カチャ……と、音がしてドアがゆっくりと開いた。
ドアから入る光が、その端正な顔を暗闇の中に浮かべる。
「出なさい。蒼琉がお呼びよ」
瞬はチラッとその女を見上げたが、すぐに目をそらし立ち上がった。
あきらかに、この国の女とは違う外見。
物珍しさも手伝って、普通の男ならタイプで無くても惹かれる要素はある。
そのくらい美しい容姿だったが、瞬には全く興味がなかった。


「おまえ、初めて会った時から私を見ようともしなかったわね。
変な男。私のこと、抱きたいと思わないの?」
「ブルーの呼び出しがかかっているんだろう?」
その女――翠琴は面白くなさそうに、「こっちよ」と歩き出した。
瞬は翠琴の後について歩きながら廊下を隅々まで見ていた。

(……さすがにF5育成エリアだけあって他のエリアとは造りが違う。
それもそうだろうな。ここは奴等を閉じ込めるための檻だったのだから。
だが、この基地全体がF5の手に落ちた以上、もう檻なんかじゃない。
要塞だ。脱走を食い止める為に作ったシステムが今は防衛になっている)


「ついたわよ」
翠琴はドアを開け、「さ、入りなさいな」と手振りで促している。
瞬が入室すると見知った顔があった。相手も瞬を知っている。瞬を見て、思わず声を上げた。
瞬にとっては心の隅にも引っ掛からないような存在。
しかし、こんなところで再会とは……嫌な展開だ。
「感動の再会というやつだな。もっと嬉しそうな顔をしたらどうだⅩ6」
蒼琉がさも面白うに笑っていた。

「Ⅹ6。貴様に確認しておきたいことがある。もう一度、最初からじっくり話をしようじゃないか」




Solitary Island―118―




(……これは悪い夢なのか?)
徹は運命を呪いたかった。あの時のことが悔やまれる。
直人が美恵の手を引く前に、彼女を連れて逃げればよかった。
そうすれば、少なくても美恵とは一緒だった。
それなのに、直人に美恵をかすめ取られ、今自分が一緒にいるメンバーときたら……。
薫、晃司、雅信、秀明、晶……おまけに桐山までいる。
(どうして、よりにもよってこのメンバーなんだ!?)
徹は頭にきた。頭にはきているが、それよりも美恵を捜す事が先決だ。


「早く彼女を探して保護してあげないと」
薫が要らぬ一言を漏らした。
「おまえに言われるまでもない!断っておくが彼女を守るのはオレだ!
薫、おまえなんか、これっぽっちも必要じゃない。むしろ邪魔なんだよ。
少しは理解して、二度と美恵のことは口にしないでくれ」
「……そうだ。美恵はオレのモノだ。いつか必ず二人で無人島暮らしを……」
「雅信!おまえのほうがずっとタチ悪いんだよ!!」

いっそのこと、F4の仕業に見せかけて殺すか?
いや……晃司たちがついている以上それはできない。本当に邪魔な存在だよ。


「秀明、美恵はどこに行ったんだろうな」
「さあ。だが直人が付いている。そう簡単には死なないだろう。
安心しろ晃司。必ず探し出して守ってやる。オレにはその義務がある。オレは美恵の夫だからな」
徹の口の端がピクッと動いた。
「……秀明、いちいち言わないでくれ。言われなくてもわかっているんだ。
君が美恵にとって上から無理やり押し付けられた相手だってことは」
「上が決めた事だろうと、もう決まった事だ」
徹の堪忍袋の緒が切れかけていた。




「オレはF5を探しだして殲滅する。秀明、おまえが必要だ。
美恵は探し出して他の誰かにまかせるしかない」
「ああ、そうだな」
「本来なら、おまえが美恵を守るべきだが、そうも言ってられない。
奴等は複数いる。だから、おまえも覚悟しろ」
「ああ、わかっている」
晃司と秀明のやり取りを聞いていた桐山はその時ふと疑問を感じた。
この二人は対等に見えたが、どうも晃司のほうが格上のようだ。
「質問してもいいかな?」
それまで一言も口を開かなかった桐山が喋ったので全員がいっせいに桐山を見た。


「高尾と堀川はどっちが上なんだ?」


特撰兵士にとっては聞かれるまでもない質問だった。
なぜ、今そんな質問が出るのか?それが不思議だ。

「晃司が最強だ」

秀明自ら晃司を№1だと肯定した。
すると桐山は不思議そうに、さらに質問した。
「だが天瀬の相手に選ばれたのは堀川なのだろう?それだとおかしいんじゃないのかな?
一番の高尾が優先的に選ばれるはずだろう?」
途端に、晃司と秀明以外の全員がしらけた表情で桐山を見た。
「……何言ってるんだい?」
徹がしらけた表情でしらけた声を発した。
「それが自然だろう?」
桐山は真面目な質問をしたつもりだったのに、全員無口になって桐山を見ているだけだ。




最初に沈黙を破ったのは晶だった。笑い出したのだ。
「何がおかしい?」
「気に触ったか?確かにおまえの言うとおりだ。
最高傑作の晃司を相手に選ぶのが一番自然だ……くく」
まだ笑っている。なんだかバカにしているようにも見える。
晶とは反対に徹はさも不愉快そうに強い口調で答えた。
「フン……バカバカしい!」
それから晃司を睨むと、そのキツイ目を今度は桐山に向けた。
「いくら科学省がマッドサイエンティストの集まりだからって晃司との間に子供なんか作らせるわけがない!
奴等もそこまで下等じゃない。もっとも道徳面からではなく、奴等の場合は遺伝的な問題だけどな」


「どういうことだ?」
「君にそこまで話す義理は無いね。これは軍の問題だ。部外者なんかに口をさしはさむ権利は無い。
そんなことより晃司。早乙女の始末はきちんとつけてもらうよ」
「ああ、わかっている」
「秀明も、いざとなったら兄弟の情に負けるなんてことはないだろうな?」
「弟というのなら晃司も同じ事だ」
「ああ、それもそうだな。全く皮肉なものだ」
かつて科学省を裏切った男と、それを抹殺しようとした男。
その息子達が今度は全く逆の立場に立って同じことをしようとしているのだから。
もしも、あの世というものがあるのなら、初代の高尾晃司や天瀬瞬はどんな気持ちでいるのやら。
「君達の決意を聞いて安心したよ。オレが手を出す事にはならなくて済む。
正直、早乙女にだけは直接手を下すようなことをしたくないからね」
「君から殺したくないなんて言葉聞けるとは。明日は大雨かな?」
皮肉いっぱいな薫。

「オレはおまえと違って美恵を大切に想っているだけだ。
だから早乙女にだけは手を出せない。彼女に嫌われたくないからな」














「蘭子さん、ここはどこなんでしょうか?」
「……さあね」
蘭子と邦夫は当てもなく廊下を歩いていた。幸い敵には遭遇してない。
あの突進力、凶暴性……あんな化け物に遭遇したらひとたまりも無い。
「……今まで死んでいった奴は怖くてしょうがなかっただろうね」
クラスの女生徒の中では蘭子は美恵と同様アウトサイダー的な存在だった。
その性格や実家の家業のせいだろう。
友達といえる人間はいなかったような気がする。
まあ、この邦夫とはよく同じクラスになったし、顔見知り以上の関係かもしれないが。


「あたしはともかく、あんたはクラスメイトと仲よかったし辛いだろうね」
「……それはもちろん……でも、今は悲しんでいる暇もないですから」
邦夫はふいに死んだクラスメイトたちを思い出したのか涙ぐんだ。
「……でも一番大切なひとは無事ですから」
「誰のことだい?もっとも、こんな状況じゃあ、いつそいつもくたばるかわからないけど」
「……そうですね」
邦夫はまた涙ぐんだ。


「ああ!本当にイライラするね。あんたってガキの頃からそうだったよ!
氷室みたいに女心もわからない鈍感も頭くるけど、あんたも同じくらい頭にくるよ!」
「……え?僕はともかく、なぜ氷室くんが鈍感?」
「そんなことどうだっていいだろ!」
「ですが、彼は気遣いも細やかですし、クラスメイトとして……」
眼鏡のふちをつまんでいた邦夫の動きがピタッと止まった。
そして、つぎに青ざめたかと思うと、がたがたと震えだしている。
その震えは全身から指先まで伝わり、そして眼鏡まで激しく揺れている。
「どうしたんだい安田?」
蘭子はクルリと振り向き、邦夫が見たものを見た。
見て――しまった。




「!!」
蘭子も一瞬で真っ青になった。廊下のはるか先からF4がこちらを見ていたのだ。
「……安田」
「あわわわわ……」
「……奴等を刺激しないように……ゆっくり動くんだよ」
「……は、はい……」
動物は走って逃げると追いかけるというけれど……だけど……。
そいつらは、こっちが走ってもないのに追いかけてきた!!

「うわぁぁー!!」
「バ、バカ!!さっさと逃げるよ!!」

蘭子は走った。邦夫も走った。もちろんF4も猛ダッシュだ。
蘭子は女生徒の中では運動神経は悪くなかった。
でも邦夫は悪かった。そしてF4の身体能力は人間よりはるか上。
二人が走った。階段があった。駆け下りた。


「安田、もっとスピードあげないと……」
その時、一瞬足をつまずいた。蘭子はバランスを大きく崩した。
「ら、蘭子さん!!」
蘭子の体が階段を転がり落ち、踊り場で止まった。
「だ、大丈夫ですか?!!」
駆け寄る邦夫。そしてF4も階段を降りてくる。
邦夫は慌てて非常用の折りたたみ式ドアを閉めた。
でも、これは火災の時に煙や炎を防ぐ為のもの。とてもじゃないが、こんなもの持たないだろう。


「蘭子さん、つかまって」
邦夫は蘭子の腕を自分の肩にかけ、階段を折り出した。
下の階に下りると同時にドアが突き破られた音がした。
邦夫は慌てて近くにあった部屋に飛び込みドアを閉めた。
丈夫そうなドアだったので簡単には破られないだろう。
でも……もう出ることもできない。あのF4がどこかに行かない限り。
「蘭子さん、足見せてください」
蘭子の足首は真っ赤に腫れ上がっていた。これではもう走ることは出来ない。


「……安田、あたしはもう逃げれないよ。あんただけでも逃げな」
「何言ってるんですか!!」
「天井裏に出れば、まだ逃げ切れる事だってできるだろ。
あたしはもう歩けない。どうやら……骨を折ったみたいだから」
「……そ、そんな」
「だから、あたしにかまわずに」
「絶対に嫌です!!」
「あんたも死ぬんだよ!!」
「かまいませんよ!!蘭子さんと一緒なら……」
邦夫は泣き出していた。それを見て蘭子も泣きたくなった。
でも、素直に泣けるような可愛い女の子なんて自分のガラじゃないと思ったから……。
ドアにF4が体当たりしている。
ドアが変形しだした。もう時間の問題だろう。


「本当に、あんたはダメな男ね」
「……すみません」


蘭子はスカートのポケットからライターほどの小さな物を取り出した。
「……まさか、本当に使うことになるなんてね」
それは薫が戯れに蘭子にやった小型の手榴弾だった。
「……あんな化け物に食い殺されるよりはマシか」
ドアが突き破られ、F4がその恐ろしい姿を現した。蘭子は手榴弾のスイッチを押した。


「安田、巻き添えくらわして悪かったね」
「僕こそ……守ってやれなくてすみませんでした」


『最後にそいつを守ってやれるのは強いやつじゃなくて、想ってやれるやつだ』


隼人の言葉がやけに大きく邦夫の脳裏をかすめた。

(……いえ、やっぱり僕はダメでしたよ氷室くん)

閃光が二人を包み、次の瞬間爆音が辺りを駆け抜けた――。
黒焦げになったF4の死体が爆風に乗って部屋の外までふっ飛んだ。
そして、黒いカスの塊がいくつもバラバラを床に落ちた。
全てが落ちると、先ほどの爆発が嘘のように静寂に包まれた。














「何の用だブルー?」
「おまえは言ったな。天瀬美恵はここには来てないと」
「ああ、そうだ」
「嘘よ!!」
途端に美和が立ち上がった。
「その女はいるわよ。だって、あたしから薫を横取りしようとしたんだから間違いないわ!!」
蒼琉は今度は美和に質問した。
「本当だろうな?」
「ええ、本当よ。嘘だと思うなら探してみなさいよ。
あの化け物たちに殺されてなければ避難エリアにいるはずだから。もし殺されていたらベストだけど」
美和の背後に位置していた紅夜が殺気を発していたが、美和はまるで気付かなかった。
素人ゆえだが、さらに美和は調子にのって喋り捲った。


「この男だって、きっとあの女と何かあるのよ!だって、二度もあの女を助けたっていうのを聞いたもの。
余計なことしてくれたわよ。この男が手を出さなかったら、あの女死んでいたのに!」
瞬は肯定も否定もせずに、ただ黙っていた。その表情は冷静そのもので汗一つかいてない。
それが蒼琉をますます面白がらせていた。
「そうか、随分と仲がいいんだな二人は」
「多分ね。ねえ、あの女を苦しめてくれるんでしょう?」
その時、かすかに瞬の目つきが変化した。
「あの女を殺すの?だって、あの女は、あなたたちの敵なんでしょう?」
「味方ではないな。少なくても特撰兵士は敵だ。正確に言えば、Ⅹシリーズが敵にあたるが」
「他の連中はいいけど薫だけは殺さないで。お願いよ。
協力してあげたんだもの。そのくらいの借りは返してよね」




美和は甘く考えていた。
美恵を殺すかどうかはともかく、少なくても酷い目には合わせてくれるだろう、と。
そして、あの女さえ死ねば薫は自分の元に戻ってくると。
「よく、わかった。後はこのⅩ6から話を聞く。おまえはもういい」
「そう?」


「ああ。もう用済みだ」


用済み……その言葉に美和は大きく目を見開いた。
反射的に走った。


「紅夜、おまえにくれてやる。好きにしろ」


蒼琉は顔色一つ変えずにそう言った。
その言葉が終わらないうちに、美和の前に紅夜が立っていた。
まるで瞬間移動するように、一瞬で美和の前に移動していたのだ。
そして、紅夜がスッと手を横一直線に引いた。
あまりの速さに美和は何をしたのかさえ見えなかった。
ただ、その直後、ひゅーひゅー……と、変な音が。その音は体内から聞える。
それは喉から……正確にはスパッと切れた首からもれた呼吸音だった。
美和は呼吸困難になり、さらに首からドバッと噴水のように血が流れた。
その時には美和はもうはっきりとした意識は無かった。
ただ、やけに息苦しく。そして目も霞む。
天井が目の前にあった。仰向けに倒れた事すら美和にはわからなかった。
そして、ひゅーひゅーという音だけがやけに大きく体内にこだましていた。
やがて、その音すら完全に聞えなくなった。
真っ赤な血の円の真ん中に美和は浮ぶようにして死んだ。




「あの時と同じだな紅夜」
蒼琉は笑っていた。
「あの時もおまえは何の躊躇いもなく女を殺した。天瀬美恵を殺すと言った女だったからだろう?」
紅夜は何も言わなかった。
「この女と違って、あの時の女は科学省の博士の娘だった。
おまえのせいでオレたちは危険分子だとにらまれるようになったも同然だ。
全部おまえのせいだぞ。と、言っても反省なんかしてないだろう?」
「当然だ」
「だろうな。オレはおまえのそういうところを気に入っている」
蒼琉は今度は瞬に目線を移した。


「どういうことだⅩ6?」
「……何がだ?」
「とぼけるな。おまえはオレたちに嘘をついた。
あの女の存在を隠そうとしたということは、おまえはあっち側の人間……ということか?
オレたちの味方になるという話は最初から作り話だったということか?」
「…………」
「無言は肯定ととるぞ」
「Ⅹシリーズも科学省もオレの敵だ。どう思われようとそれは事実だ」
「だったらなぜ天瀬美恵の存在を隠した?」
「……あの女は敵にはならない。特に問題はないだろう」
「そんな返答でオレが納得すると思っているのか?だとしたら、オレも随分となめられたものだ」


「貴様は自分の立場がわかっていない。荒療治が必要だな」




【残り25人】




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