「だ、誰……誰よ、あんたたち!!」
美和は恐怖した。その連中はどう見ても、この国の人間ではない。
大東亜共和国は準鎖国制度の国。よって外国人はほとんど見かけない。
もちろん、皆無というわけではないが、それは特別許可を得た特定の人間のみ。
少なくても、こんな島にいるわけがない。
いるとすれば密入国者(大半がヤバイものを密輸する裏家業の人間か、テロ関係者)
はっきり言ってヤバイ人間限定といってもいいくらいなのだ。


「女だぜ」

褐色の肌の、アラビアンナイトのような男が口を開いた。
色男だが、どう見ても素行がよさそうには見えない。
それどころかハーレムの真ん中に座りいやらしい会話で盛り上がりそうなタイプ。
「しかも、喋ってる!」
美和はぞっとした。なぜなら、怪しい男はそのアラビアンナイトだけではなかったから。
「外界の女って久しぶりだね……ふふ」

女?……いや男だろうか?

ともかく体格的には美和とそう差が無い中性的な外見。
最悪なことにコンパクトを取り出して、ブルーの口紅をつけている。
(しかも気味悪いくらいに似合っていた)


「招かざる客だね。君はここに何しに来たんだい?下手なこと言ったら、君は生きて帰れなくなるよ。
もっとも、この状況だ。早いか遅いかと言う違いだけかもしれないけどね」

見かけも物腰も口調も優しげな少年。
ただ、白髪に紅い瞳という、異様な外見のせいか正直怖かった。
もう一人、赤毛で目つきの悪い男がいたが、そいつは美和を一瞥しただけ。
もっとも、美和には睨まれたようにしか見えなかったが。
「顔、見せてみな」
アラビアンナイトが美和の顎を掴むとクイッと上を向かせた。
美和の恐怖は頂点に達した。命ではなく、女としてヤバイと思ったのだ。

「あ、あんたたち、さてはあたしを襲うつもりね!!」




Solitary Island―117―




「直人、ドアが……!」
前方のドアがしまった。だが後方もドアもしまっている。
そしてF4の大群が迫っているも事実。
このままだと狭い場所に追い込まれ動きが取れなくなる。
いや、それ以前に、逃げる事に夢中になる余り、仲間が散り散りになりかねない。
実際に、今も自動的にしまってしまったドアによって仲間同士分かれてしまっている状態。
F4はこちらの事情などわかってなどくれない。
今もドアを隔てた向こう側から、ドアに体当たりをしている。
もちろん、こちらも大人しく待っているつもりはない。
ドアが開くなり全速力で走り出す。
だが、細かく仕切りがしているこの地下基地ではドアがいたるところにある。
それがいちいち開いたり閉じたりするのを待っていては奴等との距離はとれない。
逃げているうちに、美恵と直人、それに洸と美登利と光子だけになっていた。
他の連中とは離れてしまったようだ。


「こんなタチの悪いウイルスを作り出した奴は相当な根性悪だな!」
直人は美恵の手を離すと、「先に行け!」と叫んだ。
「キリが無い。ここで連中を片付ける!!」
「直人!」
「おまえは邪魔だ。さっさと行け!!」
「うん、わかったよ。じゃあ後はよろしく♪」
洸が猛ダッシュで駆け抜けていた。
「ほら、ママもさっさとおいでよ!菊地の気持ちを無駄にしないように」
「全くだわ」
直人は銃を取り出しすぐに発砲。
幸いだったのはF4の群れがいくつにも別れ小数になっていたことだろう。




「ギィ!」
「あ!」
だが一匹が大きくジャンプをすると直人を飛び越えた。
「しまった……っ!」
だが、すぐに助けに行ってやるわけにはいかない。
敵はあいつ一匹だけではないのだ。他の奴等だけでも食い止めないと。
一方、美恵たちは行き止まりに突き当たった。
「そ、そんな!!どうして……どうして、こうなるのよ!!」
美登利はヒステリックになって叫んだ。
と、そこに猛スピードで、あの化け物が走ってきたのだ。


「こっちよ!」
美恵は天井に向かって発砲した。天井の一部が落ちる。
ジャンプして、天井に掴むと、そのまま後ろ上がりから倒立の姿勢、さらには回転して天井裏に。
「ママ、次はママだよ。早く行きなよ。オレは次だ。次がつかえているんだから早くしなよ」
「ま、待ちなさいよ!!……つ、次は私よ!!」
美登利は光子を押しのけて天井に向かってジャンプした。
もちろん届かない。そのままシリモチをつく。
「曽根原さん、早く!!」
美恵が手を差し出す。その手に慌てて飛びつくも、滑ってやっぱり落下。
「ちょっとどうして離すのよ!!ヤル気あるの!?」
「話にならないな……やっぱ後回しだよ」
洸は美登利を突き飛ばした。
「ほらママ、早く」
「ええ」
その態度に美登利は切れた。




「な、何よ!!私にプロポーズまでしたくせに!!
守ってよ。守りなさいよ!!私のほうが優先に決まっているでしょ!!
立花くんなら、母親より私を後回しなんて無神経なこと絶対にしないわよ!!
やっぱり、まともな男は立花くんだけよ!!」
光子に続き、黒猫のようにさっと天井裏に逃げた洸は美登利に向かってこう言った。
「プロポーズ~?ああアレ?ごめん、あれなし。取り消し、前言撤回。
と、いうわけで赤の他人だから自分の身は自分で守ってよね。じゃあオレ逃げるからバイバイ♪」
「……え?」

じょ、冗談じゃないわ!!

「た、助けて!!お金ならいくらでも払うから!!」
美登利は必死に手を伸ばした。
「しょうがないなぁ……じゃあ後払いの利息もつけて報酬は……」
洸が妙な計算を仕掛けたときだった。
そばで、グルルル……という妙な音が。美恵、洸、光子はハッとして振り向いた。
そして見た。じっと此方を見ていたF4を。
もちろん、見ているだけじゃない。完全に獲物を見る目でじりじり迫ってきている。


「ごめん!やっぱり、そんな暇ない!」


洸が非情にも、そんな返事をしたのとほぼ同時。
美登利が天井を突き破って天井裏に姿を現した。
正確に言えば、上半身だけが天井裏に突出ている。
そして美登利は当然ながら頭から血を出し、なんだかフラフラしている。
いや、それ以前に様子が変だ。

「凄いじゃないか曽根原……もしかして限界超えた?」




「ダメよ!!」
美登利に手を伸ばそうとした洸を美恵が止めた。
次の瞬間、美登利の足をくわえたF4が天井をぶち抜きながら出現!
「うわ!」
衝撃のシーンだった。美登利はすでに息絶えている。
もっとも美登利の死を悼んでいる暇などない。
(光子や洸に悼んでやるつもりがあったかどうかは別として)
「全く、こんな時に菊地は何もたもたしてるんだよ!しょうがないから、オレが戦うしかないじゃないか!!」
その前に、何とか逃げ道は確保しないと。
すると壁の向こうから、「大丈夫か!?」と声がした。
壁の向こうはエレベーター。そして、その声は隼人のものだった。


「隼人!!」
邦夫や蘭子と逃げる羽目になった隼人だったが、F4の襲撃に一時エレベーターに避難。
エレベーターの天井の一部をはがして、その上に出ていたというわけだ。
壁を何とか壊して三人を助けなければならない。
「ひ、氷室くん!!あ、あいつらが!!」
F4がドアをこじ開けエレベーター内に侵入。邦夫は慌てて天井を押さえ込んだ。
「上の階に上って避難しろ」
邦夫は眼鏡をつまんで上を見上げた。
確かに隼人なら簡単にのぼれるだろう。そしてドアを無理やりこじ開ければ済む。
しかし、どちらかといえば運動音痴な邦夫には不可能にも思えた。
「さっさとしろ。オレはおまえたちにかまっていられない。自分達の身は自分達で守れ」
隼人は壁をこじ開けながらそう言った。




「で、でも氷室くん……ら、蘭子さんは?」
足手まといな自分が死ぬのは仕方ないが、蘭子だけは助けたかった。
その為には隼人に守ってもらうしか、今は方法が無い。
邦夫はそれしか答が見つからなかった。
「言ったはずだ。オレにはもうおまえたちを守ってやるつもりも余裕も無いと」
この壁の向こうに美恵がいる。オレにはどうしても美恵を守らなければならない理由がある。


(無事でいてくれ美恵。薬師丸さん……美恵を守ってやってくれ)

邦夫にとって蘭子しか見えないように、隼人にも美恵しか見えていなかった。

「僕はいいから蘭子さんだけは守ってください」

「そんなに大事なら、おまえが守れ。ひとを当てにするな。
最後にそいつを守ってやれるのは強いやつじゃなくて、想ってやれるやつだ。
少なくても、オレじゃない。おまえの全力で守ればいい」

かつて、オレたちが美恵の為に命をかけたように。


「……行くよ安田」
「で、でも……」
「死にたくないんだろ?あたしが踏み台になるから、あんたが先にのぼるんだ」
「そ、そんな……!!」
「余計なことわめいてないで早くしな!」
「は、はい!!」
邦夫は必死になって何とか上のドアにしがみつくことに成功。
そしてドアを何とか開け、「蘭子さん!」と手を伸ばしてきた。
蘭子は運動神経は悪くなかったので、すぐに上に上がれた。
「じゃあ、あたし達は行くから」
それから蘭子は少し寂しそうな顔をした。
蘭子には背を向けた状態の隼人には、その表情は見えなかったが。
「あんたはいい男だったけど惚れた女しか眼中に無い冷たい奴だったよ」














「あ、あたしを全員でまわすつもりね!!」
ちょっとばかり普通の中学生らしからぬ恋愛経験をしてきた美和は即座に最悪のパターンを連想していた。
「勘違いするなブスっ!!」
途端に平手が飛んできた。見ると、金髪で浅黒い肌の女が怒っている。
「な、何するのよ!!」
「何するのよじゃないわよ、バーカ!
紅夜たちが、あんたみたいな女相手にするわけないじゃん。鏡見て出直してよね。この勘違い女!」
「な、何ですって!?」
学校ではベスト5に入る美少女としてもてていた美和は当然カッとなった。
カッとなったが、それ以上に恐怖の方が大きい。
それに拍車をかけるように、アラビアンナイトのような男が美和の手首を掴むと持ち上げた。
美和は無理やり立たされる格好になった。


「い、痛い!」
「……顔」
「……な、何……よ」
「もう一回顔見せろよ」
黒己は美和の顎を掴むと自分の方に向かせた。
ジロジロと睨むように見ている。まるで舐めるように……。
「……た、助け……て」
「……翠琴や沙黄以外の女なんて白衣のブスな年増しか見たことないからなぁ。
コレも悪くないのか?ま、ブスってわけじゃないし。
けど……翠琴のほうが外見だけはいいな。味はどうだ?」
沙黄が黒己のふくらはぎを蹴って、「ちょっとあたしは?」と、ご立腹だ。




ペロっという音が耳元で発生した。
「……ひ!」
美和はぞっとした。全身の毛が逆立つような感触だ。
(こ、この男……この男!!……舐めた、あたしの頬を!!)
美和の恐怖は頂点に達した。頂点に達した後は変化した。
恐怖から怒りに。
(あ、あたしがこんな目に合うのも、全部あの女のせいよ!!
あ、あの女……あの女が……あたしを不幸に!!)
美和は絶叫していた。


「殺してやる!!あのクソ女!!」


「んー?」
ただ震えていた美和の豹変ぶりに黒己は頭をかきながら、「狂ったか?」と気の抜けた口調で言った。
しかし、次の瞬間、黒己の目の色が変わった。
「あの女!!あいつ……あいつのせいよ!天瀬美恵!あんな女、生きてる価値なんかないわっ!!」
「何だとっ!?」
美和はいきなり壁に押さえつけられた。
「……おい、今なんて言った?」
「え?」
「今、言ったことだ……なんて女だ!?」
「……天瀬……天瀬美恵……よ」
「Ⅹシリーズの……か?」
「な、何よ、それ!!何のこと!!?そんなこと関係ないわ!!
あの女はあたしから薫を奪った卑怯な女だってことくらいしか知らないわよ!!
それなのに、佐伯徹って男を使って、あたしを殺そうとしたのよ!!」




「……薫って……立花薫か?」
「……知ってるの?」
男達の目の色が変わった。ただ沙黄だけが、「浮気はしないでよね!」と怒鳴っていたが。
「……その女は立花薫の女なのか?」
「ち、違うわ!!薫の恋人は元々あたしだったのよ!!」
「誰がおまえのこと聞いた!?オレの質問にさっさと答えろ!!」
「ひ……!……お、お願いだから……怒鳴らないで……。
か、薫は……薫は騙されていたのよ。あの……女に……」
「佐伯徹の女なのか?」
「た、多分……あの女の……いいなりになっていたから……。
で、でも……あの女……他の男にも色目使ってて……。
だ、だから……きっと、他にも遊びで……付き合ってたと思う」
そこまで言うと、黒己よりも怖そうな赤毛の男が近づいてきた。


「……おまえが言っていることは本当なのか?本当に天瀬美恵はそういう女なのか?」


「そ、そうよ……汚い女よ……皆、騙されているけど……。
こ、こんな目に合うべきなのだって……あ、あの女のはずよ。
あんな泥棒猫……一度くらい、男に酷い目に合わされたらいいのよ。
そのくらいの目に合わないと反省なんかしないもの……」
美和は泣き出した。素人の美和でも紅夜の恐怖は肌で感じるのだ。
「……そ、そうよ……あんな女……あんな女……。
さっさとくたばればいいのよ!!やるなら、あの女をやってよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、紅夜の左手が上がっていた。しかも拳を握り締めている。
美和の顔面目掛けて拳が振り落とされかけた。




「やめろ紅夜」
「!」
その静かで冷たい声に紅夜の手は美和の顔面に当たる寸前に止まった。
「……蒼琉」
美和は目を開け、その声の主を見た。
「…………ぁ」
驚くほどの端正な顔立ち。それを着飾るような腰まである銀色の髪。
吸い込まれそうな蒼い瞳は、まるで氷のような冷たさを感じた。
薫とは全く違う種類の美しさに美和は息を呑んだ。


「……あ、あの……」
「女、おまえに聞きたいことがある。付いて来い」


美和はオドオドと周囲を見た。
「そいつらはオレの命令には逆らえないから安心しろ。紅夜……もちろん、おまえも、そうだな?」
紅夜は軽く舌打ちして拳を下げた。
「おまえには聞きたいことある。その汚い女のことで」
天瀬美恵のことで?」
「ああ、おまえの望み通りになるかもしれないぞ。その女を苦しめてやりたいんだろ?」
その言葉は麻薬のように美和の心に響いた。
「え、ええ!!もちろんよ!!」
「付いて来い。色々と聞きたい事がある」
殺されない、そう思った美和は喜んで蒼琉についていった。
「この部屋で大人しくしていろ。もう一人のゲストを連れてくる」
蒼琉はそう言って美和を部屋に閉じ込めた。


「おい蒼琉……あの女、このまま生かしておくのか?」

不満そうな紅夜に蒼琉はニッと笑みを見せた。


「用が済んだらくれてやる。その時は自由にしろ。もちろん殺すのも自由だ」




【残り27人】




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