「どういうつもりかは知らないが、おまえは少し自分の立場をわかったほうがいいな」
蒼琉は立ち上がると瞬の目の前まできた。
「よく周りを見てみろ。どいつもこいつもおまえを疑った目で見ている」
瞬は頭は動かさず視線だけを変えた。
ちょうど背後にいる紅夜の表情だけは見えなかったが、他の奴等の顔は見た。
疑心暗鬼。元々、信頼されていなかっただけに、ちょっとしたことで完全に疑われる。
紅夜にしたところで同じだろう。


「何が言いたい?」
それでも強がりなのか、はたまた恐怖の感情が欠落しているのか、瞬は平然とそう言った。
すると今度は黒己が近づいてきた。
「……んー、んー……おまえ、ってさぁ。バカか?」
「…………」
「少しは低姿勢になればいいのに……傲慢な態度……。
……くくく……自分はオレたち道具とは違うって言いたいのか?ああ?
Ⅹシリーズは至高の作品……だからオレたちを……」
ドンッ!と瞬の腹に黒己の拳が入っていた。


「……舐めてるのかぁ?」

手錠をされていたが避けきれない攻撃ではなかった。
それでも瞬は大人しく、その場に立っていた。今逆らえば、自分の立場はますます悪くなる。
たとえ、殺される寸前までいっても、今はまだ逆らうわけにはいかない。
命なんて……自分にとっては目的を遂げる為にあるものだ。
ただ生きる事が目的だったなら、最初から命なんてかけやしない。
「黒己、勝手なマネをするな。これは今はオレの捕虜だぞ」
「……ンフフフフ……だってなぁ蒼琉……こいつ、メチャクチャ……」
黒己は瞬の喉にナイフをあてがった。
「……生意気……なんだぜ?」
瞬は首にチクリとかすかな痛みを感じた。

「見ろよ……こんな状況になっても……ンフフ……顔色一つ変えやしない……ンフフフフ」




Solitary Island―119―




「……まいったな。どっちも嫌な目しているよ」
例えるなら、『見て、今日はごちそうよ。ステーキにしようかしら、それともお刺身?』そんな感じ。
こんな狭い場所では思うように動けないし。
「ママ、悪いけど一匹ひきつけといてくれないかな?その間にオレがもう一匹殺すから」
「なんですって?あんた、まさかあたしを囮にするつもりじゃないでしょうね?
あたしを使い捨てにしたら、いくら息子でも容赦しないわよ」
すると洸は真剣に怒り出した。
「ママが死んでオレが喜ぶわけ無いだろ!?生命保険もかけてないっていうのに!!」
「ああ、それもそうね」
美恵は二人のやり取りを少々呆気にとられながら聞いていた。
なんて不思議な親子なんだろう……と。
でも、親を知らずに育った身としては、なんだか少し羨ましくもあった。
なんだかんだ言って、二人はお互いをとても信頼しあっているように見えたのだ。


「……相馬くん、囮なら私がなってもいいわよ」
「本当に?」
「ええ」
「そうか、だったらその前に懺悔するよ」
「……何のこと?」
「校内に出回っていた君の生写真あっただろ?」

それは、半月前に起きたちょっとした騒動のことだった。
裏庭で純平が美恵の生写真を見てほくそ笑んでいたところを、こともあろうに徹が発見。
それがきっかけで、校内の何人もの男子生徒が美恵の写真を持っていることが暴露された。
美恵は誰かに写真を取られた覚えなく、また隠し撮りにも全く気付かなかった。
徹は、『これはプロの仕業だ。必ず突き止めて制裁をくらわせてやる』と大激怒。
その結果、徹が目をつけた男子生徒が逃げるように転校してしまったのだ。
だから、その男子生徒の犯行ということになり一件落着したのだが……。


「あいつはただの売り子だよ。主犯は他にいるんだ」
「……相馬くん?」

どうして、あなたがそれを知っているの?

美恵は喉まででかかった言葉を出せずにいた。
なぜなら、何となく察しがついてしまったから。


「あいつは主犯に弱味握られていただけなんだ。本当は脅されて、主犯の罪を被って転校したんだよ。
本当にかわいそうな奴さ。だからきっと新天地では元気でやってるだろうね」
「相馬くん、その主犯って……」
「うん、オレだよ。いやー、あの時はまいったよ。佐伯の奴、怒り狂ってさ。
もしオレが主犯なんてバレたら殺されかねない雰囲気だったじゃないか。
一番最初にリンチに合うのは売り子だと思ってね。
あいつ気が弱いから、オレに泣きついてきて大変だったんだよ。だから逃がしてやったのさ。
ついでに罪も全部かぶってもらった。だって、あいつは安全圏に逃げるんだ。
反対にオレは佐伯の至近距離。オレのほうがリスク大きいんだから、それも仕方なかったんだよ」
ケラケラと笑う洸に美恵は溜息をついて言った。


「あなた……国防省の特務機関に就職できるわよ」
「それってスパイだろ?そんな危険な仕事はごめんだな。
ま、というわけでごめんね。万が一の為に一応謝っておくよ。
あ、でも生還できたら、このこと黙っててよね。まだ死にたくないから」
それから洸はF4を見た。嫌な唸り声をあげてジリジリと近づいてくる。
「……オレも、やっていることは普通の中学生に見えるけど。
こう見えても、昔はテロ組織で育ったんだ。だから簡単にはやられないよ」




一匹が走り出した。美恵はすぐに反対側に逃げる。
「ほら、こっちよ!」
いくら強くても所詮は下等生物。簡単に引っ掛かって追いかけてくる。
洸は残った一匹に狙いを定めて発砲した。
狙ったのは頭部だ。確実に急所を撃ち抜く。
次は美恵を追いかけている奴だ。すぐに、そいつも急所を撃つのだ。
洸は銃口をセットした。その時、何匹ものF4の唸り声がした。
「はぁ?」
洸は先ほど仕留めたF4をもう一度見た。
酸の血で天井に穴が開いている。その穴の下から……わらわらとジャンプしてきた。


「……ちょっと待ってよ。それって反則」

せっかく懺悔したのに、ここでジ・エンド?
相馬洸14歳。ごく平凡な家に生まれ普通の人生を歩む真面目で大人しい少年。
その最後は彼のような神に愛された少年には相応しくない惨いものでした。
そんなナレーションが洸の頭に流れ出した。
だが、そのナレーションをぶち壊す派手な音が背後からした。
隼人だ。やっと壁を破壊して現れたのだ。


「もう遅いよ!」
洸の悪態を聞く暇もなく、隼人は発砲した。
最初は美恵を追いかけている奴。次は新たに現れた四匹のF4だ。
次々に頭部を撃ちぬかれ、自らの血液で解けた穴に落ちていった。
「大丈夫か美恵?」
「ええ」
美恵の肩に手をおいて無事を確認している隼人。
その様子をじっと見ていた洸はこっそりと特殊なカメラを出していた。

(何となく怪しい雰囲気だよね。後で脅しのネタに使えるかもしれないから撮っておこうかな)

「相馬、何をしようとしているんだ?」
「え?……別に何も」

ちぇ……勘のいい奴。














美恵は無事か心配だ」
徹は内心焦っていた。
「おまえたちは平気なのか?」
平然としている晃司と秀明の態度すら許せない。
「直人がついているだろう。それに美恵も素人じゃない」
「ああ。あいつもそれなりの訓練はつんでいる」
「おまえたちみたいなのと一緒にしないでくれ。彼女はか弱い女の子なんだ。オレが守ってあげないと」
「か弱い?……秀明、美恵はか弱かったのか?」
「さあな。記憶には無い」
徹はさらにイライラしだした。


「わかってないな!彼女にはトラウマがあるんだ!これだけは、いくら訓練をつんだ人間だろうと関係ない!
もしも……もしもだ。例えば早乙女が美恵を拉致でもしたらどうなる?
F5への土産として、彼女を人質として連れて行ったら……。
美恵は男の集団に囲まれると、あの時のことを思い出してしまう。そんな思いは二度とさせたくない。わかったか!?」

今思い出しても腸が煮えくり返るとはこのことだった。


(……彼女を拉致して監禁して、その上暴力まで奮いやがって。
そのせいで彼女は何日も死線を彷徨った。
あのクズどもは皆殺しにしてやったのに、美恵にトラウマというとんでもない遺産を残してくれた。
あれから一年以上もたった。発作もあれ以来出ていない。
でも心配なんだ。あの時と同じ状況になったら、また彼女は心の闇に押しつぶされてしまうかもしれない。
第一、Ⅹシリーズと同等の力を持つF5が相手なんて分が悪い。
あの連中より強敵だという可能性だってあるんじゃないのか?
あいつらは全員地獄に送ってやったが、こちらだって無傷では済まなかったんだ)




徹はあの時のことを思い出し、手の平が汗ばむのを感じた。

(……あの時、あいつに勝てたのは正直言って運が良かっただけだ。
当時のオレはまだ経験から言っても、あいつより格下だった。もう一度やっていれば、結果は違っていたかもしれない)

戦いに勝ちはしたが、徹自身死にかけた。
死にかけたが何とか生きた。でも……今度はどうなるかわからない。
情報が何もない。F5の情報が。
科学省の極秘中の極秘。秘密の人間兵器。
一体どんな奴等なんだ?


「……待てよ?」
情報?……そうだ、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだ?
そうだ。情報だ。奴等の情報が手に入れば、かなり有利になるじゃないか。
「晃司、F5の詳細な情報を知りたい」
「F5の情報を?」
「ああ、そうだ。コンピュータは多分パスワードがなければ無理だろう。
でも、奴等のカルテや観察日誌は、ただの書類だから見るのは簡単だろう?
どこにある?書類の保管倉庫か?それとも、研究室か?」
「見るつもりなのか?」
「もちろんだ。奴等の戦闘能力を知るためにも」
「拒否する。奴等に関する書類は科学省の極秘だ」
「なんだと!?」
徹はカッとなった。


「こんな時に何を言っている!?」
「奴等に関する書類は全て極秘だ。絶対に部外者には見せられない」
「奴等の戦闘能力に関するものだけでいい」
「それは奴等の遺伝子情報を暴露するも同然だ。科学省のルールに反する。許可する事は出来ない」
「話にならないな!だったら、もう君達には頼まないよ。
自分で探す。君達みたいなわからずやとはここでお別れだ!」
徹は怒って行ってしまった。


「晃司、オレも徹に賛成だ。こんな時に科学省の連中に気兼ねする必要はないだろう?」
晶が珍しく徹の意見に賛成した。
「奴等のデータは科学省の者以外には閲覧禁止だ」
「同じ軍の人間だぞ」
「尚の事だ。政府関係者だろうと、民間人だろうと許可できない。たとえ総統の命令であってもきけない」
「……総統の命令でもか?」
「ああ、そうだ」

(……科学省の連中……何かを隠しているな。他の軍部には知られたくない何かを……。
F5に何か秘密があるのか?もしかして総統にばれたら困る事か?)

晶は一人だけ逆の方向を歩きだした。

「晶、どこに行く?」
「オレも一人で行動する」














美恵、無事か?」
美恵が最初に壊した天井の穴から直人が飛び込んできた。
「直人、無事だったようだな」
「隼人。おまえ一人か?」
「ああ、安田と鬼頭と一緒だったが途中で分かれた」
「そうか。他の連中はどこだろうな」
「下の階に下っていけばそのうちに会えるだろう。急ごう」
「ああ」
すぐに天井裏から出てまずは階段を探した。
なかなか見つからない。見取り図くらい持ってくるべきだった。


「このドアの向こうにあるかもしれない……クソ、ロックされている。
直人、これを壊せるくらいの武器を持っているか?」
「いや、全然」
「仕方ないな。エレベーターだ」
「エレベーターもまともに動くとは思えないぞ」
「当然だ。コンピュータウイルスで暴走している可能性が高い。だからエレベーターの回線を切断して、ロープを使って降りる」
「それが無難だな」
五人はエレベーターを探した。今度は簡単に見つかった。
まずはドアを開く。今は正常に動いている。
だが、乗り込んだ途端にいきなり猛スピードで上昇するかもしれない。その逆もしかりだ。
「オレが回線を切断する。それまでは乗り込むなよ」
隼人がエレベーターに乗り込もうとした時だった。
何かを感じた。大勢の気配を感じる。




「……直人、感じたか?」
「ああ、大勢さんでお越しだぜ。こんな時に……まいったな」
こちらの事情も無視して廊下の曲がり角から一斉に大勢さんが走ってきた。
「おまえたちはさっさと逃げろ!」
その言葉が終わらないうちに光子と洸はすでに走っていた。
美恵、おまえも早くしろ!」
「あなたたちは?!」
「奴等を殲滅してから追いかける。だから先に行け!」
「は、隼人!」


「さっさとしろ!おまえを死なせたら、オレはあの世で薬師丸さんに会わせる顔がない!」


美恵の表情が一瞬強張った。

「……薬師丸……さん?」
「早く行け!あのひとが生きていたら、必ずオレを同じことをしていたはずだ」

美恵は唇を噛むと向きを変え走り出した。その間にもF4の大群は迫ってくる。


「来るなら来てみやがれ!おまえたち下等生物の相手をするより……」
直人は走っていた。
「親父の訓練のほうがずっと過酷だったぜ!!」
連続して発砲。悲鳴と怒号が飛び交っている。
「油断するな直人!」
ハッと振り向く直人。斜め後ろから大きくジャンプしている奴がいる。
隼人は、そいつに銃口をセットして発砲した。血液が辺りに飛び散る。
直人は咄嗟に避けた。足元の床が溶け出している。

「油断するな。奴等は殺しても厄介だ」
「そうだったな……嫌な連中だぜ」














「ここまで来れば大丈夫よ」
「そうだねママ。あー疲れた」
「二人とも大丈夫?」
「うん、何とかね」
「まあね。こう見えても、その辺のバカなセレブな主婦とは体力が違うのよ。
中学生の頃は夜通し遊びまくっていてもへっちゃらだったんだから」
あまり褒められた過去ではないが、光子は確かに年齢の割には体力が有り余っていた。
「隼人たちもすぐに駆けつけるわ。それまで、ここで待っていましょう」
「ああ、そうだね」
全力疾走したのだ。やっぱり疲れた。
光子も洸も壁に背もたれして座り込み、美恵もそばの壁に背を預け一息ついた。


「……一体何匹いるのかしら。F4は」
ガタン……っ。妙な音が背後から聞えた。
そして背中にあった壁の感触が消え、美恵は思わず後ろに転びそうになった。
数歩下がった。後ろに壁があったのに数歩下がったのだ。
「……え?天瀬?」
ちょうど向かい側の壁に背もたれしていた光子と洸には何が起きたのかバッチリ見えていた。
美恵の背後の壁が開き戸のように開いた。そして壁の向こうから小さな部屋が出現した。
いや……部屋と言うより、まるでエレベーターのような空間が。
美恵がその中に転がりかけながら入った。
次の瞬間、またガタンと音がして、壁が再び閉じた。
「……あれ?」
光子と洸はお互いの顔を見合わせた。

「閉じちゃったよママ」
「何なの?まるで忍者屋敷ね」




「何なの、これは!?」
エレベーターだ。多分、非常用の隠しエレベーターだろう。
早くでないと。美恵はすぐに開閉ボタンを押した。
ところがドアが開くどころか、エレベーターが動き出したのだ。
「冗談じゃないわ!!」

このエレベーターはどこに行くの?

一人きりになってしまった。直人とも隼人とも離れ離れ。
こんなことになるなんて、なんてついてないの?
今、F4に襲われたらひとたまりもない。


(……いえ、一人でもなんとか切り抜けないと。
ここで弱音を吐いたら、逃がしてくれた隼人たちに申し訳ないわ)

エレベーターは下に降りている。


「……不幸中の幸いだわ。皆は下に向かっているんだもの」

生きてさえいれば、きっと誰かに会える。
こんなことくらい運が悪いうちには入らないわよ。

エレベーターが止まった。どうやら一階降りただけだ。
「……よかった。あまり動かなくて」
ドアが自動的に開いた。
「何階かしら?」
ドアから出た瞬間、美恵は一瞬凍りついた。
(……誰?)
背後に人の気配が感じる。美恵はゆっくりとふりむいた。


「……あ、あなたは――」




【残り25人】




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