。
だから自分の為なら美恵を犠牲にすることくらい朝飯前だろう!?
今度の件でも、美恵のせいで巻き込まれたと悪態ついていたのは誰だ!?
その恨みを晴らす為に、もしかして自分から取引持ちかけたんじゃないだろうな!?」
「俊彦言いすぎだ」
俊彦の疑惑に直人が待ったをかけた。
「勇二はそんな腹黒いことに知恵がまわるタイプじゃないだろう。
もっとも……取引を持ちかけられて、これ幸いと乗った可能性は高いがな」
「ふざけるな!!てめえら……てめえらに何がわかる!!?」
「ああ、わからないな!!自分の保身の為に美恵を売るような男の気持ちなんて!!
違うなら何があったのかさっさと説明しろよ!!」
「……それは」


黒己に殺されかけ、そして自分の命を助ける為に自ら捕虜となった美恵。
事実は単純。そのことを言えば直人たちは納得しただろう。
美恵の性格は皆が知っている。
しかし、今までずっと美恵に冷たい仕打ちをし続けていた勇二に、その事実を告白するのは簡単なことではなかった。
「説明できるわけないさ。美恵を渡した理由は保身だけじゃないんだろう勇二?
実力では勝てない晃司たちに対するうっぷんを晴らす。それが目的だったんじゃないのかい?
全く、姑息な手段を使ってくれたよ。心の中で上手くいったとほくそ笑んでいたんだろう?」
薫の言葉が決定打だった。すでに怒りの頂点に達していた勇二は、この言葉に切れた。

「ふざけるな!!そう思いたければ勝手に思いやがれっ!!」

叫ぶと同時に勇二は走っていた。本人は認めたくないだろうが、逃げたのだ。














「バカな奴め。オレに逆らうなんて、たっぷりお仕置きが必要だな。
オレを本気で怒らせたらどうなるか、おまえはまだわかってない」
黒己を冷たい目で見下ろすと蒼琉は視線を美恵に移した。
その射抜くような目に思わずビクッとなる。蒼琉は美恵に近づいた。
「こ、来ないで!!」
そんな言葉で止まるような相手じゃない。美恵はナイフを取り出すと構えた。
「それ以上近づいたら……」
「どうする?まさか、オレを殺すというのか?」
「それ以上近づいたらそうなるわよ……だから、来ないで」
「そうか、だったら殺してみろ」
蒼琉は顔色一つ変えずに近づいた。


「本気よ!」
「だったら、その本気とやらを見せてもらおうじゃないか」


蒼琉が手を伸ばせば触れられるくらいに位置に来られ、美恵の恐怖も頂点に達した。
ほとんど反射的にナイフをむけたが、あっさり避けられ反対に腕を握りあげられた。
「……痛……っ」
美恵!!蒼琉、その女をどうする気だ!!?苛めたいのなら他の女にしろ!!」
黒己が必死になって叫んでいる。もっとも蒼琉は完全無視だ。
天瀬美恵だな?」
美恵はキッと睨みつけると、「そうよ」と答えた。
「で、どうする?命乞いをするのか?」
「……あなたたちに会いにⅩ6が来たはずよ。彼はどこ?無事なの?まさか、もう殺したなんて言わないわよね」
予想外の答えだったらしく蒼琉は面白そうに笑みを浮かべた。


「自分の身より、身内を敵に売った男の命のほうが気になるのか?」
蒼琉は本当に面白そうだった。
「黒己」
「な、なんだ?」
「この女のことはあきらめろ。おまえには勿体無い」
「……な、何だとぉ!?」
「おまえがさっき言った台詞をそのまま返してやる。女が欲しければ他の女をさらって来い。
オレは今度こそ、一切邪魔しないと約束してやる。だから、この女からは手を引け」
「……じょ……冗談じゃない!!オレが連れて来たんだ、オレのものだ!!」
「おまえは女は元々えり好みしないタイプだっただろう?
オレはおまえと違って量より質なんだ。だから、他の女は全員くれてやる」
「バカな、バカな、バカな!!そんな、勝手なことが……!!」


「黒己」

蒼琉の口調が急に低くなった。


「オレは相談しているんじゃない。命令しているんだ」


「……!」
「それとも、おまえは、オレの命令に逆らうつもりか?」
「…………ぅ」
「わかったなら大人しくしろ」
「……おまえなら……脱出してからでも……いくらでも、いい女が……」
「オレと紅夜はおまえより時間がないんだ。そんな暇があると思っているのか?
それ以上オレにたてつくのなら、おまえに残された時間を一気に縮めてやるぞ」
黒己は悔しそうに床をたたき始めた。




「さて……と。これで、ゆっくり話が出来るな」
「……乱暴なことはしないで!」
掴まれた腕が痛い。凄い力だった。
そのまま蒼琉は美恵を壁に押し付けた。両手の手首を掴まれ、頭の横に押し付けられた姿勢で。
「離して!!」
「災難だったな」
蒼琉の顔が近づいてくる。
「もっと顔をよく見せてみろ」
「……っ」
ドク……っ。ドク……っ。心拍数が異常なほど高くなりだした。


「蒼琉、ねえ、僕にも触らせてよ。少しでいいからさぁー」
紫緒が楽しそうに下卑た笑みを浮かべた。
「彼女、おびえているじゃないか。そのくらいにしてあげたらどうだい蒼琉?」
珀朗の言葉は表面的には温厚だったが、強い調子ではなかった。
本当に、ただ言ってみただけで、蒼琉に対して全く非難めいたものではない。
黒己だけが苛立ちながら、床をドンドンと叩いている。
そして美恵の感情はこれ以上ないくらい乱れていた。
複数の男に囲まれ……そして、乱暴な目にも合わされている。


(……怖い)


まるで……まるで、あの時のようだ。
思い出したくもない過去の忌まわしい出来事がフラッシュバックで蘇る。

「イヤっ!離して!!」
「何だ?」

急に怖がり出した美恵に蒼琉は少々訝しげだが、それでも掴んだ手を緩めたりしない。




「彼女、本当に怖がってないか?」
珀朗が美恵の様子が尋常ではない事に気付いた。
全身が震え、表情が青ざめている。何より、今にも倒れそうで、立っているのもやっとの様子。
「どうした?」
蒼琉の問いかけにも、全く答えない。

(さっきまでの気の強さが嘘のようだ。この弱さはまるで、ただの女だ)

蒼琉は俯いている美恵の顔を無理やり上げさせた。
美恵は顔を背けようとするが、蒼琉がそれを許さない。

「さっきの態度はハッタリか?だとしたら期待はずれだ。オレはただの女には興味がない。おまえはどっちなんだ?」

尚も下を向こうとした美恵だが、蒼琉は二度と顔を背けられないように首を掴んできた。


「…………ぅ」
息苦しさが美恵を襲う。
「…………どういうつもりだ紅夜」
しかし、すぐに息苦しさから解放された。
ケホっと、咳き込んだ美恵が見たものは、蒼琉の腕を掴んでいた紅夜だった。
「オレにたてつく気か?」
「……オレはこんな茶番には興味がないだけだ」

(……このひと私をかばってくれたの?……なぜ?)

紅夜がチラッと美恵を見た。
(初対面の私をどうして?)
美恵の考えていることは紅夜には容易にわかった。
(……え?)
紅夜が一瞬悲しそうな目をして美恵を見詰めた。本当に見逃してしまいそうなくらいの一瞬……。
次の瞬間には、また冷たい厳しい目つきに変わっていた。




「ねえ。男がそろっていつまでも何してるの?もう待ちくたびれたわ」
女の声。ハッとして声がした方角を見ると、黒髪に緑の目をした美女が立っている。
(……女性……そうよ、ここは男だけじゃないんだったわ……)
心からホッとした。恐怖が去っていく。
(女性がいるのなら……最悪でも、あの時のようなマネはされないわ)
美恵は深呼吸をした。


「……瞬に会わせて」


「ん?」
「会わせて……彼に話があるのよ。その為に、ここまで来たわ」
(……この女……態度が戻った。翠琴が出てきたから……か?)
蒼琉は理解した。美恵がまるで人間が変わったようになったわけを。
(この女、過去に男の集団に酷い目に合わされたことがあるんだな。それがトラウマになっている、と、いうことか)
妙な女だ。だが、平凡な女でもない。


「いいだろう。愛しのⅩ6に会わせてやる」
蒼琉はニヤっと笑うと、「紫緒、奴を連れて来い」と命令した。
紫緒は、「えー、面倒だなー」と文句を言いながらもいいつけに従う。
やがて、数分後に瞬を伴い、再び、この場に姿を現した。
「願いはかなえてやったぞ。さあ、どうする?」
美恵は瞬に近づき、そのすぐ前で止まった。
一年以上一緒にいて、お互い本当の自分のまま対峙するのはこれが初めて。
どうして一年以上気付かなかったのか……よく見れば秀明の面影もあるのに……。
無言のまま、ただお互いを見詰め合っていたが、美恵は意を決して重要な質問をした。


「一つだけ確認したいことがあるわ」
「……何だ?」
「攻介を殺したのは間違いなくあなたなの?」

嘘でもいい。『違う』という答を心のどこかで望んでいた。しかし――。


「ああ、そうだ。間違いなくオレが殺した」




【残り25人】




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