勇二も肌で感じていた。黒己の異常性を。
黒己が本当に嬉しそうに美恵に密着しているのだから無理もない。
「……ぁっ」
美恵は恥ずかしさと怒りで顔が赤くなった。黒己の手が、美恵の下半身の膨らみに触れたからだ。
いや触れたなんて生易しいものじゃない。
「……んー……いい骨盤しているな……それも合格」
「……ぁ」
「……いい体だ……ンフフフ……レディはやっぱり骨盤が重要だからな……」
「……この変態、いい加減にして!!」
美恵は黒己に再度パンチを繰り出したが、今度は簡単に止められた。
「こんな……こんな、ふざけたことして、何を考えているの?
私を侮辱して面白い?それとも、F5は殺す前に相手をバカにする趣味でもあるの?」
「……侮辱?とんでもない……ただオレは……」
黒己はうっとりと、まるで酒によったようなトロンとした目で美恵を見詰めた。
「……オレは……今、最高にエクスタシーなんだ……妄想が現実になる」
「……妄想?」
「まずは、おまえを押し倒し……服を引き裂く……この白い肌を愛撫して、完全にオレの色に染める。そして最終的には……」
「ふざけるなっ!!ぶっ殺してやるっっ!!」
切れたのは美恵ではなく勇二だった。
Solitary Island―121―
「高尾、オレの質問に答えろ。佐伯はどうしておまえが天瀬の相手に選ばれるわけがないと言ったんだ?」
「簡単だ。オレと美恵は血が濃すぎる。だから危険すぎるんだ」
晃司は淡々と答え、それに付け加えるように秀明が、「美恵の卵子提供者がW66-14だからだ」と言った。
「W66-14?」
「科学省は代々リーサルウエポンの遺伝子から子供を作ってきた。
だが、それではいずれ血が偏るから、時々外部から新しい血を入れる。
軍の中から頭脳、身体能力、精神力の優れた人間が選ばれ遺伝子を提供してきた。
W66-14もその一人だ。単なるドナーに過ぎないから番号しかわからない。
名前も顔も、オレたちは一切知らない。わかっているのは性別だけだ」
親の顔を知らない人間……か。
「オレと同じだな」
桐山は自然に、そう言っていた。
「オレは両親の顔を知らない。今の親は義理の親だ」
「そうだな。だが、オレたちには義理の親もいない」
桐山はそれもそうだな、と思った。
「しかし、オレは兄弟もいないぞ。おまえたちは、それはいるんだろう?」
すると、晃司も秀明も、「確かにそうだ」と言った。
この時、初めて晃司たちは、自分達の境遇は桐山よりはマシかもしれないな、と思った。
少なくても、同じ立場の家族がそばにいるのだから。
「オレは天瀬のことが心配だ。この気持ちを何ていう?」
すると晃司と秀明はお互いの顔を見合って、「難しいな」といい合っていた。
もっとも、はたから、その様子を見ていた薫は、「……本当に意味不明な人間達だな」と呆れていたが。
「天瀬は大丈夫だろうか?オレは天瀬を守りたい」
もしも徹が離脱していなければ、当然面白くない台詞。
しかし、徹がいなくても、まだ雅信がいた。
「……ふざけるな。美恵はオレが守る」
「天瀬はおまえのことを怖がっている」
雅信は痛いところをつかれて、桐山を睨みつけた。
雅信自身わかっていた。美恵に煙たがられていることを。
ただ精一杯愛情を注いでいるつもりなので、なぜ美恵が心を開かないのかさっぱりわからない。
だからこそ、余計に美恵を振り向かせようと、アタックし続けているのだが、その度に美恵は逃げていく。
雅信が手を出せば出すほど、距離が出来てしまうのだ。
(第三者から見れば当然の報いだった。
出会ってまだ日が浅い頃、美恵のことを気に入った雅信は部屋に連れ込んで力づくで事に及ぼうとしたのだから。
しかも、それが失敗すると、今度はバイクで拉致して逃亡を図った。
どちらも隼人が邪魔をしてくれたおかげで未遂で終わったが、美恵はすっかり雅信を警戒するようになってしまったのだ)
「……おまえ、気に入らないな」
「オレもおまえは好きじゃない」
雅信と桐山の間に不穏な空気が漂い始めた。
その時、何か音が聞えた。遠くから……はるか、遠くからだ。
「……銃声……か?」
桐山は直感でそう感じた。かつて、昔何度も聞いたことがあるような気がする。
同時に、嫌な予感に襲われた。
「……天瀬」
美恵が遠くに行ってしまう。そんな予感。
「天瀬っ!!」
桐山は走り出した。直後、爆発が起き、足元がグラッと揺れた。
「……雑魚が」
黒己は抱きしめていた美恵をいったん放り出すと勇二のパンチを受け止めた。
「……これで本当に喧嘩売ってるのかよ。小僧?」
「何だと?」
「……んー……このレベルなら……」
黒己の足が一気に上昇した。勇二は慌てて上半身を後ろに引いたが遅かった。
顎の先にかすかにひっかかった。
かすかだが、それでも痛みはある。血も滲んだ。
「……んー……反射神経はまあまあ……でも……」
黒己は飛んだ。空中で回転し、その勢いのまま勇二の頭部目掛けて回し蹴りだ。
勇二もすぐに腕をあげた。とにかく防御だ。
「……っ!」
だが、防御した勇二は顔をゆがめ、背後に身を引いた。
「……勇二!!」
勇二の様子がおかしい。美恵は勇二の腕を見てハッとなった。
勇二の腕に、切り傷がついている。
「……勘が鈍いぞ。……くくく……」
黒己の靴の先から、刃物が飛び出ていた。
ほんの数センチほどの小さなものだが、それでも勢いがつけば鋭利な武器となる。
「……来いよ」
黒己は両腕を広げた。まるでノーガードのような無防備さ。
「……何のマネだ」
「ハンデだ。先に攻撃させてやる」
「……な、なんだと?……ふ、ふざけやが……っ!!」
「ハンデもらったわ!!」
怒り狂った勇二ではなく、美恵が飛びかかっていた。
「……は?」
全く予想外だったらしい。黒己は美恵は計算に入れてなかった。
え?っと思った瞬間には顔面に蹴りが入っていた。
「……は……ぁ?」
黒己はふっ飛んでいた。完全に油断していたのだろう。
全く防御してなかったので、それこそ美恵自身驚いたくらいに呆気なく。
顔面がズキズキする。それでも黒己は空中を飛びながら、まだ呆気に取られていた。
普通なら、ここで体勢を整え、クルリと身をひるがえして華麗に着地するだろう。
だが、呆然としている黒己は頭から床に落ちた。
そして、仰向けの状態でショックを受けたような顔をして天井を眺めている。
「……アレ?」
なんで、あの女が出てくるんだ?
「おい、てめえ、なんでオレの戦いに口出しやがる!!」
「最初にケンカ売られたのは私よ。第一、あなた、怪我しているじゃない」
「うるせえ!!そんなこと関係あるか!!」
二人の言い争いが耳に聞えたが、黒己はそんなもの気に留める余裕がなかった。
(……あの女……オレを蹴りやがった……血……?オレの顔から……血……が)
「…………く……くくく」
笑い出した黒己に二人はギョッとして視線を向けた。
「……なんて女だ……予測不可能……不可能……だな」
黒己は怒るどころか、嬉しそうに立ち上がった。
「……頭に来すぎて笑っているの?」
「……違う。嬉しいんだ」
美恵はゾッとした。何、この男は?
「……今までで一番エクスタシーだ……本当に期待以上だった……。
科学省が作り出した遺伝子の傑作の産物だけある……それでなければ……用はない。他の女と同等だ」
黒己はスッと手を差し伸べた。
「……来い。おまえにも感じるはずだ。おまえの中に流れる血が何を求めているのか」
「……何のことよ」
「FシリーズとⅩシリーズは相容れない存在。しかし、それは同性同士なら……だ。
反対に異性同士はお互い惹かれあう……おまえにもわかるだろう」
「全然、わからないわ」
「……ふふ……素直じゃないな。だが、それでいい……簡単になびく女は面白くない……からな。
どんなに拒絶しようと、おまえの中にオレを求めるものがあるはずだ。
案外、もう気付いているんじゃないのか?
その誘惑に身をゆだねるのが怖くて……オレを恐れているんだろう?」
「……話にならないわよ」
「……クフフフ」
黒己に完全に無視されている勇二はさらにぶち切れた。
「いい加減にしやがれ!!」
勇二は銃を取り出した。それを見た黒己もすかさず懐に手を伸ばす。
「遅えんだよ!!」
銃声が空間を貫いた。
「皆、どこにいったんだろう……どうしよう、今、あの化け物が登場したら。
少年ジャンピングだったら、物凄いタイミングで美形の味方キャラが現れるんだけど……」
味方キャラというのはわかるが、なぜ『美形』という形容詞がつく?
「…………あーあ、今週のテーブルテニスの王子様見逃しちゃった。
今週号は四天王寺との試合だから、その縁で炎帝が応援に登場すると期待してたのに」
「瞳ちゃん、瞳ちゃん」
純平が小声で話しかけてきた。
「何?」
「それ以上は言わないほうがいいよ。杉村さんが切れる」
「……そ、そうだったわね」
瞳は慌てて口を両手で押さえた。先頭を歩いている貴弘はご機嫌斜めだった。
あの騒ぎの末、なぜか幸雄、雄太、拓海、隆文、純平、瞳、千鶴子、と言った連中と一緒にいる羽目になった。
貴弘から見たら、どいつもこいつもものにならない人間。
しかも最愛の母とも、愛しの美恵とも離れ離れ。
(どうして、よりにもよって、こんなパーティーになったんだ?)
拓海や幸雄、それにウザイことこの上ないが取り乱してない分瞳でさえまだマシ。
雄太は顔面蒼白でフラフラと歩いているし、隆文はブツブツと何かを呟いている。
多分、またUFOだの宇宙人だのと説を唱えているのだろう。
千鶴子は声を押し殺して泣いているし、純平はそれを慰めている状態。
(……早く母さんや天瀬を探し出して守ってやら無いと)
さらに貴弘にはもう一つ考えていることがあった。
それは脱出手段だ。何とか、脱出する方法を探し出す事、それがもう一つの最優先事項。
(……こんな大掛かりな基地を作ったんだ。当然、何か脱出の為のシステムがあるはず)
そんな事を考え、階段を降りると大きなドアが。
「……何だ?」
明らかに今までとは何か違う。そのドアが自動的に開いた。
何だか怪しいが、今は進むしかない。八人は貴弘を先頭に再び歩き出した。
「……っ!!」
勇二のバランスが大きく崩れた。発砲する寸前に爆発が起きたのだ。
ずっと上のほう。おそらくは最上階。だが、その震動は確実に下の階に伝わってきている。
それが勇二のバランスを崩し、その為、弾道も大きくそれた。
「勇二!!」
勇二が危ない。美恵は反射的に黒己の前に飛び出した。
しかし、黒己はまるで黒ヒョウのように軽やかな身のこなしで美恵を一っ飛び。
「チクショウ!!」
倒れている暇などない。勇二はバランスを崩しながら、さらに銃口を黒己に向けた。
だが勇二の敵は黒己だけではなかった。
背後から熱い何かが飛んできた。それはレーザー光線だった。対侵入者用の。
例のウイルスのせいで、これも誤作動していたのだ。
「……ぅ!」
それが勇二の肩をかすめた。
「……言っただろう。おまえは鈍すぎる」
黒己は笑っていた。黒己はレーザー光線の位置も把握していた。
いつ誤作動しても自分は当たらないように、ちゃんと自分の立ち位置に注意を払っていた。
しかし、勇二はそこまで計算してなかったのだ。
その、違いが大きな差を生んだ。
レーザー光線に攻撃されながらも、勇二は痛みを堪え黒己を見た。
だが、遅かった。
黒己が勇二のこめかみに銃口を突きつけた状態で笑いながら立っていた。
「ジ・エンドだ」
黒己は引き金を引こうとした。
「おろして!!出ないと、次に飛ぶのはあなたの頭よ!!」
美恵が銃を構えていた。
「…………」
黒己は黙ってジッと美恵を見た。
「今すぐ、銃をおろしなさい。でないと、私はあなたを撃つわ」
「……オレを撃てば、こいつも死ぬぞ」
確かに黒己を撃てば、黒己も勇二を撃つだろう。黒己は倒せるが勇二も死ぬ。
「……でも、だからと言って、私が銃をおろしても、あなたが勇二を助ける保証もないわ」
「……そこで提案がある」
黒己はニコッと笑った。
「黙ってオレに付いて来い」
美恵は目を丸くした。何の冗談かと思った。
「おまえがオレについてくると約束すれば、この男の命だけは助けてやる」
「……何ですって?」
「このままでは、オレも死ぬが、こいつも死ぬ。ああ……でも、おまえは死なないな。
だったら、この取引はダメ……か?おまえにとって、この男の命が価値がないのなら……」
美恵は勇二を見詰めた。勇二は思わず目をそらした。
(……そうだ。確かに、オレなんかを助ける義理は美恵にはない)
こんな取引に応じる理由なんて美恵にはないのだ。
他の特撰兵士なら(雅信や薫はいざ知らず)取引に応じただろう。
でも、自分は今まで、散々美恵に嫌な思いをさせてきたのだ。
その自分の為に、自らの身を危険にさらしてまで助けるはずがない。
「……約束を守るという保証はあるの?」
勇二はハッとして顔を上げた。
「……取引に応じるのか?」
「本当に勇二を殺さないと約束するのね?」
「ああ……本当だ」
まさか……勇二は信じられないという目で美恵を見詰めた。
『女はおまえの命を助けはするが、おまえの死の原因となる』
そして、かつて夢で見た、あの言葉が脳裏を過ぎった。
(……まさか、まさか、そんな……そんなバカな……アレは夢だ。
ただの夢のはずだ。この女がオレのために、そんなバカな取引に応じるはずがない!)
「……本当ね?もしも勇二に手を出したら、私はどんなことをしてでも、あなたを殺すわよ」
「……ああ、もちろんだ」
黒己が勇二のこめかみから銃を引いた。
それを見た美恵は、ゆっくりと銃口を下げた。
「バ、バカなマネするんじぇねえ!!さっさと、こいつを撃……」
ガン!と、勇二の頭部に痛みが走った。
黒己が銃で殴ってきたのだ。
「撃たないとは言ったが……少し、大人しくはしてもらう」
「……く」
眩暈……視界がかすかに歪んだ。軽い脳震盪だ。
「勇二!」
駆け寄ろうとした美恵だったが、黒己が抱きかかえ、無理やり肩に背負った。
「お、降ろしてよ!!」
「今度はこっちの約束を守ってもらう……安心しろ、オレは紳士だ、何もしない」
黒己はニッコリと笑った。
「本当だ。丁重に扱ってやるから何も心配はない」
勇二は床に倒れながら、黒己の足首を掴んだ。
「……て、てめえ……離しやがれ!」
「……しつこいな。言っただろう、この女には乱暴なことは一切しない、と。
だから、せいぜい安心しろ。ンフフフフ」
「とりあえず帰ったらすぐに抱いて、十ヵ月後にはオレの子を生んでもらう」
【残り25人】
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